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第四章 公園の不幸せと幸せ

 その頃、片思いの日野 明(ひの・あきら)からの誘いを断ったレーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)は同じ教導団の水渡 雫(みなと・しずく)と一緒に公園にいた。
 ……いや、これを一緒に、と言っていいのだろうか。
 二人の距離は、2メートルは離れていた。
「……水渡」
「は、ははは、はい!?」
 レーゼマンが声をかけると、雫はバタバタおろおろしながら返事をした。
 警戒心いっぱい。
 目に見えない透明な壁が、結界の如く張られている。
(生理的に受け付けません。どうしても駄目です!)
 雫は基本的に男の人が苦手だった。
 しかも、同じ教導団とは言え、レーゼマンとは今日、初めて顔を会わせるので、ますます警戒感が拭えなかった。
 あるいは、誘いに応えたときは気づかなかったものの、レーゼマンと約束のやりとりをしている間に、彼に不信感のようなものを抱いたのかも知れない。
「とにかく……始めるか」
 レーゼマンがおもちゃのピストルを取り出し、雫も新聞紙を丸めた剣を取り出す。
 長袖・長ズボンの灰色の運動着(ジャージ)で来た雫は、袖を軽くめくって、動きやすいようにした。
「おもちゃと新聞紙なら周りにも危険じゃありませんよね」
 訓練を開始するにあたって雫がそう言うと、レーゼマンが一つ提案した。
「大丈夫だと思うが、他の人たちの邪魔にならないように離れた場所で行うか?」
「全力でご遠慮いたします」
 自分に近づきかけたレーゼマンを、無意識に威嚇するように、雫は新聞紙で作った剣を彼に向ける。
「わ、分かった……」
 レーゼマンは身を引きながら、おもちゃの銃を使って、雫との訓練を開始した。
 セイバーである雫は、攻撃の際にはレーゼマンに近づかないといけないのだが、それは平気らしく、サイドステップを織り込んで、フェイントをかけつつ近づき、切りかかる。
「……とっ」
 雫よりもずっと戦闘の場数を踏んでいるレーゼマンは、雫の攻撃を受けるような真似は避け、身を引いて、銃を構える。
 それを見て、雫もすぐさま距離を取った。
 滞空時間が長いような行動をすれば、空中での方向転換が難しい以上、ソルジャー有利となる。
 そのことを見越しての行動だった。
 そんな感じで二人の訓練が続き、休憩となった。
「運動したあとは水分補給が大切だぞ。ほれ」
 雫のためにジュースを買ってきたレーゼマンがそれを渡そうとすると、雫はささっと身を引いた。
 レーゼマンが近づこうとすると、それの倍くらいの距離を雫が逃げる。
 失礼とか思う余裕は雫にはない。
「……ここに置いておくぞ」
「…………ありがとうございます」
 礼だけは言った方がいいと思ったのか、雫はそれだけ言い、レーゼマンが離れると、ジュースを取りに行った。
(可愛いな、水渡は……)
 レーゼマンはこくこくとジュースを飲む雫を見て、そう思っていた。
 今回、こうやって雫を誘うことによって、互いに好意を持つようになっても構わない、とレーゼマンは思っていた。
 そして、雫の様子を見て、レーゼマンは、昔、死んだ彼女とのデートを思い出していた。
(そうだ、あのときもこんな風に公園で2人で……)
 子供の頃に、レーゼマンには恋人がいた。
 その笑顔をずっとレーゼマンの心に住みついて離れない。
 子供が苦手であまり強く言えないのもそのせいかも知れない。
 小さな子供を見ると、かつての恋人を思い出して、その笑顔を思い出して、しまうのだ。
 そう、別にレーゼマンはロリコンなのではない。
 あくまでかつての、幼い頃の恋人を想っているだけなのだ。
 もう一度言うが、ロリコンではない
「…………」
 レーゼマンからただならぬ気配を感じ、長いベンチの端と端に座っていた雫は、さらに距離を置いて、違うベンチに座った。
 しかし、かつての恋人に思いをはせているレーゼマンはそれに気づかず、それを良いことに雫もパートナーであるローランドのことを思い出していた。
(一緒にいて落ち着くのは……やっぱりローランドだけなんですね。家族のようでもあり、自分の一部のようでもあり……。ごめんなさい、デートというものを人生の中で一度はしてみたいと思ったのですが、私には無理でした! 一緒にいても辛いだけです! ……やっぱりローランドは大事な人なんですね)
 雫はそう再認識するのだった。

                ★


「相手が見つかったら幸せ……てわけでもないんやなあ」
 気持ちの温度差が激しいレーゼマンと雫の様子を見て、青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)はちょっと慰められる気持ちになった。
「そうかもしれないです……でも、でもですね! それくらいなら俺に譲ってくれても……!」
 ティエリーティア・シュルツと出かけたいと思っていた志位 大地(しい・だいち)は悔しそうな声を上げた。
 大地は仲睦まじくしている人たちを見て、ドス黒いものが溜まっていたが、男1:女2というデートを見かけ、それまで抑えていた何かが振り切れてしまい、無意識に腹いせを始めた。
 しかし、それは幸兔がデート相手として探していた、【井上かおるさん】によりすべて跳ね返された。
 眼鏡を外して、スキルをフル活用して「怪我させないように、しかし精神はボロボロに」という嫌がらせをしようと思っていた大地だったが、かおるの魔法により反射させられ、気づくと嫌がらせをする前よりさらに、大地は傷ついていた。
 大地が人の背中に貼ろうと思っていた【援助交際中】の紙も、かおるによって、しっかりと大地の背に貼られていた。
 ソースボトルに入っていたハバネロで辛くなった口を洗おうにも、蛇口が細工されていて水が出ず、自分が人をつまずかせようと張った糸に自ら転び……。
 転がったまま動かなくなった大地に声をかけてくれたのは、優しい百合園生、真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。
「大丈夫……?」
 金色の髪を頭の横で一本に縛った、可愛らしい少女が自分を見降ろしていた。
 ティエリーティアと同じ金色の髪を見て、大地はハッとして自分を取り戻した。
「俺は……」
 ハバネロも蛇口も全部自分が行ったことが自分に返ってきた大地は、恥ずかしくなって反省した。
「後で全部戻しておこう……」
「まあ、寂しい気持ちは同感やで?」
 【恋人募集中】のプラカード持って公園に座っていた幸兔は大地の事情を聞き、共感した。
「オラも75人やと1人余るから、オラだけ相手が見つからないのかなあ思ってたんやけど……世の中には女の子2人連れてる男や、複数入り混じった関係なんかもいて……深いんやなあ思ったわ」
 血の涙が出そうな幸兔だったが、悠希はそれほど悲観していなかった。
「いいんじゃないかな……? 仲がいいわけでも、想ってるわけでもない人と、無理に2人になって来る必要なんてないってボクは思うよ……」
 悠希は幸兔たちからかなり離れた位置で、そう呟いた。
 心優しい悠希は、倒れた大地を心配して声を掛けたものの、本来は男性恐怖症なので、彼らに近づくことが出来なかったのだ。
「……静香さま」
 百合園の仲間と過ごすのもいいなと思ったけれど、悠希が一番一緒に来たかったのは、百合園女学院校長の桜井静香だった。
 外見が綺麗なだけでなく、誰にでも優しく声をかけてくれる静香校長。
 悠希も新入生歓迎会で、静香校長に声をかけてもらったことに感動した経験があった。
(ボクが百合園女学院に通うのは許されないことかもしれないけれど……でも、静香さまをお守りしたい)
 静香校長を思うだけで胸がキュンとした。
 もし、お側にいて手が触れたりしたら……と想像するだけで、顔が熱くなるようだった。
「頼れる人に……ボクもなれたらいいな」
 大事な人思う悠希を見て、大地は考え込んだ。
 もし、自分と一緒に出かけたティエリーティアの背中に、自分が他のカップルに貼ろうとした、【援助交際中】の紙などを貼られたらどう思うだろうか?
「……」
 罪悪感を感じた大地は、一週間、清掃活動に従事しようと誓うのだった。


                ★

「暑くないですか、霧島さん」
 刺青を隠すために長袖を着てきた霧島 玖朔(きりしま・くざく)を、恋人の早瀬 咲希(はやせ・さき)が気にかけて声を掛ける。
「……ああ」
 玖朔は短く答えて、公園を見た。
 明るい日差しの差す、芝生の広場がたくさんある公園。
 ネットで事前に調べてはおいたのだが、いつも教導団で戦地にいることが多い玖朔にとっては、何だか別世界のように感じられた。
 ナチュラルメイクをした咲希も同じような感じだった。
 今日は薄手のジャケットをシャツの上に羽織り、ロングスカートを履いた姿の咲希だったが、普段は教導団航空科の有望株として、真っ先に名前があげられる存在だった。
 モノトーンの服を着て、シルバーのペンダントだけをつけた咲希は普通の大人しそうな少女に見えるが、実際にはやはり教導団の一員、それも有能な一員なのだ。
 しかしそれでも、そこは17歳の女の子。
 今日は大好きな玖朔のために、咲希はお弁当を作ってきていた。
「そんなに上手じゃ……ないかもだけど」
 咲希はおずおずと玖朔にお弁当を作ってきたことを言った。
 すると、玖朔は黙って咲希の手を取り、彼女と手を繋いで歩きだした。
「あ、あの、どこへ?」
「ここの公園は広い。人気が少ない芝生エリアもあるから、そこに行こう」
「は、はい」
 玖朔に手を引かれて、咲希は静かな場所に行った。
 小鳥が鳴き、木陰が天然の涼しさを提供してくれる。
「……水無月も来れたら良かったのに」
 静かな雰囲気の場所を見て、玖朔が前に夜の図書館でデートをしたもう一人の恋人の名を口にする。
「……」
 無意識に水無月の名を口にする玖朔を見て、咲希は小さな声で言った。
「……こっち向いて」
「ん?」
 振り返った玖朔の首に、手を伸ばし……。
「今日はあたしのこと、見てください……」
 ぎゅっとすがりつくように、咲希が抱きついた 
「……早瀬」
 嫉妬や寂しさや色んな思いがあるだろうに、それを口にせずに、抱きつくことで拗ねた気持ちを表現した咲希の背を、玖朔はポンポンと叩いた。
「悪かったな。もう言わないよ」
「……はい」
 素直に謝ってくれた玖朔に満足し、咲希は笑顔を作った。
「それじゃ、食べましょう。たこさんウィンナーと、うさぎさんのリンゴも作ってきたの」
 咲希の作ったお弁当はハム卵やフルーツサンドなどサンドイッチ中心で、後は玖朔に言ったとおり、たこさんウインナーなどが入っていた。

「はい、お茶どうぞ」
「早瀬は?」
「この水筒、コップが一つだから回し飲みで」
「ああ、そうか。先に悪いな」
 玖朔は渡されたものを飲み、咲希に渡した。
 新しい飲み物を入れると、咲希は内緒で玖朔が口をつけた所に自分も口を付けて飲んだ。
「ふふふ」
 なんだか上機嫌の咲希を見て、玖朔が首を傾げる。
「どうした、早瀬」
「いえいえ、なんでも」
 ちょっと頬を染めながら、咲希が微笑む。
 咲希は間接キスが出来たことがうれしかったのだ。
「はい、霧島さん、あーん」
「……あ、ああ」
 少し照れながら、玖朔が口を開け、たこさんウインナーを食べる。
 そして、お弁当が食べ終わると、今度は咲希が玖朔に言ってみた。
「あーん」
 咲希が口を向けたのを見て、迷いながら、玖朔は小さく割ったリンゴを咲希の口に入れてあげた。
「ありがとうございます」
 とてもうれしそうに、咲希が笑顔を見せる。
 フルーツも食べ終わると、咲希は玖朔に膝枕を提案した。
「せっかく人のいない静かな場所ですから、お昼寝しませんか?」
「そうだな」
 咲希の提案を受け入れ、玖朔は咲希の膝の上に頭を乗せた。
「……早瀬は寝ないのか?」
「霧島さんの寝顔を眺めたら、寝ます」
「……そっか」
 それ以上は無理に強いず、玖朔は目を閉じた。
 教導団でどこでも寝られるように鍛えられているせいだろうか。玖朔はすぐに眠りについた。

「……霧島さん」
 咲希は眠る玖朔の髪に少し触れてみた。
 反応は、ない。
「……」
 そっと咲希は屈みこみ、玖朔の唇にキスをした。
 唇と唇がそっと触れるか触れないかくらいのキス。
 それでも、咲希は、とても恥ずかしく、それと同時に、とてもうれしかった。
 玖朔は唇が触れても目を開かなかったが。
(…………)
 戦場育ちの玖朔は眠りが浅く、気づいていたのかもしれない。 

                ★

「……悪い、間違えた」
 弁当の蓋を開けた途端、いきなり閉めた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)を、朱 黎明(しゅ・れいめい)は不思議そうに見た。
「間違えた……とは、いったいなんですか?」
「言葉通りだ。間違えて、持ってきた」
 まだ不思議そうな顔をしている黎明を見て、呼雪はちゃんと説明することにした。
「ファル……うちの相棒に作ったものと間違えて持ってきてしまった。だから、その……相棒向けの子供っぽい弁当になっているが……すまない」
 呼雪は頬をほんのり朱に染めながら、お弁当箱を開けた。
 そこにはタコさんウインナーにハンバーグ。
 黄色や緑やピンクの混ぜご飯で彩られた俵型のおにぎりなどが入っていた。
 そのお弁当を見て、黎明はくすくす笑った。
「呼雪はいつでもお嫁にいけそうですね」
「嫁って……!」
 呼雪の朱色に染まった頬がますます赤くなる。
「だってほら、人参とかも花型ですよ。チーズだって星型になってて……」
「い、いちいち解説しなくていい」
 いつもクールな呼雪が少し慌てて黎明を止める。
「量的には2人分は余裕であるので問題はないだろう。……こんなんだが食べてくれ」
「もちろん、おいしくいただきますよ、呼雪。普段キマクで生活していると、こんなに可愛らしくて美味しいお弁当を食べる機会がないので、うれしいです」
「……ありがとう」
 褒めてはもらって安心はしたのだが、やっぱりお弁当を間違えたことは失敗だった気がするので、呼雪は微妙にブルーになった。
 そんな呼雪を見て、黎明は呼雪の頭をポンポンと撫でた。
「何?」
「暗い顔をしています」
 そう言ってから、黎明はわざと呼雪に言った。
「私のような人間と出かけるのはやめておけば良かった……とか思ってますか?」
「そんなことはない」
 冷静な表情を装った呼雪だったが、内心、動揺していた。
「そう感じたなら謝ろう。しかし、そんなつもりはない」
「それなら良かったですよ」
 黎明はすぐに笑みを見せ、二人は一緒にお弁当を食べた。
 
 お弁当を食べ終わると、二人はバスケの1ON1をした。
 二人の出会いは音楽活動だったので、こうやって運動をするのを見るのはお互い初めてだ。
 公園のバスケットコートを使うことにして、黎明はスーツの袖を、呼雪は刺繍の美しいシャツの袖を軽くまくって、勝負を始めた。
「負けた方が罰ゲーム、だよね」
「ええ、約束は守りますよ」
 呼雪の言葉に黎明が微笑む。
 二人にはそれほどの身長差はなく、いい勝負になった。
 それでも、少しすると黎明の方が優位になり、数十分後、勝負は黎明の勝ちとなっていた。
「さて、では聞いて頂きましょうか」
 黎明は呼雪の耳元であることを囁き、ちょっと動揺する呼雪を見て、クスッと笑うのだった。

 公園の芝生のそばに小さい子が集まってくる。
 呼雪の歌が聞こえてきたからだ。
 歌は心温まる童謡で、聞く人を優しい気持ちにさせた。
 歌が終わると、黎明は拍手をした。
「上手でしたよ」
 そう褒めると同時に、黎明は呼雪なら大丈夫かなと思った。
 自分と同じように大切な人を失った呼雪を、黎明は心配していたのだが、歌の優しさを聞いて、少しホッとしていた。
「なんで笑ってる……?」
「ああ、うれしいからですよ」
 呼雪の問いに、黎明は微笑んだまま答える。
「何がそんなに?」
「呼雪の歌が聞けたからでしょう」
「……俺の恥ずかしい姿を見たから、というようにも見えるが」
 こういうふうに恥ずかしいって分かっているから、だから、真剣に勝負に挑んだのに……と言いたげな呼雪に、黎明はちょっと意地の悪い笑みを見せた。
「恥ずかしい姿っていうとなんだか違うことみたいですよ」
「えっ」
 驚く呼雪だったが、黎明は楽しそうにからかって言っただけだった。
 だけ、ではないかもしれない。
 自分に似た境遇の呼雪が、自分のような悪人にならずに幸せに生きて欲しい、と願ったから。
 だから呼雪の歌が優しく、心温まるものであったことに安堵したのかも知れない。
「何か悪いことがしたくなったら私に連絡しなさい。いつでも手を貸してあげますからね」
 軽く頭を撫でて笑う黎明を見上げ、呼雪はこう言った。
「それじゃ次に勝負して、俺が勝ったら、社会包囲活動として、ゴミ拾いをしてもらうからな」
「私が社会奉仕活動……?」
 黎明がちょっと苦笑交じりに笑う。
「また似合わないことを……。まあ、いいでしょう、呼雪がそう望んで、次の勝負に勝てたらね」
「ああ、その時を楽しみにしている」
 2人はそんな約束をして、その日は別れたのだった。



                ★

 時はまさに世紀末デート
 特に何の意味もないが、南 鮪(みなみ・まぐろ)のデート、と言われれば誰もが頷くはずだ。
 過去の失敗(酪農部の部長)で反省した鮪はトレジャーセンスで女の子を探すことにした。
 そして、鮪のスキルに2人の女の子が引っかかった。
「お、これは……」
 ツインテールの黒髪にリボンのたくさんついた白いカチューシャ。
 袖のフリルにちょっとだけピンク色のかかった、白いゴシックロリータのドレスを着た身長183センチの女の子がそこにいた。
 そして、もう一人。
 おでこがチャームポイントのゴシックロリータの少女より、だいぶ小さな金色のツインテールの髪の子が一人。
「ヒャッハァ〜! 女の子二人連れがいるじゃねえか、両手に花だハーレムだぁ〜早速誘拐懐柔作戦実行だぜ!」
 鮪はそう決めると、女装姿の織機 誠(おりはた・まこと)に声をかけた。
「ヒャッハーー! ちょっと公園で遊んで行こうぜ」
「ええええっ」
 誠は叫び声を上げたが、なぜか鮪の中ではそれはOKの印となった。
「さあ、行くぜ!」
 手を引かれ、誠はなんとか上連雀 香(かみれんじゃく・かおり)に目配せを送った。
(お嬢だけでもなんとか……!)
 誠の必死の行動が功を奏し、なんとか香だけは逃げ切った。
 しかし、誠は残ってしまい、鮪と共に世紀末デートを楽しむことになった。
 
「ヒャッハァーこの爺良い物持ってるじゃねえか!」
 ハトに餌をやっていたおじいさんを見つけた鮪が、その餌を奪い、誠に渡す。
「種もみゲットだぜ! プレゼントだ、マコト」
「は、は、はい……」
 不自然な高い声で、誠が答える。
 公園に来るまでの過程で、誠は自分を謎の少女『マコト』と称していた。
 先ほど、訓練をする水渡雫に会ったが、きっと気づいてないと信じたい……!
「どうしたぁ、うれしくないのか?」
「い、いえ……」
 ご、ごめんなさい、お爺さん……。
 心の中でそう謝りながら、誠はフリルの袖を振り上げ、高笑いのポーズをとった。
「今は悪魔が微笑む時代なのよ、お前は長く生きすぎたわねぇ? ヒャッハー!」
 こっそりディフェンスシフトを発動させつつ、誠は鮪の機嫌を損ねてはいけないと、泣き咽びながら種籾を食べた。
「アイス食べようぜ、アイス!」
 ああ、デートらしくアイスか……。
 と、誠が思っていると、鮪がアイス屋台を奪ってきた。
「ひゃっはー。牽引だぁ!」
「え、う、運転は私なんですか?」
 おろおろする誠だったが、鮪の機嫌が悪くなるのが怖くって、スパイクバイクを運転して、アイス屋台を強奪して逃げた。
(お嬢……私はもう戻れないかも入れません……)
 そう心の中で思いながら、表面上は鮪に合わせた。
「行くぜ、スピードの向こう側へ!! ヒャッハー!!」
 やけくそでスパイクバイクを走らせる誠を見て、香は鮪のパートナーハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)と共に溜息をついた。
「ヒャッハーじゃないのじゃ、ヒャッハーじゃ」
 まったく変装になっていないサングラスを傾けながら、香は溜息をついた。
 誠が隙を作り、鮪から逃がしてはもらえたものの、香は誠が気になった。
 だから、鮪のパートナーであるハーリーをバイク屋まで取りに行き、「今日は妾とハーリー殿でツインターボじゃ!」と公園まで戻ってきたのだが……2人で結局、誠と鮪のデートをつっこむ、という感じになっていた。
「ブォンブォンッブロロロロ(静かにしないと見つかる!)」
 ハーリーに窘められ、香は静かにデートを見ることにした。

「お前の血は何色だー!」
 公園のボートで遊ぶ他のカップルの叫びを、鮪はとても愉快そうに聞いた。
「ヒャッハーー! 何色かは確かめたければ、かかってくるといいぜ!」
 スワンボートに乗ろうとしたカップルを池に蹴り落とし、鮪がそのボートを乗っ取る。
「そ、そんなことをしたら……」
「したら?」
「カップルの方が可哀想……ん、カップル?」
「カップルだが?」
 その途端、誠の瞳の色が変わる。
「手前らに今日を生きる資格はねぇ!」
 カップル撃沈。
「ヒャッハー! お前、いいセンスしてるぜ! 気に入った!!」
 鮪はご褒美として、スワンボートにモヒカンをつけて、走らせた。
 スワンボートが池に出てからも、鮪の蛮行は続いた。
 カップルを蹴落とし、略奪印として白鳥頭部にモヒカンカツラや棘をつける。
 しかし、モテない男の僻み炸裂の誠はいつの間にか鮪に同調して暴れていた。
「カップルは滅びろー!!」
「ひゃっはーーー!」
 一緒になって暴れていた誠と鮪だったが、慣れないゴシックロリータドレスに躓いた誠が、ザパーンと池に落ちた。
「うわっ!!」
「あっ!」
 見ていた香も慌てるが、なんとか誠は必死に泳いだ。
「おっと……マコトはオールで上から叩いて沈めちゃいけねえのか」
 オールで誠を池に押し込みかけた鮪が、ハッと思い直し、誠を拾い上げた。
 しかし、そこで……悲劇が起きた。
「あ……」
「お?」
 池に落ちた織機の服がはだけ……まっ平らな胸が露出されてしまったのだ。
「すみません、実は私、男だったんです!」
 鮪に殺される前に、誠は土下座した。
「よつんばいになりますので、どうか家に帰してください!」
 米つきバッタのようになる誠だったが、鮪は動揺もせず、高らかに言った。
「ヒャッハァー気付かいでか!」
「え……」
「お前のようなデカイゴスロリ女がいるか!」
「そ、それじゃ元から気付いて……」
 そうだよなと誠は一人で納得した。
 誠の身長と、鮪の身長とそれほど変わらない。
 それを女と見間違えることは……。
「だが、俺は博愛主義だから女の年齢性別は一切気にしないぜェ〜ヒャッハァー!」
「えええええっ!?」
「もっといい事しようぜ! ヒャッハー!」
 鮪は男と知って位置消沈するどころか、さらに盛り上がり、誠を連れてどこかに行ってしまった。
「…………」
 ハーリーと共に様子を見ていた香は黙ってハーリーを元の場所に留め、誠を見捨てて帰るのだった。
 夜の公園にも行こうかと思ったハーリーだったが、その後、妙につやつやとした肌の鮪が帰って来て、パラ実へと帰ることとなった。


                ★

「大丈夫……かな」
 高潮 津波(たかしお・つなみ)はガラス張りになっているビルに、自分の姿を映して、服装を確認をした。
 黒いミニスカートの後ろがおかしくなっていないか、ベレー帽がずれていないか、チェックする。
 足が大胆に見えすぎかな、とか気にしていると、そこに男性の声がかかった。
「よう、津波」
「あ、永夷さん……!」
 普段、ベースの練習に出かける時の格好に今シーズン買った一番高い超お気に入りのボトムスを身につけた永夷 零(ながい・ぜろ)がやってきた。
 彼の姿を見て、津波がうれしそうに駆け寄る。
「今日は……ありがとうございます!」
 ヴァイシャリーの花火のときに誘ったお返しだろうな、と津波は思っていたが、それでもデートに誘ってくれたのはうれしくて、つい舞い上がってしまいそうになった。
 誤解して思いあがったらダメ、と津波は必死で自分を抑える。
「立ち話もなんだから、公園にでも行こうか」
「……はい!」
 零の提案に、津波は緊張しながら元気に答え、レースのパンプスがパタパタしないように気をつけながら、その背中について行った。

「その……普通のものしか入ってないのですが……」
 津波は早起きして作ったお弁当を、零に差し出した。
「……お弁当もってきたのですけれど、あの、食べていただけませんか……」
「ああ、ありがと。わざわざ作って来てくれたんだ」
 零は感謝しながら、お弁当箱を開けた。
 お弁当の中身は、稲荷寿司、鶏肉のキャベツ巻、春巻、海老の煮物、馬鈴薯とクリームチーズのサラダ、プチトマトだった。
「いただきます」
 零はちゃんと挨拶をして、お弁当を食べ始めた。
 お弁当作りに自信がなかった津波は、作ると予告できず、零の好きなものも事前に聞けなかったので、評価が気になった。
「どうでしょう……?」
 自信なさそうに聞く津波に、零は馬鈴薯とクリームチーズのサラダを食べながら、小さくうなずいた。
「大丈夫。食べ物の好き嫌いはないから、おいしく食べてるよ」
「そう、ですか……」
 褒められてるのかどうなのか迷いながらも、津波はそれを聞けなかった。
「津波も食べなよ。俺が勧めるのも変だけど、一人で食うの寂しいし」
「そ、そうですね……」
 やや外見がダメな感じの自分のお弁当に、津波は手をつける。
 口に合ってるといいなあ……と願いながら、津波は零と一緒にお弁当を食べたのだった。

「ブランコにでも乗るか。チュニックとブルゾンが白いから、無理かな?」
「い、いえ、大丈夫です」
 零の言葉に、津波は心の中で落ち込んだ。
(公園に来るのに、白いお洋服とかミニスカートじゃ……永夷さんに気を使わせちゃったかも)
 そんなことを気にしながら、津波は零の隣に並んで、ブランコをこいだ。
 しかし、食事の時同様、うまく自分から喋ることができない。
(事件とかで一緒のときは、ちゃんと自然に話せるのに……!)
 津波は心の中で葛藤していたが、零はそんな津波を見て、考え込んでいた。
 どうやら津波は自分のことを思ってくれるらしい、と零は感じていた。
 それが確定できたのはツァンダ夏祭りのとき。
 参加しなかった零に、津波はわざわざ会いに来てくれたのだ。
 それまでも何度か様々な事件で顔を合わせていて、津波が思いを募られせていたようだが……零は恋愛は二の次というタイプなので、複雑な心境でもあったのだ。
 好かれることはうれしいけれど、この辺ではっきりさせた方が……というのが、零の現在の気持ちだった。
「百合園生って女の子同士でいちゃつくのが普通なんだろ?」
「え?」
 突然投げかけられた問いに、津波は悩みながら答える。
「そういう子もいます……ね」
「やっぱり百合園だものな」
 うんうんと納得しながら、さらに零は切り込んだ。
「俺のどこがいいの?」
「!」
 今度は声にならないくらいにビックリして、津波が止まってしまった。
「あ、いえ、その……」
 普通の会話すらままならない津波はおろおろするばかりで、返事らしい返事ができなかった。
 そのまま会話が少ないままデートが続き、最後に「帰るか」と零が言ったときに、津波が勇気を出して、何も書いてない日記帳を差し出した。
「これ…日記…なんですけど」
「日記?」
「交換日記してくださいませんか……?」
 その問いかけに答えた零の言葉は、津波の耳にだけ、届くくらいの小ささなのだった。