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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第1章 空の彼方に鳴る雷



 雷雲の谷。
 雲隠れ谷の東方に位置するこの谷間は、天を覆い尽くすほどの黒雲が立ちこめていた。いつ終わるともしれない豪雨が降り注ぐ。月の光はもぞもぞと蠢く暗雲に遮られ、空を裂く稲光だけがわずかに谷間を照らすのであった。
 その谷間を進むのは、第二部隊。五つの機影が突き進んでいた。
「なんだか部隊と呼ぶには少し心もとない人数ですね……」
 飛空艇を慎重に操舵しながら、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)はポツリと漏らした。
「もし、ヨサーク空賊団がこのルートに、団員を大量投入して来たら……」
「なに、その時はその時でなんとかなるじゃろ」
 隣りを飛ぶ相棒のシェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)が澄まし顔で言った。
「これだけ雷気が溢れとる場所じゃからのう。雷術の威力が格段に上がるハズじゃ。そうなれば、少数で多勢を叩くのも可能となる。逆に少数のほうが小回りが利いて、地の利を生かせるかもしれんぞ?」
「……それに私もいる。私が護衛についてる限りフィルは大丈夫。……シャクだけど、ついでにシェリスもね」
 フィルの飛空艇の後部に乗るセラ・スアレス(せら・すあれす)も、声をかけた。
「おい、セラ。シャクとはどう言う意味……」
 シェリスが言いかけたその時、同じ第二部隊に所属するメニエス・レインが口を開いた。
「お喋りはその辺にしときなさい。あたし達の獲物がどうやらお出ましみたいね……!」

 フィルの不安はある意味で的中したと言えよう。
 正面から飛来する影は悠に百を越え、尋常ではない数の大軍が押し寄せてきているではないか。第二部隊の面々は背筋に氷を押し付けられたように震え上がった。その凄まじき人数にではなく、それを構成する人々に震え上がっていた。
 遠目に見てもわかるオイルにまみれた小麦色の肌、明らかにプロテインによって生み出されたであろう屈強なボディ、それはなんとも屈強な兄貴たちの一行であった。何ら飛行装置を装着せずに、ビキニパンツ一枚で自慢のマッスルポーズを決め、縦横無尽に空を飛び回っている。第二部隊は宇宙の法則が乱れる瞬間に立ち会っていた。
「な、なんなんですか……、あの人たちっ!」
「フィルさんが驚くのも無理はない。ヨサーク空賊団がこれほどの戦力を保持していたとは……」
 同部隊所属、仮面ツァンダーが唸った。彼はティア・ユースティにサンタのトナカイの操縦を任せている。
「そ……、そういう問題じゃありません! どうしてあの人たち宙に浮かんでるんですか!?」
 そうこうする間に、兄貴たちはオッスオッスと連呼しながら接近してきた。
「きゃあっ! こっちに来ますよ!」
「なに、心配は無用だ。ボディビルダーの筋肉など所詮は作り物。実戦で鍛えた我らの敵ではないッ!」
 そう言って、仮面ツァンダーはティアに合図を送った。ティアは手綱を引き、兄貴の大群に突っ込んでいく。
「蒼い空からやってきて、夢への道を拓く者! 仮面ツァンダーソークー1!」
 ババッと決めポーズをとると、タイミングよく背後に稲妻が落ちた。
「タツミ、気をつけて! 前から三人、右から四人、上から三人迫ってるよ!」
「了解だ、ティア! この鍛え上げられた技の冴え見せてやろう! オーラシュートッ!」
 仮面ツァンダーは呼吸を整えて、心を針の先のように細く集中させる。全身に流れる気を波動に変え、舞を舞うように遠当てを繰り出した。大気を震わす衝撃波に、兄貴たちは次々に落下していった。

「わ……、私たちも仮面ツァンダーさんに続きましょう!」
 兄貴と距離を取りつつ、フィルは飛空艇を走らせた。
 まず、動いたのはシェリスだ。アシッドミストを前面に展開させる。豪雨の中、空間に広がっていく酸の霧は、何人にも視認することは不可能だった。兄貴たちは張られた罠に気が付かず、アシッドミストの中に突っ込んでいった。
 しかし、シェリスがニヤリとしたのも束の間、霧を越えてビキニパンツが溶け落ちた兄貴が飛んでくる。
「じょ、状況が悪化してしまったぞ……!」
 アシッドミストで怯んだところを攻撃するつもりが、逆に怯まされてしまった。
 フィルは慌てて目をふさぎ恥じらう。運転が疎かになり、飛空艇はふらふらと蛇行した。
「……フィルにそれ以上は近付くことは、私が許さない!」
 ライトブレードを抜き払い、セラはヴァルキリーの翼を広げた。そして、轟雷閃を放つべく構える。
 このフィールドの影響は凄まじく、剣に収束する稲妻の量が普段とは桁違いだ。剣を何重にも包むように稲妻がまとわりつく。放たれた轟雷閃は、津波のように兄貴を飲み込み、雲海の藻くずへと変えた。
 だが、彼女が蹴散らしたそばから、わらわらと屈強な男たちが湧いて出る。
 彼女の元に、仮面ツァンダーとフィルも集結し、兄貴たちに怪訝な表情を送った。
「先ほどからおかしいとは思ったが……、奴らの正体、わかったかもしれない」
 そう言うと、仮面ツァンダーは合掌し精神を集中させた。
「青心蒼空拳合掌……」
 カッと目を見開き殺気看破を放つ。目の前の一団をそれはあっさり通過していった。彼らは何の殺気も、何の意思も感じられなかった。だが、彼らの後方に不穏なものを感じる。明らかな悪意を持つ気配が、自分達を見据えている。
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花! そこだ!」
 鎖十手を兄貴たちの集団の中に放り投げると、小さな悲鳴が上がった。
 その瞬間、空を覆うほどに飛んでいた屈強な団体さんは、ぱっとその姿を消した。


 ◇◇◇


 兄貴が消えた奥には、飛空艇をふらふら揺らす活発そうな少女と猫がいた。
 いかにも男言葉で喋りそうな子なので、だぜ、と呼ぶ事にする。猫は、猫でいい。先ほどの団体さんは、だぜが作り出した幻だったようだ。鎖十手を不意に受け、解除してしまったのだった。
 猫は必死で飛空艇の体勢を立て直そうとしている。これはチャンスとばかりにシェリスが、サンダーブラストを繰り出した。そして、その横からも稲光が走る。おそらくサンダーブラストであろうその雷は、メニエスが放ったものだ。スパークを繰り返す青白い稲妻を掌に包み、メニエスは値踏みするような目つきで、だぜを見据えた。
 シェリスは意外に思った。まさか悪名高き彼女が、自分に合わせて動くとは考えてもいなかったからだ。
「数で押した方が有利になるのは当然じゃなくて?」
 シェリスの胸の内を知ってか知らずか、そんなことを言った。こう見えて彼女は百合園には好意を持っているのだ。
 敵に回したくない人間ほど、味方となった時心強いものは無い。二人は稲妻をしもべのように操り、だぜと猫を追い込んでいった。おそらく次の一撃で勝負は決する、二人は空に手をかざし稲妻を呼び寄せる。
「遅くなってごめんなー。でもお陰で、でっかいのつくれたぞー」
 間延びした声に見上げると、頭上で巨大な稲妻が渦を巻いていた。中心にいるのは、間延びした声を出した少年。とりあえずここでは、語尾のばしとでも呼んでおこうか。語尾のばしは、気配を隠して雷雲から電力を集め、この巨大なサンダーブラストを創造していたのだった。その凄まじいエネルギーは空気を通して伝わってくる。
「ロザ! 早く上に行って守りなさい」
「おねーちゃん、守るよー!」
 さらりと人道に外れた命令を下されるも、ロザリアス・レミーナは喜々として匕首を掲げて避雷針となった。
 その行動に合わせて、フィルとシェリスの飛空艇の前に、セラも立ちはだかった。
「シェリス、不本意だけど、守ってあげる」
 その言葉が紡がれた瞬間、周囲はまばゆい光に飲み込まれたのだった。

 ゆっくりと目を開けてみると、ロザリアスとセラは消えていた。ちょうど二人がいた位置に、黒煙が尾を引いている。それがそのまま雲海へと続いている所を見ると、二人は役目を果たし太平洋へ落ちていったのだろう。
「セラさんに、なんてことを……!」
 フィルはわなわなと震え、ハンドガンを語尾のばしに向け発砲した。
 そして、だぜに対してはメニエスが襲撃を続行。彼女を守って落下した相棒のことなど気にも留めない。何故なら、ロザリアスが彼女を守るのは当然の行為だと考えるからだ。だぜに向かって稲妻を浴びせ続ける。ちょこちょこ出てきては、工具を投げて稲妻の矛先を散らす猫に、メニエスは苛ついていたものの、すぐにかたはつきそうであった。
 メニエスの背後から、ティアもサンダーブラストを放つ。電撃が動力部を焼き、だぜの船からは真っ黒な煙が上がった。
「この飛空艇もここまでか……しょうがない、離脱だぜ!」
 と期待に応えて、だぜと言っただぜは、空飛ぶ箒に股がって離脱した。
 慌ててその肩に飛び乗った猫に、動物大好きなティアはピクリと反応を示した。
「あ、猫だー! 見て見て、タツミ。かっわいいよー!」
 思わず身を乗り出した彼女は、スッテンコロリン、トナカイの背から転げ落ちてしまった。
「てぃ……、ティアッ!」
 仮面ツァンダーは、慌ててマスクを外すと、眼下の光景に目をこらした。相棒が小さくなって雲の中に消えていくのが見えた。途中パラシュートが開いたので、きっと無事に太平洋まで辿り着けるだろう。
 だぜは何故だか動揺すると、言い訳じみた言葉を残して、あっという間に撤退していった。
「わ……、私の所為じゃないんだぜ!」


 ◇◇◇


 さて、こうなると第二部隊の視線は一方に注がれることになる。
 そろそろと後退を始めていた語尾のばしを、メニエスは稲妻に襲撃させる。大技を使った反動で、ぜーはーぜーはー肩で息をする語尾のばしは、すんでのところでそれをかわす。だが、メニエスはジリジリと距離を縮めてきていた。
「そう言えば、あんたには礼をしようと思ってたのよ。覚えてるかしら、あんたの所為であたしが海に落ちた事を……」
「そ、それはこっちのセリフだろー。俺よりいっぱい魔法使ってた人に言われたくないなー」
「あら、言い訳が聞きたいわけじゃないのよ。ただここで塵になってくれればそれでいいわ」
 メニエスは不気味な笑みを浮かべ、撤退の機会を窺う語尾のばしを追いつめる。
「セラさんの仇はとらせてもらいます。絶対に逃がしませんよ……!」
 フィルは退路を塞ぐように、空間へ銃弾を撃ち込んでいく。語尾のばしの動きが強張り、ピタリと動きを止めた。
「……そうだよな、逃げようとしてる場合じゃないよなー」
 覚悟を決めた語尾のばしは、残った力を振り絞って片手に魔力を収束し始めた。
「そうはさせるかッ!」
 語尾のばしの頭上を取った仮面ツァンダーが叫んだ。
 再びマスクを着装し、自らトナカイを操っている。パートナーを失ったのは厳しいが、ここで勇姿を見せてこそティアも浮かばれるというもの。いや、別に死んでしまったわけじゃないんだけども。
 それはともかく、彼はトナカイの背から高く飛び上がった。軽身功を纏い羽のように軽く宙を舞う。
「ソォクゥッ! イナヅマッ! キィィィィックッ!」
 蹴り足に轟雷閃を使用すると、四方から雷が収束してきた。そしてそのまま、立ちはだかる雷雲を貫き、語尾のばしの胸元に必殺のキックを叩き込んだ。さながらミサイルを思わせるその一撃は、語尾のばしを宙空に吹き飛ばす。
「うわっ、わっ、わーっ!」
 全身をほとばしる電撃に悲鳴を上げ、弾かれたピンボールの球のように、彼は雲の闇に消えていった。
 一瞬の邂逅を終え、仮面ツァンダーは反動を利用してトナカイへと戻った。
「我が師の夢のため、相棒の無念のため、仮面ツァンダーは敵を討つ!」


 友軍生存者4名。第二部隊、雷雲の谷を制圧。