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絵本図書館ミルム  ~番外編~

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絵本図書館ミルム  ~番外編~

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 第6章 いろんな教室
 
 
 元々は屋敷だった建物を改装した為に、ミルムの中はいくつもの部屋に区切られている。その1つを貸してもらえないかと、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はサリチェに頼んだ。
「子供たちに楽しく文字を教えつつ、親御さんたちには子供たちを預けて自由な時間を提供する企画をやりたいのです」
 街の人との交流を深め、気軽に図書館に何度も訪れる手助けとなりたい、というザカコにサリチェは、
「だったら子供部屋を使ってくれて構わないわ」
 と答えた。読み聞かせをする時等に使っている部屋で、子供たちが自由に寝転がったりできるよう、カーペットが引いてあり、クッションが散らしてある。子供を預かるにはちょうど良いだろう。
「その代わり、預かった子はちゃんと見ていてあげてね」
 怪我をしたり、どこかに行ってしまったりしないように、とサリチェは念押しした。親から離して預かる以上は責任が発生する。
「それはもちろん」
 ザカコは約束し、図書館での託児許可をもらった。
 
 そしてまずは、託児の際に使う『ことば積み木』作りから。
「遊具を活用した方が子供も興味を持ち、学習効率が高まりますから」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は預かった子供たちに、文字を習得させることに力を入れようと、そのための積み木作りに取りかかった。
 表には文字を大きく1つ。裏にはその文字を頭文字とする単語と絵。1人1セット、全部で6セットを廃材を使って作成する。それだけあれば多人数にも対応できるし、託児をしていない時は、文字教室を開く皆にも使ってもらえるだろう。
 扱う子供が怪我をしたりしないよう、強盗 ヘル(ごうとう・へる)は積み木の角を取り、やすりで丁寧に丸く削った。
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は子供部屋に大型のサイコロクッションやぬいぐるみを運び込み、中古品をもらってきて修繕した低いテーブルも置き足した。
「エコロジーでリサイクルってなっ」
 わはは、と口を開けて笑った後、カルキノスは急いで口を押さえた。うっかり子供たちの前で口全開にして怖がらせたりしないよう、当日は注意しておかねば。子供たちに竜族と親しんでもらう良い機会なのだから、できれば好印象を与えたい処だ。
「あら、ルカルカさん? こんにちは」
 綴じる前の段階に留めた写本のページを1枚ずつ、並べて展示していたクエスティーナが、ことば積み木を運んでいるルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)に挨拶した。
「ううん、魔本。ルカの記録。ルカアコと呼んでね」
 ルカが名乗るとクエスティーナはもう1度ルカを見直した。
「ルカルカさん本人かと思いましたわ。とてもよく似ていますのね。魔本さん……ですか。ルカアコさん、よろしくです」
 驚いたけれど、すぐにクエスティーナは笑顔になってルカに挨拶をし直した。
 
 そして金曜日の午後。最初の『らくらくおかあさん』企画が開催された。
「積み木は全部運んだかな? じゃあこれで準備完了だね」
 あとは利用者を待つばかり、とルカルカは子供部屋を見渡し、そして筆記具をまとめていた夏侯 淵(かこう・えん)に目を留める。
「淵はせっかく外見が10歳なんだし、子供たちの中で一緒になって面倒みてあげてねっ☆」
「なっ……」
 ぐさっ、と傷つくことをさらりと言われ、淵は絶句した。何故か芳しく成長しない淵の背丈……それをせっかくと言われてしまっては立つ瀬がない。
 しかし……と淵は何とか立ち直ろうとした。
(現代語は俺の前世の魏で使用されていたものとは大分異なる。これも、現代語の文法や綴り、語彙を増やす機会である、と捉えよう)
 前向きに、前向きに。そう淵が自分に言い聞かせていると、最初の親子連れがやってきた。
「ちょっと嵩張る物を買いに行くものだから、その間、この子を預かってもらっていいかしら?」
「はい、安心してゆっくりお買い物に行ってきてね」
 6、7歳という処だろうか。やんちゃそうな男の子をルカルカたちに預けると、その母親は忙しそうに出かけていった。
「お母さんをただ待ってるだけだと退屈でしょう。その間、文字の勉強をしませんか?」
 ザカコが積み木を見せると、男の子は興味を持ったように積み木の裏表をひっくり返して、文字と絵を見比べた。男の子の見ている積み木の文字を指さして、ルカルカは教える。
「この絵の頭の文字が裏に書いてあるんだよっ。ほら、『あ』はアヒルの『あ』、『ち』は地球の『ち』」
「『え』は絵本の『え』、『ひ』は光の『ひ』」
 そう行ってザカコが光を放ってみせる。
「でね、『る』はルカルカの『る』。『ざ』はザカコの『ざ』」
 ルカルカが似顔絵を描いた積み木を見せると男の子は笑った。ザカコは子供から名前を聞いて、それを積み木を並べて作ってみせる。
 『い』『あ』『ん』と並べられた文字を、男の子は指さして読んだ。
「そうか……ああやって教えるのか」
 部屋の片隅でヘルは教え方を学び取ろうと、2人のやり方をじっと観察するのだった。
 次にやってきた子どもは、文字を学ぶにはあまりに小さかったから、カルキノスが自分の身体を遊具のように上らせる『カルキ登り』をさせて遊ばせた。
 その次の子供は、上流階級で文字はすらすら読めた為、自分で選んだ絵本を静かに読んで親を待った。
 子供を預けるというのがラテルにはまだ馴染まないのか、初日に来たのはこの3人、それも短い時間の預かりだったけれど、さよならと手を振って帰っていく子供と、ありがとうとその子を連れて帰る母親は皆嬉しそうだった。
 
 
 文字教室も、手伝う学生がいる時間帯はずっと続けられていた。場所は子供部屋だったり、別の空いている部屋だったりが多かったけれど、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は子供たちを庭に連れ出した。
「いっぱい勉強した文字を忘れないように、歌でおさらいしようね。大きな声で歌うんだよっ」
 ミーナは文字の形を歌にして、身振り手振りをつけて歌った。こうすれば親しみやすいし、図書館への行き帰りに歌って復習することもできるだろう。
 ミーナが子供に文字歌を教えているのを窓越しに眺めていた菅野 葉月(すがの・はづき)は、館内のあちこちの部屋を覗いている女性がいるのに気づいた。何か探しているのかと近づいてみると、それは先日葉月が絵本を回収に行った家で会った母親だった
「もしかしてジャック君のお母さん、ですか?」
「そうだけど……あ、もしかしたらあなた、うちに絵本を取りに来てくれた学生さん? あの時はありがとうね」
 相手も葉月を覚えていたらしく礼を言った。
「ジャック君を迎えに来たんですか? 今、庭で文字の勉強をしてるので、もう少しかかると思いますけれど……」
「あらそうなの。じゃあ待たせてもらうわね」
 ジャックの母親はそう言って書架を眺めた。といってもそれは本当にただ眺めるだけ。文字が読めないと言っていた彼女は、絵本の背表紙に書かれている題名すら分からない。
「あの、良かったらお母さんも文字教室に参加してみませんか?」
 ジャック君と一緒に、というと母親は笑って首を振った。
「あたしがあの中に入ってやるのは、ちょっとねぇ……。なかなかゆっくりと時間も取れないし」
 子供用の教室が主なので、大人がやるには気恥ずかしいものも多い。子供と違い、大人は継続的に長い時間、勉強の為の時間を取るのも難しい。
「でしたら、少人数で短時間のクラスだったらどうでしょう? 短時間でも大丈夫なように、持ち帰りのテキストも用意しますし、少人数だからそれぞれの人の進度にあわせられますから」
 葉月は作っておいたテキストを母親に見せた。これだったら、家で少しの空き時間を見つけて勉強してもらえる。その上で分からないことがあれば、教室で聞いてもらえばいい。
「あたしにも出来るのかしら……」
「ええ、もちろん。いつかジャック君と親子共々絵本が読めるようになりますよ」
 子も親も、共に絵本を囲んで一緒に楽しむ……回収の時には葉月とミーナの力を借りないと出来なかったそれが、親子だけでも可能になったらどんなにかいいだろう。
「ならやってみようかしらねぇ。今度はいつあるの?」
 勧めに心動かされた母親は、葉月が開く少人数クラスの教室がある日程をしっかりと聞いていった。
 
 
 黒崎 天音(くろさき・あまね)が警備のついでに書架の絵本を正しい位置に戻して廻っていると、開かれている文字教室から子供の声が聞こえてきた。
 甲高いその声にブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が居心地悪く身じろぎするのに、天音はくすりと笑みを漏らす。子供にも随分慣れてきたブルーズだけれど、特有の黄色い声はまだ苦手なようだ。
 運営を手伝う学生たちの働きによって、絵本図書館ミルムを訪れる人の数は増えている。文字教室が開かれるようになってからは、富裕層以外の子供の姿も多く見られるようになってきた。
「最初に訪れた時より、随分華やかになった気がするな」
 あちこちに貼られたお知らせやサインボード、順に並べられた写本のページ……文字教室の子供が書いた字も飾られている。館内に活気を添えるアイテムの数々に目をやるブルーズに、天音も肯く。
「確かにね。それだけじゃなく防犯の対策も進んでいるみたいだよ」
「ほう」
 目の行き届く、利用しやすい図書館へとミルムは変わってゆく。館内ばかりでなく、ラテルの街にも変化を与えて。子供たちは文字を覚え、絵本を読むことの楽しさを知り、世界を広げてゆく。そんな子供たちを見守る大人たちもまた、新しい世界を知るだろう。
「……ねぇ、ブルーズ。将来この絵本図書館の本を読んで育った子供が、地球でも知られるような絵本作家になる事もあるかも知れないね」
 そういう未来があっても不思議はない……そう思わせるのは、この場所に皆が注いだ想いと行動の成せる業だろうか。
 そんなことを考えながら巡回していた天音は、館内で退屈そうにしている子供を見つけた。仕立ての良い服装からみて富裕層の子供のようだが、書架に向ける目は空滑り。本を選んでいるというよりは、時間を潰しているだけのような様子だ。
「おや、何だか退屈そうだね。面白い絵本は沢山あるのに」
 天音が声を掛けると、子供はだるそうに振り返った。
「面白そうな本はもう読んじゃったよ」
「地球の絵本もかい?」
「あんなの読めないよ。変な文字で書いてあるんだもん」
「……そう、じゃあ僕の『大人の文字教室』でも受講してみる?」
「大人の?」
 その響きに子供は気を良くしたようだった。子供扱いされるのにそろそろ抵抗しそうなお年頃。大人として扱われるのは気分が良い。
「読んでみたい地球の本を選んだら、その読み方を教えてあげるよ」
 天音に言われると、子供はさっきとはうってかわった熱心さで書架にある絵本を見始めた。
「君も良かったら一緒にどうかな?」
 天音はさっきから気づいていた人影……アンゴルへと視線を向けた。
「いや、わしは……」
「地球産の本も扱うのなら中身がどんな話か聞かれる事もあるだろうし、読めた方が良いでしょ? たまには他人の事を気にするのでなく、自分の為に夢中になったり何かするのも良いものだよ」
 重ねて勧めると、アンゴルはくるりと身を返していなくなった。機嫌でも損ねたのかと思いきや、絵本を持って戻ってくる。表紙にはどこか物悲しげな、けれど綺麗な鳥が描かれていた。
「あら、アンゴルさん」
 文字教室に向かう為に教材を胸に抱えたあゆみが、アンゴルに気づいて足を止めた。
「もし良かったら、勉強中の子供たちの様子を見に来てね」
 文字を読めるようになることによって、絵本から始まって本に興味を持ってくれる子が出てくるかも知れない。そんな可能性のたまごたちを見て欲しいとあゆみはアンゴルを誘った。
 絵本が、文字が開く扉。
 その向こうには無限の可能性と笑顔が、きっとあるから。