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リアクション
●第三章 リンネちゃん危機一髪
イルミンスールの中にある、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の家は、リンネ一人が住むには少々広すぎるほどに立派な造りをしていた。
「うわー、これって本当に『家』って感じだよなー。イルミンスールにこれだけの住居を構えられるって、もしかしてリンネってどこかいいとこのお嬢様とかだったりするわけ?」
「それはよく分からないんだな。少なくともボクよりは裕福な暮らしをしていたはずなんだな」
リンネのお見舞いにやってきた一行のうち、當間 光(とうま・ひかる)が一行を出迎えたモップス・ベアー(もっぷす・べあー)に話しかける。パートナーのミリア・ローウェル(みりあ・ろーうぇる)は席を外しており、この場にはいない。そもそも、リンネの家を訪れた一行の数が多すぎて、いくら家がそこそこの広さがあるとはいえ、全員を入れることはできないためであった。もちろん、ずっとリンネの家に居るわけではなかったが、カフェテリアのようなテラスもあったりするせいか、絶えず人が出入りはしていた。
「リンネはまだ起きないのか?」
「まだなんだな。もう少ししたら起きると思うんだな」
「そっか。起きたら色々と聞きたいことがあったんだけどな。『カヤノと何かを話していたのか?』とか、『リンネはこの先どんな結末を望んでいるのか?』とかな」
「……それは、ここに来ているみんなが思っていることだとボクは思うんだな。リンネがただの思い付きであの洞穴に向かったのか、それとも別の理由があるのかは、ボクも聞いてみたいところなんだな」
「あら、なんですの? あなたは理由も知らずにリンネさんに協力したと言うんですの?」
近くで話を聞いていたリリサイズ・エプシマティオ(りりさいず・えぷしまてぃお)が、モップスに詰め寄る。
「そんなことはいつものことなんだな。ボクはリンネのパートナーだから、リンネが行くと言ったら付いて行くだけなんだな」
「あなた、結婚でもしたら確実に尻に敷かれるタイプですわね。まあ、その方がお似合いな格好ですけど」
「誰かの尻に敷かれることも、それを屈辱に思わなければやっていけるんだな。無駄な抵抗はしないのが、長生きする秘訣なんだな」
「実にあなたらしい思考ですわね。理解はわたくしにはし難いですが、まあ、認めて差し上げてもよろしくてよ」
「光栄なんだな。さて、ボクはリンネの様子を見てくるんだな。リンネが心配なら、イルミンスールを襲おうとしているって話の子を止める手伝いでもするといいんだな」
言って、モップスがリンネの眠る部屋へと向かっていく。
「救出に参加してない俺が、お見舞いっていうのも変だよね……? 勝手に入っちゃって大丈夫かな」
「いいのではないかしら? 誰かを心配する気持ちは、常に尊重されるべきですわ」
「そうじゃそうじゃ、心を込めてちゃんとお世話をしてやれば、それでいいと思うのじゃ」
リンネの眠る部屋の前に立った愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)が不安げな面持ちを見せるのを、佐倉 留美(さくら・るみ)とラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)が宥める。
「……それよりも、どうやらリンネさんとモップスさんを引き離そうとする不逞の輩がいるようですわ。もしその輩を見つけた時は、ミサさんも成敗に協力してくださいね」
「あ、は、はい! 俺にできることがあれば、何でもします!」
「ふふん、不届き者をこらしめるのは、わしに任せておけばそれで事足りるのじゃ! 二人は安心してリンネの世話をするがよいぞ!」
妙に自信ありげに胸を張るラムールに、ミサと留美が苦笑しつつ、部屋の扉を開けて中へお邪魔する。
「こんにちは、モップスさん。リンネさんのご様子はいかがかしら?」
「変わらずなんだな。呻かれたり苦しまれたりがないだけ、一安心なんだな」
年相応の女子の部屋、と言うほかない部屋には、ベッドに机、本棚にクローゼット、何に使うのかいまいちよく分からないマジックアイテムがひとところにまとめられていた。性格からして片付けなどは苦手なように思われるが、マジックアイテムの管理などは魔法使いらしくちゃんとやっているようであった。
リンネは、部屋の奥のベッドで、模様の入ったカバーの布団に包まってすやすや、と息を立てて眠りについていた。
「じゃじゃ馬リンネも、こうして見ると可愛らしいのう」
「そうだね、何か和むかも。……あ、これ、差し入れ。よかったらどうぞ」
くしし、とラムールが笑い、ミサが持ってきた差し入れをモップスに渡す。
「ありがとうなんだな。リンネが起きたら振る舞うんだな」
「ねえ、モップスはリンネに色々と便利使いされているようですけど、料理とか掃除とかも手伝わされたりしているのかしら?」
「そんなのしょっちゅうなんだな。最近なんていちいち呼び出すのが面倒だからって、この家にボクの寝床が造られようとしているんだな」
「ふーん、でも、いいんじゃないかな、そういうの。リンネがモップスのこと信頼してるってことでしょ?」
「どうなんだな。リンネがそうするって言うなら、ボクはそれに従うだけなんだな」
言って振り返るモップスを見遣って、留美がミサを小突く。
「ねえねえ、代わりにわたくしたちが料理を作ってあげるってのはどうかしら?」
「えっ、で、でも俺、料理なんて――」
「大丈夫、何とかなるものですわ。さあ、行きましょう」
「むむ、何やら面白いことを企んでおるようじゃの。わしも付いていくぞい」
留美がミサを引っ張ってキッチンへ連れて行き、ラムールが楽しげにその後を付いていった。
「ほれケイ、ささっと掃除するのじゃ。おぬしなら容易にこなせるじゃろう?」
「そりゃ、少しは心得がないわけでもないけどさぁ……しっかし、流石は魔法使いの家というべきか、パッと見よく分からない物ばかり転がってるんだな」
階段を上がった先、魔術的な道具などが所狭しと散乱している場所で、緋桜 ケイ(ひおう・けい)がその一つを手に取ってしげしげと眺める。吹き抜けになっている窓から外を眺めていた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)の声が届く。
「確か、リンネの実家は代々続く魔法使いの家系なんじゃろ? そこから色々と送られてくるのかも知れんな。わらわも初めて見るものばかりで興味深いぞ」
「なるほどね。……とりあえず、慎重に取り扱わないとヤバそうだよな。しっかしま、道具が相手でよかったぜ。これがもし先輩の服とか下着とかだったら――」
「こりゃ! 何を考えておる、この不埒者!」
カナタの投げたマジックアイテムがケイに当たり、ケイが頭を抱えてうずくまる。その様子をソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が楽しげに、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がどうでもいいとばかりに見守っていた。
「ふふっ、楽しそうですね、お二人とも」
「掃除でもしようと言い出した割には、遊んでるよな。後でどうなっても知らねえぜ」
ソアに合わせつつ、ベアも窓から外の様子をこっそりと窺う。カナタ同様、一部の間で囁かれている『リンネとモップスがイルミンスールに災いをもたらしたのではないか』という噂に乗じて、リンネに責任を取らせようとする輩から二人を護ろうとしているのであった。
「……ケイ、一つ聞いてもいいでしょうか?」
「ああ? 何だ、ソア」
片づけをする手を止めて、ケイがソアの問いかけに答える。
「……リンネさんは、カヤノさんとレライアさんのことを、知っているんですよね? そのことを知って、リンネさんはどうしようとしていたんでしょうか」
「うーん、あのリンネ先輩が簡単に囚われるとは思えなくてな。……もしかしたら、最初に洞穴に向かった時も、そして今も、リンネ先輩はレライアって子のため、自ら生贄になることを選択しているのかもしれないよな」
腕を組んでケイが考え込む。リンネが未だ眠りについている以上憶測でしかないが、ケイはリンネが見た目以上に、学校やみんなのことを思っているのではないかと考えていた。
「……レライアさんを存在させ続けるために、生贄になるんですよね。もし、リンネさんが自ら生贄になることを選ぶなら、私も――」
生贄になります、そう言おうとしたソアを遮って、ベアが声をあげる。
「ご主人、気持ちは分かるがやっぱり危険過ぎるぜ。あのカヤノってヤツに利用されるだけされて後はポイ、って可能性もあるかもしれないんだぜ? まずはカヤノの方をどうにかしないといけないんじゃないのか?」
ベアに続いて、カナタも声をあげる。
「……それにのう、レライアという者が存在し続けることが、自然の摂理にどのような影響を及ぼすか知れたものではないしのう。リンネもそのことはよう分かっとるはずじゃ」
しばしの間、沈黙が流れる。
「……結局のところは、リンネ先輩がどう選択するか、そこからだよな。俺たちが力になれることがあればそれをすればいいし、力になれなくてもせめて見届けることくらいはできると思うんだ」
「そうですね。……誰も、悲しまないのが、一番です。何かいい方法が、見つかればいいですね」
ソアの言葉に、カナタとベア、そしてケイが頷いた。
「そんなこと言われても困るんだな。ボクにそれを決める権利はないんだな」
「彼女が目覚めていれば、彼女には受け入れる自由も拒否する権利もある。だが、今はモップス、君が彼女の代行人として責務を果たす義務があると私は考える。その上で私は、この騒動を引き起こした主本人たる彼女に責任を全うさせるため、彼女にカヤノを誘い出すための囮役となってくれないかと持ちかけている。無論、どちらになった場合でも私たちは彼女と君の護衛は続ける。……ただ、どちらなのかという判断はしてほしいのだ」
そしてリビングでは、腕を組んで考え込むモップスを前に、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が交渉人のような振る舞いで熱弁を振るっていた。
「あたしも、リンネちゃんは何らかの形で責任を取る、っていうエリオットくんの意見には賛成だよ。でも、生贄にしようとかそういうのは絶対にダメ。だから、この方法が一番かなって思うの。……モップスくんだって、責任を感じていないわけじゃないんでしょ?」
メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)の問いに、モップスの思慮はさらに深くなる。
「それはそうなんだな。……でも、ボクがリンネの行動を決めることはできないんだな。ボクがボクの行動を決めることはできても」
「それって、キミがリンネの責任をおうことも辞さないってこと? それは違うと思うわ。リンネの責任はリンネ自身で取る必要があって、それは他の誰も代わることはできないことだと思うわ。……誰だって、誰かを守りたいとは、思うのかもしれないけどね」
クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)の言葉に、モップスはついに黙り込んでしまう。
「我輩が何を言えたものでもないのかもしれぬが、我輩の命に代えてでも、姫のことは守り通そう。騎士の言葉として、それは約束する」
アロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)が、リンネを姫と呼んだ上でそう告げる。
「……みんなが、リンネのことを思ってくれているのは、よく分かったんだな。でも、それでもボクは、リンネの行動を勝手に決めることはできないんだな」
なぜ、と問いたげなエリオットに応えるように、モップスが次の言葉を紡ぐ。
「ボクは、リンネには、リンネがしたいことをしてもらうのが、一番いいと思ってるんだな。それだけなんだな」
「交渉、どうなるかな。作戦、上手くいくといいな……」
今まさに交渉が行われている家の外で、空を見上げて雪積 彼方(ゆきづみ・かなた)が呟く。
「大丈夫ですよ、きっと。彼方と私が頑張れば、きっと上手くいきます」
エル・クレスメント(える・くれすめんと)が、彼方を励ますように言葉をかける。
「……うん、そうだよね。よーし、リンネさんを連れ出そうとする人は、あたしが絶対に通さないんだから!」
「すみません、リンネさんのお見舞いに来たのですけど、こちらでよろしかったでしょうか?」
最初に声だけが降って来、次いで声を放った本人が上空から、彼方の前にとん、と降り立つ。姿を確認した彼方は、それが誰かを把握して表情を険しくする。
「か、カヤノ……!」
「あら、あたしのこと知ってるのね。まあ、あれだけ派手に暴れたら、それもそうね。……で、リンネはここにいるのかしら? 何人か、って言っといたけど、やっぱりあの子は外せないものね。……というわけだから、案内なんかしてくれるとあたしとしても手間が省けていいのだけれど?」
「……ふざけないで! 悪いけど、リンネさんは絶対渡さない!」
カヤノの言葉を弾くように腕を振って、彼方が飛び下がり、後ろにエルが控える。
「……あんたと遊んでいる暇は、今のあたしにはないの。あんた……死ぬわよ?」
途端に、カヤノの全身から冷気が放出され、それは彼方にプレッシャーとなって襲い掛かる。それでも彼方は一歩も退くことなく、お返しとばかりに言葉をぶつける。
「パートナーを大事に思う気持ちは、あたしにもよくわかるよ。……だからこそ、こんなやり方じゃない、もっといい形で何とかできないかな? レライアさんは、こんなやり方望んでないの。貴方はきっと、リングの魔力で自分を見失っているだけ! ……ねえ、あたしたちと一緒に、他のやり方を探そう?」
凍えるような冷気の中で、それでも懸命に微笑んで、彼方が手を差し出す。……しかし、それを受け取るカヤノの手は、そこにはなかった。
「……あんたにあたしの何が分かるって言うの? どんなに望んでも一緒にいられない、もう幾度となく別れを繰り返してきたあたしの、何よりも痛く苦しいこの痛みが!!」
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