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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
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第7章 戦艦島攻防戦・モンド編



 見張りのため、廃墟の屋上に立ったレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は一隻の大型飛空艇を発見した。
 シンプルな作りの木造の船だ。その様相はなんだか『宝船』を思わせる。さらに注意深く見ると、甲板上に不思議な円を見つける事が出来る。小型飛空艇の離発着所かと思ったが、よく目を凝らしてみると違うことに気が付いた。
「なんで、土俵が甲板についてるんだ……?」
 なんでかはちょっとわからないが、横綱のモンドの旗艦である事は間違いない。
 光学迷彩を使用し背景に溶け込むと、レイディスはモンド船に潜入する準備を始めた。
「さぁて……、『ルインズウォッチャー』の仕事開始と行くか」
 そう言って、積まれた瓦礫の山を蹴り上げ、眼下を通るモンド船に落っことした。
 突然、降り注いだ瓦礫は、船の甲板を直撃する。見張りに立っていた空賊たちは慌てふためいた。
 余談であるが、モンド空賊団の団員は、身長173cm以上体重75kg以上と入団の条件が厳しく決まっており、入団後はまわしの着用と、まげを結うことが義務づけられている。そのため、団員はみんな半裸だった。
 土俵の上で精神統一していたモンドは、混乱する部下をなだめるべく声をかけた。
「ここは古い建物が多いから、接触しないように気をつけて操舵するでごわすよ」
 それから、部下にテキパキと片付けの指示を下していく。
「尖ってる破片が散らかってると危ないから、片付けるでごわすよ。おっと、ダメでごわす。素手で触ったら怪我をしてしまうかもしれないでごわす。ちゃんと軍手をはめて作業するんでごわすよ」
 瓦礫に紛れ潜入を果たしたレイディスは、その様子に驚きを隠せなかった。
「(……す、すげえ、普通の奴じゃねぇか)」
 部下を気遣うところなどは、とても人間が出来てるように思える。
「(なんか調子狂うけど、ちゃんと仕事は果たさないとな……)」
 殺気看破で空賊を警戒しつつ、もう一人の『ルインズウォッチャー』虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)の潜入を手伝う。
 後方から小型飛空艇で接近すると、そっと甲板に着陸した。空賊達は瓦礫の清掃に気を取られているらしく、涼の潜入は思っていたよりも容易に行うことが出来た。飛空艇を物陰に隠し、レイディスと合流を果たす。
「無事潜入に成功したな、感付かれないうちに仕事を始めるか」
「ああ。レイディスが動力部……、俺が資材庫だったな」
 目的を確認し、レイディスは船の前方に、涼は船の後方に別れた。


 ◇◇◇


 さて、ここで二人よりも先に、船に忍び込んでいた人物が動き出す。
 先に、と言うより、既に、と言った方が正しいかもしれない。
 島村 幸(しまむら・さち)は隠れ身とブラックコートを使い、数日前から船内に身を潜めていたのだ。
 そして、今、甲板に積み重なった資材の隙間から様子を窺っている。
「瓦礫が落ちてきたのですか……。ふむ……、これは行動を起こす好機かもしれませんね」
 独り言のように呟くと、その身を蝕む妄執を空賊たちにかけた。清掃中の彼らの動きがピタリと止まり、その顔に暑苦しいほどの脂汗が浮かんだ。彼らの目には、周囲が突如として火の海に沈んだように見えているのだ。
「ごわす〜! 火事でごわす〜! 突然の出火で船がヤバイでごわす〜!」
「早く逃げるでごわ〜! こんがり焼けてしまうでごわすぅ〜!!」
 パニックに陥る空賊達に、幸はほくそ笑む。
「子豚ちゃん、豚の丸焼きになりたくなかったら踊りなさい」
 このまま、船から脱出してくれば計画通り。あとは指定の地点に誘導して、彼女が組長を務める『島村組』のメンバーと袋だたきにすれば良い。別の組員がスピネッロの船でも同じ事をしているハズ、これが成功すれば一網打尽だ。
 だが、事はそう上手く運ばなかった。
「落ち着くでごわす! 急に火事が発生するなどおかしいでごわす!」
 モンドは一喝を放ち、取り乱す部下を落ち着かせる。
「まずは原因の解明が先決でごわす。十両以上の団員は関脇以上の団員は火の元を確認、消火を行うでごわす。それ以外の団員は積み荷の退避を優先させるでごわすよ。さあ、みんな、一致団結して事にあたるでごわす」
「……す、すごく普通に処理されてますね」
 あまりにも的確なモンドの指示に、幸の眼鏡がずり落ちた。
 普通の空賊団じゃない……、幸は思った。と言うか、普通の空賊団だ……、と幸は思い直した。
「こうなれば実際に船を破壊するまでですが、どうしましょうかね……」
 思い悩んでいると、息子のメタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)が服の裾をひっぱった。
「ママー、僕が何なのか忘れたの? 僕の名前は伊達じゃないんだよっ!」
 そう言うと、甲板の隅にあった端末から、籠手型HCを使ってアクセスした。
 メタモーフィックは船の管理システムデータを破壊しようとしていた。電子機器と情報通信の特技が役に立つ。機晶技術の知識もあるので、動力に関わる部分の特定はそう難しくなかった。ここに情報攪乱で膨大な量の情報を流し込む。
「えへへ、これでシステムがダウンするはずだよー」
「どすこーーーい!!」
 いきなり空賊のつっぱりを食らって、メタモーフィックは吹っ飛んでいった。
「フィック!!」真っ青な顔で幸は我が子を抱き起こした。
「う、うーん……、ママ、世界がぐるぐるーって、ぐるぐるーってしてるよ……」
 目を回しながら、うわごとのように呟く。
「深淵を覗き込む時、深淵もまたおまえを覗き込んでいるでごわす! バレバレでごわす!」
 そーだそーだ、と他の空賊たちも声を揃えて抗議する。
 幸は無言で立ち上がると、プリプリ怒るひとりの空賊に、光条兵器のジャマダハルを突き刺した。
「ほぐっ! す、凄まじい痛みでごわす!!」
「よくもうちの子に乱暴してくれましたねぇ……」
 座った目つきで見回すと、ジャマダハルをゆらゆら振りながら詰め寄った。
「乱暴って……、そっちから手を出してきたんじゃないでごわすか……」
「黙りなさい。私の仕事はこの子を大切に護ってあげる事……、この子の傷つけるものは全て塵にして差し上げます」
「こ、これが今流行のモンスターペアレントでごわすか……!?」


 ◇◇◇


 再び『ルインズウォッチャー』の話に戻そう。
 隠れ身を使い影のように、涼は船内を移動していた。目的は資材庫の爆破である。
 途中、階段を守っている空賊を見つけ、背後から襲いかかった。乱暴に壁に押し付けて、銃を突きつける。
「大人しくしてもらおう。資材庫の場所はどこだ?」
「……栄光あるモンド空賊団の力士が、ベラベラ情報を漏らすと思っているでごわすか?」
「お前の命とこの船。どちらが惜しいか選ぶんだな」
 冷たい銃身を喉元に突きつけながら、鬼眼で睨みつけると、空賊はふにゃふにゃに態度を軟化させた。
「……まぁでも、やっぱり命って大事でごわすよね」
 おそるべき事に、モンド空賊団のメンタリティーは限りなく一般人に近かった。コンパクトに要点をまとめ、資材庫までの順路を懇切丁寧に説明した。あまりにも口が軽いので偽情報かと疑いたくなるほどだ。
 ひと通り聞き出すと、銃の柄で殴り気絶させた。
「……なんか調子狂うな、ここの連中は」
 涼はポリポリと鼻先を掻いた。もっとスリルに満ちた潜入劇を想像していたのだが、なんか思ってたのと違う。
 言われた通り行ってみると、言われた通りに資材庫があった。
 資材庫は半分は冷凍室になっている。肉や魚、野菜が市場のように整列しており、床には酒樽がいくつも並んでいる。冷凍室の外には、大量のカセットコンロが用意されている。一人一鍋主義、それはちゃんこを食べる時の、モンド空賊団における最低限のルールであった。そのため、コンロ用のボンベが大量にストックされている。
「ガスボンベか、これは使えそうだな……」
 涼は破壊工作でボンベに細工を施した。時限装置をセットし、脱出のため甲板へと急ぐ。
 3分後、仕掛けは作動し、大爆発が巻き起こった。資材庫は完膚なきまでに破壊され、肉と魚にはいい感じに火が通ったと言う。爆発は思いのほか大きかったようで、その影響で航路は大きくずれ、右舷にあった廃墟に船は激突した。
 動力室前に潜伏中のレイディスは、爆発を合図にして動力室の扉を轟雷閃でぶち破った。
「な……、な、な、なんでごわすか!?」
 機関部担当の空賊が、穏やかではない来客に目を丸くする。
 だが、そんな彼には目もくれず、レイディスは剣を振り回し動力部を斬りつけ始めた。機晶技術の知識がないので、手当り次第に破壊しまくる。なんかメーターとかコードが出てるのは重要な部分だろう、の理論で、徹底的に切り刻む。
「や、やめるでごわす! どうしてこんな酷い事をするでごわすか!」
 空賊はよよよとすがるようにレイディスを止めた。
「うるせえ! おまえらがうろついてると、セイニィとろくに話もできねぇんだよ!」
 別れた女を邪険にするジゴロのごとく、空賊を蹴っ飛ばし撤退していった。
 甲板で待機している涼と合流し、脱出する算段になっている。
 レイディスが部屋を出て2分後、動力部も大爆発を起こし、船の半分が吹き飛んだ。


 ◇◇◇


 立て続けに襲った大爆発で、船は廃墟に引っかかったまま大きく傾いた。
 船底が完全に抜け落ちて、甲板は炎に包まれている。幻の火事で大騒ぎしていた頃が懐かしくなる燦々たる有様だ。
 もう死に体のモンド空賊団だったが、トドメを刺すべく生徒が乗り込んできた。
「……目標を確認。フリューネの追跡者は、実力を持って排除するわ」
 廃墟の屋上から着地を決め、モニカ・アインハルト(もにか・あいんはると)は乗り込んできた。
 斜めった甲板に滑りそうになるのをこらえ、トミーガンを乱射し始めた。残念ながら、モンド空賊団の団員は武器の所持を許可されていない。相撲技以外の武装は禁止なのである。よって、飛び道具には非情に弱かった。
「よ、横綱……、あの女子をどうにも止められないでごわすよ」
「情けない事を言うものではないでごわすよ。気合いで乗り切るでごわす、気合いで」
 八方塞がりの空賊団を見て、モニカはどこかに合図を送った。
「……このぐらい気を引きつければ充分ね。出番よ、竜牙」
 モニカの契約者出雲 竜牙(いずも・りょうが)は、空賊たちが密集したところに飛来した。軽身功とバーストダッシュを使った無音高速移動で接近、哀れな空賊の喉元にウルミを当て、そのままかっ切った。
「ご、ごわ……!?」
 何が起こったのかも知覚出来ないまま、血飛沫を上げながら倒れた。
「まずはひとり。ロスヴァイセ邸の借りはたっぷりと返させてもらうぜ」
「師の教えを忘れるなよ、竜牙」
 気持ちを昂らせる竜牙に、兄の出雲 雷牙(いずも・らいが)が声をかける。
「『戦に快楽を求めるな。戦に罪悪を感じるな。常に無心無想の境地で挑め』……大丈夫だ。お前なら出来る」
「買いかぶりすぎだ、兄さん。俺ァ無心で人を殺せるほど、出来た忍びじゃねェよ」
 甲板に広がる血の溜まりを見つめ、竜牙は首を振った。
「……だったらせめて、楽しむしかないだろ」
「ま、待て……、竜牙。だから、それじゃイカンと……」
 会話を断ち切るように、竜牙は飛翔すると、仕込んだ煙幕ファンデーションを霧散させた。
 甲板上空を覆うほどの煙幕、そこから発生した毒虫の群れが空賊に襲いかかった。飛び道具にも弱いが、モンド空賊団は基本生身なので毒の類いにも弱い。さらにそこからが飛び出した竜牙が、等活地獄で片っ端から叩き伏せていく。
「す、相撲が地上最強でごわす! こんなところで、こんな小僧に負けてられんでごわす!」
 雄叫びを上げて迫る空賊、だが、その首をモニカがブラインドナイブスで刈り取った。
「……久しぶりね、この感覚」
 甲板に倒れる空賊を横目に、モニカは感情なく呟いた。
 そして、すぐに隠れ身で物陰に気配を消す。どこからともなく忍び寄るその戦法はまるで暗殺者のようだ。
 わずか二人を前に、モンド空賊団は総崩れとなった。


 ◇◇◇


「しっかりせんか、おまえたち! そんな事では横綱にはなれんでごわす!」
 憤るモンドの眼前を、モンペアと化した幸が、空賊をボコボコにしながら通り過ぎていった。
 そして、襲撃者はモンドの身にも迫る。襲撃者は雷牙、気配を殺しモンドの隙を窺うと、素早く背中を取った。忍びの短刀を首元に突き刺す。一撃必殺の暗殺である。モンドの首筋から大量の血液が噴き上がった。
「……死に上がりだからといって、甘く見ないでもらおうか」
「ぐおおおお!! き、きさまぁ……!!」
 モンドは怒りの形相で振り返り、渾身の張り手を叩き込んだ。
「がはっ!!」
 雷牙の身体は大きく浮き上がり吹き飛んだ。衝撃が肋骨を砕き、内蔵をも破壊する。雷牙はむせるように血を吐いた。
「げほっげほっ! お、おのれ……、仕留め損なったか……」
「土俵際に立たされた横綱を……、甘く見てもらっては困るでごわすな……」
 モンドは首筋を押さえ、絶え絶えの声で言う。
「ならば……、何度でもその首を刈るまでだ……!」
 両者は正面から激突した。雷牙が短刀を突き立てれば、モンドはつっぱりで押し返す。どちらも譲らぬ一進一退の攻防が続く。だが、先に限界が訪れたのはモンドのほうだった。最初の一撃が致命傷となったらしい。
「……何故だ」雷牙は問う。「何故、おまえほどの戦士がヨサークの軍門に下る!?」
「ヨサーク……? ワシは別にヨサークのために……、こんな事をしているわけではないでごわす……」
「どう言う事だ?」
「ワシはザクロの姐さんに惚れとったでごわす……。姐さんのために何かしてやりたいと思って……、こんなところまで来たでごわすよ……。だが、なんだか今はそんな事はどうでもいい気分でごわす……」
 そう言って、モンドは澄んだ瞳で遠くを見つめる
 その昔、彼は相撲の強さを知らしめるためパラミタに来たのだった。志半ばで挫折し空賊に身をやつしていたが、死を目前にして大切な事を思いだす事が出来た。今の彼は空賊ではなく、ひとりの力士として立っている。
「思えば、どうして姐さんにあれほど焦がれていたのか不思議でごわすな……」
 モンドは首を振り、再び構えを取った。
「まあ、いい。今はこの勝負のほうが大切でごわす!」
「……いいだろう。この出雲雷牙、おまえの熱意に全身全霊をもってこたえよう」
 最後の力を振り絞って、モンドは必殺の張り手を繰り出した。雷牙はあえて左腕を差し出し、その軌道を変える。腕の骨が砕ける激痛にもひるまず、そのわずかな隙をこじあけ、のど笛を真一文字に切り裂いた。
「……屈強なる戦士よ、おまえの事はこの心にしかと刻み込んだ」
 モンドは大きく巨体を揺らし、ついに土俵の上に倒れた。
 その顔には苦痛の色はなく、なにか憑き物が落ちたように、清々しい顔をしていた。