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けれど愛しき日々よ

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けれど愛しき日々よ

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 ツァンダ付近の山に、重機や削岩機の音が響く。

「――ずいぶん、騒がしいな」

 その音を聞きつけたバルログ リッパーは呟いた。
 先日の戦闘で人間界での肉体を失った後、ザナドゥに帰ったはずの彼だったが、現在のザナドゥは人間界との大規模な戦争を終えたばかり。元々はぐれ魔族であった彼が、ウマの合わない魔族や人間との共存を考えるはずもない。
 主である魔王も永い眠りについた今、ザナドゥにいる理由もない。魔界に保存してあった最後の体を使い、再び人間界にやってきたのである。
 その傍らには、同じく魔族でありながら主であったはぐれ魔王に逆らって人間に味方していた機晶姫 ウドの巨体が。
「――」
 滅多に喋らないウドは、視線でリッパーに同意する。
「せっかく来たのだから、この間の地祇に挨拶でもしてやるかと思ったのだが……?」
 と、目をやった先に見知った顔がある。
 コンクリート モモ(こんくりーと・もも)だ。
 安全ヘルメットを被り、自前の削岩機コンクリート・ブレイカを振るっていた彼女だったが、リッパーとウドの姿を見るとつかつかと歩み寄ってきた。
「――あぁ、あんたらまた来たのね。いいところに来たわ。はい、これ」
 と、モモがリッパーに手渡した物もまた削岩機である。
「何だ、これは」
「削岩機よ。知らないの」
 そっけなく答えるモモ。呆気に取られるリッパーとウドを放置して、モモは一人盛り上がった。
「何しろ、パーティだそうだからね! パーティ会場はユートピアよ! そもそもの原因を作った魔族のあんたらがユートピアを作らないでどうするの! 責任とって手伝いなさい!!」
 リッパーが視線を逸らすと、すでに山の麓の一角に丸太で作ったショボい看板が立てられていて、そこにはこう書かれている。

『カメリア山ユートピア【わくわく山羊ランド】』

 その奥に、これまた手作りの柵に入れられた山羊 メェがいる。どうやら『ふれあい動物』の立ち位置らしい。
 そんな自分の立場を知ってか知らずか、メェはかつての仲間の到来を喜ぶように、ひとこえ鳴いた。

「めへー」



『けれど愛しき日々よ』



第1章


「何だか、いつの間にか大ごとになったモンだなぁ」
 七刀 切(しちとう・きり)は、山の頂上から麓の湖を眺めながら呟いた。
「――ああ、俺もまったくの予想外だったがな――まぁ、あいつをびっくりさせるには充分かもな」
 その横にはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がいる。アキラの発案でこの山の主、地祇であるツァンダ付近の山 カメリア(つぁんだふきんのやま・かめりあ)が帰ってくるまでに彼女の神社を作って驚かそう、ということになった。それにはカメリアの関係者である数人が賛同し、カメリアが帰ってくるまでの二日の間に突貫工事が行なわれることになったのだが。
 彼らが驚いているのは、そのことではない。

「――いろいろ調べてみましたが、『カメリアさんが戻ったら山の瘴気が浄化される』、ではいけないと思うの」
 そこに現れたのが董 蓮華(ただす・れんげ)とそのパートナー、スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)の二人だ。
 この山が魔族に襲われた事件から、山の瘴気があふれ出していることを知った蓮華は、独自に調査をした結果をもとに、瘴気の元である宮殿の残骸を山に埋めて長期的に山の力で浄化することを提案したのだ。
「んで、教導団に頼み込んで重機その他の工機を借りてきたってワケさ」
 と、スティンガーが補足する。

「確かに、盲点だったからねぇ、カメリアが瘴気を浄化できる、ということはカメリアを長期的にこの山に縛り付けることに繋がる……か」
 切がぽりぽりと頭を掻きながら、再び湖の様子を見る。そこでは蓮華が教導団から借りてきた重機が宮殿の残骸を破壊し、山の麓に埋めている。
「カメリアさんだってこの山に縛られていては、たまに遊びに行くこともできませんから……本当は山の頂上に埋めて、その上に神社を建てたかったのだけれど……さすがに二日では時間がないわね」
 蓮華の呟きに、アキラは大きく頷いた。
「まぁまぁ、その思いつきと行動力だけで充分……さ、こっちも始めようか。つかワリィな、俺の思いつきに付き合ってもらって」
 アキラの呟きに、切は笑顔で返した。
「いやいや、礼はこっちのセリフさぁ。色々と妹が世話になっているようだしなぁ。これからもよろしくしてやってなぁ」

 そこに、湖から続く細い階段を登って、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がやって来た。
「そうそう、せっかくだからみんなで迎えてあげようよ」
 美羽の従者である施工管理技師や算術士の監督で、残骸の埋葬作業は順調に続いていた。山の頂上では、神社を作るべく飛空艇アルバトロスで切が運んできた材料を処理していたところだ。そこに美羽の自宅警備員やバカには見えない友人や埼玉県人や高知県人が加わった。
「そうね〜、せっかくだからみんなでワイワイやるの楽しいネ〜!」
 アリスも美羽に同調した。アキラのペットであるゴーレムやガーゴイルたちを動員し、作業を続ける。
 その他に密林の作業員やホムンクルスなども加えると、なかなかの大所帯だ。

 もちろん、自宅警備員やバカには見えない友人などが何の役に立つのか、などと言ってはいけない。

 もちろん、二日で基礎工事から神社を作ることはできないが、いつぞやアキラとアリスがペット達と二人だけで作った祠よりは、格段にいいものが作れるだろう。
 数ヶ月前、宮殿が滑落して山から湖へと一直線にできた道も辛うじて舗装が進み、山頂までの参道のようになっていた。

「――簡単に言ったけどな。重機を借りるのだって楽じゃなかったんだぜ」
 カメリアが帰るまではあと二日しかない。蓮華やスティンガーたちは突貫工事が終わるまでは帰らないつもりで、ツァンダ付近の冬の精霊であるウィンター・ウィンターが作ったかまくらで寝泊りしていた。
「そうね。私も手伝うわ、スティンガー」
 その中で山のような報告書に埋もれたスティンガーの隣に座った蓮華は、報告書の整理を始めた。

「――ま、確かに治安維持も教導団の仕事さ。だがなぁ、この件に関しては依頼があったわけでも、団の命令なワケでもない……何でこんなに肩入れするんだ?」
 スティンガーの疑問に、蓮華は振り向きもしない。
 確かにこの現状は山の主が帰ってくれば好転するのだろう。しかし、その後カメリアはまたこの山に縛られることになるのかもしれない。
 最初は事後調査で訪れただけだったが、そのことに気付いた蓮華はどうしても放っておけなかったのだ。

「そうね……ただそこに居るだけなら……居ないのと同じことだからよ」

 その横顔を眺めていたスティンガーは、軽くため息をついて、山のような書類に向き直った。
「そらま、そうだが。……一途だね」


                    ☆


 ところで、蓮華やスティンガー、アキラとアリス、切、そして美羽達が山の頂上で寝泊りしているかまくらは、ウィンターが作った魔法のかまくらで、保温機能に秀でた冬でも充分に居住可能な優れものである。ウィンターもまた友人であるカメリアとその友人のためならばと、いくつものかまくらを作って協力したのである。


「その私がどうしてこんな目に遭っているのでスノー!! 納得いかないでスノー!!」


「はいはいワロスワロスですのー。動かすべきは口じゃなくて手ですのー」
 そのかまくらのうちの一つ。その中でウィンターの面倒を見ているのは七枷 陣(ななかせ・じん)である。

「これは面倒を見ているのではないでスノー!! 監視でスノー!! 監禁でスノー!!」
 ウィンターの叫びも陣には届かない。
「うっせぇ! えーからさっさと冬の仕事とやらを片付けやがれ!!」
 ウィンターが座らせられた机の上にはこれまた山のような書類がある。今期の気象計画や雪の配分、そのための風の管理や湿気、水分量の調節。それらを魔法的かつ事務的に行なうのが季節の精霊の仕事のひとつであるが、ウィンターはこの『計画』が物凄く苦手だった。

「――ウィンターはある意味、天才なのでピョン。いい加減な計画でとりあえずその年の天気を現場で気分だけでコントロールして、なんとか乗り切ってしまうのだから……。でもそんな仕事を何年もしていたせいで、そろそろしわ寄せが来ているピョン。今年はその調整をどうしてもしなくてはいけないのでピョン」
 その仲間である、春の精霊スプリング・スプリングはあきれ顔で呟いた。
 ため息と共に、頭のうさ耳が揺れる。

「そ、そうでスノー!! 私は天才なのでスノー!! だからこんな計画など無用でむぎゅ」
 陣がスプリングの方を向いた一瞬の隙に逃げ出したウィンター。しかし陣は振り向きもせずにウィンターの首根っこを掴んで逃走を阻止する。
「放すでスノー! 放すでスノー!!」
 じたばたと暴れるウィンターをつまみ上げた陣。ぐいっと顔を近づけて、言った。
「おお、くせぇくせぇ。こいつは夏休みに遊び呆けて31日にはまっちろな宿題の山に絶望するダメ小学生の匂いだぜぇ!!」
 そのまま、陣はウィンターをまた机の前に座らせた。それでも、ポンと頭の上に置いた手と、声色は意外と優しい。

「つぅかな。またサボり続けてるとまたいつかみたいに、怒られてヤバいことになるんやろが。神社もパーティも準備する奴らはおるんやから、お前はせめて仕事の半分くらいは片付けろや……オレも手伝ってやっから、な」

 その様子を見て、スプリングは二人を残してかまくらを出た。
「うんうん、あれなら心配いらないでピョンね」
 次の瞬間、ウィンターと陣の声が響く。


「今だ、隙アリでスノー!!」
「いい加減にせいやぁぁぁ!!!」



「……たぶん」