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第八章 カラオケはドキドキ空間

 よく表情がころころ変わる楽しい娘だなあ。
 日下部 社(くさかべ・やしろ)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)に対する第一印象はそれだった。
 2人はかつてヴァイシャリーで人攫いをやっつける依頼があり、それで一緒になった。
 その時助けてもらったお礼を言いたい、ということで歩が社を誘ったのだ。
 誘うといっても、お友達として遊びに行くという感じだが、百合園の女の子とお出かけというのは、社にとってちょっとドキドキだった。
「やぁ、あゆむん。私服なのも雰囲気変わって可愛ええね♪」
 待ち合わせ場所に来た歩を、社そう褒め、2人はカラオケボックスへと行った。
 部屋を取ると、社は「先に行っててや〜」と歩を見送り、ドリンクバーに行って、飲み物を取ってきてあげた。
「お飲み物をお持ち致しました、歩お嬢様♪」
 執事の真似事をする社を見て、予想以上に歩は喜んだ。
「わあ、なんだか懐かしい!」
「懐かしい?」
「あたしも小さい頃はお嬢様だったんだ〜」
「……小さい頃?」
 歩の言葉に、社はさらに首を傾げた。
 どこから見ても、歩は百合園のお嬢様らしい可愛さと品のある子だった。
 しかし、そんな歩も人知れぬ苦労があるのだ。
 だから、小さい頃はお嬢様だった、という表現になるのだが、歩はデートを暗い気分にしたくないのか、それについては説明せず、くるっとした大きな目に笑みを浮かべた。
「あたし、これすっごく好きなんだ!」
「お、そうやったんや。それは良かったわあ」
「ありがとう、やっしーさん!」
 歩は喜んで飲み物を受け取り、じっと社を見た。
「前に会ったのが制服だったから、今日のやっしーさん、いつもと違う感じ!」
 歩はそう笑いつつ、端末をいじって、曲を入れた。
「あたし、歌うの好きなんだ。あんまりうまくはないけどね」
 入れた曲は、子供向けのアニメソングだった。
「あはは、あたし子供の頃から大好きで……やっぱりこの年だと恥ずかしいかな?」
 照れる歩に、社は親指を上げて、にかっと笑った。
「何も恥ずかしくないで! 俺もアニソン好きや」
「わあ、本当? それじゃ後でデュエットしよう!」
「もちろんや!」
 2人はアニメソング以外にも、流行りのポップスを歌った。
 互いに好きな曲が知っている曲ばかりだったので、歌も話も弾んだ。
「ねね、これ歌ってみない?」
 いつの間にか2人の距離は近くなり、隣に座って一緒に端末を覗き込むようになっていた。
「このアニメ、オープニングで踊ってたよね」
「そやな、踊ってみるか!」
 そんな感じで振付を入れてみたり、デュエットをしたり。
 2人のカラオケは終始楽しく進んでいった。
 マイクも持ち放題なので、歌いたいだけ歌い、二人はカラオケを後にした。
「今度は寺美さんと一緒も楽しいかもね!」
 カラオケを出た後、一緒に歩きながら、歩はそう提案した。
「寺美かあ。そうやなあ、たくさんでもええかもしれへん」
 恋愛に興味はある歩だが、やはりまだまだみんなで遊ぶ方が楽しいようだ。
 しかし、歩の楽しそうな笑顔を見て、社はそれもいいか、と思った。
「今日はものすごく楽しかったで。ありがとう、あゆむん」
「あたしもだよ、やっしーさん!」
 2人はその後、並んで仲良くご飯を食べに行ったのだった。
  

                ★

「デートにチャイナは気合を入れすぎだったかな?」
 待ち合わせ場所で椎名 真(しいな・まこと)を待ちながら、遠野 歌菜(とおの・かな)は人の視線を受けて、ちょっと恥ずかしくなっていた。
 ラインが綺麗な淡いピンクのミニチャイナドレスにニーハイソックス。
 ちょっとパーティ向けのような服装が、町中では目立った。
「歌菜さん」
 そう声をかけてきた真を見て、歌菜はホッとした。
 真もチャイナ服のような紺の半そでに黒Gパンで来てくれていたからだ。
 しかしなぜか、真は周囲を慎重に見ながら、歌菜のそばに寄ってきた。
「どうかした……?」
「あ、いや、なんでもないよ」
 真は鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)のことを警戒していたが、島村ご一行様はショッピングセンターの方に行っていたので、すれ違うことはなかった。
「それじゃ行こうか!」
 カラオケが初めてという真を連れて、歌菜が受付などを済ませ、部屋に入る。
「そうだ、これ。おみやげ」
「わあ、手作りのマドレーヌだね! ありがとう!」
「それじゃ、まずは歌菜さん、『パラミタの妖精』である歌菜さんからお願い!」
 歌菜は『パラミタの妖精』というアイドル二人組ユニットの片割れなのだ。
「よーし、それじゃ歌っちゃうよ!」
 マイクを受けとり、歌菜は歌い始めた。
 
 歌を振りつきで熱唱し、真とデュエットをした後、ちょっと休憩、と歌菜はキャラメルラテを飲んだ。
「良かったよ」
「ん?」
「歌菜さんって綺麗な声だな……って」
「あ、ありがとう」
 ちょっと顔を赤くしながら、歌菜も真を褒める。
「真さんも上手に乗ってくれて楽しかったよ」
「そう? それなら良かった。こういうの初めてで……」
 照れる真を見て、歌菜は体を少し彼の方に向けて、質問した。
「ね、真さんの好みのタイプってどんな子?」
「好み? 髪は短めな方が……」
「内面は?」
「凛として芯があって……家庭的なほうが好き、かな」
「それじゃ、京子ちゃんだね!」
「え?」
「絶対に京子ちゃんだよ、外見も内面もバッチリ!」
 歌菜は真のパートナーである双葉京子の名前を口にした。
 真は京子の名を聞いて、顔を赤らめはしたが、否定はしなかった。
「そ、そうかな……」
「そうだよ!」
 ポンと真の背中を叩いて笑顔を浮かべた時、なぜか歌菜の胸がちくっと痛んだ。
(あれ……?)
 不思議に思いながら、歌菜はさらに真を後押しした。
「それじゃあさ、今度は京子ちゃんをデートに誘ったら?」
「デートに?」
「そうそう、誘うっていっても今回みたいに気軽な感じでいいんだよ。デートってただ二人でいるだけでも楽しいし!」
「そんなもの?」
「そうだよ。私だって、今日、真さんといて楽しいもの!」
「はは、ありがとう。俺も歌菜さんといて楽しいよ」
「あ、ありがと」
 真の言葉に照れて、ちょっと歌菜が視線を逸らす。
 そんな歌菜の様子に気づかず、真は歌菜に質問する。
「でも、どうせデートするならば、何か喜ぶことしたいよね」
「喜ぶこと?」
「うん、女の子が喜ぶことって何かな?」
「お姫様抱っこかな?」
 反射的に答えた歌菜だったが、自分の言葉に思わず、「あっ」と気づいた……時には遅かった。
「……こ、こんな感じでいいのかな……?」
 歌菜の言葉を本気で受け取った真は、歌菜を抱きあげたのだ。
「ひゃっ!」
 お姫様抱っこされた歌菜から小さな悲鳴が上がる。
「な、何か間違ってた?」
「う、ううん……」
 歌菜は首を振って、赤い顔をしながら真に言った。
「あ、で、でも、ちょっと前置きがあった方がいいかな。女の子も心構えってのが必要だし」
「な、なるほど」
 歌菜の照れた様子が感染したのか、真も赤い顔をして、二人で照れ合う。
(ど、ドキドキするのは突然だったせいだよね……)
 心臓のドキドキを、歌菜は自分に対してそう説明するのだった。


                ★

「やっぱりひなは歌が上手ですね」
 御堂 緋音(みどう・あかね)がうれしそうに拍手をする。
「そ、そうですかー?」
 拍手を受けた桐生 ひな(きりゅう・ひな)が照れくさそうに笑う。
 先ほどから何曲も歌っているのだが、そのたびに緋音は満面の笑顔で拍手を送ってくれる。
 ひなはちょっと恥ずかしくはあったが、同時にとてもうれしかった。
「それじゃ、緋音ちゃんのために、色々な歌を披露しちゃいますですよー」
「うれしいです」
 満面の笑みを浮かべる緋音のために、ひなが再び曲を入れて、歌い出す。
「貴方の心 貴方の目を 見つめる私は〜♪」
 歌と共に、ひなの赤い瞳が、同じく赤い緋音の瞳を見つめる。
 二人の視線が絡み合い、そして次のサビが来る。
「共に歩むこの道を いつも護る〜♪」
「……共に……」
 ひなの歌詞に緋音はドキッとする。
 共にというのが、自分だといいなと緋音は心の中で思ったのだ。
 でも、そんな恥ずかしい想像をしてしまったことに、少し照れ、緋音は頭の中からその考えを落とした。
「どうかした? 緋音ちゃん」
「う、ううん。ひな、大好きですってだけで」
「え?」
「あ、いえ。ひなの歌を聴くのが大好きですってことです」
「そ、そういう意味……」
「はい。なんだか文章が色々抜けてしまっていて、ごめんなさいですよ」
 緋音は言われたひなと共に照れながら、ひなに端末を渡した。
「あ、次を歌ってくださいな」
「う、うん」
 端末を受けとりながら、ひなはソファの方に歩いた。
「でもちょっと待ってほしいです。少し座って、次の曲を考えたいですよ」
「それじゃ、一回休憩にしますか? ひなが飲みたいもの言ってくださいな」
 緋音が立ちあがり、受付に繋がる電話の方に行く。
 
 頼んだ甘いものと飲み物が来ると、緋音は甲斐甲斐しくひなにそれを勧めた。
「おつかれさまです。せっかくのいい声が掠れてしまうと困るですから、しっかり水分補給してくださいね。疲れをとるために甘いものも」
「うん、ありがとうございます」
 緋音に飲み物を渡されて、ひなはにっこりと笑う。
「あ、あの……隣に並んで座ってもいいでしょうか?」
 ひなが歌っている最中にずっと言いたくても言えなかった言葉を、緋音が口にする。
「もちろん」
 元気にひなが答えて、自分の隣りを少し空けた、
 緋音はそこにおずおずと入りこみ、隣に並んで座った。
 すると急にぐっと腕を取られた。
「ちょっとくっついてみちゃったり」
「あ……」
 冗談めいた感じでくっついてくるひなにドキッとしながら、緋音は密着するひなから離れられなかった。
 驚いてはいるけれど、うれしかったから。
「カラオケっていいですね。2人っきりって感じがして」
「は、はい……」
 ひなと過ごせればどこでも良いと思っていた緋音だったが、カラオケという選択肢は良かったかもと思った。
 ひなの歌を聴くのが好きなのもあるし、それに……。
「はい、緋音ちゃん。あーーん」
 2人っきりの空間に浸っていた緋音の前に、急にスプーンが差し出された。
「え?」
 驚いた緋音がスプーンの先を見ると、笑顔のひながスプーンを向けていた。
「緋音ちゃん、溶けて落ちちゃいますよ。はい、あーん」
「あ、あーん……」
 緊張しながらも緋音はひなのスプーンを口に入れる。
 それからおずおずと、ひなにこう申し出た。
「あの、良かったら、ひなにも……」
「ひなにも」
「食べさせて、あげたいです」
「う、うん」
 緋音の申し出にドキッとしながら、ひなも「あーん」とやってもらった。
「うん、おいしい♪」
 嬉しそうな笑顔を見せるひなを見て、緋音はドキッとする。
 そして、残りのパフェをひなが食べ……ふと、パフェの中から一個だけ星型のチョコが出てきた。
「これ食べちゃっていいかな?」
「もちろんです。ひなのパフェですし」
 緋音の許可をもらって、ひなが星型のチョコを食べる。
 ところが、急にひなの動きが止まった。
「……それ何?」
「あ……」
 緋音が内緒でひなの歌を録音していたボイスレコーダが見つかってしまったのだ。
「こ、これは、なんでもないですわ」
「なんでもないなら見せてください」
 ひながボイスレコーダーを取ろうとし、緋音がそれを隠そうとして、二人は無理な動きをし、ひながバタンと緋音の上に覆いかぶさるようにして、ソファの上に転がってしまった。
「きゃっ」
「わ……!」
 折り重なった2人の体は密着し、顔があと数センチという近さまで行った。
「……ひな」
「緋音ちゃん」
 じっと見つめ合う2人。
 そして、ひなのピンク色の唇が動いた。
「さっきの星型のチョコ、おいしかったよ。緋音ちゃんにも……あの甘さ、わけてあげますね」
 耳元でそう囁くと、ひなは緋音の唇に自分の唇を重ねたのだった。