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温泉に行こう!

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温泉に行こう!
温泉に行こう! 温泉に行こう!

リアクション



一日目 前編



 


「プロ野球応援アイドルユニットのワイヴァーン・ドールズです☆」

 向けられたカメラに、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は目元で三本指のピースを作って笑顔を向けた。

「現在私はなんと! 試される大地、北海道へと来ております!」

 理沙が手を広げ、セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)の持つカメラが少し遠ざかり、彼女の後ろの風景を撮影した。
 遠くまで見渡せるまっさらな景色と、もう半分ほどが落ちている、色鮮やかな紅葉が光る。
 
「これから、札幌南部、定山渓温泉へと向かいます! 寒い季節といえば、やはり温泉ですよね!」

 理沙はマイクを近くの人へと向ける。
「温泉旅行、楽しみですよね? 温泉ではどのように過ごしたいですか?」
「クリムちゃんと温泉でのんびりしに来ましたー」
 偶然マイクを向けられた神月 摩耶(こうづき・まや)が答え、クリームヒルト・オッフェンバッハ(くりーむひると・おっふぇんばっは)の腕を取る。
「そうね。まったりと、ねっとりと過ごしたいわね」
 クリムもそう答え、妖艶に笑う。
「お友達と一緒に温泉! 楽しみですね! さあ、こちらはご家族で旅行に参加した方です。なにが楽しみですかー?」
 理沙は神崎 零(かんざき・れい)の手に抱かれた神崎 紫苑(かんざき・しおん)にマイクを向ける。
「紅葉を見たり、温泉とか、食事とか、いろいろ楽しみね」
「そうだな……三人でゆっくりと過ごしたいな」
 零、そして、夫の神崎 優(かんざき・ゆう)がそう答えた。
「そうですねー、私も楽しみです! ではでは、これからバスに乗って、温泉へ向かっちゃいまーす!」
 最後のカメラに笑顔を向け、理沙は手を振る。後ろにいた優たちや摩耶たちも、手を振った。
「カット。オーケーですわ」
 セレスティアがそう言って、カメラのスイッチを切る。
「いい絵が取れたよ。みんなありがとー」
 理沙はそう言って、紫苑の小さな指を握る。紫苑はきゃきゃ、と楽しそうに笑って、理沙の指を握り返した。
「『ワイヴァーンドールズの旅して乾杯!』、ってタイトルだっけ?」
 セレスティアの隣にいたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が言う。セレスティアは「ええ」と頷いて、
「深夜ローカル枠なので手作り感覚の番組制作なのですわ」
 そう答える。
「こうやって営業して、少しでも知名度を上げていかないと」
 理沙も続けて答えた。
「それに、取材ってことにしたら旅費も経費になるしね!」
 続けて言う。
「なるほどな。その代わり、タダなんだからしっかりと温泉とかメシとかを堪能しようってハラか」
 ルカルカと並ぶダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言う。
「もちろんですよ! 私も楽しい、宿も宣伝ができる、まさにwin-winじゃないですか!」
「ま、そうだな」
 正直に言う理沙に、ダリルは笑いながら言った。
「それにしてもダリル、やっぱり北海道だけあって、」
 ルカルカが遠くを眺めて言う。
 見える景色は、遥か遠くまで見渡せる。まだ開発の進んでない辺境の地と言う訳ではなく、しっかりと道も整備され、電線も通っている。
 それでもものすごく、景色が広がっているように見える。風通しもいい。
「寒いよね」
 そうやって風通しのいい景色だからこそなおのこと、吹き付ける風がまっすぐ彼女たちに向かって来ていた。
「寒いな……予想以上だ」
 ダリルも腕を組んだままだ。腕を組む、というよりかは、体を抱きしめるような形になっている。肩が少し上がっていた。
 気温は10度を下回っていた。

「俺たちからすりゃあ、慣れたモンなんだけどな」
 寒い寒いという周りの声に応えるように、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が答える。
「そういえば、出身地なんだっけ」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)がハイコドに聞く。ハイコドは頷いて、
「せっかくだから行って来いと言われてこのツアーに参加したけど、まさか地元だったとはなぁ」
 彼は妻に言われてツアーに一人で参加した。まあ、こういった機会がなければこちらに戻ることもそれほどないだろうし、今回は久々の帰郷の機会を与えてもらって、感謝といったところだ。
「涼介兄ぃ、寒いー」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)の体にしがみついて口にする。
「お兄ちゃん、本当にこんなところに人が住んでいるの?」
 クレアも言う。
「いや住んでるよ!? 実際に俺ここの出身だから!」
 答えたのはハイコドだ。
「こんな寒いところに……信じられませんわ」
 同じくクレアにしがみついているエイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が口にした。
「まあそりゃ地元民だって寒いっちゃー寒いさ。その分、暖房が充実してるんだよ」
「だったら早く暖かいとこいこうよぉ!」
 ハイコドが答えると、アリアクルスイドはそう叫んだ。ハイコドが息を吐いて涼介のほうを向くと、涼介は軽く肩をすくめた。


「やあ、お待たせ」
 少しすると、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)、通称ロゼを乗せたワゴン車と、大きな観光バスが二台、やってきた。
「来たわね」
 夏來 香菜(なつき・かな)が息を吐く。
「外で待ってなくても」
「誰かが外に出たら、みんな外に出てはしゃぎ始めたの。それじゃあ、温泉に向かいます! 大きな荷物はこっちに預けてくださーい!」
 香菜がそう言って声をかける。外に出ていた者たちはそれに反応し、おのおの荷物を運び出した。そして、バスに乗り込む。
「すまないね、なんだか、いろいろと面倒なことを」
 荷物を預けながら、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)は香菜に向かって言った。
「いいのよ。海の家とか、ちゃんと手伝えなかったお詫びも兼ねて、なんだから」
 今日の旅行は香菜が企画した旅行だ。たまたま安いツアーを見つけたというのもあるが、海の家やお化け屋敷など、アルバイトが続いたアゾートの慰安旅行的な理由が主となっていた。
「別にいいのに」
「そう言わない。今回は私たちが主催なんだから、アゾートはゆっくり、疲れを取ってもらわないとね」
「そうだよ、最近いろいろ続いてたからね、アゾートさん」
 荷物を預けながら、風馬 弾(ふうま・だん)が声をかける。
「おかげで海の家もお化け屋敷も大繁盛だったらしいけど、その分大変だったでしょ? 今回はゆっくり温泉で休んでもらわないと」
「そうそう。アゾートちゃん断らないんだから。そういうとこ、改めたほうがいいよ?」
 弾に続いてエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)も言う。
「うん……そう言うなら、今回はしっかり休ませてもらおうかな」
 アゾートは素直に頷いて、香菜に荷物を預けた。
「ほら、寒いんだから早く乗んなさいよ」
「わかってるから押さないでよ」
 エイカがバスに乗ろうとする弾のお尻を押す。アゾートもエイカに続いて、バスに乗り込んだ。
「それじゃあ、私たちは一足先に」
 ロゼはそう言って斑目 カンナ(まだらめ・かんな)の運転するワゴン車へと向かった。
「明日の行き先とか、決まってるの?」
 香菜がその背中に声をかけると、ロゼは振り返った。
「ばっちりだよ。北海道の魅力を最大限に伝えるコースを用意しておいた。明日はタイタニックに乗ってると思って任せといて」
「沈むわよ」
 妙なことを言うロゼに一抹の不安を覚えながらも、香菜はバスへと乗り込んだ。



 と、言うような感じで。
 香菜が企画した北海道への温泉旅行は、バス二台でやっと収まるほどの繁盛の中で始まった。




 バスの中はしっかりと暖房も効いていて、暖かい。
 そして、この先に温泉が待っているのだから、気分だって盛り上がるというものだ。
「ほらクナイ、見てごらんよ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は隣に座るクナイ・アヤシ(くない・あやし)の袖を引く。
 クナイと共に窓の外を見ると、渡り鳥なのか、数匹の鳥が空を羽ばたいていた。
「北海道は自然も豊かだからねえ。鳥とか鹿とか、熊とか、動物もいっぱいいるんだよ」
 クナイは窓に手をかけて外の様子に見入っている。
 綺麗に並んだ木々の一つに鳥たちは足を止め、横一列に並んだ。目が合ったような、そんな気がした。
「……のどかでいいところですね」
 クナイは微笑んでそう言った。北都も頷き、二人はじっと外を眺めていた。


「いよっし!」
「ああうぅ……」
 トランプをしているのは芦原 郁乃(あはら・いくの)秋月 桃花(あきづき・とうか)荀 灌(じゅん・かん)の三人だ。郁乃の手から灌がババを引き、見るからに落ち込んでいた。カードを持ち替え、今度は郁乃に向ける。郁乃はババを引かなかった。
「ふふん」
「ううぅ……」
 またしても悔しがる灌。
「荀灌ちゃんは表情に出過ぎです」
 桜花がそんなやりとりを見て言った。彼女はすでに手持ちがない。
「そうよ。顔を見れば一発でわかるわよ。ポーカーフェイスっていうのを覚えたほうがいいわ」
 桜花が一枚引いたところで、郁乃がそう言った。灌の顔を見ながら一枚引き、灌の手札にはババだけが残る。
「あーがり」
「また負けたですぅ!」
 灌はがっくりとうなだれた。
「悠里、あなたもやる?」
「いいの?」
 隣の席で様子を楽しそうに見ていた佐野 悠里(さの・ゆうり)が、郁乃に声をかけられぱっと笑顔を浮かべた。
「うん。人数が多いほうが楽しいもんね」
「やったあ! お母さんも、一緒にしよ?」
「いいんですかぁ?」
 悠里の隣りの、佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)がのんびりと言った。
「もちろんです。みなさんでやりましょう」
 桃花が答え、ルーシェリアは渡されたカードを受け取った。
「トランプなんて……久しぶりですねぇ。行くですよぉ」
 そうして、郁乃が広げたカードに手を伸ばす。
「お前ら、あんまりはしゃぎすぎるなよ。酔うぞ」
 一つ前の席にいるアンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)が振り返って言う。
「はいはーい」
「もう、お兄ちゃんは心配性です。子供じゃないから大丈夫ですよ」
 郁乃が短く、灌は少し膨れて答えた。
「子供だっての」
 アンタルは後ろに聞こえないような声で言って笑う。
「いやあ、賑やかですねえ」
 アンタルの隣に座っている鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が言う。
「そうだな……あー、うるせえか?」
「いやいや。こう賑やかだと、みんなで旅行に来たって感じでいいですよ」
 アンタルの言葉に貴仁は笑って返す。
「これから温泉ですからねえ。この賑やかな声が女湯からも聞こえるかと思うと、微笑ましいのなんのって」
「その発言は微妙に危なくないか?」
「やだなあなにを言っているんですかはははは」
 アンタルがちょっぴり苦い顔をして言う言葉を、貴仁は受け流して笑った。


「温泉か……」
 北海道への旅行と聞いていいね行こうと思い参加した衣草 椋(きぬぐさ・りょう)は、メインが温泉と聞いて困惑していた。
 彼――と言うべきか彼女と言うべきか、彼は女性の体だが、中身は男性なのだ。もともとは異世界の住人だったのだが、この世界に精神だけが飛ばされた影響で、そのようになったとか。
「あなた、男湯に入るわけじゃないわよね?」
 前の席にいた香菜が振り返って椋に聞く。
「いや普通に男湯に入ろうと」
「ダメよ!」
 香菜は大声で言う。
「あなた、体は女なんだから、ちゃんと女湯に入りなさいよ」
「中身は男なんだけど……俺が女湯に入るの問題ないか?」
「ないわよ、いやあるにはあるけど……」
 うーん、と香菜は唸る。
「えっ!? あんた男なの!?」
 座席の関係で隣に座っていた桜月 舞香(さくらづき・まいか)が驚きの声を上げた。
「あーうん、一応……」
 椋は簡潔に自分の状況を説明する。
「そうなの……えーなにそれキモい」
「俺だってなりたくてなったわけじゃねえよ」
 息を吐いて言う。
「な? 俺が女湯入ったら問題だろ。おとなしく男湯に入るよ」
「おい、ちょっと待てよ」
 通路をはさんで反対側に座っていた、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が声をかける。
「体は女なんだろ? だったら、男湯に入るほうが問題だろ」
「そうですよ」
 垂の隣に座る騎沙良 詩穂(きさら・しほ)も、顔を出して言う。
「心が男ならわかるでしょ? 温泉に入っているときに、年頃の女の子が入ってきたら困るよね?」
「まあ……そうか」
 詩穂の言葉に、椋は素直に頷く。
「だから、一緒に女湯に入ろ。大丈夫。肉体的には同じだもんね」
「うん……」
 勢いでそのまま頷く。そのままにっこりと詩穂が笑顔を浮かべ、会話が途切れてしまった。
「丸め込まれたような気がするんだけど」
「仕方ないでしょ。まあ、特別よ。自分が男だと忘れて入浴すること」
「難しいな!」
 香菜の一言に椋は言い、香菜はくすくすと笑った。
「本当に男なの? どう見ても女じゃないの……なにそれ」
「気になるな。どれ、ちょっと試してみよう」
「ちょ、どこ触って……」
 舞香と垂にいろいろと弄り回され質問攻めに合い、椋は散々な目に合っていた。




 そんなのどかな空気に包まれたバスの中の一部に、不穏な空気も漂っていた。
 二台目のバスの、後方の席だ。


「彼女いない歴、イコール、年齢!」

「無視されること数知れず、女に無意味に遠ざけられ、ヤローと群れて今を生きる!」

「内なる炎に身を委ね、目指せ三十魔法使い!」



「俺たち、モテない組!」



 ちなみに文字は大きいがバスの中だから小声だ。バスの中は話し声で満ちていて、彼らの声を聞く者はいない。

「参謀。今回の温泉旅行、首尾はどうだ」
「は。温泉地の情報は確保。絶好の覗きスポットを見つけたであります」
「よくやった。本日の任務は、その覗きスポットに足を運び、インターネットでは決して見られない現実に存在するアヴァロンを目にすることである」
「現実に存在する……」
「アヴァロン……」
 モテない組のメンバーはバスの中にいるメンバーを眺める。
「隊長。美人、ロリ、巨乳、全てが揃っているであります」
「その通りだ。今回のツアーを狙ったのは他でもない。ハズレを引かないための、最善の策だ」
「隊長……あなたに一生ついていきます」
「ははは、今はよせ」
 隊長と呼ばれた男は握られた手を払って言葉を続けた。
「ただ、アヴァロンへの道は険しい。もし、到達できなかった場合のため、今回はスーパーバイザーが付いてくれる」
 隊長は通路からずれ、後ろにいる男を示す。
「スーパーバイザー、写真はお願いします」
「……任せてよ」
 首からカメラを下げた一人の少年が、鋭い眼光を光らせて頷いた。
「あ、あなたは……」
 モテない組の男たちがその人物が誰かということに気づく。ある者は驚きの表情を浮かべ、あるものは尊敬の眼差しを向ける。
 少年は手にしたカメラを掲げ、ニヤリと、怪しげな笑みを浮かべた。




 ぞくり、と、体になにか電流のようなものが走って綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は体をすくめる。
「……さゆみ、どうしました?」
 隣で外を見ていたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がそれに気づいて話しかける。
「なんでもないわ、急に寒気が……」
「北海道ですから」
「そういうんじゃないんだけど……」
 おかしいな、とさゆみは首を傾げる。
「……気のせいかな?」
 ふう、と小さくさゆみは息を吐いた。
 今日はせっかくのお休みで、温泉でゆっくり過ごすのだ。
 温泉というキーワードから、なぜか一人の少年の顔が浮かんできたが、さゆみは首をぶんぶんと振ってそれをかき消した。
 彼には会いませんように、と、心の中で願う。
 その願いが届けばいいのだが……その、頭に浮かんだ少年がちょっと後ろの席に座っていることを、さゆみはまだ気づいていなかった。





「やっと来たでありますね! 待ってたでありますよ!」
 バスが宿泊先の温泉ホテルにつくと、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が皆を出迎えた。彼女は和服姿だった。
「吹雪……なに、その格好」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が彼女の姿を見て言う。
「ちょっとしたお手伝いをしてるでありますよ」
 彼女はそう言うと裾を揃えて正座し、

「みなさん、当ホテルへようこそいらっしゃいました」

 深々と頭を下げた。

「うわあ……予想外に様になってるわね」
「似合うですか? 似合うですか?」
 セレンに言われ、起き上がって笑顔で袖を振る。
「すごく似合ってるわ。立派な女将になれるわね」
 セレンの隣にいるセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が答える。吹雪は嬉しそうに笑い、
「さあ、お部屋へ案内するでありますよ♪」
 飛び跳ねるようにして歩いて行った。


「うわー寒いな……旅館の中でもちょっとひんやりするよ……」
 ワゴン車で別行動をしていたロゼ一行もホテルへ。
 冬月 学人(ふゆつき・がくと)は建物の中に入れば暖まると思ったが、予想よりも気温が低かったようだ。
「これから温泉だよ。暖まれるじゃないか」
 斑目 カンナ(まだらめ・かんな)が言う。
「そうだな。こんだけ寒いと、温泉が気持ちよさそうだ」
 シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が答えた。窓の外からは、もうもうと煙の上がる様子が見える。とても気持ちよさそうだ。
「いや、暖かいほうだって。ここの建物は寒さを遮断する作りになってるから平気なんだよ………みんな寒がりなんじゃないの?」
 ロゼの声が聞こえ、学人やシンは振り返った。なにか言おうとしたが、
「って、ロゼ!? なぜ半袖!?」
「てめえなんでアイス食ってやがる!?」
 ロゼの服装と手に持ったものに驚愕して先にその言葉が出てきた。
「これが道産子スタイル。内地の人にオススメできない」
 ロゼはどこかを見ていった。
「信じられない……クレイジーだね」
 学人はしみじみと言う。
「つーか見てるだけで寒いぞ……」
 シンもロゼを見て言う。
「はっはっは。さすがに私もちょっと寒くなってきた」
「いやだったらやめろよ!?」
 笑いながらアイスを食べるロゼに、シンはそう叫んだ。


「あら? 兄さんとデスストーカーくん、それに戦闘員の皆さんは、どこに行ったんでしょう……?」
 高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が周りを見回して言う。
「バスを降りてから、どこかにいっちゃいましたよ?」
 ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が答えた。
「まあ、ご飯までには戻ってくるでしょう。ペルセポネちゃん、お夕飯までに、温泉に入っちゃいません?」
「はい! 温泉、とっても楽しみです!」
 咲耶の提案に、ペルセポネはぱあっと笑みを浮かべて口にした。
 それにしても、あの兄のことだ。もしかしたら、よからぬことを考えているのではないだろうか……と、ちょっとだけ咲耶は不安を感じる。
 とりあえず混浴はやめておこう、と思った。



「これが部屋割りですー。見てくださーい!」
 香菜が皆に紙を配る。紙には誰が何号室かということが書いてあった。
「わたくしたちは、大部屋ですね」
「そのようです」
 泉 美緒(いずみ・みお)ラナ・リゼット(らな・りぜっと)が紙を見て言う。
「ラナお姉様ー」
 紙を見ていると、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)がラナに飛びついてきた。
「お姉様、美緒ちゃん、一緒の部屋よ!」
「はい、そのようですね。よろしくお願いします」
 二人とレオーナは同室だ。美緒は軽く頭を下げて言った。
「こちらこそ……ぐふふ、お姉様と同室……寝顔見放題……しかも、お風呂も一緒……」
 レオーナは二人に聞こえないように振り返って笑いながら言う。
「さあ! 部屋に荷物を預けてお風呂に行きましょうお風呂に! 生の夕張メロン!」
「はい? あの、お風呂にメロンはないと思いますけど……」
 疑問符を浮かべる美緒とラナの背中をレオーナは押して、部屋へと向かう。
 両手には彼女の荷物と、美緒たちの荷物。全部持てば相当重いだろうが、なにかのエネルギーが彼女を突き動かし、重さを一切感じなかったとか。



「え? 変更? 一部屋だけ?」
「そうなのですよ。希望者がいれば、でありますけど」
 吹雪と香菜がなにか話していた。
「あのー、二人部屋の方で、部屋の変更したいって方はいませんかー?」
 どうやら、少しだけいい部屋にキャンセルがあって空いているそうで、一つだけ変えてもらえるらしい。二人部屋のメンバーの何組かがそれを希望し、クジになった。
 そして、その当たりくじを引いたのが、月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。
「やったあ! 羽純くんナイス!」
 彼のパートナー、遠野 歌菜(とおの・かな)が喜びの声を上げる。
「へえ、露天付きの部屋だって」
 鍵を受け取り、部屋の説明を聞いた羽純が戻ってくる。
「すごいね。うわ、しかもみんなより上の階だ! 景色も見れるね!」
「そうだな……」
 羽純は少しだけ考えるような仕草を見せ、
「なあ、歌菜、部屋の……」
「うん?」
 言いかけて、自分が今なにを言おうとしているのかを考え直して視線を逸らす。歌菜が首を傾げた。
 しかし、羽純はバスを降りてすぐにどこかへ行った連中を思い出し、覚悟して口を開いた。
「……部屋の風呂、入らないか?」
「……へ?」
「部屋の風呂。い、一緒に……」
 歌菜がその言葉を理解して顔を赤くする。
「え、いや、だって、大浴場あるんでしょ、みんなもいるし……」
「そうだが……せっかくいい部屋になったんだ、大浴場は明日でもいいだろ。だからさ、」
 言葉を切り、少し間を置いて続ける。
「今日は……その、一緒に……一緒に、入ろう」
 少し赤い顔を歌菜に向け、羽純は言う。
「………………」
 そんな顔をされたら、断れない。
「……うん」
 歌菜はこくりと、小さく頷いた。 



「ハズレだ……すまないな、フィル」
 ハズレを引いてしまったジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が、妻のフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)に報告に戻る。
「仕方ないですわ。普通の部屋でも、二人っきりに変わりはないのですし」
 フィリシアは言って笑う。
「そうだな。ゆっくりと温泉に入るとしよう」
「ええ。そうですね」
 フィリシアはそう言い、二人分の荷物を手にとったジェイコブの腕に抱きついた。わずかに体重をかけて彼の顔を下げ、耳元に声をかける。
「ねえ、あなた……混浴、しません?」
「混……」
 ジェイコブの顔が赤く染まる。
「ね?」
「いや……しかしだな、混浴っていうのは、なんというか、その、」
 ジェイコブがしどろもどろになってなにか言おうとするが、言葉にならない。
「大丈夫ですわ。わたくしたち、夫婦なのですよ?」
「まあ……そうだが」
 ジェイコブは赤い顔を見せまいと顔を逸らし、
「……大丈夫か?」
 なにに対してそう言っているのかわからないが、そう聞いた。
「ええ」
 フィリシアも頷く。
「じゃあ……行くか、ここ、混浴」
「ええ。そうしましょう」
 ジェイコブが言い、フィリシアが笑った。ジェイコブはまだ、顔を赤くしていた。




「覗き?」
「そうでありますよ」
 部屋へ案内する最中、吹雪がちょっとしたキーワードを口にする。セレンはそれに反応した。
「ここの露天、川沿いに作られてるであります。対岸から覗こうと思えば覗けるでありますよ」
 途中、窓から外を示して説明する。ホテルの裏にはすぐ川があり、赤やオレンジ、黄色の木々が対岸に並んでいる。とても美しい光景ではあるが、確かに、人の出入りも不可能ではなさそうだ。
「だから、エキスパートの自分が雇われたであります。対岸へと至る道に、トラップの数々を仕掛けたでありますよ」
 吹雪は胸を張って言った。
「なるほど。吹雪に任せれば問題ないわね」
 セレアナが言う。彼女のトラップの技術は彼女たちはよくわかっていた。
「ですけど、いくつか使ってしまって、ルートに多少穴があるかもしれないであります。また仕掛けておかないと」
「そうなの? だったら、あたしたちが仕掛けておく?」
 セレンは言う。
「レンどのが?」
「お風呂の前に汗をかくのもいいでしょ。トラップのチェックついでに、穴を塞いでおくわ」
 ね、セレアナ? と言葉を続ける。
「仕方ないわね」
 セレアナも頷いて、二人は吹雪からトラップを仕掛けた場所について説明を受ける。
「覗きねえ……」
 近くで話を聞いていたさゆみとアデリーヌが顔を見合わせる。
 覗きとか盗撮とか、最近よく聞くキーワードだ。そして、それを聞くと一人の顔が浮かんでくる。
「噂をすれば、ですわ」
 アデリーヌが少し離れた場所を見て言った。さゆみが振り返ると、そこにいたのは……できればこの場で会いたくなかった、一人の少年。
「ば、バーストエロス!」
「SAYUMIN?」
 そこにいたのは首からカメラを下げている、メガネの男だった。

「いかにも。俺の名は土井竜平……またの名を、瞬速の性的衝動(バースト・エロス)」

 少年は名乗る。
「SAYUMINもこのツアーに参加していたのか」
「していたのか、じゃないわよ!」
「?」
 さゆみはバーストエロスに近づく。
「ここで覗き騒動が起きてるの、あなたのせい!?」
「……そのことか」
 彼はそんなふうに言う。事情は知っているらしい。
「今度はアイドルの入浴シーンを盗撮する気?」
「そんなつもりはない。それに、」
 彼は少しだけ視線を逸らし、
「その騒ぎは俺じゃない」
 そう、ポツリと呟いた。
「信用できませんわ……そんな二つ名を持っているくせに」
「!」
 アデリーヌが彼の後ろから近づき、首根っこを捕まえていた。逃れようとするが、カメラを奪われる。
「二つ名は気に入ってるから使ってるだけだ!」
「……どこに気に入る要素があるのですか」
 言いながらもアデリーヌはカメラのチェックをする。盗撮と思わしき写真はいくつかあったが、温泉の盗撮写真はない。
「予備は? 前持ってたでしょ?」
「今日はこれしかない」
 アデリーヌからカメラを奪い取って、バーストエロスはさゆみの質問に答える。アデリーヌも盗撮はないと知ると(あったが)、素直にカメラを返した。
「女湯の盗撮なんて、俺はしない」
「ホントかしら……」
 彼の言い分に、さゆみは息を吐いた。
「とにかく、今回盗撮したら、わかってるわね」
「しない」
 彼は即答する。
「ただ、今回は気をつけろ。なにかが起こる……そんな気がする」
 彼はカメラを抱えて言う。
 いかにも説得力のない言い分だったが……なんとなく、さゆみはその言葉を疑えなかった。
 アデリーヌを警戒しつつ逃げるバーストエロスの背を、さゆみはただ見送った。



「お言葉に甘えて、ゆっくりと温泉に浸かるとするよ。あんまり温泉なんて入ったことないしね」
 香菜にそう言って、アゾートが荷物を持とうとすると、弾が「持つよ」と手を伸ばした。彼女は素直に彼に荷物を預ける。
「あー、あのさ、アゾートさん、そのことなんだけど、」
「うん?」
 前を向いて荷物を運びながら、弾は静かに口を開いた。
「こ、こここ、混浴……入らない?」
「………………」
 思ってもなかったことを言われ、アゾートは唖然とする。そして、彼の言葉の意味を理解すると、顔を真っ赤にして口を開いた。
「きき、君は一体なにを言ってるんだい!?」
「え!? あ、いや、自分でも変なこと言ってるってわかってるよ!? でも、その、せっかくだからさ……」
「せっかくって……」
 アゾートは顔を赤くして息を吐く。
「ほ、ほら、プールかなんかだと思えば」
 あは、と笑いながら弾は言う。
「まあ、確かに水着は持ってきたけど……」
 アゾートは小さな声でそう言う。弾がアゾートの水着姿を想像し、ごくりと喉を鳴らした。
「弾、いやらしい顔してる」
「ししししてないよ!」
 いきなり前に現れたエイカに言われて弾は顔をキュッと引き締めた。
「アゾートちゃん、水着はマナー違反よ? 温泉は裸で入るものなんだから」
「裸で……それは、その、」
 アゾートも恥ずかしそうな顔をエイカに見られまいと目をそらす。
「アゾートちゃん、さっきも言ったけど、」
 エイカはそんなアゾートに向かって言った。
「断るときはちゃんと断らないとね。安請け合いして海の家とかお化け屋敷とか、大変だったんだから。ちゃーんと断る勇気を持つこと。ね?」
 人差し指を立てて言う。
「そう……だね」
 安請け合いだけでバイトしてたわけではないが。なんとなく、頼まれたら断れないのは彼女の性格の一つだった。
「すまない弾くん、混浴はちょっと……やめておくよ」
 アゾートは言う。
「そうだよね……」
 弾は息を吐くように言った。
「弾、残念そうな顔してる」
「してないよ! うん? してたほうがいいのかな?」
「ふふ」
 アゾートは慌てる弾を見て笑い、「ここの部屋だよ」と言い彼の手から荷物を取る。
「……またいつか、ね」
 部屋に入る間際にそれだけを言い、逃げるように部屋へと入っていった。
 残された弾はその言葉を耳の奥に残して、ただじっと、彼女が入っていった扉を眺めた。
「惜しい、あと一歩だったのに」
「誰のせい!? っていやこれでいいんだよ! 予想してたからこうなるって!」
「またまたー、無理しちゃって」
 エイカはぺし、っと弾のお尻を叩いて部屋に入っていった。
 無理なんてしてないよ! と、弾はドアに向かって言った。


 
「ふう、さすが吹雪のトラップね。ほとんど完璧」
 罠の張り巡らされたホテル裏の川沿いを走り回って、セレンは言う。
「温泉前のいい運動になったわね。あと、穴のあるところをどうするか」
 セレアナは息を吐いて言う。気温が低いからか彼女らの体力が桁外れなのか、汗は一切かいていなかった。
「安心して。こういうこともあろうかと」
 セレンはなにかを取り出してセレアナに見せる。それは、軍隊用の地雷や爆弾だった。
「これをここと、あそこと、あと、あの辺にも……」
「ちょ、ちょっと待って!」
 セレアナが慌てて彼女を止める。
「いくらなんでも軍隊仕込みの罠なんて死人が出るわよ! ホテルに迷惑かける気!?」
「えー、契約者相手ならそのくらいしておかないと」
「契約者だってピンキリでしょう! 全員が私たちみたいな訓練を受けてるわけじゃないのよ?」
 セレアナは息を吐いて、ふくれっ面のセレンから地雷などを没収する。
「ふう……仕方ないわね」
 セレアナは精神を集中させる。スキル【秘めたる可能性】を使い、特別な能力を発動させる。手持ちの爆弾の殺傷能力を下げつつも有効に使う方法を頭の中で作り上げ、その材料をいくつか、思い浮かべる。
 そして浮かんだものをメモし、一度ホテルへと戻った。材料を厨房などから借り受け調合し、オリジナルの爆弾を作る。
「唐辛子とかコショウとか……嫌がらせレベルじゃない」
「それで十分でしょ」
 ぶーぶー文句を言うセレンの言葉を聞き流し、いくつかの地点に罠を仕掛ける。
 吹雪のトラップと合わせ、対岸には磐石の布石を敷いた。
「……結構疲れたわ」
「ちょうどいいじゃない。温泉が待ってるわよ」
 息を吐くセレアナの背を押して、セレンが言う。セレアナも「そうね」とその言葉に応じ、二人は並んで歩いていった。




 そして、そんな二人が罠を仕掛けた地点から、少し離れたところ。
 バスの中でなにやら怪しげな会話を繰り広げていた「モテない組」の面々は、装備品の確認をしていた。
「フラッシュ、スモーク、スタン、電撃。グレネードは完璧です」
「双眼鏡も」
「よし。いいな」
 隊長が立ち上がり、皆もならう。
「それでは、」


「いざゆかん、アヴァロンへ!」


 その言葉は全員が口にした。そして、山の中を歩き出す。
「……誰かいる!」
 が、少し歩いてすぐさま彼らは立ち止まる。
 見ると、山に少し入ったところを走っている人影が見えた。


「フハハハ! いいぞ戦闘員たち! それでこそ、明日のオリュンポスの礎となるものの働きだ!」


 黒い格好をした数人の男と、人間とは思えないシルエットのなにか、そして、その中心にいる白衣の男。

「ククク、この温泉ホテルは、我らオリュンポスの秘密特訓をするのにちょうどいいようだな! せっかくだから利用させてもらう! デスストーカーおよび戦闘員たちよ! 時間内に川向こうまで辿り着くのだ!」

「フィーッ!」

 黒服の男たちは奇声をあげ、再び走り出す。
 「モテない組」の男たちは何事かとその様子をじっと見つめ、黒服の男たちが走っていく様を見つめていた。


「何者だ!」


 そうして、見入っていたので後ろから近づいてきたものに気づかなかった。
 怪人 デスストーカー(かいじん・ですすとーかー)が、彼らの一人を捕まえていた。
「デスストーカー、どうした、なにがあった?」
 彼らをデスストーカーは白衣の男のもとへと連れて行く。彼らはデスストーカーの異様な姿を見て大人しくそれに従った。
「ほう……我らオリュンポスの秘密特訓を隠れ見るとは……貴様ら、鏖殺寺院の手のものか?」
 白衣の男はメガネを持ち上げて言う。
「いや……あはははは、私たちはその、あなたの同士ですよ」
「同士……だと?」
 隊長の言葉に、白衣の男のメガネが光る。隊長はこくこくと何度も頷いた。
「あなたがたの訓練の動き、感動いたしました。是非とも我々も仲間に入れてもらうべく、チャンスを伺っていたのでありますよ」
 隊長がいい、男たちは笑う。


「ふふふふ……フハハハハ!」


 白衣の男は、高らかに声を上げ、彼らに向かってまっすぐ指を向けた。

「いいだろう……我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)! 貴様らを戦闘員候補生として迎え入れてやる!」


「あ、ありがたき幸せ!」

 隊長が頭を下げると、男たちも頭を下げた。

「た、隊長、大丈夫なのでありますか?」
「今は仕方あるまい……それに、この川沿いで訓練しているということなら、アヴァロンへ向かうチャンスはある!」
 小声で男たちは相談する。うんうんと頷き合い、そして、顔を上げた。


「さあ、者ども、特別に貴様らをテストしてやる! 怪人デスストーカーおよび戦闘員たちよ! 貴様らもだ! あの何故か警戒厳重な川向こうまで、進軍訓練をおこなう! 脱落したものは夕飯抜きだぞ!」


「了解しました、ハデス師匠。これより任務を遂行します」

「フィーッ!」

「ははーっ!」

 デスストーカー、戦闘員、モテない組の者たちが答え、川を越えることとなった。
 川を越えればアヴァロン……モテない組の男たちは口々にそう言い合い、戦闘員たちに続いて走り出した。