天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

うそ

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うそ

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
 その慟哭は、大気の振動としか感じ取れなかった。
 重い足取りで世界樹の根元近くまでやってきた巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)が、その巨体を使って大きな穴を掘る。
 その中に、だごーん様はいんすますぽに夫(†)の遺体を静かにおいた。
 蒼空学園で撲殺されたいんすますぽに夫(†)は、だごーん様によってイルミンスール魔法学校へと運ばれたのである。
 うおおおぉぉぉん。
 世界樹の葉が低い唸りに震える。
 だごーん様は、いんすますぽに夫(†)の上に土を被せると、「ぽに夫の墓」と書かれた巨大な生木の杭を、そこにぐっさりと刺した。ぐりぐりと上から力を込めて押し込んでしっかりと刺す。いや、その位置だと、もろにいんすますぽに夫(†)の身体を貫いているはずなのだが、だごーん様は小さいことは気にしなかった。
 実際、パートナーのいんすますぽに夫(†)の死は、だごーん様にも少なからぬダメージを与えているはずなのだが、そこはだごーん様、不屈の精神力で耐えきっていた。
 ぱんぱん。
 いんすますぽに夫(†)の墓標に、だごーん様が手を合わせる。微妙に宗教的にまずい気もするが、だごーん様は気にもとめていないようだ。
 すると、その墓標の上に鷽が舞い降りた。
「いあいあ、うそ〜ん!!」
 ひときわ高く鷽が鳴いた。とたんに、墓標にされていた木が生長を始め、青々とした葉を茂らせた。変化はそれだけではとまらず、なんとも嫌な水黴のような臭いをさせたどす黒い花が咲き、どろりとした蜜を滴り落とした。だが、それもすぐに萎み、なんともいびつな形をした巨大な実がいくつも枝から垂れ下がったのである。それは、微妙に脈打っているようにも見えた。
 ――な、なんでしょう。か、身体が、引っぱられます。あれー。
 クロセル・ラインツァートたちと一緒に落下を楽しんでいたいんすますぽに夫(†)は、突然魂が引っぱられるのを感じた。あらがうことができない。
 そして……。
「いあいあ、うそ〜ん!!」
 べちゃりと、熟した果実が地上に落ちて、激しい腐臭を放った。その中から、立ちあがる人影があった。
「ささやき、えいしょう、ふたぐん……。おおお、死亡フラグが消えている。復活いたしました。これもみな、だごーん様の奇蹟のお力のおかげです!!」(V)
 生まれたままの姿のいんすますぽに夫が、両手を突きあげて喜びを顕わにした。だごーん様も、それに合わせて両手を突きあげて雄叫びをあげる。
「ははははは……」
「いやー」
 そこへ、ずっと落下し続けていたクロセル・ラインツァートと日堂真宵が落ちてきた。
「いあいあ、ぐしゃ」
 いんすますぽに夫の木がクッションになって助かったのはいいが、二人の下敷きになって、鷽がぺっしゃんこになった。
 ボンと、いんすますぽに夫の木が消滅する。
「大丈夫です。私は生きてます。死んだのは嘘でしたー!!」
 すっぽんぽんで、いんすますぽに夫は歓喜の雄叫びをあげ続けた。
 
    ★    ★    ★
 
「これはまたいい機会じゃねーか。この騒ぎでオレたちの強さを見せつけて、イルミン移籍の足がかりにでもさせてもらおうか」
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)は、淡いピンクの光の中、通路の奧に鷽の姿を見つけて言った。
ルーシュチャ・イクエイション(るーしゅちゃ・いくえいしょん)!」
 日比谷皐月が叫ぶと、彼の右腕が奇怪に変形し始めた。まるで飴が沸騰するかのように、赤黒く変色した皮膚が盛りあがる。
「私をまた読み解くか。それで何がしたいのだ?」
 肉界とも触手の束ともつかぬ物が、いずこからか声を発した。
「光条兵器を使う助力を」
 言いつつ、日比谷皐月はギター型の光条兵器からケーブルを引き出して携帯電話に接続した。
「オープン・ギミック」
 日比谷皐月は、ルーシュチャ・イクエイションにつつまれた右手で、矢印形をしたギター型光条兵器を前方に構えた。ボディが二つに割れ、内部機構が顕わになる。露出した先端部分から、光条の刃がするするとのびていった。ヘッド部からは、廃熱だろうか、淡い炎のゆらめきが見える。
 ちょっと見では、レーザー光を照射し続けている光線砲のようにも見える。それほどに、この光条兵器の刃は巨大であった。それゆえに、普通の人間には扱いかね、日比谷皐月と融合一体化した魔道書であるルーシュチャ・イクエイションのサポートが必須である。
「この間合いから、逃げられる者はいねーんだよ」
 ほとんど通路いっぱいにのびた光条の刃を、日比谷皐月はちょっと動かした。当然逃げ場などどこにもない。
「うそだっぺ」
 あっけなく鷽が真っ二つにされて鷽時空ごと消滅する。
「やったな」
「うむ」
 満足気に日比谷皐月が言ったとたん、光条兵器の輝きに変化が起こった。
 光の刃自体の大きさは変わらないのだが、輝いていると言えるのはひいき目に言っても数メートルだけだ。そこから先は安物の懐中電灯のようなぼんやりとした明るさしかない。
「これはいったい……」
 唖然とする日比谷皐月の手の中で、光条兵器が弾け飛んだ。そのまま、元のギターの形に戻る。光条部分は、ギターの先端からのびたままだった。出っぱなしだ。
「有効攻撃範囲はその程度だということであるな。後は見せかけというか見かけ倒しであろう。まあ、制限時間が過ぎれば光条も消えるので、ただのギターとして使えるであろうがな。うん? ううううう……」
 客観的に斬り捨てたルーシュチャ・イクエイションが突然苦しみだした。日比谷皐月の右腕にも激痛が走る。
 ぼとり。
 融合していると本人たちが言っていたはずだが、あっけなく分離した。
「どうした、早く元に戻れよ」
 日比谷皐月が腕を差し出すが、ルーシュチャ・イクエイションは触手らしき物をのばして腕につかまってぶら下がるのがせいぜいだった。
「いいか、これは合体なのだ。そして、融合なのだ。私は、貴様を浸食してだな……」
「はいはい。んじゃ、いこーか」
 日比谷皐月は、右腕にぶら下がるルーシュチャ・イクエイションをハンドバッグのようにブラブラさせながら歩き出した。
 
    ★    ★    ★
 
「まったく、よくも人の昼寝を邪魔してくれたな。きっちりと退治してやるからそこを動くなよ」
 教室の隅に鷽を追い詰めて、神名 祐太(かみな・ゆうた)が勝ち誇った。この馬鹿騒ぎで安眠を妨げられた恨みは大きい。
「今、運気絶好調のこのオレにかなう者などいない。覚悟するんだな」
 そう言って、神名祐太はルーンの剣を大上段に構えた。
「ちょっと待ったぁ!」
 あわやというところで、日下部 社(くさかべ・やしろ)が間に割り込んできた。
「この鷽は、俺が倒すと決まっているんや」
「そんなことはどーだっていいだろ」
「いやいや、悪を滅ぼして名をあげるのは俺ということになってるさかい。――どや、では勝負してみんか?」
 そう言うと、日下部社は自分がつけているゼッケンを引っぱって神名祐太に見せつけた。
 金縁のついた赤い布の中央に、「第一回バラミタじゃんけん王」と書かれている。
「いいだろう。今の俺に勝てる者などいない。たとえじゃんけんでもな」
 自信満々で、神名祐太が挑戦を受けた。
「では、あっちのステージに移動や」
 いつの間にか用意されていたステージを指して日下部社が言った。
「用意のいいことだ」
 壇上に上がった二人は、気合を込めて、じゃんけんを繰り出した。
「グー」
「パーは、すべてをつつみ込む無敵の力や」
「ば、馬鹿な。今の俺が負けるなんて……」
 神名祐太が絶句する。絶対の自信があったのになぜ負けたのだろう。
 そのとき、初めて神名祐太は、自分が立っていた場所が鷽時空から外れていることに気づいた。ちょうど、日下部社との間に、鷽時空の境界がある。
「お前、謀ったな!」
「敗者は黙っときい」
 グーを出して、日下部社が一撃で神名祐太を黙らせた。
「さあ、今度は俺と命をかけたじゃんけん勝負をしてもらおうやないけ」
 日下部社は、あらためて鷽に迫った。
「うそちっけった」
 逃げ場をなくした鷽も、対抗意識を燃やす。
「勝負!」
 日下部社が拳を突き出す。鷽が、両足を大きく開いて踏ん張ると広げた翼を出した。
「馬鹿か、お前は。相手は鳥なんだぞ、パーしか出せるわけないだろ。それなのにグーを出すとは」
 よろよろと立ちあがりながら、神名祐太が日下部社に言った。鷽も、にたーっとした目をして勝ち誇る。
「ふっ、誰が普通のじゃんけんだと言った。俺がやったのは足じゃんけんだ」
「うそちっけった? うしょーん」
 日下部社の足が、まっすぐ前後に広げられている。チョキだ。対する鷽は、足を横に広げたパーであった。
「チョキは勝利のVサイン!」
 ボンと音をたてて、鷽が自爆した。
「なんと卑怯な。どうだ、俺の再挑戦を受けてくれるか」
「いいやろ、敗者よ」
 神名祐太の申し出を、日下部社は自信満々で受けた。
「じゃんけん……」
「パーや」
「チョキ!」
「あっ……」
 負けたじゃんけん王が呆然と立ちすくむ。
「さて、さっきのお返しといこうじゃないか」
「はははは。ほなら、またなー」
 ポキポキと指を鳴らして身構える神名祐太を見て、日下部社はあわてて逃げだしていった。