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ベツレヘムの星の下で

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ベツレヘムの星の下で
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プロローグ

 ――自分の薔薇園でも、幸せな時間を過ごしてほしい。
 そう願いながら、真城 直(ましろ・すなお)が企画したクリスマスパーティは準備も順調に進み、薔薇園には大きなもみの木が運ばれて来た。この何の変哲もない木が、参加者の手によって彩られる……どんなオーナメントを持ってくるかわからない分、飾りが偏ってしまわないかと心配になる部分もあるが、それでも自分がコレだと思う物を持ってきて欲しい。
「もうそっちは終わったんだろ? んな寒いとこに突っ立てどうした」
 建物内の飾り付けを指示していたヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)が外でもみの木を見上げる直を見つけ、外へと出てきた。温かい室内にいたからか、冷たい風に文句をいいつつ同じように見上げてみても、飾り気がほとんどない木を眺めて楽しいわけもない。
「うん、しっかり固定してもらったから問題ないよ。当日が楽しみだなって」
「めんどくせぇことしないで、ちゃっちゃと飾ればいいじゃねぇか」
 直が用意した飾りは、イルミネーションと1番上に飾る大きな星の2つだけ。無いよりマシとしか言いようのない質素な飾りでは、ここでパーティが開かれることを想像することすら出来ない。
「それじゃダメなんだ。とても、意味のある物だから」
 昔、ツリーのオーナメントは同じような物ばかりだから、決まりでもあるのかと調べてみたことがあった。単なるイベントの1つとしか思っていなかったクリスマスだけれど、これが宗教絡みの物であることは幼い頃から分かっていたし、何となくオーナメントもそれに由来する物なんだろうとは感じていた。
 けれど、そのオーナメント1つ1つに意味があって、ツリー1つで物語になっていることを知ったとき、一緒に飾り付けている人やクリスマスを楽しんでくれる人へのメッセージも込められいるんじゃないかと思ったのだ。
 クリスマスを楽しむことと信仰することは別だと思うが、そういう楽しみ方もして欲しいと参加者にはオーナメントを持参するように伝えてある。だから、今のツリーは味気ないくらいで丁度良いのだ。
「全員が全員、意味を知って持ってくるわけでもあるまいに」
「それでも……大切な人と、大切な想いを持ってきてくれるはずだから」
 誰とどんな風に過ごすにしても、それだけは変わらない。ツリーの上できらきらと輝く星を見つめ、直は口元を緩めるのだった。



始まりの予感

 数日後、直の薔薇園へと招待された参加者は色とりどりのオーナメントはもちろん、プレゼントやお菓子など持参して少し遅くなってしまったクリスマスを楽しもうとしてくれている様子が伺える。
 開催の夕方まで少し余裕があるからか入り口前で待ち合わせている姿が目立つのだが、一足早く来ていた風森 巽(かぜもり・たつみ)はその中にある中央の建物で緊張していた。
「そろそろ待ち合わせの時間じゃないのかな? 早く行ってあげないと、彼女が心配するよ」
「あ、愛沢は彼女というかっ! あの、そうなればというか」
「……深い意味は無かったんだけど」
 一緒に過ごす愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)のため、タキシードの着こなしとマナーを教えて欲しい。直に頼み込むため早めにやってきたものの、慣れない服と立ち振る舞いに上手くエスコートする自信を失ってしまいそうになる。けれども、時間は待ってくれない。ミサは今日を楽しみにしていると言ってくれたのだ、期待を裏切るわけにはと時間の限り指導してもらった。
 なのに、鏡を見ると本当にこれでいいのかと不安と緊張が襲い、建物から出られずにいる。
「僕が教えられるのはここまで。あとは君らしくミサさんを楽しませてあげなきゃ」
「我らしく……?」
「巽君じゃないとミサさんのことはわからない。ミサさんだって紳士と過ごすんじゃなく巽君と過ごしたくて来るんだから」
 だから講義はここまで。そう言いたげな口元の笑みは笑顔で送り出してくれているようで、仮面の向こう側が見えた気がした。
「ありがとう、自信を持っていってきます」
「うん、何が起きても落ち着いて。君が焦れば、ミサさんも不安に思ってしまうから」
「はいっ!」
 そう大きく返事をして建物から出て行く巽と入れ違いに、2階からヴィスタが降りてくる。
「おーおー、始まる前から随分と青春してるじゃねぇか」
「そういうイベントなんだよ。……自分が笑われても、彼女に迷惑をかけたくないって真剣だった」
 自分に出来ることは少ないけれど、どうか上手く行きますように。もうすぐこの薔薇園へやってくる全ての参加者に向けて、直は静かに祈るのだった。
 友達とわいわい騒ごうという人たちは4隅の1つにある建物を目指し、恋人たちは寄り添って薔薇を愛でて。競うことは何もない今日くらいは、思い思いに過ごすのだろう。待ち合わせ場所へ早めにやってきた佐々良 縁(ささら・よすが)は、パートナーの佐々良 皐月(ささら・さつき)にあまり遠くへ行かないように念を押して、薔薇園の入り口に一人佇む。
 普段は入れない男子校。しかも薔薇園を囲む垣根は低いことから、中の様子が窺いたい皐月はしっかりと約束をして目の届く範囲内で散歩をし始めた。
(15分前……ちょっと、気合い入れすぎたかねぇ)
 いつもはものぐさな自分が、朝からそわそわと服を選び他校までやってくる。それを面倒だと思わず楽しみにしている様子は、黒い腰までの丈のチュニックドレスにパンツ、白いジャケットを羽織って高めのヒールという格好と早めの到着で自分自身がよくわかってる。
(違うかな、後輩に恥をかかすわけにはいかないから――)
「あ! いつきさん、こんばんはっ!」
 皐月が呼ぶ名にびくりと肩が跳ねる。後ろめたいことなどない、彼もその隣にいる人も大切な友人。そのはず、なんだ。
 いつも鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)の隣にいる紅 射月(くれない・いつき)。けれども、声のした方を見ても皐月の隣には1人の男しかいなかった。
「こんばんは、縁さん。残念ながら、虚雲くんとはここで待ち合わせているんです」
「残念なんて、思うわけないよぉ」
 そう、あるわけがない。彼の気持ちを知っていて、そんな感情を抱いてしまったなんて。
 打ち消したいのに幾度か出かけたときを思い返せば、虚雲の存在が心の中で広がっている気がする。
「……人の気も知れないで、虚雲くんて地味に酷いときあるよねぇ……私の言うことではないけど、さ」
 射月の気持ちを十分知る自分は、彼らの仲を応援したいと思う。その気持ちに偽りはないものの、自分が抱きかけた感情は簡単に消せるわけもない。ポツリと零した言葉に、射月は聞き逃すことなく拾い上げた。
「まるで、縁さんも虚雲くんが好きという風に聞こえますね」
 ニコニコと微笑んでいるのに、その笑みは酷く冷たい。彼は迷いなく虚雲と友人なら虚雲を選ぶことが出来るんだ。そんな相手に、うっすらと気になっているような自分が立ち向かっていけるわけもない。
「気のせい、だよ」
 自分の気持ちに言い聞かすように、射月からの視線から逃れるように。大事なところで逃げてしまう性格を叱咤したいが、根が臆病な縁には難しい問題だ。
「そうですか、良かった。実は――僕、虚雲くんに告白することにしました」
 誰にも聞こえないように、縁の肩を掴んで耳元で囁く。その宣戦布告に少なからず動揺している様子を見て、散歩を続けていた皐月に連れられやってきた虚雲は躊躇いながらも口を開いた。
「……よ、何話してんだ? そんな、顔近づけて」
「やだなぁ虚雲くん、ヤキモチですか?」
「は!? 縁ねえの前で何言ってやがんだ!」
 パッと縁から離れ、スタスタと虚雲に向かってくるので、いつも通りのやり取りを繰り広げたのだが。
「大丈夫ですよ、縁さんは取りませんから」
 にこりと笑って、隣にいた皐月へ目を合わす。持ってきたオーナメントや何を食べたいかとか、何でもないような会話なのに無視をされた気分になるのはなぜだろうか。
「っと、縁ねえ遅れてごめん。行こう」
「うん。料理を期待してる人がたくさん入っていくの見かけたから、私たちは先に庭園をまわろうかねぇ」
 虚雲と縁、射月と皐月がペアとなり距離を空けて歩いて行く。色んな想いを交差させながら、それがどこに向かっているのか――それは、導きの星だけが知っているのかもしれない。
 そうしてゆったりと庭園を見て回るカップルもいれば、1番乗りを目指すかのように中央の建物に急ぐ面々もいた。
 七枷 陣(ななかせ・じん)はパートナーをつれて4人での参加で、みんなで仲良く食事でもしながら話せればと思っていた。けれども、やはりオーナメントを持ってくる以上、今のツリーは寂しいことになっているのではと飾り付けも楽しみにしていた。
 追いかけてくるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)が、見えてきた大きなもみの木に歓声を上げる。飾り付けこそほとんどされていないが、2階建ての建物と同じくらいの大きな木に飾り付けることなど、そうそう無いだろう。
「うわー! どこから飾る? やっぱり、上の方だよね。あのテラスからなら飾れないかなぁ」
「リーズ様、折角ですから正面の見えやすい所に飾りませんか? あちらからですと身を乗り出して危険でございます」
 優しく諭す小尾田 真奈(おびた・まな)の隣では仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が持ってきた柊のオーナメントを見て溜め息を吐く。
(3人の危機を払えればと思ったが……小僧たちは自ら危険へ突っ込みそうだな)
 せめてその回数が減ればいいんだがと、魔よけの願いも込めてツリーへと飾る。それを、1番に飾りたかったリーズは抜け駆けだと言い、少しでも高い位置に飾るために手伝って欲しいとせがめば陣にもみ上げを引っ張られて止められたりと、飾り1つも静かに付けられない2人を見て磁楠は微苦笑を浮かべる。
「良くもまぁ、飽きもせずに同じやり取りが出来るものだ……」
 そんな幸せが自分にもあったな、と過去を思い返しても楽しい記憶と共にある悲しい記憶。
(あの運命は選ばせない。こっちの私だけでもせめて――)
 真奈が間に入って2人を宥める姿を見て、自分が陣たちのため柊の葉の棘になろうと心に誓うのだった。
「よし、飾りつけも終わったし次はご馳走やな。タダ飯だけでもありがたいのにご馳走かー」
「リーズ様は育ち盛りですからね。お家でのパーティですと、あまり豪勢な物は難しいですし」
 クスクスと笑いながら、建物の入り口へと急ぐリーズを微笑ましく眺める。あの小さい体のどこに入るんだろうと思うくらいに食べる彼女は、いつも陣を悩ませていた。
「いよっし! 今度はボクの勝ちー! えへへ〜どんな料理があるかな?」
 扉を開けば中も可愛らしく飾り付けられており、メイン会場となるのは教室4つ分くらいの広間にツリーも眺められる大きな窓が2つと壁際には休憩用の椅子。中央にはカラフルなサラダや香ばしいチキン、もちろんケーキまでが長い机の上に所狭しと並べられ、立食パーティであることが伺える。
「いらっしゃい、今日は楽しんでいってね」
 元気に飛び込んできたリーズに向かい挨拶をするのは主催である直。普段は上から全体を観察する彼も、個人的なパーティと銘打っている今日は参加者として顔を出しているようだ。
「お招きありがとうございます。思いっきり食い散らかす気なんで……コイツが」
「食い散らかさないよ! ボクをなんだと思ってるのさ!」
 相変わらずのやりとりをしつつ、挨拶もそこそこにテーブルの前へつけば食事に夢中となる。こんな何でもない日常がずっと続くように、そう願う皆を支えていけるように。自分たちの帰るべき場所が変わらず存在するようにと願いをこめたオーナメントのおかげか、ほんの少し思い出話にも花が咲く。
 色んなことがあって、出逢いがあったから楽しい今日を過ごしてる。辛いことや不本意なこともあったけれど、今日のためだと思うとそう悪い物でもなかったのかもしれない。
 パートナーたちと語り合い、次々にやってくる参加者に声をかけ、4人には楽しいクリスマスとなりそうだった。