|
|
リアクション
「そうです、未使用の壷です」
9つの壷を持つ者、そして誰も封印されていない空壷を持つ者が集まる中、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)がドン・マルドゥーク(どん・まるどぅーく)に向き言っていた。封印されていない壷の一つを自分たちに預けてはくれないだろうか、と。
マルドゥークは悪魔兵の『ハルバード』を薙ぎ払ってから、
「話は聞いている。壷を守るのであろう?」
「それはもちろん。ただし僕たちはベリアルの傍でそれを行いたいと思っています」
「ベリアルの傍? 奴の周りも決して安全ではなかろう」
「守りやすいからではありません。ベリアルが裏切った際に、すぐに彼女を封印するために、です」
「何っ!! そのような素振りを見せたか?!!」
「いえ、まだ。しかし言動に不審な点は幾つも見られます。警戒はしておくべきかと」
同じ【ブルツ】の仲間であるハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が抱いた疑念。そしてベリアルに半ば脅迫されたまま約定を結ばされたクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)もまた【ブルツ】の仲間。だからこそ―――もしベリアルが裏切るようなら―――
「僕たちが責任を持って、彼女を封印します」
「…………わかった。主らに任せよう」
「それでは私たちはパイモンの封印に向かいますね」
話の終わりを待っていたのか、火村 加夜(ひむら・かや)は空壷の一つをカナン兵から受け取ると、ジバルラの手を取って歩み始めた。「私たち」の中にはパートナーであるノア・サフィルス(のあ・さふぃるす)だけでなくジバルラも含まれていたらしい。
「ってオイ! 何勝手に決めてやがる! 離せっ!」
案の定に暴れるジバルラの手を、
「ボクたちだけで行かせる気?」
ノアも握って連れ引いた。
「封印するには封印符を額に貼らなきゃいけないんだよ? ボクたちだけじゃ死んじゃうよ」
「知らねぇよ!! だったら止めりゃあ良いだろうが!!」
「出来るからやるんじゃない、やらなきゃだからやるんだよ」
「カッコいいこと言いたいんなら言葉を選べよ! 『やらなきゃだから』なんて聞いたことねぇっつーんだよ!」
「ここで戦わなくていつ戦うんですか!!」
「ああ゛?!!」
たまらずに加夜が叱りつけるように口調でジバルラに言ったが、
「誰が戦わねぇなんて言った。俺の戦場をテメェらが決めるなって言ってんだ!」
と、反発するばかりであった。
「ということは、ベリアルと戦いたいって事なのかな?」
鳴神 裁(なるかみ・さい)が楽しげにジバルラに添いながらに、
「そうだよね、ベリアルのあの爪も強そうだもんね。あの爪を叩き折ろうとしてるのかな? それとも逆にあの爪に突き刺されるのも気持ち良さそうとかって思ってるのかな?」
「ああ゛?」
「いや、でも『肉を切らせて骨を断つ』をするならやっぱりパイモンの双剣だよね? 堅い守りを強引に切り抜けてこその快感だもんね」
「オイこら、人を『戦闘狂』みたいに言ってんじゃねぇぞ」
「あれ? 違う? そうか、そうだよね、どっちかってゆーと『すっとんきょー』の方だもんね」
「誰が『すっとんきょー』だ! つーか、なんも面白くねぇ」
「『すっとんきょー』論議は置いておくべきでしょうね〜?」
やれやれと言った面もちでドール・ゴールド(どーる・ごーるど)がフォローを入れた。
「やはりまずはパイモンを倒すべきでしょうね〜? そうして〜その後にベリアルを倒せば良いんじゃないですか〜?」
ジバルラの願望は「一つの国の王になること」しかし根底には「マルドゥークを越えるために、彼と肩を並べるために」という想いがある。そのためには国の一つや二つ持っていないと話にならないと感じているようだ。
「ベリアルは戦力として迎え入れられたんですよ〜? それを先に倒してしまっては、下手したら戦犯になってしまうかもですよ〜? だから、まずは順当にパイモンさんをやっつけたほうが良いのですよ〜?」
「なるほど、そりゃそうだ」
ようやく落ち着いてきたジバルラにドールはもう一歩踏み込んだ。
「それに、パイモンやベリアルから強引に国を奪い取るよりは、この戦争を納めるような手柄を上げたほうが、箔がつくというものですよね〜?」
「………………」
「国はその後に要求すれば良いんじゃないですか〜? 功績を挙げれば誰も文句は言えないはずでしょう〜?」
ベリアルの要求と同じこと。一応の先例がある事もまた彼の心を誘導するのに一役買ったようで。
「なるほど。悪くない」
「そうですよ〜? それが一番良いのですよ〜?」
一国の主になるという野望から、まずは戦いを納めるための一本槍となる。意外にも簡単に彼の理論を歪める事ができた。こうなれば紫銀の魔鎧による暴走も抑えられそうだ。
「よぉし、それじゃあ、張り切って魔王退治に出発〜☆」
裁とドール、そして空壷を預かった加夜とノア、そしてジバルラの5人がパイモンを封じるべくその場から発っていった。
「樹! 全員集まったぞ!」
水神 誠(みなかみ・まこと)が報告した。壷を持つカナン兵が全て集まり終えた事を伝えるものだったが、
「ちっ」
誠もすぐに援護に回る事となった。気付けば水神 樹(みなかみ・いつき)は三人の悪魔兵に対し、一人で応戦していた。
『黄昏の星輝銃』の乱射と『雷術』を放ち、囲いの中へと割り込んでゆく。
「大丈夫か! 樹!」
「誠。あぁ、助かった」
樹は『ティアマトの鱗』を手に間合いを確保しようとしていたが、その巨大で鋭利な鱗刃を前にしても、悪魔兵たちは果敢に攻め入ってくる。
「畏れが無いのが厄介だな」
「それ以外は何の代わり映えもないけどね」
武器は『ハルバード』、装具も同じ。戦い慣れたといって油断するほどマヌケではないが、いまさら苦心する程の事でもない。
「狙いはやはり封魔壺か」
「まぁそうだろうね」
パイモンがコーラルネットワークにハッキングをしたという話も聞いている。バビロン城で起こった事は知っているだろうし、なによりカナン兵たちがあれだけ剥き出しで壷を持っていれば、無知な悪魔兵でも気付くというものだろう。
「だけど、させないよっ!!」
「あぁ、もちろんだ」
これだけ敵が密集しているなら加減も配分も無い。誠が『アルティマ・トゥーレ』に『雷術』を主体に、樹は『ティアマトの鱗』を携えての『則天去私』で悪魔兵の『ハルバード』を裂いてゆく。
誠が5体目の悪魔兵を『雷術』で沈めた時だった。
「ほぅら、やっぱり。あの子は消しておかないと厄介でしょう?」
「ベリアル?!!」
「私も混ぜてくれない?」
樹に迫る悪魔兵、その首にベリアルは巨爪を突き立て、そして一思いに刈ってみせた。
「でも、パイモンちゃんを追いつめるためにも、雑魚共をみ〜んな殺しちゃうってのもアリよねぇ」
「なっ……」
再び地を蹴り飛び出したベリアルが同じように突き出した巨爪、その狂刃を―――
「させるかっ!!」
「あら? またアナタ?」
樹月 刀真(きづき・とうま)が割って入り、剣で受けた。
「だからお前は介入するなと言っているだろう!」
「なぁに? 私だけ仲間外れにしようってわけ? 冷たいわねぇ」
「話は終わってない。国を用意することは出来ないという事には納得したんだろうな?!!」
「同じことを言わせないで。それはそっちの都合でしょう?」
「そうやって戦果を盾に脅迫するつもりか。それならっ!!」
「っと! なぁに?」
「ここで大人しくしていてもらおう」
『黒曜石の覇剣』と『光条兵器』の二刀流でベリアルの両の爪に斬りかかった。
「よーし! ミネルバちゃんもー!!」
すぐにミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)もこれに加勢した。『ブレイドガード』を使って上手く懐に飛び込むと、そのまま右手で『アイアンフィスト』でアッパーを繰り出す。
「んんっ!!」
「…………あれ? 外れた」
大剣を同時に扱ったからだろうか、『アイアンフィスト』を放つ際に一瞬だけ間が生まれた。その刹那を察知され、避けられたようだ。
「ふっ!!」
すぐに刀真が次撃を入れた事でミネルバへの反撃を防いだ。ベリアルはこれも巨爪で受けたが、崩れた体勢のままでは受けきる事は叶わずに大きく後方へ押し込まれてゆく。
「あたーっく!」
ミネルバが次に繰り出したのは『梟雄剣ヴァルザドーン』での『一刀両断』。
全体重を乗せた一撃はモーションが大きく、またも避けられてしまうが、ここも刀真が間髪入れずに次撃を繰り出した。
「見事な連携ですね」
ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が二人の連続攻撃を見つめて誉めた。戦闘が始まれば自分もフォローに入るつもりでいたが、今のところはその必要はなさそうだ。
「やはり私はいつでも治療が出来るように準備をしておきましょう」
「なんか、ずいぶんとのんびりしてるのねー」
パートナーのテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が背を向けたまま声をかけた。背を向けているのは絶賛『弾幕援護』中だからである。
「優勢なときほど回復要員はやることないからねー、何か見つければー?」
「むっ、まるで私が何もしていないと言いたげですね? 残念でした、何を隠そう、私は『歴戦の立ち回り』と『オートガード』を発動中なのです」
「…………どっちも自分を守る技じゃないのよ」
なぜに満足げな顔? と思うと同時にそんな顔も『可愛い』と感じてしまったわけで……。
「まぁ、とにかく」
とテレサは『ホークアイ』を発動して周囲を注視して見回した。ロザリー(ロザリンド)が自分の身を自分で守ってくれるのなら都合がいい。今の間に、伏兵や妙な動きをする者が居ないかどうかの監視を開始した。
「あれは……」
そう呟いたはテレサ……ではなく、【ブルツ】のメンバーであるアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)であった。マルドゥークの護衛を務めながらにベリアルの裏切りを警戒していた彼には、
「あれは……十分『裏切り』に値するのでは?」
ベリアルと刀真、ミネルバが交戦している現状は、実に判断の難しい状況のようだ。
「いやしかし、元はパイモンの取り巻きを倒そうとしただけ……それなら当然『裏切り』にはならない……か」
アルフレートと同じにその光景を見つめたアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)も、
「殺気は…………無いように見えるのですが……」
「そう…………だな」
単純に劣勢に立たされているとも取れるが、パイモンに向かっていった時とは覇気が違う、そんな風に見えた。
「それから、一つ、気になる事があります」
「気になること?」
「はい。そもそもなぜ、彼女は悪魔兵を殺しに来たのでしょう」
「確か……パイモンを追いつめるため、と言っていたな」
「わたくしには、それが本心とは思えません。戦果をあげるなら、やはりパイモンの元へ向かうのが自然ではないでしょうか」
戦果を盾に更なる要求を突きつけて来るかもしれない。「脅迫によって無理矢理結ばされた約束など守る必要など無い!」とアルフレートは思ってはいるものの……
「それだけでは弱い。ベリアルの方から裏切るまでは、こちらから手を出すわけにはいかない。待つしかないんだ」
「…………わかりました」
こちらから先に手を出せば、他の魔族たちの目にも「人間側がベリアルとの約束を破った」と映るはず。そうなれば戦後の和解など不可能。ここで暴発して全てを失うという事態だけは何としても避けなければならない。
「我慢だ、ここは我慢だ」
アルフレートがベリアルの一挙手一投足に目を輝かせる中、
「はいはーい、そこ静かにねー」
テレサは銃撃にて、カナン兵の背後に回り込む悪魔兵を仕留めてみせた。
「一カ所に集めても、守りにくい事には変わらないのよね」
フィールドが大きいこと、そして敵数が多いこと、守るべき壷の数もそこそこにある事もまた悩みの種だ。
「ちょっと場所を変えた方が良いかもね。あっちはどうかな――――――きゃっ!!」
テレサのすぐ横を掠めるようにベリアルが吹き飛んでいった。
「うう゛っ」
地面に転げる直前に体を反転させて着地した。顔を上げれば、すでに刀真とミネルバが駆け来ているのが見えた。
「んぅ゛ん、さすがに厳しいかしら…………仕方ないわね」
「逃がさないよー!!」
すぐにミネルバの大剣が追い来たが、ベリアルはこれに敢えて正面から力勝負を挑んだ。当然に力負けをし、そして再びに吹き飛ばされたのだが―――
「なっ!!」
ベリアルが吹き飛んだ先には封魔壺を持つカナン兵、そして胸元に抱えるその壷を―――
一閃。
着地は片足のみ、それでも腕の長さほどもある巨爪の一撃で、封魔壺の一つを砕いてみせた。
壊れた壷からまばゆい光が溢れ、そしてその光を喰うように、黒く巨大な影が現れる。
背にはグリフォンの翼、頭部には立派な二本の角。
膝を伸ばしてゆっくりと立ち上がれば正にイコン、サイズは「M」ほどはあるだろうか。契約者たちにとっては見慣れたイコンが佇んでいるような巨体が目の前に出現した。
封魔壺に封印されていた悪魔「ザガン」がここに解放されてしまった。