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第七章 悲しみの森で
「パラ実生さんたち、見て下さい! ほら、次郎さんですよ!」
「よかったねぇ、次郎さんが見つかって」
 木の上から高らかに宣言しているのは、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)とそのパートナーズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)だ。
 彼らは、一匹の蜂に縄をつけて捕獲している。
 実はこの2人、最初からスズメバチにモヒカンのカツラでもかぶせて次郎さんとし、パラ実に押しつけて追い返そうと考えていた。だけど、2人だけで凶暴なスズメバチを捕獲することができなかった。そんなとき、一匹だけ攻撃も何もしてこない、おとなしい蜂を見つけて捕まえたのである。
「この子が次郎さんで間違いないでしょう! その証拠にこのモヒカン!」
 蜂の頭には、予定通りにモヒカンのカツラがかぶせてある。
「そんなカツラは外せ! 次郎さんには似合わねーだろーが!」
「そして縄もいらねーよ!」
 ぶーぶー。パラ実生からブーイングが飛んでくる。
「なんか、モヒカンも縄もとれって言ってるよ?」
「よく分からないけど、それでパラ実生さんが満足ならそうしましょう」
 ナナとズィーベンは、モヒカンのカツラと、蜂を拘束していた縄を取り外した。
 すぐに人間を襲うのではないか……数名が身構えたが、そんなことは起こらなかった。次郎さんと呼ばれた蜂は、おとなしくパラ実生たちの前に降りてきたのである。
「あ、針がない」
 蜂の後ろ姿を見たナナは気がついた。スズメバチの特徴である鋭い針が、この蜂にはないのだ。
「この子は……ミツバチなのね!」
 次郎さんの正体。それは、攻撃性のないパラミタキイロミツバチ。しかも、その女王蜂であった。次郎さんは、雌なのだ!
 雌なのに次郎さんという名前がつけられた理由は、パラ実生らしい発想で「かっこいいから」ということだけだ。若干気の毒ではあるが、当の次郎さんは気にしたことなどないだろう。
「女王蜂なのに巣を離れたっちゅうことは、きっと子供を産みよったんじゃな。新しい女王を残して、巣別れしたってことじゃのう」
 巣からようやく戻って来れた亞狗理が、メモを走らせながらつぶやいた。
「次郎さん……探したぜ!」
「頼むからいなくならないでくれよ……」
 泣きながら再会を喜ぶパラ実生たち。奇跡的なことに、蜂である次郎さんはパラ実生たちによくなついているようで、逃げるそぶりは全く見せなかった。
「これで一件落着……ってことでいいのかな」
 誰もがそう思った。だがその時である。遠くから、あの嫌な羽音が複数近付いてくる! ……スズメバチだ!
「キャアアアア!」
「ま、まだいたのか、なんで?」
 驚き、逃げまどう生徒たち。彼らは知るよしもないのだが、ここに来たスズメバチは、エリザベートに巣を燃やされて帰る家を失い、怒り狂って人を襲いに来たのである。
 そしてスズメバチたちは、パラ実生たちのもとにも飛んできた。
「やべぇ、逃げなきゃ!」
「次郎さんを置いて逃げられねぇよ」
 そうこうしているうちに、スズメバチは鋭い針を向けてきた。
「うわああぁぁぁ!」
 ふわり。さっきまでおとなしかった次郎さんが、パラ実生とスズメバチの間に割って入ってきた!
「じ、次郎さん!」
 ぐさりと、鈍い音がした。次郎さんの胸に、深々とスズメバチの針が食い込んでいる。
「わああぁぁぁ! 次郎さん、次郎さん!」
 ずうぅぅん。次郎さんは地面に倒れ込んだ。
「スズメバチ、まだいたのか!」
「すぐに追い払いますわ!」
 昨夜の害虫駆除に参加し、仮眠をとっていたリフレシアやクルードたちバトル班が騒ぎを聞いて駆けつけた!
 朝のスズメバチ駆除チームも戻ってきて、最後の力を振り絞ってスズメバチに攻撃を加えている。
 やがて、かなわないと察したスズメバチたちは、一匹残らず撤退した。
「次郎さん……」
 パラ実生たちが、次郎さんにすがりついて泣いている。次郎さんは、もう動かなかった。
「俺たちをかばうなんて……バカだよ次郎さん……バカだよ!」
 ミツバチが人間になついて、命をかけて守った奇跡。そこにいた誰もが、あまりに悲しい奇跡の結末に、一緒に涙した。
 ……だが、奇跡はもうひとつ起こった。
 かさかさ。かさかさ。
 何かが、近付いてくる。