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少女の願いを

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少女の願いを

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始章

 幽霊の少女は両手を合わせて目を閉じていた。
 思い返すのは、見ず知らずの自分のために力を貸してくれた人たちの優しい表情。
「どうか……無事に戻ってきてください」
 少女の小さい祈りを背に、冒険者たちは自分の成すべきことを成すために歩き始めた。


一章 記憶と記録

 冒険者の数人は少女の死んだ理由に迫るため、森の近くにある小さな町に訪れていた。
「それで、何か分かったことはあるかな?」
 町の図書館に訪れていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は棚に本を戻しながら、過去の新聞を広げているリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)に声をかけた。
 リリアは色あせた新聞紙を閉じて、一つため息をついた。
「三年前、この辺りの村が盗賊の焼き討ちに遭ったっていうのが、ここ最近の大きな事件ね。大量の死者も出てるし」
「あの子があの場所に縛られている理由はさすがに分からないか。……それにしても三年か……その間、あの子はずっと一人であそこにいたんだな……」
「辛かったでしょうね……その間に恋人の顔も思い出せなくなってるんだから」
 二人は彼女が死んでからの経緯を思って、表情を暗くしていると、聞き込みをしていたロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)が戻ってきた。
 ロレンツォは二人の表情を見て、怪訝な顔をする。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。それより情報は集まったかい?」
 ロレンツォは黙って首を横に振る。
「どれも眉唾ものの情報で信用に値する物はほとんどありませんでした」
「町の人が口を揃えて三年くらい前から幽霊を見たと言っていることと、あの洞窟の地図くらいは信用できるかしら」
 そう言ってアリアンナはリリアに洞窟の地図を渡した。
「三年前……村の焼き討ちと時期は一致するわね」
「とりあえず、地図の情報は探索組に送って俺たちも戻るとして、ちょっと花屋に寄り道していいかな?」
「花屋……ですか?」
 エースの提案にロレンツォとアリアンナは顔を見合わせる。
「深い意味は無いよ、ただずっと一人でいた彼女に少しでも和んでもらいたくてね」
「なるほど……いいんじゃないかしら。ねえ、ロレンツォ?」
「ええ、反対する理由もありませんよ。それじゃあ彼女に喜んでもらえるように、たくさん買って行きましょうか」
 そんなことを話ながら、四人は町の図書館を後にした。


 インスミールの森の近く、幽霊の少女に直接話を聞こうと佐野 和輝(さの・かずき)はパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)を連れて少女の前に立っていた。
 和輝はエースから送られてきた事件のデータに目を通す。
 死者八十人以上、負傷者無し、行方不明者数人。
 負傷者がいないということは、つまり村で助かった人間はいないということ。
 少女の身元が分かれば家族に報告することも考えていた和輝にとって、これは凶報以外のなにものでもない。
 身元が分かっても、彼女の生存を望む人間はこの世にいない。
 その事実が、和輝の顔を険しくする。
「和輝、ユエルがどうしたのって訊いてるよ?」
 そう言ったアニスの表情も心配そうだった。
「……ユエル?」
 聞き慣れない名前に、和輝は思わず聞き返す。
「この子の名前だよ」
 アニスは精神感応で和輝に少女の姿をイメージとして伝える。
「ユエルが、私に何か用か、だって」
「ああ、俺は霊感が無いせいか君の姿は見えないけど、君のことを教えて欲しい。ひょっとしたら恋人の顔も思い出すかも知れないし、それに……一人でまた待つのは寂しいだろ?」
「ユエルが、ありがとう、だって」
 アニスはニパッと笑顔を見せると、和輝もほんの少しだけ口角を上げた。
 こうして、通訳を挟んだ会話が森の中で行われた。