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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第7章 動き出す運命



 フリューネとヨサークはとうとう対峙する。
 互いの武器が届くほど近い距離ではないが、言葉が届かないほど遠い距離でもない。第一部隊と第二部隊を突破してきたヨサークと向かい合う。北からの風が運んできたユーフォリアは、二人のいる地点を通り過ぎ南下していった。
「随分息が上がってるみたいだけど、人望のないあんたにはこの3つの谷の戦いはきつかったみたいね」
「あぁ? うるせえぞ露出魔が。逆に人望あり過ぎて谷を攻めるんじゃなく俺の近くに集まってただけだっつうんだよ」
 互いに大きな負傷はない。しかし、多くの敵と渡り合ってきたヨサークのほうが疲労の度合いが大きい。
「この期に及んで言い訳とは、救えない男ね。そんなヤツにユーフォリアを手に入れる資格はないのよ!」
「女のおめえに資格がどうとか言われたくねえ! おめえは英検5級あたり受験して、資格取ったとかはしゃいでろボケ!」
 激昂したヨサークが、鉈をフリューネに振り下ろす。フリューネはペガサスをすっと操りそれを横にかわすと、お返しとばかりにハルバードをヨサークの脇腹を裂くようになぎ払う。それを振り下ろしたばかりの鉈で受け止めると、ヨサークは風を利用し急激にフリューネに接近する。意表を突かれたフリューネを、その鉈で斜め下から突き上げるようにヨサークは振り上げた。が、これもフリューネがくるりとハルバードを持ち替えたことで間一髪直撃を防ぐ。その腕にかすった鉈が彼女の白い肌に赤い線を走らせたが、フリューネに取っては取るに足らない痛みだった。再度距離を置き、ふたりは各々の武器を数度切り結んだ。
 互いの最も得意な武器を使った一進一退の攻防はしかし、突然終わりを迎えることとなる。
 フリューネが小刻みにハルバードで突きを繰り出し、ヨサークがそれを防いでいる時だった。鈍い金属音が何度か響き、ヨサークが反撃に転じようとしたその時。ヨサークの右手から、鉈が滑り落ちるようにして風に飛ばされた。
「……あ?」
 彼自身、驚きを隠せないようだった。それは、多くの生徒との戦闘で鉈を持つ右手を酷使していたため握力が不十分なせいで起こった現象なのだが、もちろんヨサークにとっては青天の霹靂である。
「正真正銘、年貢の納め時ね!」
 フリューネがハルバードで鋭い突きを放った。
 得物をなくしたヨサークにそれを防ぐ術はなく、ヨサークはぐらりと飛空艇から落ちた。雲海に落ちる前に、ヨサークのパートナーががヨサークを拾い上げたようだが、武器をなくし、一撃を見舞った以上この勝負はついたと言って良い。


 ◇◇◇


 一方その頃、南下するユーフォリアの前では、蒼空寺路々奈(そうくうじ・ろろな)とその相棒、ヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)が、どんどん流れていってしまう船を押しとどめようと模索している所だった。
 しかし、まさかユーフォリアが大型飛空艇の尖端に括り付けられているとは思わなかった二人は、慌ててプランを練り直した。彼女たちは飛んでくるユーフォリアを、設置した足場につなぎ止める事だったのだが、並大抵の足場ではあの質量を止められそうにない。そこで二人は、確保してきたもちち雲を取り出すと、自らの飛空艇に飛来物をもちち雲で接着していった。そこが充分な重さと大きさになった所で、互いの飛空艇を谷の両側に配置し、その間にもちち網を張る。
「ヒメナ、エンジン全開よ! 船を押さえるわ!」
「わ、わかりました!」
 二人は巨大になった飛空艇を操縦し、船を挟むように飛んだ。
 間にあるもちち雲の網に船をひっかけてなんとか南下するのを防ごうとする。だが、やはり重過ぎる。二人がもうダメだと諦めかけた時、船の前方で幾つもの爆発が発生し、爆風を受けて船が少し後ろに戻った。
「な、なんだかわからないけど……、今のうちにユーフォリアを確保よ!」
 路々奈は飛空艇のエンジンをかけたまま、足場を伝って船に乗り移った。
 とにかく彼女はまずユーフォリアは調べたかった。
「確かにフリューネが所有権を主張するのは正しい。けど、まずは調べさせてほしい」
 それが彼女の主張である。鏖殺寺院に縁ある可能性があり、ヴァルキリーであるフリューネ・ロスヴァイセ家の英雄とすると、ユーフォリアはダークヴァルキリーと何かしら関連があるのではないかと考えてしまう。
 別に所有権を主張する気はないが、ユーフォリアを確保し、事実を確認したいのだ。
「じゃあ、ヒメナ。このまま現状維持で頼むわよ」
「は、はい……。頑張ってみます」
 路々奈が船の甲板に移るのを、爆発を起こした人物は見つめていた。
「とりあえず、一時的にだがユーフォリアは止められたぞ」
 レン・オズワルドのパートナー、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は携帯を肩で挟んで会話しつつ、スナイパーライフルで飛空艇の前方を飛ぶ機雷を撃ち抜いていた。ユーフォリアを止めたのはこの爆発である。この機雷も彼女が散布したもの、機雷の爆発で大型飛空艇の動きを止めようとしているのだ。
「レンからの指示があった。ユーフォリアの確保に向かえとの事だ」
 彼女の横を飛行するメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は、静かに頷くと、大型飛空艇へ向かう。さすがに機雷がこう浮遊する中を飛ぶのは難しかったので、小型飛空艇を捨て、飛来する障害物をセイニィのように渡り接近を行う。
 ザミエルからの通話を切ったレンは、手元にあった佐野亮司に関する資料を、後ろに投げた。
「……やれやれ、俺の心配は徒労に終わったか」
 はるか上空を亮司のものらしき、トナカイが通過していくのを確認し、レンは呟いた。


 ◇◇◇


「急がないと……!」
 フリューネはユーフォリアに向かって、ペガサスを全速で走らせていた。
 その速度は彼女が望むほど出ていなかった。今日は一日、ペガサスは働き通し、さすがに疲労の色が見える。普段の半分以下の速さしかなく、しかも時折風にあおられて、思うように飛ぶ事が出来なかった。
「フリューネ、今この瞬間だけ、俺をキミの愛馬として使ってくれ」
 飛空艇を駆るカルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)は、フリューネと並走すると手を伸ばした。
「ごめん。助かる……きゃあっ!」
 カルナスの好意を素直に受けたフリューネだったが、手を取った彼が彼女をお姫様抱っこしたので、思わず悲鳴を上げてしまったのだ。飛空艇に傷一つ付いてない所を見ると、彼は戦線から離れていたのだろう、この機を逃さないために。卑怯者と呼ばれてもいい、フリューネがユーフォリアを手に入れられたら俺は満足だ。そう心の中で呟いた。
 これは彼の一世一代の晴れ舞台、ユーフォリアまでのラブロードだ。
「いよいよ、ユーフォリアと会えるんだ。良かったな……」
「ありがとう、カルナス。本当にみんなのおかげよ」
 そう言って、微笑む彼女に彼は目を奪われた。
 奇麗だ……、心臓が早鐘のように鳴るのを彼は感じた。長時間の戦闘で疲弊した彼女は、肩をゆっくり揺らしながら呼吸している。その呼吸音はまるで天使のささやきであった。そして、戦いの中で傷ついても彼女の白く美しい肌はまったくの翳りを見せない。なんて美しいものがここにいるのだろう。デートに誘いたい、彼はそう思った。
「なあ、フリューネ。この戦いが終わったら……」
 彼は言葉を途中でつぐんだ。上目遣いでじっと見つめる彼女に、思わず目眩を覚えてしまったからだ。
 コホンと咳払いをして、再びデートの誘いを行おうとする彼の目に、飛空艇の上でズンドコズンドコ踊る二人の乙女が映った。一人は露出度の高い踊り子の衣装に身を包み、もう一人はビキニパンツ一枚に乳首にバンソーコーである。しかも、なにやら白い液体がその健康的な身体にぶっかけられている。
「ちょ、ちょっと止めて、カルナス! 前見て、前っ!」
 フリューネの絶叫で異界から連れ戻された。しかし瞬間、凄まじい衝撃と共に、飛空艇がユーフォリアの大型飛空艇に突き刺さった。カルナスは壁面にしたたか顔を打ち付け、つつーっと鼻血を滴らせた。それが衝撃によるものなかははなはだ怪しい。フリューネが心配すると「さあ、ほれに構わずユーフォリアのもほえ」と言って彼女を送り出した。

 甲板の上に降り立つと、路々奈とメティスが吹き飛ばされていくのが見えた。
 そして、船首に付けられたユーフォリアを足蹴にし、仮面の上にサングラスをすると言う奇妙奇天烈摩訶不思議なファッションの男性がいる。彼が腕を突き出したているところを見ると、どうやら遠当てで二人を吹き飛ばしたようだ。
「二度は言わないわよ……、ユーフォリアから足をどけなさいっ!」
 ハルバードを突きつけ、フリューネは仮面サンを一喝した。
 二人をとした事で気分よく高笑いしていた彼だったが、フリューネに怒鳴られてビクッとなった。彼は彼女を見つめて、むむむ……と唸ったものの、意を決して甲板に飛ぶと、飛び降りざまにユーフォリアに胴回し蹴りを食らわせた。
「遵法意識に欠ける者の手に渡るぐらいなら、海に沈めた方が億倍マシです! とうっ!」
 ガツンと蹴られたユーフォリアは、その衝撃で船首との繋ぎ目が解け、前方へと吹き飛ばされた。
「な……、なんでそんな事するの!?」
 目を丸くしたフリューネは慌てて駆け出す。だが、少し距離があり過ぎた。一歩届かない。そんな彼女を横をかすめて風を切るものがあった。リターニングダガーである。ユーフォリアをあっという間に追い越したダガーは、ブーメランのように弧を描いて直撃すると、ユーフォリアを船外から再び船内へ押し戻した。
「やれやれ……、女王器を粗末にするなんて非常識な人間もあったものだね」
 戻ってきたダガーを受け止めたのは、黒崎天音であった。
「再び、とうっ!」
 仮面サンは、ユーフォリアに遠当てを放ち、船外へ弾き飛ばした。それ見た天音は、微笑を浮かべる口元をピクッと引きつらせた。またもダガーを放り投げて、ユーフォリアを押し戻す。仮面サンはむむむ……と唸り、またしても遠当てを飛ばす。弾き飛ばす、引き戻す、弾き飛ばす、引き戻す、弾き飛ばす、引き戻す、弾き飛ばす、引き戻す。
「いい加減にしなさいっ!」
 フリューネはハルバードのフルスイングで、仮面サンを空の彼方へ吹き飛ばした。
 とその制裁の瞬間、ある意味呼吸ピッタリだった仮面サンと天音の攻防が途切れ、ユーフォリアは谷底へすごい勢いで吸い込まれていった。このまま雲海を突き抜けて太平洋に沈んだら、もはや回収不能だ。
 フリューネは白い翼を広げると、ユーフォリアを追って急行下していった。
「待って、ユーフォリア……! あなたは私の英雄でしょ……!」
 空中でフリューネはユーフォリア像を抱きかかえる。その顔をまじまじと彼女は見つめた。祖母に聞いていた話よりも気高くそして美しい女性だった。彼女の腕に何か青く輝くものが見えた。おそらくこれが女王器に違いない。なんとか引っ張り上げようと試みるフリューネだが芳しくない。硬化した彼女は鋼鉄よりも重かった。
「どうしよう、このままじゃ……!」
『おやまあ……、未来の英雄さんはそんな事もご存知でないのかい?』
 焦る彼女の耳に、祖母の声が聞こえた。いや、聞こえたような気がしたのだ。
『大昔から呪いの特効薬は決まっているんだ。忌まわしい呪いを解く方法と言ったら……』
 フリューネははっと目を見開いた。ユーフォリアの美しい顔に手を添え、じっとその目を見つめる。
「……ロスヴァイセの名にかけて。我が英雄の封印を、今ここに解除する!」
 そして、フリューネはユーフォリアに口づけた。
 その瞬間、ユーフォリアの身体が閃光に包まれた。無数の羽を巻き散らして、彼女の背中の大きな翼が、二人を包み込むように広がった。フリューネの背中を、彼女の腕が静かに抱きしめた。フリューネがその顔を見ると、ユーフォリアは目をつむったままだ。彼女は羽を二度三度と羽ばたかせて、雲隠れの谷に舞い上がった。
 気が付けば、もう夜が明けようとしている。
 真っ赤な太陽を背に受け、空を飛ぶ二人のヴァルキリーの姿を、生徒達はぼんやりと見つめていた。