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第 1 章 -仕事の前に-

 薔薇の学舎喫茶室「彩々」の新メニュー公開数日前――


 コンコンとルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)校長室の扉をノックしたと同時に入ってくるのはヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)である。
「失礼します。ルドルフさん、もうすぐ彩々のメニューがリニューアルですがそれについて……俺から一つ提案したい事がある。許可してもらえないか?」
「ふむ、まあ提案の内容を聞こう。さしずめ、男装の女性が学舎内に入るのを思い止まってくれるよう……譲歩案があるといったところか」
 察しの良さに満足気な微笑みを浮かべるヴィナは軽く頷いて、学舎前でお土産用スイーツの販売を提案し、ルドルフの承諾が得られると早速スイーツの手配と販売員の選出を急ぐのだった。


◇   ◇   ◇

 
 「彩々」のメニューがリニューアルする当日、アルバイトの申請をした生徒達がテーブルのセッティング、食器の確認、床掃除などで忙しく動き回る。
「あー、もう開店時間やないか……フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)、テーブルのメニュー表が足りないで」
「……焼き菓子がないのは残念です、コーヒーと紅茶に合う菓子として外せないものなのですが、ん? カフェに『チャレンジメニュー』とは奇抜な……」
「フランツ、メニューの薀蓄はいいから準備してくれへんか?」
 半ば呆れたように半眼になってイスとテーブルを整えていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が催促すると不満な顔を向けつつ準備を進めた。

 彩々の給仕控室ではクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が着替えを済ませたところだった。
「まあ、問題はないな。給仕の立ち居振る舞いも練習した事だし、何より男装の研究が出来る機会としてもいいくらいだ……見逃さないようにしないとな」
「忍び込む女性はおそらくいるだろうね、彩々まで見事辿り着いたら『彼女』達の技も参考にしたいし……とはいえ、男装には厳しい期間になりそうだから気は抜けないけどね」
 誰も居ない控室の中で2人の密談が続く。――が、店内の慌ただしさがここまで響いて早々に駆り出される2人であった。

 最終確認が済むと、「彩々」の入口で既に並ぶ薔薇の学舎の生徒や教師が新メニューと共に憩いの時間を過ごしにやってきた。
「いらっしゃいませ、2名様ですね。窓側のお席が空いていますのでこちらへどうぞ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が危なげなく対応しているとヴィナが顔を出す。
「頑張っているな、俺はこれから学舎前でお土産用スイーツの販売員でそちらへ行くが……なるべく、学舎前で思い止まってくれるように努力するつもりだ。こちらでも頼んだよ」
「はい、任せて下さい。でもヴィナさんの目を誤魔化せる方もそうはいらっしゃらないと思いますけど……」
「そうだねぇ……まあ、仮に入口を突破しても僕とダニー・ベイリー(だにー・べいりー)が目を光らせているから……」

 ちゃっかりティータイムを満喫していた堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)とダニーが2人の会話に加わる。仕事の前の一服、というのはダニーの言葉だが薔薇の学舎へ入る他校の生徒に監視と注意を向けるのは多少の気疲れもあるだろう。
「君達には大変な仕事をしてもらうが、これも秩序を乱さない為……俺も君達の負担を増やさないようにしよう」
 お土産用スイーツに手配したお菓子の種類と個数を確認したヴィナ、男装とみられる女性のマークに向かった一寿とダニーを見送った北都はふぅっと軽く溜息を吐いた。



「とはいえ……男装を見抜いたとしても、衆目の中でご退場願うのはさすがに出来ませんねぇ」
「そやなぁ……それこそルドルフ校長の言うように『美しくない』事やと思うし」
 北都と泰輔が困ったように目尻を下げていると、クリストファーがトレイにコーヒーとケーキを乗せて運びながら2人に耳打ちする。
「まあ、そういう時は素直に男装を感心する事も必要だと思うぞ。あまり難しく考えんなって! ほら2人ともお仕事お仕事」
 クリストファーに背中を押された北都と泰輔はひとまず、気持ちを切り替えて給仕の仕事に入ったのでした。

 彩々で薔薇の学舎生徒同士の交流が行われていた頃――


 学舎前では既に騒動が起こっていた。