リアクション
* そして湖賊の砦。 時は夕刻、色を染めゆく東の川の水面、数隻の大きな武装船がつながれている。他に、幾艘もの小舟が見える。 屈強そうな湖賊の男達が、砦に出入りする。 最上階の一室で、玉座に座る女。 「改めて。湖賊の頭シェルダメルダだ。 さて……」 前に引き立てられた橘 カオル。 「あの……実はオレ、雇われて教導団の格好で遊郭うろつけって言われてさー。 だから本当は教導団じゃないって、ほんとだって」 「……」 刀真らの三人も同じ場に呼ばれている。 刀真ら、「……」「……」「……」 「俺は今ウルレミラに滞在している教導団の傭兵です」 刀真は切り出した。 「へっ……」ぽかんとする橘。 刀真は続ける。 「黒羊郷で怪しい動きがあるので調査する目的で動いています」 「ほう」 「貴女は……」 刀真はシェルダメルダを見やる。ただ静かに微笑をたたえているような、鋭くこちらを見透かしているような、表情。 「貴女は、見ず知らずの俺に右腕が動かないことを明かし、さらにこちらの事情も聞かずに黒羊郷へ連れてってくれるという。そこまでしてもらっている人に対してこちらの都合のみの隠し事をしたく無いんですよ、これは俺の気持ちの問題です」 場が静かになる。橘も何も言わず、話をする刀真を見ている。 「教導団の総大将がまた無能そうな脂達磨でして、あれに命預けるとかありえませんね。 それなら湖賊になって貴女の為に腕を振るいますよ。傭兵の一人位いなくなっても向こうは困らないでしょうし、俺も内部事情まで話す気はありません」 刀真はその生い立ちから、物事に対する興味といったものが薄れているところがある。 だが、これと決めたことは必ず通す。 それに、本人は意識していないながら孤独嫌い故に他人の孤独に対しそれとなく手を差し伸べていることがある。彼は教導団や湖賊の利権を越えたところで、シェルダメルダの抱える影の部分を感じ取ったのかも知れない。 刀真の性質を知る月夜は、そんな彼を今静かに見守っているが、何かよくない事に巻き込まれるかも知れない予感も感じ始めている。 「あ、あの……」 どうすればよいのかといった橘。 「まあそちらの教導団の人が俺のことを報告するというならかまいませんが……俺も、軍服を着たまま遊郭に入った橘カオルという人が50Gしか持っていなくて湖賊に捕まったと報告するだけですし、遊郭でナニをするつもりだったんですか?」 月夜、玉藻もじーっと橘を見る。 「うっ……いや、だからオレは教導団じゃなくっ」 「ふうん。……やっぱり教導団はダメかねえ。 総大将が脂達磨で、団員は50G持って遊郭に来て……」 「……」橘はとりあえずもう何も言わず。 「だがあんた、刀真。黒羊郷へ上ってどうする? 今やあの地は、厚い軍勢に守られ、そしてそれを教導団を滅ぼすために差し向けようとしているとしても、行くというかね?」 「なっ」 驚く、橘。 刀真達も、今知った事情に顔を見合わせている。 「それは間もなくやって来る。これから行われようとしている千年祭では、異端どもを導く新しい神が……」 「シェルダメルダ様!」 「……どうしたね」 「はっ。失礼します」 湖賊の男が入ってくる。 「どうやら、この三日月湖に滞在していた教導団が何か問題を起こしたのでしょう、バンダロハムで戦闘になった模様でして」 「やはりか。 教導団はバンダロハムを占領するか……」 「いえ、それが。相手はバンダロハムというわけではないらしく、どうも黒羊旗の軍勢が北の森まで来ていたと。 教導団はそれと衝突したというのです」 「黒羊旗がもうこの地まで?」 すぐに、もう一人が部屋に入ってくる。 「シェルダメルダ様。砦に訪問者が」 訪れたのは、貧民窟で結成されたという自警団から使者として来た鷹月 桜と名乗った。付き侍るドラゴニュートは、レナード・バウマンを名乗っている。 鷹月は一瞬、橘と顔を見合わせるが、とりあえず見ないふりをして済ました。 「エル・ウィンド(える・うぃんど)様という方が、貧民窟で自警団【黄金の鷲】を結成したであります。 貧民窟には多くの戦えない者がおりますから、彼ら戦禍から免れるよう、自分らは今、各方面に受け入れ先を探しているところであります。 湖賊には、貧民窟に家族を持つ者もいる、とのこと。そこでその一つとして、あなた方湖賊が力を貸して頂けないかと……」 「自警団、か……。エル・ウィンド。聞いたことがないが、貧民窟にそのような者が? ともかく、あそこには我々湖賊の者の家族も多くいる、というのは事実。 あたいもまさかこんなことになるとは思わなかった。あんたらの判断に感謝せねばならないね。 で、あんたその口調……軍人かね?」 「い、いえ違います……であります」 そこへ更に、訪問者があるという。 その者は教導団を名乗っていると。 「何。……教導団」 「!」鷹月は、まずいか? といった表情。 「あっ。マリーアかな……」 「……橘カオルと言ったか。それを言ってはばれるのでないか?」 玉藻がこそっと橘に耳打ち。 「あっ。えーと……」 シェルダメルダは、もう何も言わなかった。 今度は、顎鬚をたくわえた渋い男の……メイドだ。 「……」 「まず、手土産に芋ケンピをお持ちしました」 そう。セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)だ。 「それからもう一つ……」 「なんか抱えているねえ……」 芋ケンピをテバルクに手渡すと(「わたくしも芋ケンピは好物です」)、脇にかかえていた黒いものをどさりと地面に放る。 「途中で汚物がありましたので消毒したもので」 「汚物なんて持ち込むんじゃないよ」 「いえ、それがこの汚物ただの汚物じゃなく、こういうものでして」 黒い、羊の紋章。 ヘキサハンマーを食らって気絶している、黒羊側の使者のようだ。 「この砦に入ろうとしたところ、この者が自分の前をうろちょろしていたのです」 「……」 テバルクが、気を失っている使者を連れていった。 「それで、あんたは何をしにここへ?」 「ええ、なにやらレーゼマンがヤバいようなので、……」 「レーゼマン?」 「あ。いえ、実は、間もなく教導団の一隊がこの沼地を通ることになると思います。 彼らは付近を通りたいだけで、こちらとしてはあなた方湖賊とは揉め事を起こす気はない、とお伝えしておきたかったものですから。 武装した一団が通ることになります。しかし、そういうことですので、見逃して頂ければと」 「それで芋ケンピを持って、あたいらのとこにわざわざやって来たっていうのかい。 あはは、あんたいい度胸してるよ。いや、正しい選択だ。 この辺り一体は湖賊が仕切っているからね。辺りを通る船は全て湖賊が調べさせてもらっている。武装した船は、あれでぶち抜くってこともあるからね」 シェルダメルダは、窓の外に見える大砲を指して笑った。 セオボルトも、さわやかに微笑した。 「沼を渡る術があればお聞きしたいのですが?」 「いいだろう。教導団のあんたらに、あたいら湖賊が舟を貸してやろう。 ただ現段階では表立っては協力できないから、沼人経由で舟を出させることになる。ボロ舟だが、我慢しとくれ。沼を渡るにはいちばんさ」 そこには湖賊側の思惑もあるわけだが。 ここに、湖賊と教導団との接触も端を発すことになる。 鷹月桜すなわち比島も、教導団の立場を明らかにし、湖賊との協力関係を進めた。また、教導団として表立っての援助をすることで、自警団が反教導団勢力の標的にされない方向で事を進めたことにもなる。 後、セオボルトによって一時汚物にされた黒羊の使者は、湖賊側に次のようなことを突きつけた。 黒羊軍が交戦状態となった教導団への攻撃要請……中立を保ってきた湖賊にそれに応じろとまで強制はしないが、教導団に味方をする場合は、湖賊も攻撃対象とするということ。つまり、少なくとも、手を出すなと。 そして、ご存知であろう復活祭にあたっては、ヒラニプラ南部勢力の主導者達にも集まってもらうことになっている。その一つである湖賊も同様、黒羊郷を訪れるように、と。これを拒否した場合は、黒羊郷に対し敵対するものと見なすという内容だった。 刀真は…… 「もちろん、俺は黒羊郷へ行きますよ」 事情は段々目に見えてきた。それでも、これはすでに刀真自身の問題なのだろう。 「湖賊になってもいいと。俺は、貴女の為にこの腕を振るってもいいと言った筈です」 「そうかい。……ありがとうよ、刀真」 「……」 「刀真、この人も一緒に連れて行く?」 「……え?」 床に座りこんでいた橘。指差す月夜の方を見る。 「だって、この人、教導団ではないって言うし。捕虜でしょう?」 「ええっ。さっき、オレのこと教導団だって……」 「教導団なのですか? 遊郭に行っていたのですか?」 「……いや、オレは教導団じゃない」 「では、俺達と行きましょうよ」 「……」 4-02 船 湖賊=教導団間のやり取りが秘密裏に進められると、沼人マーケットの辺りが、にわかに騒がしくなった。 もっとも、バンダロハムの北で戦闘が始まった、ということがここにも伝わると、店じまいし、沼人らは沼に引き返していくので一時は静かになっていたのだが、沼地に入り込んでくる教導団の部隊や、また、船を求めるこれも教導団の者の姿もありで、騒ぎになった。 教導団の一隊は、沼を渡る手段がないとわかると、仕方なく沼地を進軍していったが、龍雷連隊の弁慶を名乗る男は、岩造殿を助けるため、どうしても船がいるのでござる! と言って引き下がらなかった。これも、やがて教導団と接触した湖賊の手の者が来ると、船が貸し与えられることになる。 「ナイン! どうしたでござる? 大丈夫でござるか?」 「ええ、ちょっとね。獲物と遊ぶのに夢中になりすぎたかな? 弁慶。船は?」 「今ちょうど手に入ったところでござる! さあ、これに武器や物資を運び込んで、岩造殿のもとへ、岩造殿のもとへ急ぐでござる」 「そうね。ここから境界までの間には、敵部隊はなかったわ。これなら、前線まですぐよ。行きましょう」 ここへ、みずねこをお供にしたミューレリアも訪れることになる。 「あれ? 一体何があったんだ? ちらっと見た町の方もそうだったけど、すっかり店じまいしてるぜ? ここがマーケットじゃないのか?」 「その通りだがにゃー。おれもなにがあったかよくわからんにゃ」 一人の男が近付いてくる。 「あんた、みずねこじゃねえか?」 「おろ? てめえは湖賊かにゃ? しぇるだめるだのあねさん、げんきでいるにゃ?」 「ああ。ただ、色々やばいことになってきてるな。 湖賊も、今までのままではいられないから、頭はさぞお悩みだろうよ。状況によっては、あんたらにもまた力を貸してもらわねばならんことになるかもな。 そっちのお嬢さんは誰だい?」 「え、私は……」 「このひと、きょうどうだんのしょうりのめがみにゃ」 「なんだ。みずねこはもう教導団と協力関係にあったのか? やりようによっては、この三日月湖に黒羊側を追い払うこともできるかも知れないな……だが、今はへたに動けない。 そうだ。この先の貧民窟で、民の受け入れ先を探している。みずねこの村も協力してくれないかと、これは教導団の自警団と、俺たち湖賊からの願いでもある」 「みずねこは湖賊とともだち。湖賊と教導団ともだちになるなら、みずねこは教導団に味方なるにゃ」 「……ええと。じゃあ結局私はまた、教導団のために動くことになるってことか? とりあえずその……おみやげ買いたかったんだけど」 「帰りにたっぷり買い物するにゃ。みずねこ秘密のいいお店教えてやるにゃ」 * こちらは湖賊の大きな船が一隻、川へ出ていくところである。 そこには、刀真、月夜、玉藻、それに橘、彼の隣にはマリーアの姿もある。 月夜は、シェルダメルダに言う。 「貴女は右腕と同じく湖賊も萎えたと言っていたけど、貴女も湖賊も本当に必要な時が来れば、その萎えているものを振り上げて動くと思う」 「……そんなことがおまえにわかるのかい」 「……。勘、でも自信ある」 月夜は、静かな笑みを浮かべたような表情で、広がる川面を見やる。 「……ふっ。いいだろう。 それであんたら、向こうに着いたら、どうするつもりだね?」 「そこは異端の者達が住まう都なのであろう?」 玉藻は言う。 「我もある意味異端だ、巡礼する理由にはなるだろう」 玉藻は刀真と月夜の二人を見て、 「刀真、月夜お前ら二人は我の付き人だ。我は休んでいるから二人して湖賊になってしっかり働け、主人が働くのはおかしかろう?」 「私と刀真が玉ちゃんの付き人? うん、がんばる」 玉藻と月夜は、そう言い合って少し笑う。 玉藻はそれから思い出したように辺りを見渡して、すっかり湖賊のいでたちで船上にいる橘のところへ行った。 「橘カオル。 遊郭で遊ぶのに50Gは少なすぎるぞ。どれ暇つぶしの相手が欲しい所だし我と遊郭でするような遊びをしてみるか、ん?」 顎を指で撫上げる仕草をし、誘うような笑みを浮かべて見せた。 橘、「え? え?(ど、どきどき……)」 マリーアが来た。 「カオル……遊郭って何? 50Gしかなくて帰れなくなったって……もしかして……(ぴくぴく)。 それに、この女の人とどういう関係になったの?? 遊郭と何か関係あるわけっ」 「え、え、あはは……(遊郭でする遊び……遊郭でする遊び……)」 「カオル〜〜!!」 4-03 茶坊主言うなっつってんだろ! 南臣デビュー さて、湖賊の章は、これで終わりではない。 ここへ、思わぬ人物が浮上してくる。 パラミタデビューしたばかりの、教導団の新顔…… 「んだよー。茶坊主言うなっつってんだろ!」 目指せ。成り上がり、ヒラニプラみなみおみ120万石!! その第一歩として……。 「ははっ。沼人から強引に奪った船で、湖賊の旗艦の横っ腹に特攻食らわしてやんよ。 漕ぎ手を雇うカネは、今回落選のおっぱい先生に出世払いで借金だ!」 ごごー。 飛び交う水鳥落とす勢いで、川をまっしぐらに突き進む、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)。 俺様は考えた。――シェルダメルダってねーちゃん(沼人恐喝して得た情報)落とせば湖賊まるっと言いなりになるんじゃね? 遊郭ついてくっから豪遊できんぞ。川から補給線も通せるぜ。すげぇや年上、永遠の2×歳、美味しすぎるじゃん。 「見えたぜぇぇぇ。らぁ、ものども、突っ込めぇ!!」 舳先で腕組みしていた手を指し伸ばし、正面に見えた湖賊の船に特攻指示。 * 「なっ。頭(かしら)ぁ、小船が一艘、すごい勢いで突っ込んできますぜ!?」 「馬鹿な。何を考えている。沼舟か……大破するだけだぞ」 「操舵、間に合いませんぞ!」 「おい、皆! 船がぶつかるぞ。落とされないように、あっ」 ごごー。ごどーーん。 「うあ、ご愁傷様だね。誰の手のものか知れないけど、こんなので湖賊の船が沈むかね。 漕ぎ手は皆、川の底だろうね。あるいはピラニアどもの餌食……」 船縁に手をかけ、ずぶ濡れになった金髪の焼けた青年がどっかと乗り込んできた。 「な、なんだおい」 湖賊らが、銃を手に集まってくる。 青年はシェルダメルダの方を向くと、 「姐ちゃん俺の女になるんじゃん?」 湖賊の男達は、一斉に銃を向けた。 青年は気にも留めない様子で、話し続ける。 「教導団につくことで水運仕切れる、手始めに再開発の利権でウハウハと、な。 ホントの年は話したいならベッドで聞こっか? それより川の下流は塞がれてるの? 塞いでんの?」 シェルダメルダは無言だ。表情は、読み取れない。 シェルダメルダの前にはテバルクが立っており、デリンジャーを抜いた。「茶坊主」 「キタ――。おい茶坊主言うなっつってんだろ! 鷲津様、男は俺の趣味じゃないからな。鯉、来な」 「わしづ? おい……」 でどーん。 川から、何か巨大な生きものが上がってきて、彼の背後に立った。直立する錦鯉(型のドラゴニュート)。オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)だ。 「奥様。このシナリオはBLアリの記載はないけど、ジャンル:冒険なんですって? きゃっ☆ 鯉。じゃあ対応ヨロシク」 「執事は上を抑えればなびく。よって知らん! 何がBLだ!」 口から炎(火術)。 「……」 黒焦げになったテバルクを押しのけ、鯉、 「おい貴殿等! さあ話してもらおうぞ、お前達が我が同族にしたことを!」 「な、……はあ?」 「おいおい見て覚えねぇのか? 水神様だよぉ水神様!」 「それがし考えた。それがしと姿が似ていたという水神様は、竜になる前に没した無念な同族では? とな。 ならば、同族として水神様が祟らないようお祀りせねば。 む。すでに兆候が。 とあぁぁっ!」 「うあ、とんだ!」「お頭ぁ」「危ない!」 「乳はいいから腕を見せろ」 鯉は、かしらの腕を掴んだ。 「この呪いは……二の腕の脂肪よりも落ちにくい!」 さ。刀真が、横合いから静かに剣を突きつけた。 「お、おう……??」 「俺も今、湖賊なものでしてね。頭に失礼なことは許すわけにはいかないということです」 「まあ待ちなよ。 で、何。あたいら湖賊に水神の呪いが祟っていると?」 「山の中と竜の関係? 海千山千というだろうが! そして」 「ちょ、ちょっと待ちな。その話はどこから……」 「そして鯉の滝登りの滝はどこにある? 川の上流だ! これらの例からドラゴニュートが竜になる仕上げの地は山の中にあると言える」 「……」 「奈良伝説、黒羊郷と続けて出現する謎の地名、福井県。これは八尾比丘尼伝説と湖賊の頭を関連づけろというサイン!!」 「……ああ。成る程。 で、あんたらは結局何をしに来たね」 「ナンパじゃん?」 「水神様の祟りじゃ〜〜!!」 「……とりあえず、船底の牢へ」 * とりあえず。 南臣は、薄暗い船底で思った。 湖賊に食い込むことができた。 ヒラニプラみなみおみ120万石は、ここから始まる。 |
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