|
|
リアクション
■ ランダムチェンジ ■
あまりの怒りに手が万力を宿し、握りしめられたサイコロが粉々に砕け散った。
冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は腹立ちに全身が憤怒に戦慄いている自分に、更に怒りが増して目の前が真っ白になりそうだった。
「ああーー、もうッ」
吠えた永夜に司狼・ラザワール(しろう・らざわーる)とロイメラ・シャノン・エニーア(ろいめら・しゃのんえにーあ)は同時に彼を見て、同時に理解した。
完全にキレている、という事に。
「え、怒ってんの?」
「怒ってますね」
「永夜、なんであんなに怒ってんだ? アイス奪われたりとかそういう事なかったじゃん」
「理由としてすぐに思い当たるものはアイスの事ぐらいですが、そう言った事は確かにありませんでしたね」
彼らの認識はやはりアイスだった。アイス以外の理由を見つけられず、果てさて困ったと首を傾げている。
「******が、******で、*****だろッ!」
こうしている間にも永夜は怒りに任せて激情を吐露しているのだが、早口で捲し立てているのでうまく聞き取れず、司狼もロイメラも原因がさっぱりわからない状態だ。
「永夜さんは物凄く怒ると言葉が悪くなるみたいですね」
「ふーん。ロイメラさんみたいなだな」
「ボクはあんな感じではないですよ!?」
否定されるが、キレると何を喋っているのかわからない所は一緒だと司狼は心の中で頷く。
「それにしてもどうして怒っているのでしょうか。サイコロに触ってから変わった、という感じがしないでもないですし」
「サイコロ? あーなんかあった気がするぞ。手のひらくらいの大きさだった」
永夜の見事なまでのキレっぷりに対し、二人の対応はどこかのんびりしていた。が、周囲はそうもいかなかいようで、
「ママ、あの人叫んでるよ」
「シッ。目を合わせちゃいけません」
と、危ない人扱いされている。
これはあまり良くない現象だと判断するには十分な反応だった。
「だよなー。あのままほっとくわけにはいかないよなー」
うし、と気合入れる司狼に、「そうですねまずは落ち着かせないと」とロイメラも続こうとして、ぎょっとする。
「それはちょっと待って下さい!」
かるーく一発お見舞いさせようと握られた司狼の拳をロイメラは牽制した。
「えー、永夜を気絶させとけばとりあえずいいっかなーって。大丈夫だって、グーパンチでも手加減するからさぁ」
「そういう問題ではありません」
「だって早くなんとかしないと頭の血管まで切れそうだぜ?」
「ですがグーパンチは待って下さい。ああ、もう、永夜さんも落ち着いて、お願いですから落ち着いて下さい」
実力行使の前に平和的交渉を求め、ロイメラは永夜の説得に取りかかった。
「永夜さん。何をそんなに怒ってるのかはきちんと話を聞きますから、まずは落ち着いて下さい。正気に戻らないと、司狼さんが強硬手段に出ますよ!」
言うが、永夜にその声は届いていないらしく、彼の突然の暴発は熱く滾ったまま静まることを知らない。
司狼が固く拳を握りしめる。
錬金術の勉強ばかりで凝ってしまった頭や体をリフレッシュさせようと散歩に出たリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)の頭に、空から勢い良くサイコロが落っこちた。
「痛ッ」
ぶつかった痛みに思わず目を閉じたリアトリスは、本能的にその目を更に固く閉じた。
目を開けてはいけないともう一人が警鐘を鳴らしている。
では、何故目を開けてはいけないのか。それは、恋をしてしまうからだ。
では、どうして恋をしてしまうのか。それは、運命の悪戯だからだ。
自問と自答を繰り返すリアトリスは唇さえ噛み締めて己を己に閉じ込めた。
目を開けないのは一種の防衛線なのだ。自分の身に起こった異変に気づいたからだ。
抱え込んだ頭からひょっこりと大きな犬耳が顔を出した。腰にはまる犬の尾が生えた。視覚が使えない今無事にこの試練を潜り抜けるには視覚以外の他の五感が絶対必須。
超感覚でもって即刻家に帰る!
「ねぇ、そこの人」
意を決し踵を返したリアトリスにナンパの声がかかった。
「あ、あの……」
「いやいや逃げないでよ。お話しようよ」
可愛い耳だねとか口説き始めた相手に早く家に帰りたいリアトリスは早鐘を打ち新しい恋を待ちわびる胸を必死に抑えた。
早く、早く家に帰りたい!
「はい」
と、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の手にサイコロを託したセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は近場の米屋へ乗り込んで早速米を袋ごと購入していた。
その間約三十秒。
米袋を引き裂いて開けると道端にどっかりと座り込んだ。
これから露天でも開くかの勢いで自分の周りに精密作業用のルーペ、針、彫刻刀と、いつの間に手に入れていたのか資料用の写真集を順に並べていく。
「あの……セレン?」
「よし、米粒でサグラダ・ファミリアを彫刻を作ってやるわ! 今決めたわッ」
米袋に手を突っ込んで米を握れるだけ握りしめて、そのまま拳を振り上げたセレンフィリティに、セレアナは呆気に取られた。
今、何て言った? 米粒で何を彫ると宣言した? サグラダ・ファミリアと言った? 確かにサグラダ・ファミリアと言ったか。あの地球にあるかの有名な建築家アントニ・ガウディが設計し様々な様式美が反映されていて(以下略)を米一粒に集約しようとは、それはさすがに挑戦し過ぎだろ!
しかし、セレンフィリティはそれをも可能にさせるのではと思われる程の不屈の闘志に燃えている。
恋人の突拍子もない行動にセレアナは展開についていけないとめまいを覚えた。
米粒彫刻に挑戦するセレンフィリティが、それを完成させるかと言えば果たしてどうだろう。
持ち前の、いい加減、大雑把、気分屋の三大資質を備えている彼女の手にかかれば、あら不思議。
米粒サグラダ・ファミリア(っぽいもの)に変形ロボ機能が付与されていたりして、気分屋も過ぎると米は最早おもちゃ扱いだ。というか全然うまくできていない。
「あの、あのね、セレン……」
食べ物を粗末に扱うのに気が引けたセレアナが遠慮がちに声をかけるも、挑戦者たるセレンフィリティの目は完全にイッていて、声すら届いてないようだった。
と。
「あー、あつい、集中できないじゃないの!」
言うのと同時にセレンフィリティは上着を脱ぎ捨てた。肌の色も目に眩しいメタリックブルーのビキニが白日の下顕になる。
増々と燃え上がる恋人に、セレアナは片手で自分の頭を抱えた。ゆっくりと肺の底から息を吐き出すと、ヒプノシスの形に指印を切った。
空京は賑わっていて、人は多い。
佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)はサイコロを放り投げると道行く人の群れに軽い足取りで近づいていく。
スキップしながら近づいていき、しゅぴっと手を挙げた。
「あー、あの、あのぉ、そこの人、よければ遊びに行きませんか? ですぅ」
ふんわりとした金髪ポニーテールが傾げた首の動作につられて緩やかに揺れ動く。
「そうですぅ、そうですぅ、ちょっとお茶でもどうですか、ですぅ」
もっと素敵な人と、もっと楽しいことをしたい。欲求が体を動かしていく。明らかに自分の中の何かが違うのがわかっているが、胸のときめきが止まらない。
運命を弄れたらしく両眼を瞑り逃げるように去っていく人物にルーシェリアは駆け足で側に寄った。
「私とお茶でもどーですかぁ? ですぅ♪」
「え?」
「自分で言うのもなんですがぁ、私とお茶するのは、きっと楽しいと思うんですぅ」
「……自信があるんだね。可愛らしい声だ。君こそこんなところでナンパなんてして、お相手は居ないのかい?」
問われて、ルーシェリアは少しだけ考えた後、にぱーと明るく綻ぶように笑った。
「どうせ(天然女たらしの夫は)見てないのですから、たまには私も遊んじゃってもいいんですぅ♪」
大丈夫大丈夫。オールオッケー☆
軽いノリのルーシェリアに相手は少しだけ笑った様だ。
「その言い方は誰か居るんだね。じゃぁ、お茶だけ。僕は目を開けられないけど、それでもよかったら」
了承を得て、ルーシェリアは嬉しさのあまり両手を叩いた。無意識に蓄積された鬱憤もあったのかは知らないが、ナンパって結構楽しいかもしれないと今だけはそう感じてしまった。
なんだか周りの様子がおかしい。
そう気づいたのは七尾 蒼也(ななお・そうや)だ。
周りだけではない。
自分も、どこかおかしい。普段の自分なら、まず、いきなり通行人の腕を鷲掴みその歩みを止めることはしないし、
「なぁ、おまえ誰だ? 何してるんだ?」
なんて、不躾な態度で質問などしないはずだ。
けれど、答えを聞き出そうとする自分を止められない。
「何かおかしいと思わないか?」
そうするのが当然の事と、質問を繰り返し、答えを欲した。
「おかしいんだ。けど、何がおかしいのかわからない。教えてくれ」
腕を振り解かれた。足早に去っていく相手を気にすること無く蒼也は次の相手を捕まえた。
「何?」
訝しげの目で見てくる相手に蒼也は現状を見てくれと体の横で大きく腕を払った。
「なんでこんなことが起きているのか教えて欲しい」
「知らないよ」
知らないよ。それは、火に油を注ぐような症状を悪化させる魔法の言葉の様で、蒼也は携帯端末を取り出すと情報交流サイトに書き込みし始めた。
兎に角、答えをくれる人間に出会いたかった。
ふと、自分が転がしたサイコロに気づいた。あのサイコロを転がしてから世界の見方が変わった気がする。
無性に気になって拾い上げようとしたら思ったら、サイコロは砂のように崩れて大気に消えてしまった。
「なんだ?」
人為的なものを感じる。この騒動を引き起こした誰かが居るのか?
そいつは自分の疑問に応えるべき答えを持っているのだろうか?
「探してみるか……」
それをするだけの価値はありそうだ。
「しかし、誰を探せばいい?」