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リアクション
★ ★ ★
「祭場のステージに逃げ込むなんて、なんて都合のいい。今こそパラミタ四千年の秘技、裸皇神拳の神髄を見せてあげるッス」
鷽を前にして、サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)が、怪しげな構えを見せた。
「パラミタ五千年じゃないの?」
「こまけーことはいーんだよッス」
素朴な疑問で突っ込むヨーフィア・イーリッシュ(よーふぃあ・いーりっし)に、サレン・シルフィーユはパラ実式に言い返した。
「じゃあ、ヨーフィア、時間稼ぎお願いするッス」
「はーい」
サレン・シルフィーユに言われて、薄衣しかつけていないヨーフィア・イーリッシュが鷽の前のステージで妖艶な踊りを踊り始めた。その踊りで、鷽を魅了して時間を稼ごうというのである。
まんまとその策に乗ってきたのか、鷽もヨーフィア・イーリッシュと一緒に踊りだした。
その間に、サレン・シルフィーユがいそいそと丁寧に服を脱いで、きちんと畳んで床の上に積みあげ始める。
裸皇神拳は脱衣によって気を高める拳法。すべてを脱ぎ捨て、自然と一体となってエネルギーをためる技なのだ。なので、発現まで時間がかかる。
「おお、チャーンス。いいぜいいぜいいぜ。最近キマクで出回っている某ビデオよりいい絵が撮れそうだぜぃ。クラウン、ビデオ回せ回せ!」
岩巨人の腕を、軽々と振り回してぶんぶんいわせながらナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が叫んだ。
「分かったじゃん。でも、ナガンの方が、撮影うまいはずじゃん?」
クラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が、承知した舌の根も乾かぬうちに、前言撤回でナガンに振った。
「あ、僕、孤児院の管理人をしていますので。そういった青少年に悪影響を与えそうな映像の撮影はちょっと……。んなこたあ、いいんだよぉ。てめえが撮りゃいいんでぇい。さっさとやらないと、大根おろしにするぜぇい」
「ひー、撮るじゃん、撮りますじゃん」
ころころ変わるナガン・ウェルロッドに振り回されながら、クラウン・ファストナハトがあわててビデオカメラを取り出した。だが、びびっているため、手が震えてちゃんと持つことができない。
「あれっ、あれっ、れれれれれれ」
クラウン・ファストナハトが、お手玉したビデオカメラをカッチャンと床に落とした。たいした衝撃ではなかったと見えたのだが、そこはキマク製の安物カメラのこと、踏まれただけで粉々になるのは実証済みである。案の定、立体パズルのように木っ端微塵に分解して飛び散ってしまった。
「ひー、ナガンに、捨てられる、捨てらるれ、捨てるれら……」
ピューと脱兎のごとく部屋の片隅に避難したクラウン・ファストナハトが、膝をかかえてガクブルを始める。
「こ、こら、カメラなんかなくったって、てめえ機晶姫だろうが。記録装置ぐらい持ってるだろうが。見ろ! あそこのすっぽんぽんを見て記録しやがれ!」
あっけにとられたナガン・ウェルロッドが、クラウン・ファストナハトの肩をつかんでがくがくとその身体を激しくゆさぶった。
「ひー、壊さないで、壊さないで、壊さないで……」
怒られていると思ったクラウン・ファストナハトが、ますます膝に顔を埋めて防御態勢に入ってしまった。
ナガン・ウェルロッドたちがばたついている間に、サレン・シルフィーユは着ていたチャイナ服の皺を丁寧にのばしてからきちんと折りたたんでいった。
「うーん、ハンガーがあればいいんッスけど、しかたないッスか」
靴を綺麗にそろえて脱ぐと、ストッキングを伝線させないようによいしょよいしょっと脱いでいく。
そのころ、ヨーフィア・イーリッシュは、鷽と激しいダンス合戦を繰り広げていた。
「うそなのよーん」
突如、鷽が奇妙な踊りを踊りだす。
「そ、それはフウチョウの求婚の踊り……。す・て・き……」
ヨーフィア・イーリッシュの目が、トロンとなって頬に赤味が差した。
「好きー!!」
鷽の周りにまとわりつくようにして、ヨーフィア・イーリッシュが激しく踊りだす。鷽の勝利である。
「ヨーフィア、もうちょっと頑張ってね。ああ、ホックに手が届かないッス」
状況をまったく無視して、サレン・シルフィーユがのんびりと脱衣を続ける。
「あれだよあれ。あのたっゆ〜んだよ。ほら、絶好のシャッターチャァァーンス。見ろ見やがれ!!」
ナガン・ウェルロッドが嫌がるクラウン・ファストナハトの頭をつかんだが、イヤイヤするだけでびくともしない。
「よいしょっと、下着は恥ずかしいから、ドレスの間に隠すッス」
脱いだばかりのショーツをチャイナドレスの間にしまい込んで、サレン・シルフィーユがつぶやいた。いや、すっぽんぽんは恥ずかしくないのか?
「お待たせー。愛と正義のヒロイン、ラブ&ピース、ここに参上ッス。裸皇神拳、奥義、裸皇乳光波、正義の鉄槌、食らうがいいッス!! はあぁぁぁぁ……」(V)
すっぽんぽんになったサレン・シルフィーユが、氣をため始めた。それに合わせて、サレン・シルフィーユの胸が光り始める。
「おおー、ピンクすげー。見ろったら」
ナガン・ウェルロッドが思いっきり力を入れる。
ごきっ。
「あっ」
クラウン・ファストナハトが気を失った。
「いざ、参るッス!!」
サレン・シルフィーユが、胸から怪光線を発射した。
「鷽様、ダーリン、危ないっ!」
とっさに飛び出したヨーフィア・イーリッシュが、裸皇乳光波をまともに食らって吹っ飛ぶ。
「クラウン、悪かったぜい。もう怒ってねーから、生き返ってくれー」
ナガン・ウェルロッドが涙を流して謝ると、その涙のかかったクラウン・ファストナハトが一瞬で息を吹き返した。
「ほんと?」
そこへ、ヨーフィア・イーリッシュが吹っ飛ばされてきた。
「あーれー」
ごすっ。
クラウン・ファストナハトの頭の上に、ヨーフィア・イーリッシュが真っ逆さまに落ちてきてぶつかる。
「きゅう」
「おおい、死ぬな、クラウン!!」
ナガン・ウェルロッドは、ヨーフィア・イーリッシュともつれ合ってわけの分からない体勢になっているクラウン・ファストナハトの頬を、ペチペチと叩いた。
「よくも、ヨーフィアをやったッスね」
いや、直接手を下したのはサレン・シルフィーユ自身だ。
「そこを動くなッス。今、もう一回分氣をためるッスから」
うーっと、サレン・シルフィーユがあられもない格好で氣をため始めた。興味深そうに、鷽がそれをガン見する。
「もうちょっとッス」
サレン・シルフィーユの胸が、再び目映く輝き始めた。
「いくッス、必殺、裸皇神拳、奥義、裸皇乳光……」
「きゃあ、珍しいオッパイ。レアものゲットなんだもん」
突如ふってわいた葛葉 明(くずのは・めい)が、むんずっとサレン・シルフィーユの輝くたっゆ〜んを背後から手を回してわしづかみにした。
「うひゃあ、ど、どこを触ってるんッスかぁ。ふ、不意打ちとは……。ひっ、卑怯ッスよぉ……」(V)
「やったあ。次はナガンのぺったんこを……」
「ちょ、ちょっとッス。やばいッス。ああああ……」
自爆。
胸を押さえられたため、行き場をなくした裸皇乳光波が暴走自爆した。
「きゅう〜」
折り重なるようにしてサレン・シルフィーユと葛葉明が床に転がった。
「うそなのよーん」
勝ち誇った鷽が、ケタケタ高笑いをあげながら、逃げていこうとする。
「ええい、うるせー。今それどころじゃね……あん!?」
騒がしい鷽にキレたナガン・ウェルロッドが、横を通りすぎようとした鷽を岩巨人の腕で叩き潰した。
ボンと煙をあげて鷽が消滅する。
「おお、重てー」
そのとたん、岩巨人の腕がずしりとした重みを持って、ナガン・ウェルロッドを床に縛りつけた。
「動けねー。こら、クラウン、助けやがれ。ええい、ピンク、おきねーとすっぽんぽんの写真ばらまくぞ。えーん、誰かー、たちけてー」
全員バタンキューしている室内で、ナガン・ウェルロッドはただ一人バタバタするしかなかった。
★ ★ ★
「うそでありんす」
「なかなかすばしっこいですわねえ」
ずっと鷽と追いかけっこを続けている荒巻 さけ(あらまき・さけ)が、はあはあと息を切らしながら言った。
もともと、普通の鳥であっても、素手で捕まえるのは至難の業である。
「しかたないどす。人の反射神経では、限界がありますから」
まあまあと信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)がなぐさめる。
「先の先を読むしかないんだけど、読めても身体が追いつかないんじゃだめですわよねえ。ああ、超感覚でも使えれば……」
「ほなら、わらわがなんとかしてみましょ」
そう言うと、信太の森葛の葉がふうと力を抜いて祝詞をあげる。
「夫神は唯一にして。御形なし。虚にして。霊有。天地開闢て此方。国常立尊を拝し奉れば。天に次玉。地に次玉。人に次玉。豊受の神の流を。宇賀之御魂命と。生出給ふ。永く。神納成就なさしめ給へば。天に次玉。地に次玉。人に次玉。御末を請。信ずれば。天狐地狐空狐赤狐白狐。稲荷の八霊。五狐の神の。光の玉なれば。誰も信ずべし。心願を。以て。空界蓮來。高空の玉。神狐の神。鏡位を改め。神寶を於て。七曜九星。二十八宿。當目星。有程の星。私を親しむ。家を守護し。年月日時災無く。夜の守。日の守。大成哉。賢成哉。稲荷秘文慎み白す……こーん」
祝詞をあげ終わった信太の森葛の葉がクルリと空中で一回転した。その姿が、九尾の狐の姿を取り戻す。
「さあ、追いかけまひょう」
さすがに狐の姿を見て、鷽がそれまでよりも必死に逃げ始めた。
「上の階に逃げましたわ。いきますわよ!」(V)
軽快に走る信太の森葛の葉を苦労して荒巻さけが追いかけていく。
鷽は通路の中程を飛びながら、幹の中央階段を上り始めた。水平移動はまだしも、上下移動は飛べない者たちにとってはつらい。
「購買で、鳥籠と餌が売っていたなんてラッキーですわ。これで、鷽を捕まえられそうですわ」
佐倉 留美(さくら・るみ)は、大きな鳥籠を手にぶら下げて持ちながら鷽を探していた。とりあえず下に行こうと、中央階段の上に立つ。
「うそでありんす」
「そっちに、鷽が行きましたよ」
鷽を追いかけている荒巻さけと信太の森葛の葉が、階段の下から上を見あげた。
マイクロミニスカートの佐倉留美を下から見あげる形になる。
「ううっ、室内なのになぜ逆光に……」
「まぶしいなあ〜」
佐倉留美のやや開いた股の間から突然さす謎の光に、荒巻さけたちが目を細めた。佐倉留美の姿は、逆光でシルエットにしか見えない。
「あら、いましたわ。こーいこいこいこい。美味しい餌ですわよ」
佐倉留美は、持っていた鳥籠の扉を開くと、中に餌をおいて鷽を誘った。もちろん、鳥の餌など食べたことなどないはずであるから美味しいかどうかなどは嘘である。そのため、鷽はほいほいと引っかかった。
カッチャン。
鳥籠の扉を閉める。
「やりましたわ。ついに鷽を捕まえましたわよ」
「おおー」
パチパチパチと、荒巻さけと信太の森葛の葉が拍手を送った。
「うそでありんす」
「捕まえたはいいですけれど、どうしましょうか」
カフェテラスに運んだ鳥籠を囲みながら、佐倉留美はちょっと戸惑っていた。あまりに簡単に捕まえてしまったものだから、ちょっと拍子抜けしている。
それにしても、この鷽の大きさは、ほとんど鳥籠と同じぐらいだ。どうやって扉をくぐったのか謎である。まるで軟体動物並であった。
「イルミンスールには生物部があるそうですから、そこに預けましょうか」
ひさしぶりの狐の姿を堪能している信太の森葛の葉を膝の上にだきながら、荒巻さけが言った。
「食べてもいいどすか?」
ちょっと獣の本性を出して信太の森葛の葉が訊ねた。
「だめですよ」
狐の細い頭をなでてやりながら荒巻さけが言う。
「あー、なんで鷽持ってんだよー。ミーにもくれよー」
テーブルの上におかれた鳥籠を見て、通りかかった新田実が駆けよってきた。
狭山珠樹に言われてビュリを追いかけたものの、結局見つけられないは、落下して葉の茂みの中に墜落するわ、もう散々である。
「だめですよ。これは私たちが見つけたのですから」
やんわりと、佐倉留美が断る。
「ずるいぞー」
新田実が、子供しい抗議の声をあげる。
「かわいいおますなあ。でも、我慢は覚えなければならへんどすえ」
信太の森葛の葉が、ふさふさの九尾を軽く動かして、新田実の頭をなぜた。
「ちぇっ。じゃあ、ちょっとだけ貸してよ。アーデルハイトを召喚して、別の鷽捕まえてもらうぜ」
「何をするつもりですか?」
マジックペンを取り出す新田実に、佐倉留美が訊ねた。
「前に蒼空学園に遊びに行ったときに教えてもらったんだ。こうすると、アーデルハイトを召喚できるって」
そう言うと、新田実は鳥籠の中にみちみちに詰まっている鷽の真っ赤な胸に「ぺったんこ」と落書きした。
「あらら」
どうなるのかと、その言葉に縁のない佐倉留美と、なじみ深い荒巻さけが推移を見守った。本当にアーデルハイトは現れるのだろうか。
信太の森葛の葉は、あまりそれには興味がないのか荒巻さけの膝の上で小さな寝息をたて始めている。
「そうそう、さっき大発見もしたんだぜ。じゃーん、ワルプルギスの書の隠しページだ。袋とじになってるからまだ読んでないけど、きっと、すげー魔法が書いてあるんだぜ」
「ううううう、うそでありーんすー!」
新田実が自慢げに言ったとき、突然、鷽が甲高く鳴いた。次の瞬間、あろうことか、空気の抜けた風船のように萎んでしまったのだ。
「あー。なんだよ、おい」
「ぺったんこになってしまったみたいですわね」
鳥籠をつかんで振り回そうとした新田実を押さえて、佐倉留美が言った。
ボンと煙とともに小爆発を起こして、鳥籠ごと鷽が消滅する。どうやら、餌つき鳥籠が売っていたこと自体からして嘘だったらしい。
「なんなんだよ、こんな……」
言いかけた新田実が、突然目を瞬かせた。
「いってー、目がいてーよー」
今ごろ時間差で、目からビームの反動が来たらしい。当然、隠しページも永遠の謎となってしまった。
「やれやれ、とんだ骨折り損でしたわね。お疲れ様でした。頑張りましたわね」(V)
元の少女の姿に戻って、膝の上で丸くなって眠る信太の森葛の葉を優しくなぜながら、荒巻さけが言った。
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