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リアクション
第三章
「あ、あの……、あたしはただフリューネさんの居場所を訊きたくて……」
「ああん? フリューネだぁ?」
「へへへっ、ねーちゃん。あんないけ好かねー女なんざ忘れて、俺たちと楽しい時間を過ごそうぜ?」
船着き場にいた朝野未沙(あさの・みさ)は、小物臭の漂うチンピラ空賊に絡まれていた。
「え、ええと……、急用を思い出したのでこの辺で……」
「俺たちとお近付きになっておいて損はないぜ?」
「おら、ちょっとそこの暗がりまで来いや」
「や、やだ!」
チンピラ空賊が手を伸ばしたその時、未沙の身体はふわりと宙に浮いた。
「相変わらず下品な連中ね!」
颯爽と現れたフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は、未沙をお姫様だっこで抱えると翼を広げて飛び上がった。船着き場の小屋の上に降り立つと、冷ややかな視線をチンピラ空賊たちに放った。
「絶対中立地帯で揉め事を起こそうなんて、キミ達の空賊団の程度が知れるわよ」
「ふ、フリューネ……! 俺たちゃ別に揉め事なんて……」
「い、行こうぜ。こいつには関わらねーほうがいい」
チンピラ空賊が去るのを確認し、フリューネは地上に降り立った。
「大丈夫だった?」
「あ、あの……、あなたがフリューネさん?」
フリューネの腕の中で未沙は頬を染めながら言った。
「見た所、空賊には見えないけど……、ここは女の子が来るような場所じゃないわよ?」
「あたし、フリューネさんとお話ししたくて、あなたの事探してたの!」
「ええっ? 私と?」
目を輝かせる未沙とは反対に、フリューネは戸惑いの表情を浮かべた。
「だって、貧しい人のために義賊として活躍するなんて、きっと素敵な人なんだろうなーって思って」
「……ありがとう。でも、それは買いかぶり過ぎじゃないかな」
「そんな事ないよ。あたしの事助けてくれたし……、ありがとう!」
未沙はフリューネにぎゅっと抱きついた……と思ったら、するりとかわされた。
「……さて、お昼ごはんにしようかな」
乙女の危機を救うと言う一仕事を終え、フリューネは翼を広げて蜜楽酒家へ向かった。
「す、素早い……、これが義賊フリューネの力なのね……!」
追われるより追うほうが良い、未沙の肉食女子魂に火がついた。
「待ってー、フリューネさん! 好きなアクセサリー教えてよー!」
◇◇◇
蜜楽酒家屋上にある展望席は、フリューネのお気に入りの席だ。
島と雲海を見渡せる眺めが彼女は好きなのだ。
しかし、展望席にはすでに先客の姿があった。石造りの東屋の下では、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が二人のパートナー、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)とララ サーズデイ(らら・さーずでい)と一緒にティータイムを楽しんでいた。
「おお、ようやく現れたようだぞ、ララ」
リリが目で促すと、ララは立ち上がった。
フリューネに接触するため聞き込みをしていた三人は、この展望席で彼女がよく目撃されると言う情報を得る事が出来、ここに張り込んでいたのだ。ユリの作ったビスケットをもしゃもしゃ食べながら。
「やあ、君が噂のフリューネだね。私はララ、君と同じ剣士だ」
そして、エペを抜き払い、胸の前に掲げた。
「先ずは手合わせ願おう」
「……えっと、この絶対中立地帯で?」
しばらく辺りに沈黙が訪れた後、ララはがっくりと膝をつき、無念の形相で唇を噛み締めた。
「何故、何故だ……、どうしてここは中立地帯なのだ……!」
剣にはその人の本性があらわれるものだ、とララは言う。
剣を交えれば魂の高潔さがわかる。騎士道的精神論の信仰するララは、その信仰を貫けない事を憤った。
「まあ、落ち着け」とリリは言い、フリューネに事情を説明した。
ブルと戦おうとしている事、そして、そのためにフリューネの協力が必要である事を。
「敵を知らずに敵の土俵で戦うのは自殺に等しいのだ。ここは空賊の仲間が欲しいのだよ」
「なるほどなるほど……、つまり私に手を貸して欲しいと」
うんうんとフリューネは頷いた。
「……って、いきなり決闘を挑んでくる人と、手を組めないでしょ!」
「何故だ、君も剣士ならわかりあえるハズだ!」
剣を交える事の大切さをララはあくまで訴えた。この信念は誰にも譲れないのだ。
◇◇◇
「あ、あの……、お取り込み中の所、すみません。フリューネさんですか?」
柱の影から身体を半分だけ出して、影野陽太(かげの・ようた)はおずおずと話しかけた。
「少しお話しをしてもよろしいでしょうか?」
と言った後、陽太ははっとして、大事な事を付け加えた。
「……あっ、何か飲まれますか? すいません、気が利かなくて、おごらせて頂きます」
「い、いいよいいよ、そんな気を使わないで」
ガチガチに緊張しつつ、陽太は本題を切り出した。
「フリューネさんはバッドマックス空賊団と対立関係だと伺ったんですが、本当ですか?」
「まあね。ブル達はこの数ヶ月で勢いに乗ってるのよ。あいつらの所為で、ツァンダータシガン間の商船ルートはズタズタ、空賊内でも連中の横暴は日増しに激しくなってる。このまま放ってはおけないわ」
瞳に鋭さが宿り、フリューネは静かに言葉を紡いだ。
「……実は今、バッドマックス空賊団討伐の依頼を受けて、俺の仲間が作戦を行ってるんです。もし出来るなら、フリューネさんに力を貸して貰う事は出来ないでしょうか?」
丁寧に話す陽太だったが、その提案をフリューネは断った。
「……私は見ず知らずの人間に、背中を預けるのは好きじゃない」
「そ、そんな……」
「ただ、私は自分の目を信じてる。キミのお友達が信用出来るかどうか、この目で確かめるわ」
陽太はそれ以上何も言わなかった。
おそらくこれが、フリューネが今約束出来る精一杯の事だと悟ったからだ。
フリューネは口笛を吹き、船着き場にいるペガサスを呼びよせた。
「あ、あの、お気をつけて……!」
◇◇◇
そして、フリューネが振り返ると、そこにはペガサスにぺたぺた触るリリ達の姿があった。
「ひ〜ん。あるですから、ビスケットまだありますですから。落ち着いて欲しいのですぅ」
ユリの顔をべろべろ舐めている、そして、床に落ちたビスケットをくちゃくちゃ食べている。
「ああ、なんて美しい生き物なんだろう。ねえ君、ちょっとその毛並みに触れても良いかな?」
うっとりとした目で、ララは首筋を優しく撫でる。
「……ちょっと、キミ達」
「このペガサスにちょっとララを乗せて欲しいのだよ」
リリはペガサスを指差し、愛想もなく要求した。
フリューネは無言で、ぶんぶんハルバートを振り回し、リリ達を追い払った。
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