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第4章 あなたをまってる


「はぁああああぁ〜」
 魂まで抜けそうなため息をつきながら、未沙は実験室の窓から森の方を見ていた。
「愛美さん、大丈夫かなぁ。皆、そろそろ見つけてくれたかなぁ……」
 未沙の言葉に、マリエルの手が止まる。
「マリエルさん、愛美さんは大丈夫なの、きっと、みんなが助けてきてくれるの。だから、元気出すの」
 未羅の言葉に、マリエルが無理に笑顔を作る。
「うん。そうだよねぇ」
 自分まで皆に心配かけまいとする、マリエルの健気な様子に、未那の胸がときめく。
「マリエル様、愛美様は皆様と一緒にきっと無事に帰ってきますぅ。それまで、マリエル様のお側には、私がついてますぅ」
「ありがとぉ、未那」
「はぅっ」(マリエル様が私の名を呼んで下さいましたぁー…)
 未那がマリエルとのひと時にうっとりとしていると、がやがやと男達がやってきた。
 大学部へ行っていた者達だ。

「マリエルさん、助っ人を連れて来ましたよ」
 先に実験室に入ってきた幸が、ドアを開けたまま、美也真を促す。
「あなた、マナの……」
「一応、フラットカブトの専門家だからね、薬作りを手伝ってくれるそうです」
 マリエルと美也真はお互い気まずそうにして、視線を合わせない。
 愛美の事を聞いて手伝いに来ていた久世 沙幸(くぜ・さゆき)にいたっては不快感を隠そうともしない。
 それをパートナーの魔女、藍玉 美海(あいだま・みうみ)が宥める。

「それじゃ、美也真さん、指示をお願いします」
「ああ。えっと、まず、……本を見せてもらえるかな」
 真人がとまどいがちに本を美也真に渡した。

 ぎこちない雰囲気が漂う中、美也真の指示でなんとか準備は整った。
 あとはフラットカブトが届けば、すぐにも解毒薬が作れるだろう。

「では、マリエル・デカトリースよ、これを使うとよいのじゃ」
 トライブと共に遅れて戻ってきたベルナデットが、おもむろにパウチを差し出した。
「これぇ、もしかしてフラットカブトぉ!? どうしたのぉ、これぇ?」
 パウチに入ったフラットカブトを見た美也真が、驚きに震える。
「こっ、これは、もしかして!?」
「そうじゃ、研究室で洗いざらい事情を話したら、教授とやらが鍬形 美也真の分をくれたのじゃ」
「これ、買うとすっげー高いのに……ゼミの予算が……」
 一見親切に思えたベルナデットの行動は、美也真の非道さを研究室に訴え、フラットカブトを取り上げるという行動が目的だったようだ。
「はっ! 洗いざらいって……まさか、話をしたの、白金教授じゃ……?」
「うむ。そのような名前であったかのぅ」
 ガクリと美也真の膝が崩れ落ち、腰が抜けたようにへなへなと床に座り込んでしまった。
「いきなり、どうしたんですか?」
 あまりの様子に美魅が怯える。
「ああ、気にするな。今年還暦を迎える白金教授が、あいつの片思いの相手ってだけだ」
 美也真をリサーチ済みの誠治が美魅に事情を話す。
「きれいなおばあちゃんだったのじゃ」
 ベルナデットの言葉に、涙を流しながら、美也真が睨む。
「おばあちゃんいうなっ! 大人の女性だ!」
「枯専か。そりゃ、愛美に勝ち目はねぇな」
 トライブが神妙に頷いた。
 美海が、相手に告白するよう、美也真を巧妙にけしかけている。
 もちろん、誠治情報により、白銀教授がパートナーのコランダム教授と、近日婚約すると知っての事だった。

 未那はその話にすこぶる機嫌が良くなった。それというのも、愛美の『運命の人』の片思いの相手が、マリエルではないかと杞憂していたからだ。
(年上の方がお好きなら心配ないですぅ♪ どちらにしてもー、愛美様にもマリエル様に相応しくないですけどぉー)

 未那とは対照的に、窓際からちらりと美也真を盗み見た未沙は、更に大きなため息をついた。
(愛美さん、あ〜んな男のどこがいいんだろ。あんな人の事は忘れて、あたしの方へ振り向いてくれないかなぁ……)そしてまたひとつ、ため息をつく。


 一方、1階の玄関ホールでは、陣と真奈が簡易病棟を用意するために奔走していた。無茶をしたり、毒にやられたりする者達が多いだろうと予測したからだ。
 ここなら広いし、なにより外からの搬送がしやすい。寝心地はイマイチだろうが、そこまで気は遣っていられない。
 シーツを整えている真奈に、陣が指示を仰ぐ。
「真奈ー! この救急箱と包帯、どこへ持って行ったらええの?」
「そちらの壁に机を並べて、その上にまとめておきましょう」
「OK!」
 しかし、現地の様子が把握できない今、2人のこの努力も、けが人がいなければ無駄になる。
「ま、それが一番良いんだけどね」
 それでも2人は、頑張っている皆の万が一の為に、用意を怠るわけにはいかなかった。