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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第3章 空の彼方に吹く風・後編



 グレン・アディールは、敵部隊を突破するべく北を目指していた。
 視界の隅で何か踊る人影が見えたが、硬派な彼はあえて触れずに先を急ぐ。放置しても大丈夫そうな気がしたし、絡むとキャラが崩壊しそうだったのだ。それよりも危険そうな人間が目の前にいるため、そちらに注意を注いでいた。
 グレンがじっと見つめていると、その人物はとぼけた口調で話しかけてきた。
「やー、なんか色々飛んでて楽しいね」
 ごく普通の外見の少女だった。
 ごく普通であるのにこの余裕である。こちらは三機、向こうは一機、にも関わらず彼女は動じていない。
「……嫌な気配だ。……ソニア、攻撃を受ける前に排除したほうがいい」
 グレンの言葉を受けて、ソニア・アディールは六連ミサイルポッドを構える。照準を合わせるソニアの目に、彼女が両手を動かすのが見えた。先手を打たせるわけにはいかない。すかさずソニアはミサイルを発射する。
 次の瞬間、前方より大量の鳥の羽が飛来した。空を覆うほどの大量の羽である。
「やっぱり。なんかこういうのが飛んできそうな気がしてたんだよね」
 そう言うと、ごく普通は両手から火術を放った。ただでさえ、突風飛び交うこの谷である。炎は風に乗って広がり、むさぼるように羽を飲み込んでいった。引火した羽はそのまま風に流され、飛来するミサイルにペタペタと貼り付いた。
「まずい……、おまえら、下がれっ!」
 李 ナタは叫んだ。ラウンドシールドを構えて、グレンとソニアの前に出る。
 爆発の有効圏内にいたグレンたちは、次々と誘爆していくミサイルの爆風に飲み込まれた。激しく乱れる気流に、グレンとソニアは揺さぶられはしたものの、奇跡的に撃墜は免れた。もちろん、身を挺して守ったナタのおかげである。
 二人が目を開けた時には、彼の姿はなかった。ただ黒煙が尾を引いて雲海へ向かっているだけだった。
「ナタクさん……、あなたの想いに応えてみせます!」
 ソニアはスナイパーライフルを構えると、ごく普通の飛空艇をごく普通に撃ち抜いた。 
 勝利も束の間、爆発の混乱をついて一人っ子が上空を飛んでいった。
 おそらくこの機に、こちらの防衛戦を破るつもりなのだろう。その後方を、白砂司が追いかけている。
「追撃戦のようだな……。ここは一旦退いて、仲間の援護に向かうべきか……?」
 グレンが飛空艇の機首上げようとしたその時、何の前触れもなく巨木が突っ込んできた。直撃を食らったグレンは船から投げ出されてしまったが、ソニアが慌てて受け止めた。彼は肩を押さえて苦悶の表情を浮かべた。
「だ、大丈夫ですか! グレン!」
「なんだ、あの巨木は……、まるで狙ってきたかのように飛び込んで……、くっ……」
 今の衝撃で、前回の傷口が開いてしまったようだ。滴り落ちる真っ赤な血が、飛空艇の上に溜まりを作っていた。


 ◇◇◇


「しつこーいっ、もう追ってこないでってば!」
 背後に迫る追っ手に焦りつつ、一人っ子とアイパッチは逃げ回っていた。
「飛んで火にいるなんとやら……、だな。手ぇ貸すぜ、」
 上空をうろちょろする二つの機影を見つけ、後方支援に回っていた閃崎静麻は、Sモードのバトルライフルを向ける。底部に何発か銃弾を叩き込むと、一人っ子の飛空艇は……、いや、正確に言えばサクラコの飛空艇なのだが、煙を上げながら失速し始めた。それを確認して、静麻は相棒のレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)に合図を送った。
「そろそろ年貢の納め時です」
 ヴァルキリーである彼女は翼を広げ、一人っ子の頭上を取った。彼女たちが迎撃態勢に入る前に、火術を放って視界を塞いだ。目の前で爆発する炎に怯んだ所で、レイナは炎を突き破りライトブレードを振り下ろした。
 飛空艇上に描かれたその剣の軌跡は、奇麗に動力部を両断していた。
「ま、まだまだ……!」
 倒されてからしつこいのが、この一人っ子とアイパッチである。
 鞭状の光条兵器が獲物を求めて再び宙を舞う。絡めとろうと伸びた先は静麻の飛空艇だ。
「……やれやれ、なんだか得体の知れないものが飛んできたな」
「お任せください、マスター静麻。クリュティがいる限り、この船には猫の子一匹通しません」
「猫なら大歓迎なんだけどな」
 クリュティ・ハードロックはラウンドシールドを出すと、冷静かつ的確に光条兵器の侵入を阻止した。
 静麻が下を覗き込むと、二人の少女は何だか情けない顔を浮かべて遠ざかっていく。
「何事も社会勉強ってやつさ。落とされる側の気持ちも知っておいたほうがいいんじゃねぇか……?」
 そう告げた彼であったが、その言葉が二人に届いたかどうかは定かではない。
 こうして、道連れや乗っ取りという恐るべき方法で、数々の生徒を葬った一人っ子の活躍に幕が下りるのであった。


 ◇◇◇


 その横では、風に乗った巨木がすいすい空を流れていた。
 その前に立ちはだかるのは、最後の第一部隊隊員、琳鳳明(りん・ほうめい)だ。彼女は既に殺気看破で、この巨木がただの巨木ではないことを見破っていた。懐から、ヒモの尖端に重しをつけたボーラと呼ばれる投擲武器を取り出す。相手の身体に引っ掛けて絡めとる事も可能だが、直撃すれば結構なダメージを与える事も出来る武器だ。
「この先はフリューネさんのいる本陣、誰も通すわけにはいきません!」
 おもむろにボーラを二、三個を放ると、巨木の上方部でそれは弾き飛ばされた。
「……そんなもんで俺を止められると思ったら大間違いだぜ」
 そして、殺気の正体が姿を現す。光学迷彩が消え、銀髪の少年剣士が出てきた。
「止めてみせます! なんとしても!」
 鳳明は光条兵器の穂先のない長槍を取り出すと、巨木の上に飛び乗り対峙した。
 果敢に挑むが真っ向勝負では、少年剣士のほうが格上だった。少年剣士のなぎ払いが長槍による防御を弾き飛ばすと、そのまま彼は身体を回転させ、遠心力で二撃目を彼女の脇腹に叩き込んだ。
 峰打ちではあったが、鳳明は膝を突いた。小さな口から、痛みにこらえる呻きがこぼれた。
「もう充分だ。そこをどいてくれ、俺は先へ進まなくっちゃならないんだ」
「い……、嫌です。私は決めたんです、フリューネさんのために戦うって……!」
 ふと、彼女の身体が淡い光に包まれた。この光はヒールの光だ、気が付けば傍らに、パートナーのセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が立っている。彼女は慈愛に満ちた表情で、鳳明の姿を見つめていた。
「この空賊を巡る件に関して、鳳明はやっと自身の理由を持つことが出来たようですね」
 斬られた脇腹に触れてみると、すでに出血は止まっていた。
「依頼よりも自身の感情を優先して物事に当たる癖は、軍人としてはあまり良くはないのですが……。しかし、可愛い妹がやる気を出したのです。ワタシも出来る限り、力になりましょう。回復はワタシに任せて下さい」
「……ありがとうございます、セラさん。私はこんなところで立ち止まりません」
 再び長槍を構える。尖端を少年剣士に向けて、深く腰を落とした。
「お、おい、まだ向かってくるのかよ……?」
 少年剣士は複雑な表情を浮かべつつも、剣を構えた。
 そして、踏み込むと重い斬撃を二度三度と振り下ろす。その太刀筋は彼の性格を表しているようで、実にまっすぐなものだった。鳳明は槍の柄で斬撃を受け防御に徹するので精一杯だ。やはり想いだけでは、現時点での実力の差を埋める事は難しい。そして、再び鳳明の防御が崩された。少年剣士は剣の柄の部分を、彼女の首筋に叩き込もうと振り上げた。
 その時、キィンという耳障りな音が辺りに響いた。
 少年剣士の剣に一発の弾丸が撃ち込まれたのだ。その衝撃は剣を伝い、少年剣士の小さな身体を揺るがした。
「私だって……、私だって、フリューネさんの力になるんですから!」
 その隙を逃さない。鳳明は息を飲み込み、少年剣士の胸に鋭い突きを打ち込んだ。それは致命傷になるほどの一撃ではなかったが、彼を巨木から空中に追いやるには充分であった。風に飲み込まれ、虚空へ彼は吸い込まれていった。
 ふと、鳳明が横に顔を向けると、ルイ・フリードとリア・リムが親指をおっ立てているのが見えた。
「さっきのは、お二人が助けてくださったんですね。ありがとうございました」
「いえ、私は何もしていませんよ。全て彼女の働きです」
 ルイが視線を向けると、リアは照れくさそうにスナイパーライフルをしまった。
「なに、礼には及ばないのだ。そんな事より、先を急ごう。これで敵部隊は全て撃退できたはずだぞ」


 友軍生存者13名(重傷者1名)、第一部隊、風の谷制圧。