リアクション
第4章 集落
4‐01 黒炎再び
丘陵調査には、すでに【黒炎】が乗り出していた。【黒炎】――黒崎 匡(くろさき・きょう)、クロード・ライリッシュ(くろーど・らいりっしゅ)、彼らのパートナーレイユウ・ガラント(れいゆう・がらんと)、戒羅樹 永久(かいらぎ・とわ)の四名から成る連携攻撃に特化した部隊で、オーク遭遇戦でも仲間の収拾に務めながら多数のオークを討った。
「太鼓の音というのが気になるな、匡」
「ええ、その通りですねえ、クロ」
黒炎のなかでも、黒軍師と呼ばれる匡はいち早く敵の潜伏を予見し、陣営を発った。すでに、永久によって、皆への禁猟区が事前展開されている。
本陣から丘陵正面は急な勾配となっており、登るには、裏手に回る必要がある。黒炎は丘陵の背後に達すると、ゆっくりと登りに入った。
「さぁ、行きましょうか、クロ」穏やかに、しかししっかりと。
「あぁ、往こうか、匡」信頼と、静かな笑みとを湛えて返す。
再び、黒炎の探索は開始された。
4‐02 木刀再び
その少し後方には、丘陵を迂回し、温泉方面へ向かおうとする木刀剣士、橘 カオル(たちばな・かおる)。彼の横には、
「ご飯はまだですか〜」
今日はパートナーの剣の花嫁、マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)も同行しているのだった。
「マリーア、まださっきここへ来たばかりだぞ。まあ、温泉に着けばありつけるかもな?」
「えーでもそろそろお昼……」
「む? マリーア……」
ドン。ドン。ドン。……
本陣を発つときも、同じように響いていた太鼓の音。やはり、丘陵の上から聞こえてくるようだ。「そういや戦部君は、丘陵が絶対にあやしいと言っていたけど……」
木陰に身を隠し、様子を窺い、再び歩き出そうとしたとき、
ザッ、ザッ、ザッ、……
森のなかから、オークが数匹現れると、丘陵の方へ上っていくのだった。
「なるようになるさ。ま、適当にいこうや」
始めて見るオークに怯えた様子のマリーアの肩をぽんとたたき、橘が木陰から出たとき、
「オォォォォォク!!」
遅れてやって来た一匹と鉢合わせた。
木刀をかまえる橘。
さき、通り過ぎていった数匹が振り返り、ぎらっと目をひからす。
橘は、木々を背に、マリーアを庇うようにして立った。
「……なるように、なるさ」
4‐03 東の集落
シャンバラ人集落を訪れているのは、佐野 亮司(さの・りょうじ)。
丘陵を越えて、少し南東に位置する、商店街を有すると報告にあった集落だった。
「太鼓の音か……気になるが」
パラミタ一の商人を目指す、佐野にとっては、この峡谷での戦いは、自らの夢を一歩進めるための絶好のチャンスでもあった。ソルジャーとして輸送科に所属する彼には戦うだけの力もあったが(彼はタコスレイヤーでもあるのだ)、未知のアイテムや知識となると、それを放ってはおけない。その探索のためには授業をさぼることも惜しまず、ゆえにパラ実送り筆頭候補の一人でもあるのだが。
峡谷は、かつては鉱山街として栄え、人々は多くの宝石や希石を掘りあてた。そのなかには機晶石も度々、見られたという。他にもおそらく珍しい品や、独自の文化が発達している筈だと、佐野は読んでいた。
しかし……佐野は、シャンバラ人集落の街道を歩きながら、左右を見渡した。
商店らしき店並みも、今は寂れてしまい、当時あったという活気の欠けらも感じられない。ときどき、住民らしき者ともすれ違う。斥候がすでに接触していて、教導団の解放軍が来たと聞くと、協力の色を見せたというが……人々の目にもまた、活気が感じられるとは思えないのだ。
住民は佐野の方を見ると、そそくさと、店の中や、脇道へ隠れてしまう。
「誰も話かけてくる者はないな。
亮司。そろそろ、どこか店に入ってみるか。歩いてばかりいても、埒があかぬぞ」
後ろから、渋い声がそう佐野に語りかける。
「おっさん……いやジュバル。もしかしてお前のせいじゃないのか……」
住民達が影に隠れてじっと見ているのは、佐野ではなく、その後ろをぺたぺたと歩いている、ジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)。――彼はカモノハシの姿をしたゆる族なのだった。
4‐04 西の集落
一方、南西の集落に足を運んだのは、相良 伊織(さがら・いおり)と、そのパートナー、グラン・ブレイズ(ぐらん・ぶれいず)。
こちらは本陣から、浅い森を一つ越えたところにある、比較的近い距離の集落だ。
斥候の報告通り、宿場街のようだが、今はもちろん、訪れる観光目的の旅人も、鉱山で働く者達の姿もなく、廃れた様子である。人通りも、少ない。教導団が訪れたということを聞いてか、住民達が、ぼちぼちと、姿を見せ始めてはいるようだが。
「住民の人達には、戸惑いもあることでしょう。だけど僕達が必ず、オークを打ち払ってみせることをまずは説明して、安心してもらわないと。
僕達が自信なさげではだめですから、ここは毅然と臨みましょう」
童顔っぽい顔立ちで、身体の小さな相良だが、今は軍人らしく胸をはってみせた。
「そうだな。では貴殿がここの住人達にしっかり話ができるか、見届けさせてもらうとするか」
こちらは大人びた顔立ちのヴァルキリー、グラン。
「えっ。……グランは、手伝ってくれないのですか」
グランの目がギランと光り、相良に言い捨てるように、
「当然! これは教導団員としての、貴殿にとっての初の試練!」
「えっ、えっ、そんな、そんな、だって……」
早くも弱音をみせて涙ぐみそうな相良を、内心フフフとしつつ、厳しい表情で見ないふりするグラン(ドS)だった。
「ほら。住人達が、集まってきているぞ」
「はっ」
相良はさっとこぼれそうな涙をふりはらい、「皆さん。僕達、教導団が、峡谷を占拠するオークを倒しにやって参りました!」と告げ、人々に状況を話し始めた。
4‐05 謎の集落
「ねぇジャック、あの山に行ってみようよ!」
「おい、調査を中断してピクニックでも始める気か?」
「何だか懐かしい匂いがするの!」
「懐かしい匂い?」
*
更に、その南東の集落を越え……謎の集落に迷い込んだのは、
ジャック・フリート(じゃっく・ふりーと)だ。
彼は森を抜け、長い長い長い下り坂の先に、別の集落を発見したのだ。
この集落は、峡谷地帯の端にあり、他の集落ほど被害を被っていないのか、警戒心も薄いようで、訪問者を見つけた村人達がすぐに集まってきた。長老らしい人物が、そのなかから進み出る。
「そなた達は……」
「失礼、私はシャンバラ教導団のジャック・フリート。この近辺の調査に当たっている。オークの残党が潜伏している恐れもあり、その排除も兼ねて此方に参った」
「おやおや、こんな田舎にまでご苦労じゃのう。シャンバラ教導団か……聞いたことないわい」
ずるっ、とジャックがこけそうになる。
「おじいちゃん、こんにちは!」
そんなジャックの後ろから、ひょいと、顔を出したのは、パートナーの
イルミナス・ルビー(いるみなす・るびー)だ。
「おやおや、嬢ちゃんはかわいいのぅ。ほうほう、ルビーちゃんと言うのかい。ジャックどのと言ったか、この子は妹かの? それとも、もしかして……ムフフフフ、恋人かのーウヒャヒャまじめくさった顔してやりおるわこの。な、そうなんじゃろ。な」
「……答える必要は無い」
「コ・イ・ビ・ト?」
「ウヒャヒャヒャ。最近の若い者はやりおるな」
「……一応、まじめに説明しておくと、イルミナスは機晶姫だ」
「なんと。それは珍しい。機晶姫の恋人とは」
ジャックはもう押し黙った。
「まあ、それはそうと。機晶姫と言えば、この街の先にある鉱山には貴重な鉱物、機晶石が眠っておるじゃ」
「キ・ショウ・セキ?」
「お前の体内にもある動力源の事だ。機械への作用など、あまり詳しいことは知らないが」
「ふ〜ん」
なるほど、それで"懐かしい匂い"……か。ジャックは、不思議そうな顔をしてたたずんでいるイルミナスを見て、つぶやいた。
「小さな結晶で、巨大な機械を動かす強大な力を宿しておる。じゃが、その純度次第では暴走を起こしやすい危険もあるのじゃ」
「あれ?」
先まで、珍しく考え事をしているかのように静かだったイルミナスの姿がない。
「おい! 誰かあの娘を止めてくれ!」「今朝取れたばかりの野菜がぁ!」「崇りじゃ! アトラス様の崇りじゃあ〜!」
「っ、また始まったか……!」
イルミナスが、住民達の収穫したかごいっぱいの果物や野菜を、片っ端から平らげはじめているのだった。
やれやれと頭を抱えるジャックをよそに、和やかな笑顔を見せる長老。
「ほっほっほっ、若い子は元気があって良いのう。おぬし可愛い恋人を大事にしなされ」
まったく、やれやれだ。
*
「聞いたわね? ミストラル」
「聞きましてよ。メニエス様」
「この先の鉱山に、機晶石が……」二人は同時にそう言うと、ククク……と不気味に笑った。
「行きましょうか。メニエス様」
「ええ、ミストラル。
他校の指示に従うなんて、ごめんだね! フリーダム! フリーダム!」
吸血鬼と、吸血鬼になりつつあるそのご主人は、頭をかかえるジャック、ぱくぱく食べ続けるイルミナスとそれをとめようとあたふたする村人達を横目に、集落の屋根を伝ってその先にある鉱山を目指すのだった。