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鏡の中のダンスパーティ

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鏡の中のダンスパーティ

リアクション

【3】

「トリック・オア・トリート。……って、言う側がお菓子を渡すのは変でしたね」
 御堂 緋音(みどう・あかね)は、作ってきたクッキーを差し出しながら、そう言った。鏡の中の自分はくすくすと笑う。
「じゃあ改めてわたしが言うね。トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」
「ふふ。ありがとうございます。お菓子、どうぞ」
「ありがとう」
 クッキーを受け取った相手は、自分とは対照的に背の高い人だった。性格も、あまり喋らない緋音とは逆で、はきはきとよく喋る。表情もころころ変わって、ああ明るい人なんだな、と思った。
「踊りたい?」
「ううん、私は、踊るよりもお話したいです」
「わたしも。じゃ、食べながらお話しよう」
 すぐそばにあった二人掛けのソファに座って、彼女は言った。早速クッキーを食べている。
「このクッキー、美味しい。作ったの?」
「はい。お口に合ってよかった」
「甘くて、でも甘すぎなくて、紅茶の香りがしっかりしてるクッキーだね。いくつでも食べられそうだよ」
 嬉しそうにそう言われると、なんだか照れくさくなる。
「もっと作ってくればよかったですね」
「そしたらあるだけ食べちゃうよ。すごいな、料理できるんだね」
「好きなんです」
 料理を作ることが、というより、食べてくれた相手の反応を見ることが。
 今度幼馴染にも食べてもらおう。そう思った時、ふと鏡の中の自分にもそういった大切な人は居るのかどうか、気になった。
「そっちでの生活って、どんななんですか?」
「うーん? どんな……そうだねぇ、幼馴染が居て、その子といっつも一緒に居るよ」
「幼馴染」
「きみにも居る?」
「居ますよ。とても大切な」
「そう、とても大切な子」
 にこにこと楽しそうに笑う彼女を見て、わかった。
 そっちでの生活は、楽しいんだろうな、と。毎日きっと、楽しいのだろう。幼馴染が居て自分が居て、毎日いろいろなことがあって過ぎて行って。
「よかったです」
「え?」
「私が楽しそうで、よかった」
「きみは?」
「私ですか? 私も、楽しいですよ」
 素直に笑うと、鏡の中の自分も嬉しそうに笑ってクッキーを食べた。

「よろしければ紅茶、どうぞ」
 ダンスパーティの参加者に向けて、紅茶やジュースを用意して渡すと向けられる笑顔。こっちまでうれしくなって、日下部 社(くさかべ・やしろ)は思わず笑みをこぼした。
「あの、あ、あの……!」
 その時、挙動不審気味に声をかけられて振り返る。そこに立っていたのは、薄茶色の髪を短く切った、真面目でおとなしそうな少女だ。さっき、紅茶を渡した。
「はい?」
 柔らかく微笑んで対応すると、「踊りませんか」消え入りそうな声で、ダンスに誘われた。目を見開く。
「これはえろうすんません、女性に誘わせてしまうなんて。でも、俺でええんですか?」
「……というか、どうして気付かないんですか?」
「へ?」
「私はあなた、です」
 その言葉を受けて、より一層目を見開く。そして彼女をまじまじと見つめて、
「俺ぇ? えらく大人しそうな娘さんやなー」
 感嘆したような声を出した。
「ほな踊ろ! 踊れるかな、俺執事やけど実はまだダンスの経験ないねんなー……」
「執事なんですか?」
「せやねん。魔法使える執事やから、黒執事やんな。カッコエエやろ?」
 へらっと笑うと、つられたように彼女も笑った。
「笑ったほうがええね、やっぱ笑顔が一番や」
「そう、ですか?」
「せや。可愛えしな」
 言いながらダンスのステップを踏む。踊ったことはなかったけれど、もう一人の自分が上手にリードしてくれてなんとか形にはなっていた。社自身の順応力が高いこともあるのかもしれない。
「あなたはどうして、そんなに笑顔でいられるんですか?」
「だって。まず俺が笑ってないと、相手も笑おうって思われへんやん。俺はね、みんなに笑ってほしいねん。辛くても怖くても、笑っててほしいねん。ヘンなカオしたっていいことにはならないやん。でも、笑顔なら明るくなれるやろ? それに最後に笑ってたほうが勝ちやしな」
「楽しくないと、笑えません」
「俺いつでも楽しいし。だからいつでも笑ってるよ。それで誰かが一緒に笑ってくれたらまた嬉しいし楽しくなるし」
「いつでも、楽しい?」
「せや。いっぱい友達できたし、いろんな出来事あってん。辛いのも何も、終われば笑い話や。だからその最中も笑ったれば俺全勝やろ?」
「なんだかよくわからない理屈ですね」
「せやから、笑ったモン勝ちやて。単純単純」
 楽しそうに笑いながら語る社を見て、彼女がふっと微笑った。変な人、とでも言いたそうだ。いつも笑っているせいか、変な人扱いはわりとよくあることだから構わないけれど。
「鏡の中の私が、素敵な人でよかった」
 素敵な人呼ばわりされたのは初めてだったから少し戸惑ったけど、「せやろ」と笑っておいた。

 ダンスホールでは、何人もの人が鏡の中の自分と踊り、また喋り、くつろいでいる。
 しかし中には、ダンスを踊らずに少し離れた場所で静かに話し合う人影もあった。
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)もそうだ。
 鏡の中の自分が、どうやら男性が苦手であるということに気付いて、すぐにパーティの中心から離れた。椅子に座り紅茶を飲みつつ、お互いのことをぽつぽつと話し、他愛ないことで笑う。
「へえ、じゃあ茶が趣味なんだな」
「趣味というか。家が茶道のお家元だから、物心ついたときからやっていたっていうか、それが当たり前だったから」
「嫌々なのか?」
「いいえ。茶道は気分が穏やかになるし、とても素敵なものだと思います。涼介さんも、お茶が好きなんですよね」
「好きだな。休日なんかはよく抹茶を点てている」
「お抹茶、いいですよねぇ」
「いいな。添えられた和菓子がまた格別で」
「そうなんですよねぇ。見た目も可愛らしいし、和菓子好きだなぁ」
 柔らかに微笑む彼女は、ドレスではなく和装だった。仕立てのいい薄紅色の着物に鮮やかな深紅色の帯。あでやかすぎず、地味でもない。もしも女に生まれていたら、自分もこんな格好を好んでしていたのだろうか。今の自分だって和装を好んでいるし、十分にありえる。
「女性物の着物って、綺麗なもの多いよな」
「ええ。いろいろな柄とかあって、色が違うだけで印象も変わるから面白いんですよ」
「いいな、いろんなの着れるのは」
「ふふ、茶道のお家元って、肩が凝るようなものですけど。和服を着ていてもおかしくない環境だし、なかなか悪くはないんですよ」
「そうみたいだな。……楽しいか?」
「今も、向こうの世界でも、私は楽しく生きていますよ」
 ふと投げかけた質問に、そう答えが返って来て。
 綺麗に笑った彼女を見、涼介は「そうか」と少し微笑むのだった。

「とりっく・おあ・とりーと?」
「うーん、お菓子持ってないです。僕、イタズラされちゃいますか?」
「せっかくのハロウィンだから言ってみたかっただけですぅ。私は、イタズラよりもお話がしたいからしないですぅ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、鏡の中の自分にそう言って話しかける。
「あ、じゃあ僕も言ってみたいです。トリック・オア・トリート!」
「はいですぅ」
 やり返されてすかさず飴玉を渡すと、相手の彼は驚く。準備しているとは思ってなかったのだろう。それを見てメイベルはくすくすと笑った。彼の顔が少し赤くなる。
「やられた。準備してたんですね」
「なのですぅ」
「幸せそうでよかったです」
「え?」
 唐突に言われて、思わず素っ頓狂な声を出した。少し考えてから不安になる。
 もしかして、鏡の向こうの自分は不幸で、それでこっちの自分が幸せだから思わずよかった、なんて言ったんじゃないか、なんて。
 メイベルは幸せだ。
 少し前までは、そう思わなかったけれど、パートナーのセシリアに出会い、パラミタに来てからは多くの知己を得ることができた。
 大切な人が居て友達が居て、充実した毎日を送っていて、不幸せなはずはなくて。
「あなたは幸せじゃないんですかぁ?」
「いいえ、僕は幸せですよ。だから訊いたんです」
「?」
「僕はすごく幸せ者だから、こっちでのあなたが不幸せだったら嫌だなって思ってて。でも、今日会ったら幸せそうだから嬉しくて」
「私も同じですぅ。すっごく幸せだから、あなたが幸せならよかったですぅ」
「もっと、あなたのことが知りたいな」
「私もですぅ。いろいろお話しましょう?」
 二人は笑い合って、互いに幸せな自分たちのことを語った。

「幸せそうなのを見るのはいいねぇ」
「そうだねぇ」
 そんな風に自分と会話しながらプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)はダンスホールを通過する。先ほど出会った自分と一緒に、ダンスホールスタッフの制服を借りて通路のモップがけをするために移動中なのである。
「スタッフさん居ないねぇ」
 プレナが呟く。
「まあモップは持参してるからいいけどねー」
 執事服を着た鏡の中の自分がどこからかモップを取り出して言った。プレナもそれに倣う。
 通路は、ダンスホールと違って少しだけ寒い。
「寒いねー」
「ねー。寒いの苦手?」
「プレナは平気だけど、妹は苦手かなぁ」
「妹?」
「うん。一年くらい前にプレナのとこに来てねー、家族になったの」
「へー。僕も弟が同じ感じー」
「プレナと一緒だねぇ」
「弟は暑がりだけどねー」
「そこは逆なんだねぇ」
「ねー」
 二人は並んで、こしこしとモップで通路を磨く。元から綺麗だった通路がさらに綺麗になっていく。
「モップって汚れ落としちゃう素敵な魔法の道具だよねぇ」
「お掃除は魔法だよねー」
「ある意味料理も魔法だよねぇ、作る前と作った後で姿が違うもん。悪い方向に」
「あははー。料理は難しいねー」
「妹は」「弟は」
「「得意なんだけどねぇー」」
 重なった声に笑い、掃除を再開する。
 しばらく二人とも無言で掃除をしていたが、不意に鏡の中の自分が呟いた。
「怖いんだよねー」
「え?」
「弟って言うけど、もしかしたら違うんじゃないか、ってさー。思う自分も、もしそうだったらっていう想像も。怖いなーって」
「……プレナも、怖いなぁ」
「同じ理由で?」
「同じ理由で」
 小さく呟いて、また掃除。ぴかぴかになる通路とは違い、発した言葉が自らの心に影を落として暗くしていた。
「でもねぇ、プレナ思うんだぁ」
「んー?」
「違うなら違うでいいかなぁって。だって妹、幸せそうだもん」
「……うん、そーかも。そーだねー」
「きみの弟もそうなの?」
「そーだよー。お兄ちゃんがお兄ちゃんで良かったって」
「えへへ、プレナの妹とおんなじだ」
「いいお土産話になったねー」
「そうだねぇ」
 二人は見つめあって嬉しそうに笑うと、今度は鼻歌を歌いながらモップがけをするのだった。

「これがボク?」
 はるかぜ らいむ(はるかぜ・らいむ)は思わずそう呟いた。目の前には鏡の中の自分。
 彼女は、らいむと同じくらいの身長で、けれどとても女性らしい人だった。豊かなバストに、きゅっとくびれたウエスト。大きすぎず魅力的なヒップ。スタイルの良いその身体にロングドレスが良く似合っている。髪の毛は長くて、ゆるくウエーブがかっていて、それもまた似合っていた、
 対して自分は、胸はぺたんこでスタイルがいいとはいえない。髪の毛も短くて、女らしいというよりも男の子に間違えられるような容姿とスタイルをしている。
 だから、この自分を見ても自分だとは思えなかった。
 でも、見た目じゃない何かで『この人が自分である』という、どこか決定的な確信をしていた。
「信じられないな、ボクがこんなに女らしいなんて」
「信じられないの? わたしはわたしなのに」
「ううん。キミがボクだってことはわかってるんだけど。なんていうか、こんなに女らしいボクもありえたのかなって思うとびっくりしちゃって」
「ありえるよ? どうしてびっくりするの?」
「んー……だって、ボクにはそういう格好似合わないじゃない」
「そう思うから、そうなっちゃうんだよ」
「え?」
「あなたが『ボク』で居るのは、そうやって『似合わない』って思ってるからなんじゃないかなあ?」
 そうかもしれない、と思った。
 でも、だって、似合わないじゃないか、とも思った。
 似合う似合う、って思いこんだとしても、実際に似合うようになっているわけではない。だから、ボクには女の子らしい姿よりも、男の子に間違えられてしまうような現状の方がいいんだろうなって。
 けれど、そう思っても、割り切れない自分も居て。
「諦めないで? だってあなたはわたし。わたしはあなた。こうやって、女の子らしくもなれるのよ」
「……うん。頑張ってみるね、『わたし』」
 その『わたし』は、一人称なのか、もう一人の自分への呼びかけなのか、わからないけれど。
 鏡の中の自分は、その三文字を聞いて満足そうに笑った。

「いっぱい踊ったね!」
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は鏡の中の自分の手を取って、テーブルと椅子のある場所に移動する。椅子に座ると、鏡の中の自分が紅茶の入ったティーカップを持ってきてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。ていうか、ダンス上手いんだな。びっくりした」
「授業で習ってるからね、あたし。でもあなたも上手だよ!」
「姫を見つけた時に手を取って踊りたいからな、その練習の賜物だ」
「わ、あなたもお姫様探してるんだね」
「も?」
「百合園学園でメイドの勉強しながら、王子様を探しているの!」
「へえ、メイド。だからその格好なんだな」
「似合わないかな?」
「いや、似合ってるよ」
「えへへ、ありがと」
 にこりと微笑み、紅茶を一口飲んだ。
「ねぇ、ここに居るってことは、あなたもパラミタに来たの? ……それとも、お母さんたちと一緒に働いてるのかな?」
「働いてるよ。それはそれでシンデレラみたいで面白いけどな」
「シンデレラって、なんか乙女ね」
「サクセスストーリーなら別になんでもいいんだけどな。あ、でもシンデレラじゃ家庭崩壊するか? えーと、じゃあ……」
 考え始めた彼に、歩は少し笑った。しかしすぐに表情が暗くなる。
「……あなたは偉いね」
「?」
「あたしはずるいや」
「なんで? ずるいって」
「んー。あたしの周りの人ってね、皆すごい優しいんだ」
「いいことじゃん」
「うん。……でもね、あたしはみんなに優しさを返せてるのかなあって。優しくしてもらえた分、優しくできてるのかなあって思って」
 歩の呟きに、相手は答えなかった。
「……あ、ごめんね? せっかく会えたのにこんな話しちゃって。でもありがとう、整理できたかも」
「ねえ、俺思うんだ」
「え?」
「優しさって返すものじゃないんじゃないかなって。友達なら困ってるときとか、助けたくなるって。それはそいつと友達だからで、返して欲しくてやってるんじゃないって」
「そういうものなの?」
「俺はね、そう思うよ」
「うん。……んー、なんか、ありがとう。意見もらえるなんて思わなかったよ」
「アドバイスの一つもできなくて申し訳ないんだけどな。こんなんじゃ姫を迎える資格がないな」
「そんなことないと思うけどね。よーし、ヘコむの終わり! 明日からまた元気に王子様探そっと!」
「うん。そうやって笑ってるのが、やっぱいいと思う。笑ってないと王子も見つからないぜ?」
 その言葉を受けて、歩はにっこりと笑う。