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砂漠の脅威

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砂漠の脅威

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 その夜はちょうど満月で、学生たちは煌々と冴える月光の下を、ほとんど灯を必要とせずに進んで行った。空飛ぶ箒と小型飛空艇を使っていることもあり、今のところ敵の出現もなく順調だ。
 「スナジゴクの他には、何か危険な生き物は居ないのか?」
 八神 甲(やがみ・こう)は、小型飛空艇の上から油断なく砂の海を見下ろしながら、アイリに訊ねた。
 「村があるあたりまでは砂漠の端っこだから、怖い生き物はあんまり居ないニャ。本当は、スナジゴクはもっともっと奥の方に住んでいて、今まで村には近寄ったことがなかったのニャ……。このへんだと、毒虫とかサソリにうっかり刺されることはあるけど、それだけなら命の危険はないニャ。ただ、弱った生き物や死んだ生き物を狙う大っきニャ鳥が居て、そいつはちょっと怖いニャ」
 アイリの答えを聞いて、甲は慌てて空を見上げた。空にぽっかりと月が浮かんでいてあたりは結構明るいが、高い空を鳥が飛んでいたら、見つけるのはちょっと難しいだろう。
 「大丈夫ニャ、鳥は夜は活動しないニャ。そのこともあるから、砂漠に入るのは日暮れから夜にかけてにしよう、って言ったニャ。この乗り物を使えば、たぶん朝まだ早いうちに村に着けると思うニャ」
 アイリは、鼻をフンフンと鳴らした。時々、こういうしぐさをする。どうやら、村のある方角を確認しているらしい。道に迷うことはなさそうだった。


 「ほら、あそこニャ! あそこがボクたちの村ニャ!」
 空が薄明るくなって来る頃、アイリが地平線を指差した。まだ『遥か彼方』という表現がふさわしい距離だが、確かに、砂漠と空との間に何かがあるのが見える。
 そしてオアシスに近づくと、足元の砂がやたら凸凹するようになってきた。砂丘と谷とが延々とつながっている。
 「あれは、スナジゴクが巣を掘った跡ニャ。……ううん、もしかしたら谷になってる所のどこかに、スナジゴクが潜んでいるかも知れニャいニャ」
 アイリは悔しそうに地上を見つめてから、学生たちに言った。
 「少し高い所を飛んだ方がいいニャ。スナジゴクは、巣を掘る時に砂を飛ばすし、攻撃する時にも砂をかけて来るニャ。空飛ぶ相手に直接攻撃は仕掛けてこニャいと思うけど、何かが巣にかかったら、攻撃に巻き込まれるかも知れないニャ」
 その時、学生たちの少し後方で、ザッ!と音がした。思わず振り向くと、地上に直径十メートルはあるすり鉢状の穴が開いていた。
 「あれがスナジゴクの巣ニャ!」
 アイリが叫んだ。
 「ちょっとスピードを上げて、高度も取ろう!」
 甲が皆に声をかけた。小型飛空艇と空飛ぶ箒の一団は、慌ててヨロヨロとその場から離れた。


 その後は何事もなく、学生たちは無事にミャオル族の村に到着した。小さな、だが澄んだ水をたたえた湖の周囲に緑地が広がり、そのさらにまわりに、木や草で作られた小屋が並んでいる。
 「あ、にーちゃんニャ!」
 「アイリにーちゃんが帰って来たニャ!」
 アイリの姿を見つけた、アイリの腰くらいまでしか身長がないミャオル族の子供(仔猫?)たちがとてとてと走って来て、アイリを取り囲んだ。アイリは白いが、子供たちは三毛、茶トラ、キジ、ブチと毛色はいろいろだ。
 「にーちゃんが無事に帰って来るか、とってもとっても心配してたニャ! 怪我してないニャ?」
 心配そうにアイリの手を取る、赤いリボンを首につけた白黒ブチの女の子に、
 「ばか言えー、にーちゃんがスナジゴクなんかにやられるわけないニャ! にーちゃんは村でいちばん足が速くて、勇敢なんだからニャ!」
 茶トラの男の子がべー、と舌を出してみたりして、あたりは騒然となった。
 「みんな、お客様さまが居るのに失礼ニャ! 静かにするニャ」
 アイリがたしなめると、子供たちはいっせいに生徒たちの方を見た。
 「この人たちが、町からスナジゴクを退治するために来てくれたニャ。ちゃあんとご挨拶をするニャ!」
 「こんにちニャー!」
 子供たちは生徒たちに向かってぺこりと頭を下げると、今度は生徒たちにまとわりついて、矢継ぎ早に質問を浴びせかけたり、服や装備を引っ張ったりし始めた。
 「ごめんニャ……みんな、村から出たことがニャくて、ミャオル族以外のひとが珍しいニャ」
 アイリは申し訳なさそうに耳とひげをしゅんと垂らした。
 「あたしもミャオル族は珍しいから、おあいこでいいよー」
 空飛ぶ箒を「おねーちゃん、砂漠をお掃除してきたニャ?」と眺め回している三毛の女の子の耳のあたりをもふもふと触り返しながら、メニエス・レイン(めにえす・れいん)が言う。
 「でも、みんな思ったより元気ね? もっとお腹をすかせてるかと思ってたんだけど」
 「……小さい子供たちに、優先的に食べ物を分け与えておるからニャ。じゃが、それもそろそろ限界に近づいておったところニャ」
 威厳のある声がして、子供たちがいっせいにしんと静かになった。学生たちが振り向くと、腰が曲がったミャオル族の老人が、杖をつきつき、よろよろとこちらに歩いて来た。
 「村長さん、ただいま帰りましたニャ」
 アイリがお辞儀をするのにならって、学生たちもはじめましてと頭を下げる。
 「ご苦労だったニャ、アイリ。……このたびは、ミャオル族を助けるために来て下さったこと、心より感謝いたしますニャ。これ以上救援が遅れたら、木の根や草の根を掘って食べなくてはいけなくなるところでしたニャ」
 アイリを労わった後で、村長は曲がった腰をいっそう屈めて、深々と礼をした。
 「そんなことをしたら、村を元に戻すために何年もかかるわ。その間にもしまたこんなことがあったら、大変なことになっちゃうわよ!」
 メニエスは思わず叫んだ。
 「そうなんですニャ。だから、皆さんに来て頂けて、本当に助かりましたのニャ」
 「そうと判ったら、早速荷物を解いて、皆に配った方がいいな」
 甲が小型飛空艇から降ろした荷物を開き始める。
 「じゃあ、あたしはミャオル族さんたちに、これからどんなものが必要になりそうか聞いてくるわね」
 (そうすれば、この暑い中働かなくて良いもんねー)
 言いながら、メニエスは心の中で舌を出した。そろそろ日が高くなって、あたりにはさんさんと日差しが降り注いでいる。水辺には大きな木もあるようなので、その木陰に居れば涼しいし、日焼けも防げるだろう。行って来るわねーと手を振って、メニエスは歩き出した。が、
 「昼食の準備があるし、夕方にはアイリを連れてまた空京に戻るんだから、一回りしたら戻って来いよー」
 背後から、甲にぐっさりと大きな釘を刺されてしまった。小さな村なので、隠れても多分、探されればすぐに見つかってしまうだろう。
 「はいはい、了解……」
 メニエスはがっくり肩を落とし、さも嫌そうに後ろ手に手を振った。