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■ ランダムチェンジ ■



 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は転がした賽子によって任務を与えられていた。
 即ち、
「とりあえず殿方を遊びにお誘いすればいいのですね!」
「下手に触らねぇ方が……って、おい!?」
 両拳を力強く握ったフレンディスに、不自然に出現した賽子に警戒しろと言った矢先の、使命感に燃える恋人の言動にベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は時既に遅しか! と思わず突っ込んだ。
「マスター、私これから殿方をなんぱしに行ってきますね! (ぐっ」
「ちょ、おい待てフレイ! ナンパの意味解ってんのかって、もう声かけてるッ!」



 いきなりナンパに引っかかったフランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)の怒りゲージはぐんぐんとMAXめがけて上り詰めていく。
 というか、過程すっ飛ばしてもう突破していた。
「……あら、どうしようかしら」
 困惑しつつ、でも、この状況は楽しい、そんな口調で微笑むフランソワ。
 その姿を見てるだけで、オデットから表情が消えていく。
「ごめんなさいね。もう行かなくちゃ……またどこかで会えたら、その時、ね?」
 相手にウィンクして手を振ったフランソワは、気を取り直してオデットに振り向いた。
 振り向いて、異変に気づく。
 否、異変どころの話ではない。視線が引き絞った弓に番えられた矢の切っ先のように鋭かった。今にも射抜かれそうである。視線だけ殺されそうだ。
「オデット? あの、どうしたの……?」
 声をかけるのすら躊躇われるほどのオデットの冷たい視線にフランソワの声は些か小さくなった。
「怒ってるの」
「あ、ああ。急いでいたのね。気付かなくて悪かったわ」
 事情を察せられず立ち話をして時間を潰してしまったことを謝り、では行きましょうと誘うフランソワにオデットは首を左右に振った。
「違うよ、フラン。急いでいたんじゃない。――失礼だよ」
「え?」
「見ず知らずのフラン相手に、こんないきなり……許せない」
「ちょ、ちょっとオデット?」
 ただのナンパなのに。その怒り方は尋常ではなかった。唐突に怒り始めたオデットに状況が飲み込めないフランソワは戸惑いを隠せないでいる。
 普段穏やかな彼女に似つかわしくない怒気にフランソワの対応はどんどんと遅れていく。が、ただわかったのは、オデットは自分の為に怒っているということだ。
「私のために怒ってくれたのね、ありがとう。でも、ほら。もう大丈夫よ?」
 では、そんな自分の為にという理由を逆手に取ろうとしたフランソワは、
「フランは黙ってて」
 オデットの台詞に沈黙を余儀なくされた。
 沈黙が痛い。特に胸が痛い。
 怒りの矛先は自分に無いとわかっていても、これに耐えろとは酷な話だ。
 オデットは、わかっている。ただのナンパだということはわかっている。フランソワがそんなのに引っかかることもないのもわかっている。
 ただ、一点、フランソワの手を煩わせた。その事に、この激情を止められないでいた。
 そして矛先を向けられない怒りのやり場を失った自分を宥める術が彼女にはなかった。
 この怒りはいつまで持続するだろう。



「先程は失敗してしまった様なので、今度はもう少し切り口を変えて臨みたいと思います!」
 決意も新たに再チャレンジに赴くフレンディスの腕をベルクは掴み取った。
「もうやめろ」
「へ? どうしてです?」
「どうしてって……」
 純粋な目でじっと見つめられたベルクは言い淀んだ。
 彼女の言うナンパは自分が思っているナンパとは違うのはこの目を見れば明白で心配するような事態には発展しないだろう。
 だが、問題はそこじゃなかった。
 原因は賽子にあるのはわかりきっていたが、恋人が誰彼かまわず遊びに誘う様を見ているのが非常にベルクは嫌なのだ。
 賽子のせいとは言え、あんなにも積極的に誘うなんて、とまでベルクは考えて、はた、と気づいた。
 この状況はもしかしたら逆手に取れるかもしれない。ベルクは自分の考えに緊張して軽く咳払いした。
「わ、わかった。そんなにナンパしたいのなら、どうだ、俺に……――って、居ない!」
 流石に忍びなだけはある。強く掴んでいた手はあっさりとすり抜けられていた。
 道行く男性に声を掛けるフレンディスに向かってベルクは走りだした。



 サイコロを振ったのがきっかけと言えばきっかけだった。
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の目に映る空京のビル群は、楽園も同然だった。
 体中を電気のように貫く衝動に体は喜びを覚え、鋭敏になった感覚は次なる刺激を求めて彼女の体を本能のまま動かした。
「え、さゆみ?」
 デート中、突然降って湧いたいサイコロを軽い気持ちで転がしたさゆみの変化をアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は咄嗟に悟ったが、あまりに突然のことに動揺してしまった。
「行くわ」
「い、行くって何処にですの?」
「嗚呼、こんなにたくさん! 選び放題!」
 両手を体の横に広げたさゆみは感激にそのまま自分の頬を両手で覆う。うっとりとしてしまう。
「目立てる。目立てるわ」
「さゆみ? さゆみ?」
 完全にイッてる目をしている恋人に先程までの甘い雰囲気すら感じさせないさゆみの言動にアデリーヌはもうどうしていいかわからなかった。何度名前を呼んでも視線すら向けてもらえない。
「私は行くわ! あの高みへ!」
 宣言するとさゆみはそのままビルの外壁を掴んだ。スキルもアイテムも使用しない体一つでビルクライミングを始めたさゆみにアデリーヌはぎょっとする。
「ちょっと、さゆみ。止めて。怪我を致しますわ、お願い、止めて」
「あの頂点へ! そして絶頂を極めるのよ!」
 独り言を繰り返し、涎すら垂れ流し頂点を目指すさゆみの姿にアデリーヌの限界は超えた。あまりの変貌ぶりに恐怖と絶望感を覚え、声すら届かない現状に涙が溢れる。
 早くやめさせなければ、恋人はもう戻ってこないのでは。それに、登っている途中で転落でもしたら。
 意を決してアデリーヌは我は纏う無垢の翼を纏うと、ヒプノシスで眠らせるため恋人の元に急いだ。