天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

バーサーカーとミノタウロスの迷宮

リアクション公開中!

バーサーカーとミノタウロスの迷宮

リアクション

第八章 消耗戦線――vsバーサーカー・3



(こんな筈ではなかった)
 それが、戦線に参加しているメンバーの感想だった。
 太郎と恭司とウィングが囮となって隙を作り、生まれた隙に雪華と未沙が飛びついて動きを止め、動きが止まった時を狙い、翡翠と美羽が槍に攻撃を仕掛ける――
 その戦術の最初の決め手となる隙を作るのは、次第次第に危険度が高くなってきている。囮メンバーの疲労や消耗の蓄積、というのもさることながら、バーサーカー愛美が成長しているのだ。
 太郎が最初に接敵した時に比べ、槍の振り、反応速度、体捌き、いずれの向上もめざましい。
 それ故に、雪華と未沙が飛びついても、簡単に振り解かれてしまう。狙いをつけられる時間も0.1秒単位から、0.01秒単位にさえなりつつある。
「そこの人! 変わります!」
 太郎の後ろから声がして、彼の体を後ろに引き倒した。突き出された槍の穂先は、人影の手甲が弾き飛ばす。
 太郎の前に立ったのは、カライラ・ルグリア(からいら・るぐりあ)だった。
「とりあえず休んでて下さい! 後は僕が何とかします!」
「何とかって……どうするんだ!?」
「そんなの……とにかく何とかしますよ!」
 カライラは槍の間合いに飛び込んだ。全能力を駆使し、とにかく槍に攻撃を仕掛けた。相手が攻め手を出す前に、攻め手そのものを打って打って打ちまくる。攻撃は最大の防御なのだ。
 ――が、その攻撃的な防御も、程なくして限界が訪れた。
 気がつけば、カライラの方が後退を始めている。
 振り回された石突が、カライラの脇腹を狙う。回避が間に合わず、手甲で防御の構え。
(――!)
 衝撃。腕全体が痺れた
 本当なら、このまま槍の柄をつかまえて動きを止めたい所だったが、そんな反応は到底できない。この一撃がもしも穂先でやられていたら、手甲ごと腕が切断――いや、胴まで斬られていたかも知れない。
(――手加減なんてできないぞ、これは!)
 カライラはさらに踏み込んだ。こうなれば、「本体」を攻撃するしかないか――!
 そう思った瞬間、刺突の連撃。貴重な一歩分の間合いは、放棄せざるを得なかった。
(駄目だ……僕じゃできない……!)
 愛美が女の子だから、というだけではない。仮に自分が女の子に容赦しない性格であったとしても、結果は同じだ。
 囮人員の交代は、カライラだけではない。「交代だ、引っ込んでろ」「しばらく休んでて下さい」とウィング、恭司に言って前に出たのは闇咲 阿童(やみさき・あどう)大神 理子(おおかみ・りこ)である。
「今回は攻撃はナシ、とにかく疲れさせる。いいな、理子?」
「了解、阿童君」
 ふたりは同時に槍の間合いに入る。繰り出される槍の刺突。それらをとにかく、避け、捌く。いくらもしないうちにその顔からは余裕が消えた。
 戦術は持久戦。先行していた太郎、恭司、ウィングのそれを引き継ぐ形だ。
(……こんなの相手に持久戦か……こっちの集中力がどこまで保てるかな?)
 阿童は回避の合間に、愛美の様子を観察した。疲労の兆候は確かに出ている。肌の紅潮、満面の汗、大きく開かれた口は体がより多くの酸素を取り込もうとする作用に他ならない。その一方で、槍の扱いはますます危険になるばかりだ。
(攻撃はナシ、なんて気遣いはいらなかったな……こりゃ攻撃なんて最初からできねぇよ!)
 とにかく今は、愛美の消耗を待つしかない。「早く根を上げてくれ」、と前線に立つ全員が思っていた。

 見ているマリエルは、心のどこかが麻痺しつつあった。
 あんな、オバケみたいな表情で戦う女の子は、自分の知っている親友であるはずがない。
 いつまでもいつまでも槍を振るい、際限なく戦い続けている女の子が、親友の愛美であるはずがない。
 ――じゃあ、あれは一体何なんだろう?
 ――愛美はどこにいってしまったんだろう?
「マナ……」
 ――今口に出した名前は、誰に、どこに向けて呼びかけたものなんだろう?
 と、不意に彼女の頭に手が置かれ、マリエルは我に帰った。
「シケた顔してんじゃねえよ」
 その手が頭を撫でる。手の主は、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)。眼が合うと、彼はニヤリと笑ってみせる。
「心配するな……って言っても無理な話か。ま、とにかく愛美を助けてやらなくちゃな。便利屋・ロックスター商会の出番だぜ。任せておきな」
 言いながらトライブは、身につけていた武器を外し、傍らに並べた。薙刀、ダークネスウィップ。
「こいつら、ちょっと預かっててくれよ。愛美相手には要らないモノだからな」
「あの……」
「何だ?」
(マナは、元に戻るんでしょうか?)
 口に上りかけた問いを、マリエルは飲み込んだ。言ってしまうと、不安が現実になってしまいそうな気がした。
 再びトライブは、マリエルの頭を撫でた。
「まぁ見てろ。あいつはちゃんと連れ戻してくる」
 トライブは背を向け、前線に向かった。飛びつく隙をうかがっている未沙と雪華に合流し、手に忍ばせた煙幕ファンデーションを見せた。
「……自分、どうするつもりや、それ?」
「もちろん投げつけて煙幕を張る。目を眩ましたら飛びついて……」
「押し倒すのね?」
 未沙が何故か眼を輝かせた。
「……まぁ、抑え込むんだがな」
「組み敷くのもあり? マウントポジションで腕を押しつけて寝技に……」
「……とにかく全員で飛びついて、愛美から槍を引きはがすぞ」
「あんたもそれやるの?」
 色々と非難したそうな目つきで睨まれ、トライブは顔をしかめた。
「緊急事態だ、痴漢ヘンタイスケベエロとか言われるのは筋違いだぜ……行くぞ!」
 煙幕ファンデーションが愛美の足元に向かって転がった。直後、ぼん! と音を立てて煙が吹き出し、愛美の姿がその中に影となってしまう。
 三人は同時に飛び出し、その影に向かって躍りかかった。
(愛美! しっかりしろ!)
(マナーっ! 愛してるーっ!)
(マナミーン! それウチのやーっ!)
 それぞれ思う所を胸に抱きながら、トライブは背中から羽交い締めを試み、雪華は槍を掴む手の片方にしがみつき、未沙は腰から下に飛びついた。
 が、愛美の反撃は容赦がなかった。
 まず、雪華からの戒めを逃れている腕が大きく振り抜かれ、トライブの羽交い締めから脱出。トライブが再度の拘束をする前に、凄まじい勢いの肘鉄が彼のあばら脇に叩き込まれた。
「!」
 トライブの力が緩むと、今度は後頭部での頭突き。鼻の下を直撃し、トライブは一瞬息ができなくなる。
 さらに、肘鉄を決めた腕は、雪華の腕に拳を叩き込む。雪華の腕は、全力で愛美の腕にしがみついている所だから、回避などしようがない。骨まで響くような一撃を受け、雪華の拘束も緩む。
 そして脚は、未沙の体重をかけられてもびくともしない。彼女の腕の中で膝が曲がり、直後、肩口に拳の小指側の面が打ち下ろされた。鉄槌打ちというやつだった。
 鈍い音。未沙の腕から力が抜けた。
 三人の緩い拘束の中、愛美の身が躍った。腕と脚がめまぐるしく動き、三人を打ちのめし、蹴散らし、振り払った。
 この構図は、こうも言えただろう――バーサーカーの周囲に「的」が三つ。
 その的をひと薙ぎで切り裂くべく、愛美は槍を構えた。
 わずかに晴れた煙幕の中、槍の動きが一瞬止まる。
(今だ!)
 その思いは、槍を狙う翡翠と美羽、ふたりのものだった。
 翡翠は星輝銃の引き金を絞り、美羽はバーストダッシュで肉迫、構えた光条兵器で槍を打つ。
 命中、したはず。
 だが、槍は破壊どころか傷ひとつ付いた様子もない。
(まだ足りないの!?)
 美羽が心中で文句をつけた。
 愛美の標的が、「的」から美羽へと切り替わる。今までは分散していた攻撃が、集中して殺到する。刺突・斬撃・打撃の他に、時折蹴りや正拳、手刀なども混ざる。長柄の武器を持っているから懐に飛び込めば勝ち、という定石は最早通用しないだろう。
 囮担当のカライラと阿童、理子が、取り押さえ組のふたりプラス飛び込みひとりの体を引っ張り、安全圏へと連れ出した。
「どこまで頑丈なんだ、あの槍は!?」
 再び狙いをつけながら、翡翠も歯噛みした。
 槍に攻撃を成功させたのは、これが初めてというわけでもない。蓄積ダメージなら大型モンスター一頭分、今のふたりの一撃にしても、合わせた威力は岩ひとつを消し飛ばすものにはなっているだろう。
 人ひとりを狂わせ、大幅な戦闘能力強化を施す槍である。生半可な代物でないのは確かだろうが、それにしても底が見えなかった。
 ――自分の星輝銃はまだ撃てる。美羽もまだ戦える。囮要員はローテーションできるだろうし、この場に駆けつけてくれた者達の中にも、まだまだ助っ人となってくれる者はいるだろう。
(けど、この槍相手には足りるのか?)
 不安が胸を浸食し始める。
 いっその事、狙撃要員ではなくて自分も近接距離に飛び込んで、至近から槍破壊をして勝負を決めるか、とも思う。
(焦るな――)
 翡翠は自分に言い聞かせる。
 それは本当に最後の手段だ。共闘する仲間がいる間は、彼らに彼らの役目を果たしてもらおう。
(足りるのか?)
 不安。
 乾いた唾とともに、翡翠はそれを無理矢理飲み込んだ。

「……埒があかないねぇ」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、ずり落ちる眼鏡を直しながら呟いた。
「バーサーカー撃退は不可、元凶の槍の破壊も見通しが立たず、となれば……」
「次の手立ては、槍の奪取」
 すぐ隣からの声に、詩穂はそちらを向いた。彼女の隣に立っていたのは、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)だった。
「やだなぁ、聞かれてたんだ?」
「失礼は謝ります。けど、膠着している現状を打破するには、それしかないでしょうね」
「膠着どころか、圧されているくらいだもんねぇ……ずっと様子見していたのは、ちょっと失敗だったよ」
「時が経つにつれて、持ち手を強くしてさらに凶暴にさせる――まさにバーサーカーの槍ですね」
「けど、持ち手がいなければ……」
「槍は、ただの槍」
 詩穂と小夜子が眼を見合わせた。
「……でも、うかつに触っちゃうと、ミイラ取りがミイラ、なんてことにもなりかねないんじゃない?」
「愛美さんには悪いですが……彼女のバーサーカー化は、槍に対して彼女の精神が少々弱かったから、と考えるのが妥当でしょう。自慢するようで心苦しいですが、そちら方面は私も多少は鍛えておりますので……」
「ま……ちょっとの間持ってる分には、そう簡単にはバサカる事もないだろうね?」
「? バサカる、とは?」
「いま思いついたの……じゃ、取りに行こうか?」
「ええ」
 ふたりは戦況を見据えた。
 囮担当は、取り抑え担当を既に比較的安全圏へと離脱させて、美羽と立場を交代している。美羽も危険圏外にひとまず逃れ、次の攻撃の機会をうかがっていた。
 相変わらずの膠着状態だ。
(割り込むタイミングはこちら次第)
(特に気にする必要、ナシ)
 そう判断すると、同時に飛び出した。
 詩穂はヒロイックアサルトで、自分の試作型星槍を愛美に向けて振るった。
 阿童と理子を狙っていた槍が不意に動きを止め、その穂先を明後日の方向に振るう。ふたつの槍の先端が交錯、穂先が噛み合った。
(さて……まずは槍での勝負といきましょう……えっ!?)
 槍の手応えが変わった、と詩穂が感じた瞬間、愛美が詩穂の眼前に迫っていた。突進の勢いを載せたまま突き出される瞬速の拳。詩穂は咄嗟に自分の武器から手を離し、体を捌いて愛美の突進を受け流した。
 詩穂への攻撃はまだ止まらなかった。立て続けに繰り出される肘鉄、正拳、裏拳、蹴りで間合いを広げられた所に、槍の攻撃が連携していく。
 詩穂は青ざめた。
(何この規格外は!?)
 その時、愛美の背後に影が現れた。小夜子。槍の石突をつかまえて動きを封じようとする。
 愛美が槍から手を離した。
(! やった!)
 小夜子と詩穂は勝利を確信、その確信が大きな油断となった。
 槍から離れた愛美は振り向き、今までのバーサーカーの勢いのままに小夜子に突進。顔面に掌底――というのはフェイントで、彼女が槍をつかむ手に、強烈な手刀を打ち下ろす。
 骨の震える感触が、確かにあった。瞬間槍をとらえた手は力を失い、変わって元の持ち主が再び槍をつかまえる。
 空いている手は凶器に変ずる。空気を貫くような音を鳴らしながら、小夜子に連続攻撃が繰り出された。手にダメージを負った小夜子はまともに応戦する事ができず、後退するしかなかった。恐るべき事に、その間も槍を持つ手の方もしっかりと仕事をし、詩穂に対する牽制をしっかり行っていたのだ――詩穂にとっては、到底「牽制」という次元ではなく、武器を回収するので精一杯だったが。

 この対バーサーカー戦では、三種類の戦術が試みられた事になる。
 一つ目は、バーサーカーの体力消耗を狙う。
 二つ目は、バーサーカーへの攻撃を極力避けての槍の破壊。
 そして三つ目が、バーサーカーからの槍の奪取。
 全て失敗した。そう言って良いだろう。
 三番目についてはもともと安易に選択していい戦術ではない。実践者のバーサーカー化という危険を考えれば、バーサーカー化そのものを封印できる手段がない限りは、槍に直接手を出すのは無謀に過ぎる。
 そうなれば、バーサーカー本体を直接攻撃して、槍を打ち落とす事が次善の策となる。だが、バーサーカーの至近距離での戦闘能力も最早手がつけられなくなっている。
(つまり、四つ目の戦術を取るべきなんだけどね……)
 茜は周囲を見渡した。一旦前線から退いたり、後方からの狙撃や強襲要員として待機している者を別としても、出番をうかがっている者達が十数人余り。その中には、自分と同じような考えを持っている者もいるはずだった。
 それを実践しないのは、目標ひとりに対し得る人員には限りがあるから、というのがひとつある――全員が魔法や飛び道具の類を持っているならともかく、三〇人以上の人員が一斉に飛びかかり、ちゃんと攻撃や戦闘ができるかどうかは微妙だろう。
 それともうひとつは――糾弾されたくないから。
(誰だって悪者扱いはイヤだもんね)
 だが、誰かがやらなければならない。
 茜は剣を抜き、参戦する。
 取るべき四つ目の戦術。それは、バーサーカー本体の撃退。

 新たに飛び込んできた人影は、今まで戦っていた者達と雰囲気が違っていた。
 剣を抜き、繰り出される槍の攻撃をかいくぐり、愛美が格闘で応戦する間合いの外から、ためらいなく突き、斬りにかかる。
「! 貴様、どういうつもりだ!」
 阿童が怒鳴った。
「ウチの生徒を殺す気か!?」
「そうだよ! あたしはこの子を、いや、このバーサーカーを討つ!」
「やめてよ! マナが何をしたっていうの!?」
 未沙が叫ぶ。
「何をした? 何をしたかはあなた達が一番良く知っているじゃない、あなた達は何回この子に殺されかけたの!?」
 茜がヒロイックアサルトで愛美の首を狙う。愛美は退いてその刃を避け、槍の柄を回して茜の肩を叩く。激痛。骨にヒビくらいは入ったかも。
「この子は、時間が経てば経つほど強くなる! こんなのが万が一迷宮の外に出てみなよ、どうなるかは分かるでしょ!?」
 痛みは無理矢理気にしない事にして、茜はなおも攻撃を続ける。ドラゴンアーツを用いた必殺の技。だが、掠りもしない。
 茜は自分を呪った。決断が遅すぎた。
「人殺しと言われても、誰かから憎まれても構わない! あたしはこのバーサーカーを、ここで、倒す!」
 振られた槍を剣で止めた。
 眼前に、バーサーカーの顔があった。見開かれ、赤くなった双眸。闘気のように湯気を立てた体。振り乱した髪。大きく開けて、歯を剥いている口。
(……これが呪われた武器を手にした者の定めか……)
 それはまさしく、戦鬼の姿だ。
 ――恋に恋する女の子。多くの人に慕われて、その窮地を救う為に何人もが命を賭けている。傷つく事を、傷つけられる事を恐れずに、彼らはなおも戦おうとしている。
 君は、何度もそんな彼らを殺そうとしている。それが君の意思でないとしても、君の手は確かに、君を慕う人達の命を奪おうとした。
(これ以上、君の手を汚させはしないんだよ……!)
 だから、まだ誰も死なないうちに……!
(その罪、ずっと背負って生きていく!)
 茜の瞳に、覚悟がみなぎった。
 その瞳もまた、鬼の眼だった。

 槍の動きが止まった。

 翡翠が星輝銃のトリガーを絞った。
 美羽が突撃し、光条兵器で槍に斬りつける。
 槍に向けられた攻撃は、そのふたりのものだけではなかった。
 また愛美に飛び込む気配。
「さぁ、その槍を放して!」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が死角から愛美に近寄り、腕をつかまえた。
(ためらうな!)
 が、剣を振るう茜の腕も、飛び込んできたウィングに止められる。
「……離して!」
「離しません! 愛美さんは死なせたくないんでね!」
 急激に周囲の気温が熱くなった。
 再び愛美が腕を振り、唯乃の戒めを解こうとするが、今度は容易に解けない。
「今よ、エル!」
「はいっ!」
 唯乃の指示を受け、エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)がサンダーブラストを放った。目標は槍。雷撃が柄を直撃し、嵌め込まれている機晶石にも電撃が絡みつく。
 愛美の口から初めて悲鳴が洩れた。
 次の瞬間、愛美は今までにないほどの剛力で暴れ、まとわりついてる者達を振り解いた。
 投げ出されたウィングは、愛美の構えを見て我が眼を疑った。
 全身のバネ、気力、そして武力を限界まで撓めた姿勢――!
(まさか……あれは……!)
「みんな離れろ! あの構えは……!」
 そして、愛美は撓めていたものを解き放った。
 周囲にいた者が、文字通りに吹き飛ばされた。
(――乱撃ソニックブレード!?)
 武器を用いたスキルの中でも最も高度な技のひとつだ。群がる敵を一気に蹴散らす、文字通りの必殺技だ。
 幸運な事に、技の切れがまだまだ鈍かった為、巻き込まれた者達に与えられたダメージは「打撃」程度に留まっていた。もし、あと少し技が鋭ければ、周囲にばらまかれた衝撃は「斬撃」となり、死体が転がっていただろう。
 が、思いも寄らない反撃に、今まで愛美と戦っていた者は地面に転がったまま立ち上がれない。
 そして、自分に群がる者を吹き飛ばしたバーサーカーが目にしたのは、
「……マナぁ……!」
 マリエル・デカトリースだった。

 鬼の形相に睨まれて、マリエルは身動きができない。
 一方の愛美は腰だめに槍を構えた。槍の延長上には、マリエルの心臓があった。
「あ……マナぁ……」
 マリエルの前に、庇うように人影が立つ。シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)と、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)だった。
「早く逃げろ。ボクが愛美の眼をくらます」
「……信じたくないだろうが、今のあの子は貴公の知っている子ではない」
 が、そう言われても脚が動かない。
 愛美の体が、前傾する。突進の姿勢。
 その突進が止まる。倒れていた者が起き上がり、立ちふさがって止めたのだ。
 阿童と理子だった。
「……おいおい……それだけはやっちゃいかんぜ、愛美」
 阿童が、手甲で穂先の横の十字を押さえながら言った。
「うちの生徒は……本当に手がかかりますよね……」
 理子も同じように、木刀で十字部分の張り出しを押さえて苦笑した。
「エミリー! 今のうちに、マリエルを待避させて!」
 茜が身を起こして指示を出した。慌ててエミリーが、マリエルの腕を引く。
 倒れていた他の者達も立ち上がる。太郎、恭司、未沙、ウィング、美羽、カライラがふたりの後ろにつき、槍の押し合いに参加する。
 また槍が止まった。
(今後こそ……!)
 地面に倒れながらも、星輝銃の狙いをつける翡翠。だが、「やめて!」と唯乃が手を伸ばし、銃を下ろさせた。
「……邪魔をするな……!」
「一定以上の大きなダメージを受けると、槍の防御機構が働く仕組みなのかも知れないわ。今度はソニックブレード程度じゃ済まないかもよ」
「……じゃあどうしろって言うんだ?!」
 そう答えて唯乃の手を払いのけ、再び銃を構えた。
 照準の無効の視界は少しぼやけている。知らない内に、自分も疲労やダメージが蓄積していたのか――
(いや、違う。霧がかかっているんだ)
 気がつけば、また周囲の気温が低下している。立ちこめる霧はいよいよ濃くなり、数メートルも前にいない愛美の姿が影になっていく。
 その霧の中で、神和 瀬織(かんなぎ・せお)が叫んだ。
「綺人!」
 叫びを受けて、神和 綺人(かんなぎ・あやと)が霧の中から飛び出した。
 愛美は反応しようとして、できなかった。数人相手の力比べにの最中とあっては、体制を崩す事ができなかったのだ。
「失礼!」
 そう言って薙刀の石突で、愛美の手首を打ち据えた。
 愛美は頭突きで綺人に対抗しようとした。頭突きしか反撃のしようがないらしい。
 綺人は見た。
 愛美の手の中で、しっかりとつかまれているはずの槍の柄が、わずかに滑った事に。
 ――バーサーカー、疲れ知らずの傷知らず、死ぬまで戦い続ける者。
 槍の持ち手の消耗狙いの作戦には、正直疑問を感じていたが――!
(これは――これなら勝てる!)
「皆さん! もっと槍を押して下さい!」
「無茶言うな! こっちはこれで精一杯だ!」
 阿童が言い返す。だが、次の綺人の台詞は、彼らの中に力を呼び起こした。
「もう少し、もう少しで、槍から手が離れます!」
 愛美の反撃は続く。が、頭突き程度では、綺人への有効な反撃とはなり得ない。
 綺人は再び石突を振り下ろす。今度は槍の柄に向けて、何度も。目標は止まっているので外しようがない。が、綺人の方も(急がなければならない)と思っていた。
(愛美さんが……3sどれくらい体が保つか……!?)
 叩かれる度、愛美の手の中で槍はじわじわと何度も滑った。そしてついに、その滑り方が「ずるっ!」というものになり、彼女の手から槍が離れた。
「! てやぁっ!」「やあぁっ!」
 阿童と理子が、渾身の力で槍を押し出し、放り出した。両手が自由になった愛美が、目前の綺人に向けて両方の拳でパンチを叩き込むが、綺人はそれを避けもせず、かわりに槍をさらに遠くへ蹴飛ばした。
 ずん、と体全体に衝撃が響いた。愛美の拳が、綺人の鳩尾に綺麗に決まった。
(いいパンチ、ですねぇ……愛美さん。けれど……)
 息もできない中で、しかし綺人は微笑んだ。
(けれど……いい加減疲れたでしょう……? しばらくは休んだらいかがですか?)
 綺人の意識が遠くなった。

 綺人と愛美が、同時に倒れた。
 綺人には瀬織が駆けつけ、愛美にはマリエルと未沙が飛びついた。
「綺人! しっかりしてください、綺人!」
「マナぁ、起きてよぉ、マナぁ!」
「マナ! マナ!」
 未沙は愛美の体を抱き起こしながら、傍らに転がる槍をさらに蹴飛ばして遠ざけた。
 マリエルの手が、愛美の体のあちこちに触れる。口元、頸動脈、手首。それらは確かに愛美が生きている事を示していた。
(けど……凄い汗……息もすごい切れている!)
「未沙ぁ、ヒール手伝ってぇ!」
「任せて! SP全部使ってあげる!」
 未沙とマリエルは精神を集中し、ヒールを使い始めた。

「……消耗に、あんな効果があったなんて」
 意識を取り戻した綺人は、瀬織に支えられながら囮担当だった者達に話した。
「皆さんが取っていた消耗戦術、正直疑問を感じてたのですが、効果はあったようですね。愛美さん、凄まじく汗をかいていました」
「あれだけ派手に動き回れば、そりゃあ汗だって流すだろうさ」
 太郎が口を挟むと、「それですよ」と綺人が返した。
「……もちろん汗は掌にだってかきますよ。おかげで槍を持つ手が滑り、何とか槍を打ち落とせたというわけです」
「じゃあ、我々の消耗待ちの狙いは、決して間違ってなかったんですね?」
「それはどうでしょうね、ウィングさん……疲労も蓄積すれば、命だって十分危うくなりますよ。もし愛美さんが手袋でもつけていたら、危なかったかも知れません」
「……何にせよ、愛美も取りあえずは生きています。まずは安心ですね」
 さすがに恭司も地面に腰を下ろし、溜息をつく。
「眼覚ましたら、反省文だな」
 阿童に至っては、また地面に倒れて寝転がり、理子に呆れられていた。
 とにかくみんな、疲れていた。

 こうして愛美のバーサーカー化の一件は解決し――
 そして、新しいバーサーカーが生まれようとしていた。