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第1章 山羊と岩場から平地への旅

 依頼を引き受けた生徒達は、ツァンダ南部の山岳地帯へと足を踏み入れた。
 冷たい空気に包まれた岩肌、青空には薄い雲がゆるりと流れている。
「くれぐれも山羊を傷付けないように頼むな。もちろん、みんなも怪我には気を付けてくれ」
 太陽を背に、ルツキンが皆を振り返った。
 登りきった険しい岩場では、野生の山羊達が草を食べたり駆けたりしている。
 生徒達は山羊を取り囲むように展開し、ルツキンの指示に従って行動を開始した。

「さぁ山羊を捕まえるで! 【山羊ゲッチュ!】がんばろー!」
 円陣を組むのは、日下部 社(くさかべ・やしろ)の呼びかけで結成された【山羊ゲッチュ!】のメンバー達だ。
 総勢17人がゆる〜く協力しつつ、山羊と戯れ……もとい平地への誘導を目指す。

「つめたかーいんは、ねーたんにわたして。からのかーいんを、ねーたんからもらうお」
「ありがとうな、コタロー」
 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)から、林田 樹(はやしだ・いつき)はゴム弾の入ったアサルトカービンを受け取る。
 背にコタローの入ったバックパックを負い、【光学迷彩】で岩場に隠れる樹。
 コタローがゴム弾を詰めた銃で、遠巻きに山羊を狙っているのだ。
「樹ちゃん、手伝うんだよ」
 勢い良く岩場を飛び出した緒方 章(おがた・あきら)が、爆竹とかんしゃく玉とロケット花火を一斉掃射。
 細かくてまばらな音が岩場に鳴り響き、山羊が散り散りに。
「ふっふ〜んだ、あんころ餅なんかよりワタシの方が追い込み上手なんです〜。ざまみろなのです」
 章を鼻で笑うと、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が『六連ミサイルポッド』からペイント弾を連射する。
「このカラクリ娘め、負けないんだよ」
 ジーナに対抗して、ますます攻撃が派手になる章。
「洪庵、ジーナ、やりすぎだっ!」
 2人の行動の激化に、ついに樹が声を荒げる。
 章とジーナを岩場に座らせておしかりタイム……樹の言葉を、コタローは繰り返していた。
「強くて気が荒いなんて、まるで女性のようだな! ちょっとじゃじゃ馬なところが可愛いぜ」
 久途 侘助(くず・わびすけ)も、大人しそうな印象とは裏腹な銃器を構える。
 握り締める『ハンドガン』が天を仰ぐと、岩場に轟く1発の銃声。
「ここは俺の手腕で上手く捕まえてみせるぜ! 盛大な追いかけっこの始まりだ、レディゴー!」
 引き金を弾いた空砲は、それでも山羊の注意を惹くのには充分すぎる衝撃で。
「って、何で柵の方じゃなくて俺の方に突進してくるんだよ!?」
 威嚇して追い立てるはずが、狙いとは逆の状況を生みだしてしまった。
「こら、待て山羊さんやーい、俺はウフフアハハをやりたいんだっつの!」
「危ないって言ったでしょうが! それにアハハウフフは、せめて人間相手にしてください……虚しいですから」
 むしろ逃走劇を繰り広げるパートナーへ、冷ややかな突っ込みを入れる香住 火藍(かすみ・からん)
 火藍は『ランス』を横に倒し、しかし決して山羊へは当てないようにしながら、進行方向の変更を試みる。
「行き当たりバッタリで発砲すんのは止めてください、怪我をするのはあんたなんですよ」
 背に感じるのは、走ったために速度を増した侘助の鼓動。
 半分だけ振り返ることで合わせられた視線に、パートナーを支えていることを実感して嬉しく思ったり。
「お2人さん、大丈夫〜? こういう時こそコンビネーションよねー♪ GO!」
「えいっ……やったわ、姉さん!」
 足で駆ける侘助と火藍を挟むように、2機の『小型飛空挺』が近付いてきた。
 ゴム弾の入った『トミーガン』で、カリス・アーリー(かりす・あーりー)は地面を撃つ。
 カライラ・ルグリア(からいら・るぐりあ)も、大口径で銀灰色の回転式拳銃型『光条兵器』を用いて岩を砕いた。
 火藍の策にカリスとカライラが加わったことで、山羊は進行方向を平地へと変更したのだ。
「いい感じ〜高級な毛糸がとれるっていうから、きっと毛並みふわふわよね! ちょっとくらい触れないかしらー?」
 ふわふわと『小型飛空挺』を操り、カリスは山羊へと接近。
 しかし手を伸ばしたはずみに、バランスを崩しそうになってしまって。
「何やってんだよ!」
 傾いた本体に、カライラは慌てて自身の『小型飛空挺』を当てる。
 どうにか持ち直すと、2人はその場に着陸した。
「まったく、危ないんだから……でもこれだと多分、僕達ができるのは平地におろすまでだよね。しかも興奮させた状態で。柵に入れるのは……他の人に任せますか。頑張ってください」
 カリスの身体と『小型飛空挺』をチェックして、苦笑するカライラ。
 山羊を追い込む役割は、義姉弟から3人の生徒へと引き継がれた。
「「♪〜走れ〜山羊〜♪」」
 何やら勇ましい歌を歌いながら、月白 悠姫(つきしろ・ゆき)日向 永久(ひゅうが・ながひさ)が『光条兵器』を振り回す。
 永久の歌は少し下手だが、何となく悠姫の歌とハモっているので面白い。
「2人ともすごいんだよ〜」
 後を着いていきながら、マルグリット・リベルタス(まるぐりっと・りべるたす)が感嘆の声を上げる。
「「♪〜我等に勝利を〜♪」」
 だが、歌いながら剣を振り回している2人……なかなか怖い光景だ。
 その異様な雰囲気をキャッチしたのか、柵の方向へと一目散に逃げていく山羊。
「随分と気性の荒い山羊だな……上手く誘導できるといいが」
 独りつぶやくと、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は【バーストダッシュ】を発動した。
 悠姫と永久の誘導してきた山羊を、最後は涼が柵まで追い込む。
「俺のパートナーに遅いクリスマスプレゼントを渡すためにも、もっともっとクロシェの人達を手伝うぜ」
 あとは毛刈りをするメンバーに任せると再度、涼は別の山羊を誘導するために戻っていった。
「よし、山羊1匹げっとだぜ! 火藍、助けてくれてありがとう」
「あんたが無事ならいいんです……しかし、ようやく1匹確保ですか」
 こちらも無事に山羊を柵へと追い込み、一息吐く侘助と火藍。
 笑う侘助に火藍も内心、嬉しくなる。
「山羊さんは紙を食べてくれるかな」
 捕獲された山羊の口元に、マルグリットが『落書き帳』を差し出した。
 疲れてへたり込んでいた悠姫と永久も、山羊の動向は気になるようで。
「食べる方に一票なのだよ」
「じゃ、食べないとしておこうかねぇ」
 なんて言いつつ、マルグリットと山羊の交流を見守っていた。
 紙の匂いを嗅いで、山羊が……食べた。
「食べた、食べたよ! やったんだよ!」
 嬉しそうにはしゃぐマルグリットの姿に、悠姫も永久も大満足なのであった。

「風恒さんは、なんで依頼に参加したんや?」
「在庫の不足と『手伝ったらタダでひとつくれる』という話を聞いて手伝うことにしたんだ。マフラーや手袋も欲しいからね」
 平地に下りてすぐのところで社と話しているのは、葉 風恒(しょう・ふうこう)だ。
 寒いのが苦手な風恒は、個人的に『クロシェ』の商品を購入したいらしい。
「ほうか、じゃあしっかり頑張って毛を集めなあかんな〜」
 風恒の返答に、社は笑みをこぼす。
「おっ、来た来た。行ってくるよ」
 サイドカーを外した『軍用バイク』に跨ると、エンジンをかけて山羊を追いかける風恒。
 山羊を追い越して通せんぼ……仕事は、柵への方向から外れた山羊を正規のルートへと戻すことだ。
 衝突を避けながら風恒は、巧みに山羊を方向転換させていく。
「わぁーい! 山羊さん元気いっぱいだねー!」
 寒空の下でも、日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)は元気いっぱい。
 兄の後を懸命に着いてくる姿が、何とも愛くるしい。
(良い思い出になるよう、お兄ちゃん頑張ります!)
「そうやな、ちー。おっ、目標発見や! 動物を愛する『ヤシゴロウさん』としてはほっとけんな〜」
 応えつつも、1頭の山羊に目星を付けた社。
 千尋をおんぶすると、全速力で近付いた。
「迷える山羊に【アリスキッス】や! わしゃしゃ! わしゃしゃ!」
 群れからも追い立てる者達からも完全に離れた場所で、1匹の山羊が座り込んでいる。
 疲れたのだろうと思い、スキルを贈る社はさらに、山羊の身体に顔を埋めた。
「やー兄、山羊さんと遊んでるの? ちーちゃんも遊ぶー♪」
 社の様子を見て取り、千尋も真似っこだ。
 どたどたと騒がしい空間のなかで、ここは何やらほんわかした雰囲気に包まれている。
「凶暴だとは聞いているけどやっぱり山羊だもん、別に怖くないよ。捕まえちゃうぞ」
「はりきるのは構いませんが、気を付けてくださいね」
 と、ほんわか空間へ2人と1匹のお客様。
 ハーポクラテス・ベイバロン(はーぽくらてす・べいばろん)クハブス・ベイバロン(くはぶす・べいばろん)、プラス小さめな山羊だ。
(山羊がいるのは岩場だし、落ちて怪我をしないように優しくやったほうがいいよね……ちょっと離れたところから山羊に優しく声をかけて平地に向かって進んでもらおう)
「山羊さん、お願い……前に進んで」
 自分の目線を山羊と合わせるようにかがんで、呼びかけるハーボクラテス。
 これなら山羊の闘争心を煽らず、さらに他の者が怒らせた山羊をも落ち着かせられると考えていたのだが。
「……あっ、パートナーが呆れた顔で見てる、やっぱり駄目なのかなあ……」
 山羊を挟んで反対側にいたクハプスの表情が眼に入り、肩を落とす。
 一方、そのクハプスはというと。
(手伝いを引き受けたと思ったら、なんだか山羊に遠巻きに声をかけはじめましたよ。通じないと思いますが……まあ、いいです。見守りましょう、ハーポの肌が山羊ごときに傷つけられる可能性もありませんからね)
「こんなとぼけた人に育てたつもりは無かったのですがねえ……」
 他の誰にも聞こえないくらい小さな声で、ぼそっと感想をこぼしていた。