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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第6章 月に群雲、華に風・後編



 谷間の奥から、巨大な影が姿を現した。
 雲を裂いて流れてくるのは大型の飛空艇であった。ほとんど半壊しており、機能はしていないようである。だがその尖端にフリューネとヨサークの求めるものが括り付けられていた。それはもちろんユーフォリアである。
 拡大する戦線を押し分けて、ユーフォリアを乗せた船は悠然と、風の谷間を南下し始めた。
 ヨサーク側の生徒との戦闘から離脱したセイニィは、ユーフォリアに狙いを定め移動を開始した。
「そう焦らずともよろしいでしょう。しばし、それがし達のお相手をして頂けますかな……?」
 そこに道明寺玲(どうみょうじ・れい)が立ちふさがった。戦場には不釣り合いな執事服を着て、優雅にお辞儀をする。
 だが、現れたのは彼女だけではない。
「この間の決着をつけたいところですが……、まず、友人を傷つけた報いを受けて頂きましょうか」
 玲の右に現れたのは九条風天(くじょう・ふうてん)だった。
 高周波ブレードを握りしめ闘志を燃やしている。と言うのも、戦艦島の戦いで、ヨサーク側にいた蒼髪義眼の友人が、セイニィの手によって手傷を負わされてしまったからだ。一に情、二に義を信念とする彼だ。友人を傷つけられたのは、自分が傷つけられるよりも、許しがたい事なのである。
「ユーフォリアがフリューネ嬢の一族のモノであるならば、在るべきところにおさまってこそ道理というものじゃ」
 玲の左に現れたのは、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)である。
 見開かれたその目には紅の魔眼が輝いている。ぴょこんと黒い猫耳と尻尾も突き出てきた。そして、最後に封印解凍で潜在能力を解放させる。相手は人知を越えた十二星華だ、こちらも全力で臨まなくてなるまい。
 そして、戦闘が始まった。
 まず先手を切ったのは、ファタであった。奈落の鉄鎖を繰り出し、セイニィの動きを縛ろうと試みる。だが、そう容易く当たらない。前回の戦いを踏まえて警戒を高めているようだ。奈落の鉄鎖自体は視認する事は出来ないが、ファタの視線と手の動きから、セイニィは挙動からその軌道を読んで行動しているようだ。
「……やれやれ、学習しているようじゃな。まあ、そう容易く料理はされてくれんか」 
 そこにセイニィが飛びかかる。左右から繰り出されるグレートキャッツが、ファタに襲いかかった。
「ここはそれがしにお任せを……」
 雅刀を構える玲が防御の型で、ファタに代わって爪撃に耐える。
 ガードラインの技術でファタを守り、予めかけていた禁猟区の効果で、セイニィの神速の攻撃に対応する。それでも手数の多いセイニィだ、全ての攻撃を捌ききれるものではない。だが、致命的なダメージは受けずに済んでいた。攻撃を捨て、防御に徹したのが功を奏したのだろう。現状を維持すればそうそう倒れる事はない。

 その時、玲のパートナーのイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)が、動き出した。
「機動力がウリなのに、そんなところで固まってるなんて、狙ってくれと言ってるようなもんですなぁ〜」
 イルマはセイニィに狙いを定め、魔力を集中し始めた。空間を覆う範囲攻撃なら、彼女もかわせないと考えた。
 もし、セイニィが単独行動なら、彼女の目論見は通っただろう。だが、セイニィには、彼女のあずかり知らぬ所で、友情を感じる仲間がいたのだった。玲とセイニィの小競り合いを飛び越え、イルマに迫った影は瞬く間に彼女を叩き落とした。
「ちょ、ちょっと、いきなり麿に何するんどすかぁ〜! う、裏切りもん〜!」
「裏切る? もともとお前達の仲間になったつもりはないが……?」
 影の名は呂布奉先(りょふ・ほうせん)と言う。前回、セイニィの唇を奪おうと挑んだ猛者である。どうやら、戦艦島の邂逅で奉先は彼女を気に入ったらしく、セイニィの背中を守るためここにやって来たのだった。
 イルマの落下に動揺した玲は、鉄壁の守りに陰りを生じさせた。
 セイニィ鋭い目は、玲の防御の隙間を見抜き、そして、そこに爪を振り下ろした。
「この時を待っていましたよ……」
 ずっと様子を伺っていた風天が動いた。奈落の鉄鎖を放ち、セイニィの身体を押さえる。
 仲間がやられるのを待っていたようで、彼はすまないとは思ったが、攻撃の機会はそこしかないと思っていた。敵に対し優位に立った時、そこに油断が生じると考えたのだ。そして、現に彼の攻撃はセイニィを捕らえた。
 一瞬、挙動が止まった隙を、風天とファタは見逃さない。風天は高周波ブレードを、ファタは大鎌を構え斬り掛かる。
 だが、次の瞬間、血を巻き散らしていたのは、セイニィではなく。二人のほうだった。セイニィの回転切りが、ファタの脇腹と風天の両足を引き裂いていた。ファタも風天も空中に投げ出される刹那、何が起こったのかと思った。間違いなく二人の攻撃がセイニィを捉えていた。そして、動きが鈍った彼女も対応出来ずにいたはずだ。
「た、大変です……! 今、助けに行きますよ!」
 後方待機していた玲のもう一人の相棒、レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)は、落下する二人を救うため、飛空艇を全速力で飛ばした。正直、自分は戦力にはならないだろうと思って、戦局を見守っていた彼女だが、倒れていく仲間を救う事ぐらいは出来るはずだ。間に合うかはイチかバチかだが、試してみる価値はある。
 一方、残された玲は、セイニィの背後に立つ二つの影を注視した。
 マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)と、そのボスのシャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)だ。
 先ほど、風天の放った奈落の鉄鎖が唐突に力を失ったのを、玲はその目で見た。そして、それがシャノンの繰り出した奈落の鉄鎖の所為である事も目撃していた。二人の攻撃が交差する刹那、別の奈落の鉄鎖で重力干渉を中和したのだ。
「随分、彼女に手を貸す方が多いようですね……、一体どういうつもりですかな……?」
 引き裂かれた肩を押さえ、玲はシャノンを睨みつけた。
「魔族の本懐に従い背徳者を支援したいだけさ」
 戦艦島でセイニィとの接触を果たしてから、この一週間、彼らはセイニィに協力するべく暗躍していたのだ。


 ◇◇◇


 風上からの突風に乗り、大量の紙が飛来した。
 ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は『シャーウッドの森空賊団』に所属する団員だ。彼女が散布したのは、油を染み込ませた耐火紙である。長く滞空出来るよう細工が施されてるので、ひらひらと踊るように空を舞っている。風下にいるセイニィを確認すると、両手から放った火術で炎を散らし、飛び交う紙に点火した。
「リネン、今のあなたの捨て身は先に進むためのもの。なら、あたしは全力でそれを援護しますわ」
 そう言って、下方からセイニィに突撃する契約者のリネン・エルフトを見つめた。
 炎の雨の中、突き進む彼女は、おそらくセイニィの能力は「風の動きを読み、風に乗ることによる超機動」だと推測していた。だからこそ、あの超人的な反応速度が可能になっているのだと。そして、そのための対策は『炎』である。空にバラ撒かれた炎は空気の流れを乱すはず、そうなれば彼女は風を読む事も、風に乗る事も出来なくなる、と。
「……フリューネ、ヨーサクとの決着、武運を祈ってるわ。セイニィは私たちに任せて」
 夜空に祈るように呟くと、リネンは身体に巻いた油を吸わせた布に火を着けた。
 その瞬間、凄まじい勢いで炎が燃え盛る。大火事である。全身火だるまになった彼女は、その身を蝕む炎に気合いで耐えつつ、セイニィに特攻を仕掛ける。彼女の身体にはもう一つ罠が仕込んである。それは服の下隠した耐火布で包んだガソリンだ。あえてセイニィの攻撃を受けガソリンを爆発させ、彼女を道連れにしようと言うのだ。
 そんな彼女の姿を見て、セイニィは「え……? 死ぬの?」と普通に目を丸くした。
 突っ込んでくるリネンを、セイニィは大きく間合いを取って回避した。
「どうしたの……? やはり炎があなたの弱点……?」
「……いや、普通に全身火だるまの人に近付きたくないでしょ」
 セイニィは普通に突っ込んだ。その後もリネンは突撃をかけるのだが、セイニィは相手にせず飛び回った。リネンの根性は賞賛に値するが、おそらくセイニィでなくとも、こんな人には近付かないと思う。宙を舞う炎の雨も、大した効果を発揮してないようだ。平然と八艘飛びを続けている。そのうちにリネンは限界に達し、谷底へと操縦桿を切るのだった。
「……リ、リネン! ちょっと、しっかりしなさいっ!」
 ヘイリー・ウェイクが思わず声を上げた。彼女はリネンが隙を作った所に、一撃を叩き込もうと潜伏していたのだが、どうもその機会は訪れなかった。半ば呆れた顔のセイニィが声は、慌てふためくヘイリーに声をかけた。
「あたしが言うのもなんだけど……、あんた、助けに行ってあげれば?」
「う……、うるさいっ! リネンを馬鹿にするんじゃないっ!」
 ヒロイックアサルト『超感覚による強襲』を発動させた。轟雷閃と爆炎破を交互に織り交ぜ、リカーブボウで矢を放っていく。その矢が命中したかと思うと、セイニィの姿は煙のようになくなった。
「なに? セイニィにも、アシャンテのような能力があると言うの……?」

 セイニィはある飛空艇の上に着地を決めていた。
 操縦席に座る、マロンブラウンのインパネスコートを、夜風に舞わせるディティクティブスタイルのこの少女は、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)、先ほど奉先の契約者である。彼女は右手を前に突き出して、アシッドミストをヘイリーの周囲に発生させていた。そして、もう一人のパートナーである小型機晶姫霧雪六花(きりゆき・りっか)が、メモリープロジェクターでセイニィの映像を霧に投影している。それがヘイリーを困惑させたものの正体である。
「直感というのは私らしくないですが……、あなたに助太刀させてもらいますよ」
 シャーロットが告げると、その隣りに、方天画戟と名付けたハルバードを担ぎ、奉先も並んだ。
「勝手ながら手を貸すぜ。お前と一緒にいた方が楽しめそうだからな」
 セイニィは無表情だったが「もの好きな連中ね」と一言呟いた。
「随分と好かれたものだな……、だが……、これ以上野放しにはさせない……」
 その静かな声の持ち主は、下方からゆっくりと迫った。長い銀髪を風になびかせながら、彼はセイニィの前に飛空艇を並べた。彼はクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)と言う。彼もまた『シャーウッドの森空賊団』の一員だ。
「おまえに……、恨みがあるわけじゃないが……、義によって討たせてもらう……!」
 不意に現れたクルードを迎撃しようと、シャーロットと奉先が動き出す。しかし、そんな事は想定内であった。彼は一瞬で勝負を決めるつもりだったのだ。セイニィさえ討てれば他の支援者はどうでもいい。
 銀狼の耳と尻尾が生え、超感覚を発動。五感による反応を高め、目標の一挙手一投足も逃さない。
「……見えた! そこだ!【駿狼】!」
 先の先を取りに行く。全身をバネにして、自分の飛空艇から、シャーロットの飛空艇に飛び移る。
「……幾ら貴様でも、これはかわせまい!」と自信に満ちた表情で言い「冥狼流奥義!【駿牙穿狼刹】!」
 その声と共に、ヒロイックアサルトの天下無双を繰り出した。天下無双は、高速で武器を振る事で真空刃を纏わせ、攻撃範囲を倍にする技である。例え、一撃を回避したとしても、不可視の刃が敵を切り裂くのだ。
 空に赤い雫が舞い散った。シャーロットの船から奉先の船へ、飛び移ったセイニィだったが、その脇腹から鮮血が流れ落ちた。傷はそれほど深いわけではない。だが、またしても攻撃を許したと言う事実が、彼女の顔に不安を抱かせていた。
「おい……、その辺ですっこんでろ。躾のなってない犬は嫌いなんだ」
 隙を突こうと構えを取ったクルードに、奉先は遠当てを放って吹き飛ばした。

 しかし、吹き飛ばされたのは、クルードの幻だった。
 幻は風に吹き飛ばされて霧散した。いつの間にか、クルードは自分の飛空艇に戻っている。そして、その横を空飛ぶ箒で優雅に飛ぶのは、エレーナ・レイクレディ(えれーな・れいくれでぃ)だ。クルードを救ったのは、彼女のヒロイックアサルトの『幻惑の霧』だった。なんとか彼を救い出せたが、この風のせいか一瞬しか発動できないようだ。
「ご無事でなによりですわ、クルードさん。突風が吹いているので焦りましたが……」
 とその時、上空から奇襲かける影があった。巨大甲虫に乗ったアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)である。彼女はエレーナの契約者にして、『シャーウッドの森空賊団』の一員だ。光学迷彩で近付いた彼女は、セイニィたちの頭上に飛び降りると奇襲を仕掛けた。セイニィも自分を取り戻し、突然の来訪者に応戦する。
「……十二星華の一人、獅子座のセイニィ。……先日の礼は気に入ってもらえたか?」
 そう言うなり、右手に持った光条兵器の小銃『スィメア』を乱射した。セイニィは足下に滑り込むように、素早く移動する。小銃の軌道から、アシャンテの位置を読み、爪で切り裂いた。光学迷彩が解けて、彼女の姿が露になった。
「この間の幻使いね。そんなに死にたいなら、ここで殺してあげるわ」
 腕を切り裂かれたが傷は浅い、体勢を整えるべく『幻惑の霧』を発動させようと試みるが、セイニィはそれよりも速く接近し襲いかかる。咄嗟に左手に持った刀で防御するが、セイニィの勢いに押されている。
「くっ……、さすがに手強いが。時間は稼げたようだな……」
「……がんばるんだ、アーちゃんがボクに任せてくれたんだから!」
 頭上に、アシャンテの相棒、御陰繭螺(みかげ・まゆら)が飛行していた。
 空飛ぶ箒の柄に大きなタライがぶら下がっている。タライには凍った水が満ちていたが、ターゲットを捕捉し、繭螺は火術で解凍しようと試みた。だが、その瞬間、幾つもの不思議な物体が投げ込まれた。
「シャノンさんの命令だからね〜。セイニィの邪魔はさせないよ〜」
 ぷにょぷにょのスライムを握りしめ、マッシュが不敵な笑みを浮かべていた。
 どうせ火術とか氷術とかで、水を生成しようとする人間がいると考え、彼は大量のスライムを持ち込んでいたのだ。スライムに魔力を奪われてしまった繭螺は、なんとか氷を溶かそうと、はーはー息を吹きかけている。いや、無理だ。
「君は雄獅子のように鬣犬を蹴散らせばいい。私たちがそれを援護しよう」
 そう言ってシャノンも、セイニィの横に並び、セイニィの協力者が一同に会した。


 ◇◇◇


「もう少しだけこの空を楽しませてくださいね」
 どこかすがすがしい面持ちで島村幸(しまむら・さち)は飛んでいた。
 それは覚悟を決めたものの顔だった。自首しよう、そんな想いが表情に溢れていた。前回『島村組』が起こした騒動で、誰かに攻撃されるのではないかと危惧していたが、そんな事はなかった。優しさとかそういう事ではなくて、たぶん忙しいんだろう、みんな。十二星華も来てるし。ただ自首の前に、やる事がある。それはセイニィから仲間を守ることだ。
 『島村組』あらため『ツンデレ迎撃班』として、獅子奮迅の活躍をする所存だ。
 混戦するセイニィ達の元へ来ると、幸は星輝銃で牽制し、アルティマ・トゥーレで周囲に氷粒を生成する。
「まずはセイニィと協力者を分断させなければなりませんからね」
 幸が張り巡らせた氷の礫は機能し、協力者はセイニィから離された。
 しかし、すぐさま礫にスライムが飛んできた。マッシュ・ザ・ペトリファイアーである。
「そうはさせないよ〜!」
 にたりと笑うマッシュの耳にひゅるひゅると何かが飛来する音が聞こえた。ふと、横を見ると巨大な氷塊が彼を目がけて飛んで来ているではないか。氷塊は彼の目前で、その後方から飛んできたサンダーブラストに射抜かれ、炸裂弾となって、マッシュの飛空艇とか頭とか腹に、容赦なく叩き込まれた。
 ぷすぷす煙を上げて墜落するマッシュを尻目に、颯爽と幸の元に仲間が駆けつけた。
「遅れましたが、遙遠到着致しました。この身、島村組の為、剣となり盾となります」
 緋桜遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜遥遠(しざくら・ようえん)がやって来たのだった。
「あなた達……。戦艦島の騒動に参加していなかったあなた達なら、フリューネにもヨサークにも睨まれる事はないハズです。今、私と離している所を見られたら、余計な誤解を招くかもしれませんよ」
 幸が心配すると、緋桜は首を振った。
「何があったとしても遙遠だって島村組の一員なんですから。たとえ、この身を犠牲にしてでも守ります!」
 見上げた島村魂を見せる彼に、幸は目頭が熱くなるのを押さえた。
「さあ、姉様。戦いを終わらせて帰りましょう!」
 幸は頷いた。自首するつもりだが、今はそう言っておこうと思ったのだ。
「よし、遙遠。操縦は任せましたよ、セイニィを孤立させるんです」
「わかりました。私だって『島村組』の一員ですから、皆さんのため頑張らせてもらいますよ」
 紫桜はそう言ったが、それよりなにより、彼女が気にかけているのは緋桜なので、無茶だけはして欲しくないと思った。いや、そんな状況に陥るような事は避けねば、と操縦桿を握る手に力を込めた。
 二人は乗せた飛空艇は翻り、戦場を縦断していく。

「どう見てもツンデレテンプレです。本当にありがとうございました」
 協力者から切り離されたセイニィに、いち早く接触したのは『ツンデレ迎撃班』の七枷陣(ななかせ・じん)だった。
 まじまじとセイニィを見つめる。金髪、ツリ目、ツインテール、ここに三種の神器が集結した。
「間違いなくツンデレのテンプレだと確信……! 圧倒的確信……!」
 セイニィの目に危険な色が浮かび始めたのだが、知ってか知らないでか、彼は言葉を重ねる。
「か、勘違いしないでよね! 別にアンタの為に女王器探してるわけじゃないんだから!」とセイニィの声真似をして言うと「……とか、ティセラに言ってるやろ、間違いなく」と言ってからかっている。
「ちょっと、あんた。ケンカ売ってるの……?」
 セイニィが爪をカチカチ鳴らし始めると、今度はじっと彼女を胸を見る。
「ギリギリのBってとこか……」
「死ね!」と吐き捨てるように言って、セイニィは陣の胸を全力で引き裂いた。
 触れてはならぬものほど、人は触れてみたくなるものだ。タブーを冒した陣は、神速のツッコミならぬ斬撃をモロに食らって、だくだくと流れ出す血とものすごい痛さにくらくらと目眩を感じた。だが……。
「け……、計算通り!」
 その瞬間、全ての力を振り絞って、セイニィの腕にしがみついた。奈落の鉄鎖で自分ごとセイニィに重力をかける。
 セイニィの身体は重圧を感じたが、自分にひっついている陣を切り裂くのに問題はない。陣の首筋に爪を伸ばす。
 だが、そこにポツポツと水滴が落ちてきた。セイニィの顔に戦慄が走る。やがてそれは激しい雨となって、陣とセイニィを打ち付けた。谷間を吹く風に乗って飛んでくる雨に、セイニィの持つグレートキャッツの挙動がおかしくなった。濡れた爪はバチバチと火花を散らせた。セイニィの身体を包んでいた力が抜けていった。
 彼女が脱力する隙を突いて、頭上から間の抜けた声が聞こえた。
「本日のビックリドッキリアイテム〜!」
 彼らの上には、陣のパートナー、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)がバッチリ陣取っていた。彼女はおもちゃの袋をゴソゴソと漁ると、もちち雲を取り出した、火術でドロドロに溶かすとそれをおもむろに投げつけた。
「攻撃のチャンス到来〜! いっくよー、んにいいい!」
 ドバドバと陣ごとセイニィに雲をかぶせると、陣はその手に氷術で冷気を収束させ、周囲を急速冷凍させた。みるみるうりに硬化するもちち雲。セイニィと陣はまるで身動きが取れなくなった。
 そこへ追い打ちをかけるように、同班所属の遠野歌菜(とおの・かな)の奈落の鉄鎖が飛んでくる。
「貴方に恨みはありませんが……、ユーフォリアの横取りはさせませんっ」
 前回、両陣営に被害を当てた罪滅ぼしに、彼女たち『ツンデレ迎撃班』は、セイニィの足止めに全力を注いでいるのだった。だが、玉砕するつもりはない。冒険はみんなで帰るまでが冒険なのだ。
 そして、奈落の鉄鎖は歌菜のものだけではない。九条風天とファタ・オルガナも、そこに参加している。墜落した二人だったが、レオポルディナ・フラウィウスに救われ、再び戦場に帰還する事が出来たのだ。
 ガッチリ固められたセイニィ(と陣)に、向けて最後の攻撃が繰り出される。
「これで決着です! 友に与えた仕打ちのけじめは取らせてもらいますよ」
「これもまた成り行きじゃ……、麗しい少女の悲願。遂げさせてやらんとな」
「……そして、届け! エルヴィッシュスティンガー!」
  風天は腰だめに剣を構え、そして、セイニィの足を目がけて刃を走らせる。確かな手応えがあり、そのまま払い抜けると、セイニィの太ももから鮮血が飛び出した。それと同時に、ファタは大鎌を持ち上げ、大きく振りかぶり横薙ぎに一閃する。ちょうど風天と反対側から撃ち込まれた一撃に、凍ったもちち雲は粉々に砕け散りった。そのままセイニィの背に深い傷跡を刻み込む。そして、最後に歌菜のヒロイックアサルト、エルヴィッシュスティンガーだ。セイニィの肩に鋭く突き刺さった一撃は、ほとばしる激痛と共に、セイニィの全身を一時的に麻痺状態の陥れた。
「く……、ああ……、そんな……!」
 セイニィは空中に投げだされた。あと、陣も。


 ◇◇◇


 空中に投げ出されたセイニィはヨサーク側の生徒に助けられたようだった。
 実は自分もセイニィを救おうと考えていた緋山政敏(ひやま・まさとし)は、先手を取られてあちゃーと思ったが、なにも自分が退き下がる事はないじゃないかと考え直し、空飛ぶ箒を滑空させると、重力加速度にバーストダッシュを併用して迫った。セイニィを回収した生徒は赤毛の男子生徒であった。政敏は箒から飛ぶと、セイニィをさらって、そのまま落ちる。
「カチュア、追っ手のかく乱を頼む! リーンは回収!」
 高速で落下しながら、彼は携帯に指示を飛ばしていた。
「セイニィは倒せたようですね。では、時間を稼いできましょう」
 政敏とすれ違いながら、相棒のカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が、上空の赤毛の元に昇っていった。
 ややあって、もう一人の相棒、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)が落下する政敏とセイニィを空中で受け止め、そのまま自分の箒に乗せて走り出した。さすがに三人乗りは厳しいらしく、ふらふらと頼りない飛行だった。
「この子はどうしてこう……。ま、そこがいい所ではあるけど」
 無茶な方法でセイニィを救い出した政敏に、リーンはため息を吐いた。しかしまあ、無事だったのだから、お説教はあとにしようと思った。それより油断ならないと、セイニィに彼女は目を光らせた。
「こ……、こんな事しても、別に感謝なんてしないわよ……」
 歌菜の一撃で麻痺してるのだろう、ろれつが回っていないようだった。
「孤高で強い女が好みってのもあるが、牛乳の詫びかね」と政敏は言うと、取り出した携帯を彼女の服に入れた。
「こっちからも情報は流すからさ。今日の所はこの辺で手をうってくれると助かる」
 今にも暴れ出しそうなセイニィに、彼は優しくそう言った。
 これ以上戦って死人が出るのは望むところではない。完全じゃないにしても、『空』は誰にも厳しく優しくあるべきで、幕引きで悲しい人が居るのは嫌だじゃねーか。そんな事を政敏は考えていたのだ。

「ちょっと待て、どろぼう!」
 ふらふら飛ぶ箒の横に、赤毛の飛空艇がやって来た。どうやらカチュアはまかれてしまったようである。獣のようにデカイ声で、かえせかえせと言ってくる赤毛に、政敏も投げやりな感じで言い返し、口論になってしまった。
 とそこへ、もうひと組み、セイニィを救うおうとしていた生徒がやってくる。
「ちょっと、二人とも。ケンカしてる場合じゃないでしょ?」
 二人はむぅと唸って、仲裁に入ったリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)を見た。
「とりあえず、安全な所に運ぶのが先決よ。あ、落ち着いたら、私と契約しない? もちろん、誰とも契約してないならだけど。いつか越えるべき目標にしたいから、貴方の本当の力を知りたいのよ」
 そう言うリカインに、セイニィは複雑な表情を見せた。そんな言葉を初めて聞いたのかもしれない。
「……なんてね。実は一緒に歌劇団の部隊に立ちたいなって思ったの」
「歌劇団って、なによ……」
 ぼそりと言ったセイニィに、リカインはシャンバラにある各学校の有志が集まって結成した劇団の話をした。
「別に仲間になれって言ってるんじゃないのよ。今回、共闘しても、次は敵なんてよくある事だし。ただ、ここから落ちる恐さは嫌ってほど知ってるの。だから、せめて陸地までおくらせてくれない?」
 その横でリカインの相棒、ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)は、ヒールをかけて応急処置を施していた。
「……本当にこれでいいのでしょうか」
 治療を施す所作はテキパキと迷いはなかったが、どうも本人はこの行為の正統性に疑問を抱いているようだ。
 これで改心する人間とも思えなかったし、彼女をこのまま自由にしてしまうのも良い事だとは思えなかった。ただ、彼は全力で治療を施す。傷つけられる側の気持ちを、少しでも分かってもらえるように。
「なんのよ……、あんた達……?」
 遠くなる意識の中、なんだか楽しそうに口論する彼らを、セイニィはぼんやりと眺めた。


 セイニィを連れ去った一団は、雲隠れの谷を脱出しいづこかに飛び去った。