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けれど愛しき日々よ

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けれど愛しき日々よ

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第4章


「おのれえええぇぇぇ……!! またペド呼ばわりかあああぁぁぁ!!!」


 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が叫ぶと、一瞬にして意識の交代劇が展開される。気付くと、その精神は奈落人である殺戮本能 エス(さつりくほんのう・えす)に乗っ取られていた。

「……何だこりゃあ」
 エスが自分の置かれた状況を理解するのに、数秒を要した。
 目の前には、エヴァルトと同じ姿をした植物型の魔物がいる。その魔物からは細かい蔦が幾筋も伸び、その先端は数々の幼い少女の姿をしていた。少女たちは、いずれも半裸である。
 そして、中央に偉そうに座り込んだ植物エヴァルトを取り囲むようにして、多くの少女たちがかしづくハーレムだ。
 ところで、エヴァルト本人にはそういう嗜好はない。どうも山中での狩りの最中、周囲の視線が痛いと思ったら点点と、ブチ切れた際の隙をついてエスが表出したのである。

「やれやれ……確かに心の隙をついてひと暴れしたいと思っちゃあいたが……こんな面白おかしい状況で暴れたいってぇワケじゃねぇんだけどなぁ……」
 植物エヴァルトは植物少女たちのハーレムで悦に入っているだけで、特に攻撃してくるわけでもない。気付くと、エヴァルトが手にしていた巨大なフォーク、デリシャストライデントを持っているが、こんなモノと戦ったところで楽しめるわけもない。
「ま、しゃーねえ。それならいっちょ食材稼ぎといくかな……」

 と、とりえず植物エヴァルトを処分しようとしたその時。
「――?」
 エスと植物エヴァルトの周囲、空気が一瞬で低下したことを感じたエスは、素早くバックステップで距離を取る。

「特に興味がないなら、それ、ヨウエンがいただきますよ」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)の氷翼アイシクルエッジによる冷気が急速に周囲の温度を冷やし、植物エヴァルトを凍らせていく。あっという間に植物エヴァルトのハーレムは氷の彫像のようになってしまった。
「――物好きなこったな、ご丁寧に冷凍保存とはよ」
 距離を取ったエスが呆れた声を上げると、物陰から姿を現した遙遠もそれに応えた。
「いやあ、ただ食材を狩ってもいまひとつ面白くないものでしてねぇ」
 エスが遙遠のやって来たほうを振り返ると、植物エヴァルトと同じように凍らされた人間の姿をした魔物が、そこかしこに立っているのが見えた。
「なるほどな、このデリシャスなんとかで倒す前に凍らせちまえば、人間の姿のままってわけかい」
 エスは遙遠の意図をおおまかに理解する。つまるところ、せっかく他人の姿で奇行に走っている魔物たちがいるのだから、その姿をできるだけ保存して晒し者にしておこうというわけだ。


 つまりは、純然たる嫌がらせの暇つぶしの愉快犯。


「ま、そういうことですね。ヨウエンはこの山の皆さんの奇妙な像でいっぱいにしたいのです」
 いかにも楽しそうに、遙遠は微笑んだ。エスもまた、口の端をニヤリと歪めて哂った。
「クク……なるほど、ただ狩るよりはよほど面白そうだ……!!」

 やっかいな二人が意気投合したものである。二人が森の奥へと消えていくのを、少女のハーレムでご満悦の植物エヴァルトの不名誉な氷像が、いつまでも見送っていた。


                    ☆


「うんうん、順調みたいだねぇ」

 アキラ・セイルーンや七刀 切や小鳥遊 美羽、そして董 蓮華たちが神社の仕上げをしているその傍ら、パーティの総括を仕切るレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)はパーティの準備が進み、食材が集まってくる様子に目を細めた。
「レティ、準備はいいんですけれど。パーティの特定の企画、というものは今回はないみたいだから、それぞれが腕を振るった料理とかについてインタビューしたり、食べてるところをお客さんに感想聞いたりしていく流れがいいかしらね」
 レティシアのパートナー、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)はパーティの進行を打ち合わせしている。予定では、カメリアが帰ってくるまでのは今日の夕刻。まだ昼前だが、神社の仕上げとパーティの準備という意味ではもう数時間しかない。
「――そうだねぇ。基本的に立食パーティ形式になるだろうから、皆が飽きないように盛り上げてやらないと」
 と、天城 一輝が用意したデジタルビデオカメラからのライブ映像をチェックした。
「これも後で使えそうだねぇ。ミスティ、これ後で編集しましょうかねぇ」
 見ると、ライブ映像の中では大きなケーキ魔物と戦う天城 一輝と、スプリング・スプリング。それに霧島 春美とディオネア・マスキプラの姿が映っているところだ。

「だから言わんこっちゃない……すっかり蜂の魔物に囲まれてしまったじゃないか」
 映像の中の一輝が愚痴をこぼす。騒ぎすぎたせいでどうやら蜂のモンスターに囲まれてしまっていたようだ。
 一輝はスプリングを背に隠すようにして、襲い来る蜂を打ち落としていく。
「大丈夫大丈夫っ♪ 倒せばおいしい蜂蜜に早変わりよっ♪」
 華麗なウィンクを決めて、春美とディオネアは一輝とスプリングのほうへと集まる。
「いっくよー、ジェットストリームぴょこぴょこアターック!!」
 ディオネアの掛け声と共に、一輝を含む一行は強制的に巨大なケーキ魔物へと突進して行った。
「――ちっ、しかたない!!」
 春美がケーキ魔物の胴体に大きな穴を開け、スプリングの光術がその穴を拡大させる。その穴に4人が身を隠し、後ろを振り向いたディオネアと一輝が飛び道具で集まった蜂を一掃する。

「わぁー、すごい。みんな頑張ってるね」
 そこに、また新たな食材を持って現れたのは秋月 葵(あきづき・あおい)である。
 無益な殺生を好まない彼女は、上空から美味しそうなスイーツ系の植物魔物を見つけては、ヒプノシスで動きを鈍らせてから調理用デリシャスメイスで一部を採取してきていたのである。
 ちなみに、デリシャスメイスはお玉である。

「これくらいあれば、大きなケーキも作れますね」
 葵が集めた食材と、他のメンバーが集めたものとをあわせて食材選びをしていたイナ・インバース(いな・いんばーす)は喜びの声を上げた。
「うん、そうだね。……ねぇ、よければ、一緒に作らない?」
 イナと葵は、同じ百合園女学院の所属である。特定の知り合いというわけではないが、どこかで顔を見合わせたことくらいはあるかもしれない。何よりも今日はパーティ、ちょっとしたきっかけで交流を深められることも醍醐味のひとつだ。

「それはいいでスノー、私も一緒に作りたいでスノー!!」
 そこに、一人の女性が割って入ってきた。イナの外見は15歳くらい、葵は12歳であるが、その女性は17歳くらいの女性である。
「……あれ……どちら様……?」
 イナは、きょとんとした顔でその女性を見る。
 青いロングヘアーが風にたなびき、白い肌のその女性は、いたずらっぽく微笑み、葵にウィンクしてみせた。
「あ、その語尾はウィンタむぎゅ」
 女性の正体に気付いた葵の口を大慌てで塞いだその女性、周囲の状況を見渡し、準備が進むパーティ会場の隅に見つけた人影から隠れるようにイナの背後に回った。

 その視線に気付いたのか、一人の男性がイナと葵の元にやって来る。
「なぁ、ウィンター見かけんかったか? あいつ仕事半分きっちり終わったところでトンズラしやがって!! せっかくやからもうちょっとやっつけとけばば後で楽になるっつうのに!!」
 七枷 陣だった。陣に軟禁状態で仕事をしていたウィンターは、自身を分身できる能力を活かしてかまくらから脱走したのである。
「い、いえ……ウィンターさんは、見かけませんでしたけれど……」
 状況が飲み込めないイナは、たどたどしく答えた。
「ウィンターちゃんならむぎゅぎゅぎゅ」
 葵の言葉は後ろから伸びた両手でブロックされ、陣には届かなかった。

「――そっか、邪魔したな!!」
 そのまま、陣は忙しく駆け出していく。

「ふー、危ないところだったでスノー」
 陣の姿が見えなくなったところで、17歳くらいの女性――変身したウィンター――は立ち上がった。
「そういえば……その姿にもなれるんだったね、ウィンターちゃん」
 葵はウィンターを見上げながら言った。
「そうでスノー、よく考えたらこの姿はあまり人に見せていないから、気付かれないはずでスノー!! やはり私は天才でスノー!! さあ、雪だるま型ケーキを作るでスノー!!」
 ウィンターはそろっている食材を眺めながら、葵とイナを促した。
「あ、あの……?」
 いまだに状況が飲み込めていないイナに、葵が説明を加えながら、ケーキ用の食材を選び出した。
「あ、あのね。ウィンターちゃんはこの辺の冬の精霊で、分身したりこのくらいの年齢の姿にもなれるんだよ。他にもね……」
 ウィンターを加えた3人は、ワイワイとたわいもない話に花を咲かせながら、ケーキ作りに励むのだった。


                    ☆


「やあ陣さん――いえ……見てませんね」
 と、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は今のところ最大の食材――大きな牛丸ごと一頭――を目の前に、パーティ料理の下ごしらえに忙しそうだ。
「そっか――しかし、大きな牛やなぁ。これ丸ごと焼くんかい」
 陣は目を丸くした。ウィンターを探して知り合いに尋ねていたところ、弥十郎を見つけたワケだが、今の弥十郎は目の前の食材の準備に集中しているようだ。
 まだ血抜きをして、皮を剥いでいく段階。
「ふむふむ、これは大きな牛ですね――この後、どういう風に調理されていくんですか?」
 そこに、パーティの司会進行と余興のメイキング映像を担当しているミスティが話しかけてくる。
 真剣な面持ちで弥十郎は答えた。今の彼は、ひとりの料理人なのだ。

「はい――このあと、内臓を抜いて詰め物をし、タコ糸で縫った後で杭を刺して通し、表面に切れ目を入れて塩や香辛料などをすり込んでいきます。このほかにも串焼きなどを作りますから、楽しみにしていてくださいね」
 柔らかな笑顔をカメラに向ける弥十郎。
「はい、ところで、これだけ大きな牛を一頭丸焼きにするには、それなりの設備が必要ですよね……?」
 ミスティの問いには、弥十郎の兄、佐々木 八雲(ささき・やくも)が答えた。

「ああ、それはこちらで作っている。昼過ぎには完成するだろう――紹介しよう、協力してくれる川崎さんだ」
 八雲と共に、ツナギ姿の男性が立ち上がって頭を下げた。施工技術士 川崎さんである。
「初めまして、川崎です」
 ミスティはカメラを寄せ、目深に帽子を被った川崎さんと八雲を映しながら、インタビューを続けた。
 視線を移すと、太く大きな杭のようなものが設置されていて、その両側には大きなハンドルのようなものが付いている。これで回転させながら牛をあぶり焼きにしようというのだろう。

「これはすごいですね、今回これを作るにあたって、一番のポイントはどこですか?」
 それに対しては、八雲が太い杭の両端を指差しながら答えた。
「やはり一番のポイントはあの200kgは超えるだろう牛と、それを貫通するこの杭の重量に耐えられる設備を作ることだな。それに関してはこの川崎さんのアドバイスがなければ難しいところだった」
 ぺこりとお辞儀をする川崎さん。八雲から説明を引き継ぐ。

「そして、ここを見てください。杭を刺して、上から鉄板を使用した蓋をいかぶせることで安全性に配慮しました。それと同時に効率よく蒸し焼きにすることができます。また、底部は炭と共にハーブ等を利用して焼くと同時に香り付けをすることができるように設計し……」
「さらには、均等に牛に火が通るように考えられたこの回転ハンドルは……」
 八雲と川崎さんの解説が延々と続き、ミスティはどの辺りからカットして使おうかと思案するのだった。


                    ☆


「いやぁ、こっちはこれまた盛大に作ってるねぇ」
 レティシアがずらりと並んだ料理に感嘆の声を上げる。
 神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)と共に作っている料理が半端ではない量なのである。

「ええ、おそらくかなりの数のお客さんが来ると思いますので……おにぎりは、今から作っておいても作り置きがききますし……」

 紫翠は、朝から運び込まれる食材と、自らが持ち込んだ食材を休みなく調理し続けていた。
 パートナーのシェイドもそれを手伝っているが、確かに100人以上の人間が集まるであろうというパーティなのだから、料理もデザートもかなりの量が必要と思われた。
「まったく……だからって、自分ひとりで作ろうとしなくてもよさそうなもんだ……」
 シェイドの言葉に、紫翠は微笑みで返した。
「いえ、自分ひとりで作ろうとはしてませんよ? ただ……」
「ただ?」
 紫翠は言葉を切って、空を見上げた。その続きを、レティシアが促す。
「皆さんが、それぞれの腕前を披露するようなメインの料理を作ってくださるでしょうから……自分はとりあえず食べられるようなものをたくさん作っておかないとって……せっかくのお客さんがおなかをすかせては、可哀想ですし」
 なるほど、見ると紫翠の作っている料理は、梅、おかか、そして鮭のおにぎりや豚汁、寄せ鍋と比較的無難な料理が多い。人目を引くものではないが、夕刻かた始まる野外のパーティでは地味に嬉しいご馳走になるだろう。
「――そうか。なら、もうすこし付き合うとするか」
 シェイドはため息混じりに、2段重ねのスポンジを鏡餅に見立てた、正月風鏡餅ケーキにクリームを塗っていく。こちらも特筆すべき工夫があるわけではないが、苺を挟み込んだスポンジケーキは安定した味わいがある。
「はい。お願いしますね」
 紫翠はもう一度、シェイドに向けて微笑みを投げた。

「やれやれ……俺としてはパーティを楽しむ側にも回りたかったがな……まぁ紫翠にそれを求めるのも無理ってもんか……」

 シェイドの声にならない呟きが、曇り空に消えていく。
 レティシアもまたその様子を見て、他の準備状況を確認しに走る。


 パーティまでは、残すところ数時間。それぞれの準備はいよいよ大詰めだった。