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氷雪を融かす人の焔(第2回/全3回)

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氷雪を融かす人の焔(第2回/全3回)

リアクション

「何だ!? 何が起きたんだ!?」
 リンネの見舞いを終え、家から少し離れたところまで来ていたサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は、背後から響く轟音に驚いて振り返る。視界の先に、先程自らが訪れた家が氷雪の竜巻に包まれているのを見て、驚愕はさらに深まる。
「これは俺の憶測に過ぎないが、こんな芸当ができるのは、あの氷の少女くらいではないのか?」
「あら、アルが私の意見と同じ意見を口にするなんて、アルも成長したのね。ふふ、今度是非とも成長ぶりを確かめてみたいわ」
「嫌です遠慮しますどうかお近づきにならないでください」
 カーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)の不敵な笑みに、アルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)はすっかり臆して彼女と思い切り距離を開けてしまっていた。
「とにかく、行こう! リンネが心配だ!」
 言って駆け出すサトゥルヌス、だが直後、彼の足元を無数の弾丸が襲い、地面に弾痕を作る。
「おっと残念、そのまま動けなくなっていてもらいたかったのにねぇ」
 武器から硝煙をくゆらせながら、桐生 円(きりゅう・まどか)が妖艶な笑みを浮かべて呟く。
「んもぉ、何やってんのよ円ぁ、あんななよっとした男なんてさっさと蜂の巣にしちゃえばいいのよぉ〜」
 その隣でオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、妖艶以上に危険な笑みを浮かべて呟く。
「ねーねーあいつらころすの? ころすの?」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)がサトゥルヌスたちを指差して、無邪気にさらりと怖いことを呟く。
「何するんだよ! それに君たちは、どうしてこんなことをするんだよ!」
 サトゥルヌスの問いに、円は迷いの微塵も無く答える。
「より楽しめる選択をしただけだよ。それ以外に何があるというんだい?」
 もう話すことはないとばかりに、手にした機関銃を円が乱射する。
「言葉が通じないのなら、身体に教えてあげるしかないようね。アル、サトゥの援護をしなさい。サトゥに怪我させるようなことがあったら、私があなたに一生消えない傷を刻み込んであげるわよ?」
「分かっている、だから脅すな、近付くな!」
 カーリーの指示で、アルカナがサトゥルヌスのところへ向かっていく。それを見遣る間すら与えないかのように、ミネルバが飛び込み、手にした武器を振り回して攻撃を繰り返す。
「あはははは! あはははははは!!」
「まるで獣……いいえ、ケダモノね。あなたたちにサトゥも、リンネもやらせはしないわよ!」
 カーリーも負けじと応戦する。槍と槍とが交差しぶつかり合い、弾き合って絶妙な音楽を奏でていく。
「んでぇ、円とオリヴィアの相手は、男二人ってわけねぇ〜。んっふふ〜、オリヴィア的にはぁ、あっちの男の方がいいかなぁ〜。ああいうのって意外とぉ、いい声で鳴くのよねぇ〜」
 オリヴィアに指差されたアルカナが、身の毛もよだつほどの身震いをして、サトゥルヌスの背後に陣取る。
「おいサトゥ、俺にはあの女の相手は無理だ。あの少年の相手をする」
「あ、今何か凄くイラついた。男装を選んだのはボクだけど、物凄くイラついた。少年に間違われるのがとてつもなくイラついた。本気で殺す。三回殺す。大事なことだから三回言う、絶対殺す」
 アルカナの言葉に何かを刺激されたらしい円が、変装を解いて普段の姿に戻る。
「お、女……? ……いや、違う。女に見える男だ。きっとそうだ。あの姿で女なはずが無い、きっとそうだ」
「………………殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
 もはや完全に壊れてしまったらしい円が、機関銃をアルカナへ向けて打ち込む。放たれた火弾と弾丸が相殺し合い、辺りに爆発が生じる。
「大きな問題を抱えているリンネを、これ以上困らせてどうするつもりだ!」
「あぁら、オリヴィアはぁ、そんな子のことなんてどうでもいいのよぉ〜。ここでカヤノって子に恩でも売っておけばぁ、後でリングを奪取しやすくなるでしょぉ〜」
「……そんな自分勝手な理由で!」
「んっふふ〜、何を分かりきったことを言ってるのかしらぁ〜? この世は快楽が全てよ、楽しければそれが全てなのよぉ〜」
 オリヴィアの放った火弾と、サトゥルヌスの見舞った弾丸がぶつかり合い、爆発を起こして互いに打ち消される。
 片や、リンネを護ろうとする者。片や、それぞれの目的のため、カヤノの味方をしようとする者。それらが今この場にて会い見えたことはすなわち、もう一つの戦いが始まることを告げているのであった。

「僕は、カヤノとレライアを助けたいだけなんだ! お願い、話を聞いて!」
「いいえ、聞きませんっ! そんなことを言って、リンネさんを生贄に差し出そうったって、そうはいきませんからね!」
 ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)の訴えを完全に無視して、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)がニコの後を追い回す。
(どうしよう……カヤノらしい影を見かけて追いかけてきたら、こんなことになっているなんて……これじゃカヤノに接触どころか、同じ冒険者にやられかねないよ)
 追いかけられながら思案するニコの背後で、優希の傍に舞い降りてきたアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)が、彼の確認し得た情報を優希へ告げる。
「眠り姫とデカ熊は、まだあの家にいるっぽいぜ。あのカヤノって子がいるみてえだけど、家の近くに居た奴らが護ってるらしい。……ユーキ、俺様はどうすりゃいい?」
「そうですね……では、このまま迎撃に当たりましょう。その子の味方をする者を行かせなければ、後は向こうの方次第ですが、連れ去られるのを防げるかもしれませんから」
「うっしゃ! んじゃとりあえずは目の前のヤツから……これでも食らえぇぇ!」
 優希の言葉を受けてアレクセイが、飛んだ状態から掌に雷の種を浮かばせ、横向きに雷撃を見舞う。高度を変えて避けるニコへ、さらに二撃目、三撃目が襲い掛かる。
(うわっ!? こんなことになるなら、一人で来るんじゃなかったかな……いやいや、カヤノとレライアのためにも、僕が頑張らなくちゃ! アシュリングにはこれだけ助けてくれる人がいるけど、レライアにはカヤノしかいないんじゃないのか? だったら僕が、二人を助ける力にならなくちゃいけないんだ!)
 そんな、どこか強い力を秘めた意思の下、ニコが抵抗を続ける。その様子に、ただニコを追うだけだった優希にも変化が生じる。
(……あの人からは、悪意といったものを感じません。今一度、考え直した方がいいのでしょうか?)
 躊躇する様子が伝わったのか、アレクセイが優希の傍に寄って声をかける。
「どうした、悩んでるのか? 向こうには向こうの都合ってモンがあるからああしてるんだろ? それが知りたきゃ、まずは一発ぶん殴ってから問いただしてみりゃいいんじゃねえか?」
「積極的に危害を加えるつもりはありませんが……そうですね。一度止まってもらった上で、話をしてみようと思います。アレク、力を貸してくれますか?」
「優希のお願いならドンと来いってんだ! んで、俺様は何をすればいい?」
 アレクセイに優希が一言二言告げて、頷いたアレクセイと優希が離れる。
(攻撃が緩んだ……! この機にカヤノのところに行こう!)
 追ってくる二人の姿が見えないのをチャンスと悟ったニコが、一直線にリンネの家を目指す。しかしそれを読んでいたのか、待ち構えていたアレクセイの雷撃がちょうどニコの真下から襲い、直撃しないまでも箒をかすめて飛び去っていく。
「うわーっ!?」
 制御を失ったニコが木々の生い茂る場所へ落下していくのを見遣って、優希がその場所へ向かう。少々手荒い真似をしたことを謝るため、そして本人の口から、どうしてこのようなことになったのかを聞くために。

 リンネの家に損害を与えていた氷雪の竜巻は、いつの間にか消えていた。外に置かれていた椅子やテーブルは凍り付き、そこだけ冬山のロッジのような様相になっていたが、今すぐに倒壊するようなことはなさそうであった。
 そして、カヤノと冒険者との戦いは、リンネの家から少し離れた地点に場所を移して行われていた。氷と炎がぶつかり合い、辺りには靄がかかったような、図らずも魔法学校の森らしい幻想的な風景を作り上げていた。
(この霧は、カヤノさんに接触を図るには好都合ですね。……ですが、道を同じくする方との接触は、できれば避けたいところですね)
 そして、主戦場から少し離れた場所で、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が機会を窺っていた。
「ナナ、やっぱり行くんだよね。まる……じゃなくて、カヤノのところに」
 隣に控えたズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が尋ねてくる。
「ええ、カヤノさんのことが、気になりますし。レライアさんもカヤノさんの行動を、喜んでいないと思います。話をして、今の方法以外に別の方法がないか、一緒に考えることができればいいんですけどね」
 言って、ナナが箒にまたがり、低い位置をゆっくりと進む。その後ろを援護ができる位置で、ズィーベンが続く。霧は、二人を潜ませるのに適した濃度で広がっていた。
 だがそれは、他の冒険者が潜むにも好都合である。
「動かないで! それ以上動いたら、無傷じゃ済まないわよ!」
 ナナがとある樹の一本に近付いたその瞬間、木陰から久世 沙幸(くぜ・さゆき)が飛び出し、ナナに得物を突き付けて身構える。
「ナナ! 待ってて、今すぐ――」
「……あら、どこに行こうというのかしら? わたくしの沙幸さんに手を出すような真似を致すようでしたら……永久に凍り付かせてあげてもよろしくてよ」
 ナナの危機に向かおうとするズィーベンの背後から、藍玉 美海(あいだま・みうみ)が微笑みつつも強烈なプレッシャーでもって抑えつける。
「リンネとモップスを引き離そうったって、そうはいかないんだからね! せっかく再会したパートナーをまた離れ離れにするわけにはいかないんだもん!」
 ナナを、リンネを生贄にしてしまおうとする輩と思い込んでいる沙幸が、今にも斬りかかりそうな気迫を含んで言い放つ。
「違います、私はリンネさんをどうこうするつもりはありません。ただ、カヤノさんのことが気になって、カヤノさんに会って本当のことを知りたかっただけです」
 ナナの言葉に、しばらくの沈黙が流れた後、沙幸が得物を下ろす。
「……ゴメンね、状況がこんなだから、もしリンネを襲うのなら今が絶好の機会だと思って、でもそれはさせないと思って」
「いえ、私も誤解を生むような真似をしていたのは事実ですから。気にしないでください」
 二人が和解したのを見計らったかのように、ズィーベンと美海が駆けつけてくる。
「ナナ、大丈夫? 怪我とかしてない? もう、ナナに何かあったら、どうするつもりだよ!」
「ごめんなさい、でもわたくしも、沙幸さんのことを思ってのことでしたの。それは同じパートナーとして、お分かりいただけるのではないかしら?」
 美海の言葉に、ズィーベンはむむむ……と唸りつつも、矛先を収める。
「先に襲っておいて何だけど、力を貸してくれない? いきなりのことで周りが混乱してて、連絡が上手く取れないの。カヤノのことを気にするのは分かるけど――」
「分かりました、今は協力します。カヤノさんには、後でまたお話ができると信じていますから」
 沙幸の申し出にナナが頷き、四人となった一行はリンネの護衛に向かう。

「一人でリンネの看護をしているモップスに、これ以上の苦労はかけられないしな! 二人にはにんにくスープとプリンで元気になってもらって、それまでは私たちで何とかするか!」
「そうだね、おにいちゃん! 私も頑張るよ!」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が戦闘の準備を整え、カヤノと冒険者が戦闘を続ける場所へ急行しようとした矢先、冷気を孕んだ風が吹きつけ、二人を吹き飛ばさんと迫る。
「うぅ、凄い風だよぉ、おにいちゃん」
「掴まっていろ、でないと飛ばされてしまうぞ」
「カヤノ〜大変だぜ〜! なんだか、レライアの様子がおかしいんだ! 早く氷雪の洞穴へ戻って来てくれえぇぇぇぇ!!??」
 風に耐える涼介とクレアの横を、新田 実(にった・みのる)が見事に吹き飛ばされて、背後にある樹にぶつかって止まる。
「おい、大丈夫か!?」
「うおぉ……すまねえ、タマ……どうやらミーはここまでのようだぜ……」
「……大丈夫そうだね。ねえおにいちゃん、この人は何をしに来たのかな?」
 クレアの問いに、涼介が考えつつ答える。
「今ここには、リンネを護ろうとする者、リンネを連れ去ろうとする者の他に、様々な目的の下に行動を起こしている者がいるようだ。……あなたも一つの目的のために行動している、そうだろう?」
「……んぁあ!? あ、ああ、そうだとも! ミーはタマに、カヤノに伝えて来いって言われて伝えに行こうとしたんだぜ! ……物凄い風が吹いて吹き飛ばされちまったけどな!」
「……自慢するところじゃないよね、そこ」
「なるほど、事情は分かった。それで、あなたのパートナーは今どこに――」
 涼介が尋ねようとした矢先、珠樹の携帯が着信を知らせる。相手は彼のパートナー、狭山 珠樹(さやま・たまき)であった。
「おう、ミーだぜ!」
『ああ、やっと繋がりましたわ。まったく、ここまで戻らないと繋がらないなんて、大変ですわね』
「そりゃ確かに大変だったな。んで、どうしたんだタマ。ミーの方は今これから――」
『そうですのよ!! 大変ですのよみのるん、レライアがいないんですのよ!!」
「…………うぇえ!? レライアがいないだってぇ!? んじゃどこ行ったんだよ!?」
『それが分かったら苦労はしませんわ! ……とにかく、これ以上ここにいても仕方ないですし、戻りますわ。みのるん、もうカヤノには例のこと、伝えなくてもよろしいですわよ。そちらはどうなっていますの?』
「そうそう、こっちもこっちで大変なことになってるんだぜ! カヤノがリンネんトコにやってきて、見舞いに来てたヤツとドンパチよ。んで、色んなヤツが出てきてもう何がなんだかだぜ」
『何ですって!? ……どうやらゆっくりしてはいられないようですわね。急いで戻りますから、みのるん、後のことは任せましたわよ!』
「おうよ、ミーに任せておけ!」
 携帯を仕舞って、意気揚々と実が飛び立っていく。
「……何だったのかな?」
「さあ……だが、一つ気になることを言っていたな。『レライアがいない』って」
 そのことに気を少しだけ奪われつつ、二人はリンネを護るため行動を起こす。