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けれど愛しき日々よ

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けれど愛しき日々よ

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第2章


 そんな感じで二日という時間はゆるやかに流れていく。
 パラ実の自称正義のヒーロー、『正義マスク』ことブレイズ・ブラス(ぶれいず・ぶらす)は、湖のほとりから重機が宮殿の残骸を撤去していく様子を見つめていた。

「よぉ、ブレイズ」

 そこに声を男がいる。蔵部 食人(くらべ・はみと)だ。いつからそこにいたのだろう、釣り糸を垂らし、ブレイズの方を振り向きもせずに、じっと湖面を見つめている。
「――先輩、釣りっすか」
 ブレイズと食人は以前、魔族との戦いの場で会ったことがある。正義のヒーローに憧れるブレイズは、自分以外のヒーローを『先輩』と慕うクセがあるのだ。
 実際には後輩であっても、年下でも関係ない。食人も、そんな一人だった。

 だが今日の食人はヒーローではない、ただの釣り人だ。
「ブレイズ……今日は、荒れるぜ」
 その言葉を聞いたブレイズは空を見上げた。快晴だ。
「え、そうっすか? あんないい天気っすよ?」
 だが、どうしたことだろうか。その途端、視界の端にあっただけのわずかな雲が急速に流れ込んできて、あっという間に濁った曇り空に変えてしまった。

「――風が、変わる……」

 それはそれとして、その近くでは食人同様、釣りを楽しんでいる者はいた。
「――ったくよぉ」
 飛鳥 菊(あすか・きく)は、パートナーのエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)が勢い良く釣り上げた魚をシャープシューターで撃ち落していた。
 ちなみに、弾丸の代わりにデリシャスウェポンのひとつである『デリシャスバレット』が込められているので、魔物化した魚もこれで無毒化できるというワケだ。彼女の愛銃はデザートイーグル.50AE。豆型のデリシャスバレットでなければ、小型の魚などは消し飛んでしまう。

「おお〜、魔物化する前はヒマメスか何かやったのかいなぁ。ここは湖さかいになぁ」
 海の男、エミリオはここのところ趣味である釣りができていなかったので、ここぞとばかりに食材提供の名目で釣りを楽しんでいた。
 巨大なサーペント『湖のヌシ』がいる、というブレイズの話を聞きつけた菊と共に湖を訪れたのだが。
「ああ、そうなんだがなぁ」
 エミリオと対照的に菊の表情は暗めだ。それというのも――。

「ヒャーハハハハッ!! こいつはいい! さっさと終わらせて酒盛りといこうぜ!!!」
 もうひとりのパートナー、漣 時雨(さざなみ・しぐれ)が原因である。
 時雨は山に入っては、魔物化した動物を狩って戻って来ていた。
 問題は、時雨は食材提供などという名目すらなく、ただ本人が暴れたいというだけなので、無毒化することもなくトドメも刺さない中途半端な状態で狩ってきた獲物を溺死させる目的で湖に次々と放り込んでいくのである。
「――ったく、かたやただの太公望、かたやただの戦闘狂……釣りのことになるとエミリオも見境ないし……おい?」

 そんな菊の心配をよそに、エミリオは立ち上がって時雨に何かを手渡した。
「あ、時雨はん。ブレイズはんに無毒化の武器、借りといたでー。はい、これ」
 あくまで笑顔のエミリオからそれを受け取った時雨。
「お、気が利くじゃねーか……って何だこれ?」
 それは、一本の海賊旗……と言えば聞こえはいいが、その軸となっているのは明らかに巨大な爪楊枝。

「デリシャスジョリーロジャーやと。ま、子供っぽい時雨はんにはお似合いどすな、せいぜいそれで遊びよし」
 それは、巨大なお子様ランチの旗だった。

 つまり、『湖に変なもの落とすな、魚が逃げる。あっちで遊んどけ』とエミリオは言っているのである。
「何じゃこりゃあああぁぁぁ!? フォカロルなめてんのかこの釣りキチ野郎!! ぶっ刺すぞ!!」
 ちなみにフォカロルとは、悪魔である時雨の本来の名であり、水域の公爵であるが、ここではあまり関係はない。
「うっさいわこのあほうカロル!! 獲物が逃げるやないか!!」

「あーあ……だからヤだったんだよ……こいつら暴れだしたら手がつけらんねぇ……って危な……あー」
 菊はもはや止める気もなく眺めていた。湖畔でつかみあって暴れるものだから、二人はバランスを崩して湖に転落してしまったのだ。

「ごぼばがぐべばぼ!!」
「ぼぐぎげがばぼが!!」
 海の男と水域の公爵の二人である。湖に落ちた程度で溺れる筈はないが、水に入った状態でケンカを続けていてはその限りではない。

「おーい、大丈夫かー?」
 見かねた食人が、釣り竿をひょいっと伸ばして時雨の襟首に器用に針を引っ掛けた。
「ああ、悪いな騒がしくて。すまないがそのまま引き上げてくれれば――」
 そこまで言った菊。だが、すぐにその表情が険しいものに変わった。

「――来るぞ」

 食人の呟きと、ブレイズが湖畔から飛び出したのは同時だった。
「ヒャッハー!! 今日こそ決着つけてやるぜぇぇぇ!!!」

 エミリオと時雨浮かぶ湖面の底に、巨大な影が見える。
「エミリオ!! 時雨!!」
 菊の叫び声と共に、一気に影が大きくなった。

「お、なんやぁぁぁ!?」
「どわぁぁぁ!?」

 エミリオと時雨の二人を口の端に引っ掛けたまま、巨大なサーペント『湖のヌシ』がその姿を現した。
 全長数十mはあろうかという巨体に、ブレイズはデリシャストライデントを突き立てる。

「グギャアアアァァァ!!!」
「のわあああぁぁぁ!?」
「どひゃあああぁぁぁ!?」

 湖のヌシの咆哮と、エミリオと時雨の悲鳴が周囲に響き渡る。
 そんな中、食人はひと言、呟いた。

「うん、でかいのが釣れたな」
 と。


                    ☆


「うっさー♪ 久しぶりだね、スプリングちゃん♪」
 そんな湖の騒動はさておいて、霧島 春美(きりしま・はるみ)ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)はスプリング・スプリングと、森の中で食材探しに精を出していた。
 春美の超感覚、白うさぎの耳が頭部でぴょこぴょこと揺れ、ディオネアがぴょんぴょんと跳ねると自前のうさ耳が跳ねる。そこにスプリングのうさ耳が加わると、うさ耳トリオの結成であった。

「そうでピョンね、私もそこそこ忙しかったから……何しろ、冬の次は春でピョン。準備しておかないと……春美とディオは、元気にしていたでピョン?」

 スプリングの問いに、ディオは元気いっぱいに答える。スプリングの手を取って、眩しい笑顔で。
「もちろんだよ、ボクたちはいつだって笑顔を忘れないからね! うさみみ戦隊バニースリーはおいしい食材を探すんだ!!」
 手を取ったままディオがぴょんぴょん跳ね回るものだから、スプリングも一緒に跳ねざるを得ない。
「あはは……相変わらずでピョン。春美も元気そうで何よりでピョン」
 その様子を微笑ましく見守っていた春美も、眩しい笑顔で答えた。
「うん! 私も元気だよ、最近新しいコミュニティ『もう仮想柔術なんて言わせない☆』ってとこで本格的にバリツを始めたんだよ! だから今日はいい修行になると思って!!」

 バリツとは1891年に以下略。

「――よっ!!」
 その傍ら、果物型魔物をリベットガンからの『デリシャス爪楊枝』で打ち落としたのは、天城 一輝(あまぎ・いっき)だ。
「スプリング、これでいいのか?」
 一輝もまた、スプリングのよき友人である。
 射出された爪楊枝は、小さな果物や昆虫型魔物に損傷を与えずに無毒化していく。
「うん、大丈夫でピョン。デリシャスウェポンの効果で無毒化されてるでピョン」
 スプリングは満足そうにその様子を眺め、春美、ディオネアと共に億へと進む。
 一輝は、その後に続きながらデジタルビデオカメラで森や山の様子を撮影した。
「ねぇそれ、何に使うの?」
 ディオネアが無邪気に尋ねる。
「ああ。後でカメリアが帰ってくるらしいから――山や森の様子が分かったほうが浄化の手助けになるかと思ってな」

「なるほど、そういう目的だったでピョンか。だったら、たぶん心配はいらないでピョン。カメリアはこの山の主であり、地祇だから……具体的に浄化して回るというより、存在そのものが山の自浄作用を促すのではないかと思うでピョン」
 スプリングの説明に、頷く一輝。
「ふむ……まあいいさ、取っておけばパーティの余興代わりぐらいにはなるだろ……危ない!!」
 会話しながら、一輝は春美に銃口を向ける。
「!!」
 その銃口の先を読んだ春美は、かわすこともせずに振り向いた。
 一輝の射出した爪楊枝は、春美の頬の横をすり抜けて大きな木の陰に潜んでいた魔物に命中する。
「――うん、やっぱりスイーツ系の魔物がいたわね、この辺、妙に果物や蜂蜜の魔物が多いと思ったのよ」
 春美の呟きに姿を現したその魔物は、幾多のスイーツ系魔物を身体中に飼う、大きなケーキのような魔物だった。

「わー! おいしそうな魔物!!」
 ディオネアの叫び声が森の中にこだました。一目で被捕食者側に認定させるとはケーキ魔物も思っていなかっただろう、ディオネアに向かって、生クリーム爆弾を飛ばす。
「おっと!!」
 それをひらりとジャンプしてかわしたディオネア。春美は前に出て、構えをとる。

「さあ、森の平和を乱す悪いスイーツには、おしおきよ☆」
 ディオネアと共に囮役でケーキ魔物をかく乱しながら、スプリングは叫んだ。
「一輝、援護を頼むピョン♪」
 求めに応じて、一輝もまた戦闘体勢だ。次々に爪楊枝を射ち出して、小型の魔物をつぎつぎに仕留めていく。

「やれやれ……まるっきりゲーム感覚だな」
 それに対して、春美は楽しそうに告げた。


「あら、いいじゃない!! 修行も狩りも楽しくなくっちゃ☆」


                    ☆


 ところで、その頃の湖では。
「どりゃあああぁぁぁ!!!」
 現れた湖のヌシに大きくジャンプしたブレイズ・ブラスは、巨大な銀製フォーク、デリシャストライデントをヌシの巨体に突き立てた。
「グオオオォォォ!!!」
 その途端に数十mもある巨体が激しくうねり、トライデントごとブレイズを弾き飛ばす。湖畔の草むらに激しく突き刺さるブレイズ。

「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!」

 そのブレイズを大きく飛び越えて、湖のヌシへと飛び掛っていく男がいた。
 マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)だ。
 マイトはブレイズがトライデントで傷つけた周辺を狙って両手の連打を浴びせる。
「オラオラオラオラオラァ!!!」
「あいつは!?」
 驚きの声を上げるブレイズに対してマイトは応えた。
 いや、応えたというよりも、それは宣戦布告。


「ブレイズ・ブラス!! 貴様のヒャッハーに通じるものを感じるぜ!! いざ尋常に勝負!! どっちが先にこいつを倒して喰うか!!!」


「何ィ!? ――危ねぇ!!」
 次の瞬間、マイトの後ろに湖のヌシの尾が迫った。だが間一髪のジャンプでそれをかわすマイト。
 再びブレイズの元に着地し、湖のヌシを睨みつける。
 数度の攻撃でヌシもこちらを明確に敵と認識したようだ。頭部をもたげ、長い舌を出して威嚇している。
「――ヘヘッ、どうやら奴さんもこっちを敵と認めたようだぜ――」
「……あんたは」
 ブレイズが、再度問うた。
「俺か? 俺はマイト・オーバーウェルム。イルミンスール武術部、部長だぜ!!」
 イルミンスール武術は、魔法の手段を持たない者でも魔法に対抗できるようにと、マイトが考案し研究を続けている武術である。実際の効果はともかく、対魔法の戦法を含めて、多くの部員の修練や意見交換として役に立っていることはたしかであった。

「イルミンスール武術……噂は聞いてるぜ、面白ぇ!! この勝負乗った!!」

 もとより湖のヌシとの決着を望んでいたブレイズ。脳細胞の組織構成が単純にできている彼にとって、マイトの申し出を拒む理由はなかった。

「あーーーっ!! 何ですか二人だけで分かり合ったような雰囲気だして!! アンちゃんも仲間にいれて下さいよーぅ!!」

 そのブレイズとマイトの間に割って入ったのは、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)。日傘を差して皆の様子をのんびり眺めるスウェル・アルト(すうぇる・あると)のパートナーだ。
「よぉ、アンドロマリウス!! 久しぶりだな!!」
 アンドロマリウスとブレイズは以前、魔族との戦いで共闘したことがある。人それぞれの正義の形を持つことを良しとするアンドロマリウスは、『正義マスク』を自称するブレイズと張り合っていたのである。

「正義の名の下に行動する人はアンちゃん大好きですから!! ゆえにライバルなのです!!」

 ビシっとブレイズを指差してライバル宣言するアンドロマリウスを眺めつつ、スウェルは呟いた。
「あ、アンちゃんがやかましい時は、激しくスルー推奨」
 スウェルの呟きを耳ざとく聞きつけたアンドロマリウスは振り向いて抗議する。
「えー! スルーされたらアンちゃん寂しいですー!!」
「もしくは、完全無視」
「ヒドい!!」

 そんなやりとりを無視して、マイトは体勢を立て直し、再び飛び出した。
「何をゴチャゴチャやってやがる!! こっちは準備万端!! 先に行くぜぇ!!!」
 その後を追うブレイズ。
「よっし、こっちもいくぜ!! アンドロマリウス!! お前も来るだろ!? 誰が湖のヌシを先に倒すか勝負だぜ!!」
 ブレイズは、一振りの曲刀をアンドロマリウスに投げて渡した。デリシャスウェポンのひとつ、『デリシャスファルシオン』だ。
「もっちろん、私も参加させてもらいますよ!! ――ところで、私のことはアンちゃんと親しみをこめてですね――」
「ん? ……年上をちゃん付けで呼ぶのもどうかなぁ……んじゃ、アンでいいだろ、な!」
 マイトに続いて大きく湖面に飛び出すブレイズ。アンドロマリウスもその後を追って大きく跳躍する。

「まあ、いいでしょう!! いきますよ、巨大サーペント!!」

 勢い良く飛び出した三人を見送って、スウェルは呟いた。

「ちゃん付けと呼び捨てって……大差ないと、思う」