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リアクション
第二章
タシガン空峡。
一面に広がった雲海は、晴天の日差しを反射し、白い輝きを放っていた。この空域は見通しが良く遮蔽物となる雲が少ない事で知られている。下は雲海、上は青空、それ以外に眼前に見えるものと言えば、雲の波間を進む一隻の大型飛空艇……、バッドマックス空賊団の大型飛空艇だけであった。
「目標、絶対中立地帯を離脱します。皆さん、攻撃準備はよろしいですか?」
大型飛空艇を追跡する数機の機影の中で、最も後方に位置する戦部小次郎は無線で各員に伝えた。
小型飛空艇の操縦をリース・バーロットに任せ、小次郎は全体の戦況把握に務める作戦である。
「まずは敵小型飛空艇の排除が先決です。こう開けた場所では敵も我々を察知して……」
「どうやら出て来たようですわ。敵小型飛空艇……機数10!」
リースは展開を始めた空賊たちを視認し、戦闘に巻き込まれないよう速度を落とした。
「私たちは後方での支援に回ります。皆さん、御武運を……!」
「……さて、まずは俺たちの仕事だな」
白砂司の言葉と共に、早瀬咲希と日下部社が彼に続き、前方に出た。咲希の小型飛空艇を中央に、空飛ぶ箒を駆る二人が脇を固める。
「ほな、行ってくるわ。援護のほう、頼りにしてるで、寺美」
「はぅ。任せて欲しいですぅ。社も気をつけるんですよぉ〜☆」
後方援護に回った望月寺美に、社は親指をおっ立てて返事をした。
◇◇◇
前衛に出た三名は速度を上げ敵機に接近した。
司は空賊たちの武器に注意を向けた。迎撃に出て来た空賊は、剣や槍などの近接戦闘用の武装だ。
「……遠距離武器を持っている奴はいないようだな」
「まずは一安心だね……。だけど、油断は禁物だよ。たぶん格闘戦でも向こうに利がある……!」
並走する咲希をちらりと一瞥し、司は静かに微笑んだ。
「わかっているさ。俺はあくまでかく乱に全力を注ぐ。まともに挑んではこちらが圧倒的に不利だ」
「ツカサッチも同じ考えとは奇遇やな。俺もかく乱重視で行こう思ってたんやで」
「……それは結構だが。日下部、そのサスカッチみたいなあだ名はやめろ」
司と社は敵集団の目前で機動を変えた。司は左方向へ直角に曲がり、社は右方向に敵を引きつける。この状況で最も恐ろしいのは、囲まれて袋だたきに合う事である。友軍三機に対して、敵機は十、数の面では完全に負けているのだ。まずは敵を分散させる事が必要不可欠だ。
「やるわね、二人とも。教導団航空科が空戦で他校生に遅れをとるわけにはいかないわ」
咲希は敵機を正面に捕らえ、その背後から攻撃を仕掛けた。
「へっ! こっちは空戦のプロだぜ! ガキが調子に乗るんじゃねぇ!」
空賊は速度を上げ、追跡する咲希を引き離す。
「飛空艇の扱いでは相手が上ね……、でも、あたしだって航空科で技術訓練は受けてるんだから!」
旋回しようとする空賊から、咲希は追跡軌道を変え降下した。降下により不足した速度を補い、空賊に向かって上昇する。位置エネルギーを利用した加減速機動、ローヨーヨーと呼ばれる空戦機動だ。
目標を完全に捕捉した咲希は、すれ違い様に敵機をランスで貫いた。
「な、ナニィ!?」
バランスを失った敵機は、眼下に広がる雲海へ沈んでいく。
「やった……、一機撃破……!」
「気を抜くな早瀬! 背後を取られているぞ!」
無線から上がった司の声に、咲希ははっとした。
「よくも仲間をやってくれたなぁ! てめぇも雲海の藻くずにしてやるぜ!」
背後から迫り来る敵機は完全に咲希を捕らえた。速度で振り切る事はもはや不可能。ならば……。
咲希は急減速を掛けた。どうせ逃げ切れないならイチかバチかだ。速度が急変化した咲希に、空賊は対応しきれなかった。おそらく彼女の事を舐めていた所為もあるのだろう。空賊は咲希を追い越してしまい、オーバーシュート、今度は咲希が空賊の背後を取る形となった。
「形勢逆転……だけど、上手くいって良かった……」
「……お楽しみの所悪いけど、お二人さん。ちょいと敵を中央に集めてもらえるか?」
今度は社から無線が入った。
「空賊どもに気の利いたプレゼントを用意しとるんや。集め終わったら、二人はちゃんと下がってや」
不敵な社の様子にピンときた咲希と司は、立ち回りを変え敵機を中央に集めた。
「……なんか妙だな?」
「おい、あいつら二人だけだったか? もう一人がいつの間にか消えちまったぞ?」
「どこに目ぇ付けとんねん。俺ならここにいるで」
不穏な気配に空賊たちは気付き始めたが遅かった。光学迷彩を使って鼻先に潜伏していた社は、発炎筒で煙幕を焚いた。空間に勢い良く広がった煙は、空賊たちを混乱させるには十分であった。
「て……、てめぇ! ああっ! よく見たら酒場にいた奴じゃねぇか!」
「酒臭いでぇ、あんたら。飲酒運転で事故らんようになぁ」
「やけに気前の良い奴だとは思ったが……、てめぇ、そう言う事か!」
「バーロイ! 俺たちがあのぐらいの酒で酔うと思ってんのか!」
と言っても、十人がかりで三人を捕まえられないのが、酔ってる証拠だと思うのだが……。
◇◇◇
「……煙が上がったですぅ。皆さん、空賊さんが色めきだってますよぉ、チャンスですぅ☆」
てへっと可愛くウインクして、寺美はアーミーショットガンを取り出した。
シャープシューターであなたのハートを狙い撃ち☆ といきたい所だが……、ショットガン!?
「寺美ちゃん……、それたぶん届かないと思うよ」
アリア・セレスティはおずおずと口を開いた。
はりきる寺美にはほんと言いにくいのだが、ショットガンは近接用の銃器なのだ。散弾を広範囲にばらまく面の攻撃に特化した銃だ。したがって有効射程は短い。シャープシューターを使えば命中精度は高まるのだが……、結局、届かないのでは命中もなにもありゃしません。
「はぅ! 寺美大誤算! ドンマイ寺美!」
「ま、まあ……、ここは私たちに任せて」
寺美はさておき、折角到来した大チャンス。この機を逃したら、末代までの恥……とは言い過ぎか。言い過ぎですね。すいません。
アリアの他、様子を伺っていた後方組、樹月刀真(きづき・とうま)と浅葱翡翠(あさぎ・ひすい)は一斉攻撃を開始した。同じく後方で戦況を見守る月島悠は、武器の射程外のためひとまず戦力を温存して待機。
「射程外だけど、今は追い風……風向き良し。ギリギリ届く……!」
アリアはリカーブボウを構え、矢継ぎ早に敵陣へ矢を放っていく。
「追い風を利用ですか……、素晴らしい作戦を考えましたね、アリアさん」
環境を上手に使ったアリアの戦術に、刀真は「なるほどなるほど」と感心した。
「せめて安全に立ち回ろうとしてるだけよ。私の実力だと、まともに空賊を相手に出来ないし……」
「それだけ出来れば大したものですよ。おかげで俺も用意したリカーブボウを有効に使えそうです」
「無理に攻撃せずとも良いぞ、刀真。我の力があれば恐るるに足らん」
小型飛空艇の後ろに乗った刀真のパートナー、玉藻前(たまもの・まえ)は不敵に微笑んだ。
「我が一尾より炎がいずる……!」
玉藻前は火術を発動させ、その身から出現した炎を敵陣へ放った。
一方、翡翠のほうはと言うと、飛空艇の操縦を相棒のサファイア・クレージュ(さふぁいあ・くれーじゅ)に任せ、自分はスナイパーライフルによる狙撃に集中しよう……と思っていたのだが、空戦にテンションが上がってしまたサファイアが無闇に飛空艇を動かすので思うように進んでいなかった。
「……あまり動かさないで下さい。照準が定まらないでしょう」
「ねえねえ、ちょっと雲の下に潜ってみてもいい?」
「そんな子供っぽい事を……、もう少し落ち着いたらどうです? いい歳なんだから……ブッ!」
言い終える前に、サファイアの裏拳が、翡翠の顔面を直撃した。
「ねえ、今、歳の事言った? 私の歳の事に触れた、ねえ?」
「ま、まだ聴力は衰えてないようですね……、ほら、そんな事より、飛空艇をホバリングさせて下さい」
なんとかサファイアを止めて、ようやく翡翠も狙撃に加わった。
素直になれず皮肉が出てしまうコミュ力不全の翡翠、言いたい事は全部口に出す上に手も足も出て来るコミュ力不全のサファイア。コミュニケーションがブレイクダウンしたこのタッグに、もう一人のパートナーである、北条円(ほうじょう・まどか)は苦笑いを禁じ得なかった。
「大丈夫かなこの二人……、やっぱりタッグに反対したほうが良かったかしら?」
後方組の放った攻撃は敵陣を貫いた。
煙幕により視界が遮られていたため、突然降り注いだ矢やら炎やら弾丸の雨あられに対応で出来るはずもない。四機の敵飛空艇が攻撃をもろに受けて、真っ逆さまに雲海へ落下していった。敵機数残り、5。
「ち、ちくしょう……。伏兵が潜んでやがったのか!」
「向こうが本隊に違いねぇ! ぶっ殺してやろうぜ! このままコケにされてたまるか!」
すっかり酔いが醒めた空賊たちは後方組に目標を変更した。
「射程に入ったな……、皆、私の後ろに下がれ、ここは私が抑える!」
飛空艇の操縦をパートナーの麻上翼(まがみ・つばさ)に任せ、悠は武器を構えた。
左手に機関銃、右手に光条兵器のガトリング砲。本来なら片手で扱えるような武器ではないが、ドラゴンアーツとヒロイックアサルトの『怪力』を駆使し持ち上げた。ヘビー級の重量に飛空艇がわずかに沈む。
「翼、敵機との距離を維持しつつ後退。私は火力を持って敵機を蹂躙する」
「了解です、悠くん。機関銃の弾薬代が家計を圧迫しそうですね……」
光条兵器を取り出した際に破れた胸元を隠しながら、翼は指示に従って操縦を行った。
悠はスプレーショットで弾の拡散範囲を広げ、弾幕援護のスキルで前面に弾幕を張った。さしもの空賊と言えども、面で撃ち込まれる高速の弾丸を見切るのは不可能だった。二機の敵飛空艇が弾丸に射抜かれ、朽ちた木の葉のようにバラバラに爆散。乗り手は吹き飛ばされて雲海にダイブした。
「このまま押し切れるか……?」
「悠くん! 一機弾幕を抜けました! 上から来ます!」
「しまった……! 翼! 回避……」
「馬鹿が! そんな武器を乗せて飛空艇がまともに動けるかよ! もらった!」
その瞬間、一発の弾丸が飛空艇を貫き、敵機は爆散した。
「な、なんだ? 助かった……のか?」
「危ない所でしたね……。あ、翡翠くんから無線が入ってます」
「悠様、今のは貸しにしておきますよ。後でコーヒーでも一杯おごってもらいましょうか?」
翡翠のすました口調に、悠は静かに微笑んだ。
「私の命はコーヒー一杯か。安くついたものだな」
◇◇◇
「……敵小型飛空艇は残り二機。こちらはなんとかなりそうですね」
小次郎は戦況が好転したのを確認し、リースと共に安堵の息を漏らした。
「誰も撃墜されずに済んで良かったですわ」
「皆さん、防御と援護を重視して、上手く立ち回っていましたから。社殿の泥酔作戦も効果的だったように見えます。さて、後は大型飛空艇のほうをなんとかしなくてはなりませんね……」
そう言うと、小次郎は無線に向かって声を上げた。
「敵小型飛空艇の排除は成功しました。大型飛空艇へ襲撃を仕掛けてください」
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