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世界樹で虫取り

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世界樹で虫取り

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第三章 朝の光と甘い罠
 周辺が少しずつ明るくなっていく。夜明けの時間だ。それと共に、虫たちは活発に動き出す。
 甘い匂いに誘われて、複数の羽音が近付いてきた。……パラミタオオスズメバチだ! こいつらを追い払わないと、虫たちは世界樹に近付くことができないだろう。……よく見ると、遠くの方で蜜をうかがうカブトムシの姿がちらほらと見える。昨夜の害虫駆除が功を奏したのか。
「みんな、聞いてださい!」
 松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が、戦いの準備をする全員の前に立ち、叫んだ。
「今回の作戦には様々な学校の生徒がいるようですが、皆が協力することが大事です! 次郎さんのためにも!」
 岩造は、とにかくどの生徒も仲良く協力させることが、この作戦の成功への鍵であると考えていた。
「私が考えた作戦を説明させていただきます!」
 岩造が皆に作戦説明をしている最中、こっそりと皆の集まりから抜け出す者がいた。
「今がチャンス……」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、世界樹の幹に向かって走り出した!
「こうすれば……こうすれば次郎さんは私の隣に帰ってきてくれますわ!」
 デリンジャーをかまえる。目標は……世界樹!
「世界樹さんっ! あなたがもっとドバドバ樹液を出してくだされば、強い虫も次郎さんも集まるんですよのっ!」
 大声でわめきながら突進する様子はよく目立つ。すぐに周りの者達が優梨子の行動に気がついた。
「やめてぇぇ! 僕たちの世界樹がぁぁ!」
 リカ・ティンバーレイク(りか・てぃんばーれいく)は、スズメバチに先制で放ってやろうと準備していた火術を、優梨子目がけて全力でぶっ放した。
「何をやっとるかぁ! 貴様あぁ!」
 岩造も優梨子に躍りかかる。
 それは奇妙な光景だった。遠くからスズメバチの群れが近付いてきているというのに、それに背を向けて全力で戦っているのだから。
 どんがらがっしゃん。
「きゅぅぅぅ……」
 優梨子は幹まであと2メートルというところで取り押さえられてしまった。
「何を血迷っておるか! 少し頭を冷やしていろ!」
 そのまま、学校の一室に放り込まれてしまった。

 さて、戦力の一部が仲間割れ(?)に割かれてしまっているうちに、スズメバチの群れはすぐそこまで迫ってきていた。
 だが、スズメバチたちは何かに惹きつけられるように、一本の木に向かっていた。
 譲葉 大和(ゆずりは・やまと)は、ぽんっと手を叩いた。
「うまくいったぁ!」
 近くにいた菅野 葉月(すがの・はづき)が首をかしげた。
「これはどういうことなのですか?」
「あれですよ!」
 大和が指さした先には、黒く塗った木があった。
「スズメバチは黒い色に向かってくる修正があるんですよ。だから、あの木を黒く塗って、さらにしびれ薬をちょっと盛ってあります」
 本当は世界樹の幹の一部を黒く塗ろうとしたのだが、イルミンスールの生徒達に全力で止められ、優梨子のようになりかけたことはナイショだ。
「なるほど! それでスズメバチだけがあそこに向かっているのですね!」
「あの木には申し訳ないから、後で元に戻しておきますけど」
 スズメバチたちは黒い木に群がっている。だが、さすがに薬液の匂いはかぎ分けたのか、しびれて動けなくなるようなハチはいなかった。
「この習性を利用すれば、もう少し時間が稼げるかもしれませんね」
 優梨子を校舎に片付けに行った者たちが戻ってくるのに、もう少し時間が必要そうだった。
「それならば……。君、あの黒いペンキ、まだ残っていますか?」
 葉月は、大和から黒ペンキの残りを受け取ると、自分の小型飛空艇にぶちまけた!
「なにしてんの!」
 葉月のパートナー・ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が叫ぶ。だが、既に飛空挺は真っ黒になってしまっていた。
「これに乗って飛び回れば、囮の役ができるじゃありませんか」
 葉月は、迷わず飛空挺に乗り込んだ。
「そういうことか! うん、それじゃ囮を頑張ろうか!」
 ミーナも後に続く。
「あ、そこペンキぬりたて」
「きゃうっ!」
 ミーナは服や手を黒く染めながらも、飛空挺に乗り込んだ。

「虫たちが誘導されている……」
 修次・釘城(しゅうじ・しんじょう)は、葉月の飛空挺に誘導されているスズメバチの群れをじっと見つめた。
 彼なりの第六感で、群れの中から「次郎さん」を見つけ出そうとしているのだ。
「こいつかぁ!」
 群れの最後尾にいた、大柄なスズメバチを次郎さんだろうと決めつけた修次は、低空飛行になった瞬間に、ハチの前脚目がけて飛びついた。
「次郎さん止まれ、止まるんだぁ!」
 ハチは止まらない。前脚に異物がついたのに気がつき、それを振り落とそうとしている。
「あ、あぶないっ!」
 優梨子を片付けて戻ってきたリカは、修次がハチに襲われているのだと考え、とっさに火術を飛ばした!”
 ちゅどーん。ぼぼぼ。
 スズメバチは羽が燃え、力尽きた。
「大丈夫?」
 リカは修次に駆け寄った。
「ああ……あれ? 次郎さんは?」
「次郎さん? いや、スズメバチなら今燃やしたけど」
「今のが次郎さんだったらどうするのさぁ」
「ええ? 次郎さんはスズメバチじゃないと思いますよ!」
「そもそも次郎さんって、ハチ? カブトムシ? なんなのさぁ?」
 そう。次郎さんは、一体どんな虫なのだろうか。誰もが、それすら知らずに思い思いに行動しているのだった。

「次郎さんは、パラミタオオクワガタなのですっ!」
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は、拡声器を使って叫んだ。その周辺には大勢のパラ実生と、おびえた様子のイルミンスール生がいる。
「今回の件はイルミンスールの側に原因があるのですから、もちろん探すのをお手伝いしてくれますよね!」
 イルミンスール生たちは、不幸にもパラ実生に囲まれて、連れてこられた者たちだった。拡声器の声に、嫌々といった感じでうなずいた。それにしても若いガートルードが、年上の者たちを大勢従わせているのは見事だった。
 実はガートルードは、次郎さんがどんな虫なのかを知らない。お世話に携わっていなかったのだ。そして、一緒に来ているパラ実生たちも、次郎さんのことなど初耳だった者ばかりだ。
 黒いダイヤといわれる高価なパラミタオオクワガタ。これを捕獲することが目的だったのだ。
 価値のあるパラミタオオクワガタに遭遇できる確率は、ひと夏で一匹がいいところと言われている。巨大昆虫が集まっている今のイルミンスールなら、その一匹に出会えるのではないか……。ガートルードはそう考えていた。
「ではみなさん。全力で探し始めちゃってください!」

 じーーーっ。
 上連雀 香(かみれんじゃく・かおり)は、小さな木の下にいた。
 そこには、手のひらサイズの小さなカブトムシが2匹ほど、蜜を吸いに来ていた。
「誠よ……。たしかにわらわの宿題は昆虫採集じゃったが……」
 言いながら香は、小さなカブトムシをつんつんとつついた。
「そもそも、でっかい虫である必要がないじゃろう……」
 多くの者はでっかい虫にとらわれて気がついていないが、地球サイズの小さな(とはいえ地球に持って行けば子供達が大喜びするほど立派なサイズだが)虫も多く生息しているのだ。
 香のパートナー・誠は、香のためにでっかい虫を捕ろうとしていたのだが、香は最初から小さい虫を捕まえるつもりでいたのだ。
 香りは気がついていないが、実はこの木は人間だ。昨夜、詩穂に蜜を塗ってもらった魅世瑠とフローレンスだ。小さいとはいえ、木になったばかりの(?)2人が見事に虫を寄せることができたのは見事なものだった。
「……」
「……」
 2人は無心だ。すっかり木になりきっているようだった。
「うむ……」
 香は魅世瑠の体についたカブトムシをひょいと持ち上げた。虫かごにそのカブトムシを入れると、ぱんぱんと白いワンピースを払って立ち上がった。
「ははっ、虫はどこだー? 退治してやるからとっとと出てこいやぁ」
 ワンドをぶんぶんと振り回しながら現れたのは緋桜 ケイ(ひおう・けい)と、パートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)だ。
「お、かわいいお嬢ちゃん。でっかい虫に襲われてないかい?」
 ケイは、香の頭をぽんとなでた。
「ここにはでっかい虫はおらん……。あっちの騒がしい方に行けばたくさんいるじゃろう……」
 香は、今もスズメバチとの激しい戦闘が繰り広げられている方向を指した。
「へ、へぇ……来る方向を間違えたか。虫の一匹も捕ってやりたかったのになぁ! 残念だ!」
 大げさに残念がるケイに、香があるものを差し出した。
「小さいのでよければもう一匹おるぞ。これをやろう……」
 ぽとん。ケイの手のひらに、一匹のカブトムシが乗せられた。
「ひ……」
 みるみる青ざめるケイの顔。
「ひえええぇぇぇぇぇ! むしいぃぃぃぃぃ!」
 ぶんぶんと手を払うと、カブトムシはぴとっとケイの制服にくっついた。
「いやだぁぁ、これとってよぉぉ!」
 泣き叫んで走り回るケイ。
「そんなことではでっかい虫なぞ相手にできないであろう!」
 カナタから檄が飛ぶが、もうケイの耳には届いていない。
「ふええぇぇぇぇぇぇん!」
 どどどどど……。ケイはものすごい早さで走り去ってしまった。スズメバチたちがいる方向に。
「世話が焼ける。お嬢ちゃん、邪魔をしたな」
 カナタは自分とほとんど身長がかわらない香の頭をなでると、パートナーの後を追った。

 カナタがケイに追いついてみると……意外なことに、既に全て終わっていた。
「いやああぁぁぁぁん!」
 ビキンバキンガキンぐしゃああ!
 泣きながら、辺り構わず氷術を放つケイ。
 スズメバチはぼとぼとと地面に落ち、ほとんどいなくなっていた。
 数名の生徒が、突然の出来事に驚いているうちに巻き込まれ、足下を氷りづけにされたりしている。
 カナタは「すまん」と謝りながら、彼らの氷を溶かしてまわっていた。

 残ったスズメバチは、野生の本能で「こいつらやばい」と思ったに違いない。
 皆、巣の方向へと撤退を開始したのだ。
 それと同時に、安全になった幹の周辺には、今まで遠くから様子をうかがっていたカブトムシたちが近寄ってきた。