天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

リアクション公開中!

【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3 【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

リアクション


第5章 ノルニル不戦協定



 壁画の前の瓦礫の上に、セイニィは横たわっている。
 リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は顔の上に冷たいタオルを乗せ、彼女を介抱している。
 水に弱いのはよく知られた事実のひとつだが、まさかお湯にも弱かったとは。新たにプロファイルに情報を付け足さなくてはならないだろう。セイニィに水を与えてはならない、夜中にお湯に入れてもいけない、と。
「はい、冷たいお水です。もう長湯なんてしちゃ、ダメですよ」
「……好きで長湯したわけじゃないわ」
 リースは世間話がてら、のぼせた時の対処法を話し始めた。
 お喋りなほうではなく、どちらかと言えば、引っ込み思案なのだが、頑張って会話を続けた。
「……あの、良かったら、私とお友達になってくれませんか?」
「なに……、急に……?」
「セイニィさんのこと……、プロファイルを読んでからずっときになってたんです。人付き合いが苦手で、友達が少ないって……、私も昔は人付き合いが下手だったけど……、今はたくさんの友達に囲まれて楽しい毎日を送ってるから」
 はにかんだように言うが、セイニィは『友達が少ない』の部分でイラッとした。
「あ、そうだ。実は今、『ノルニル不戦協定』の話が持ち上がってるんです」
「ノルニル?」タオルをずらし、怪訝な顔でリースを見た。
「フリューネさんとセイニィさん、あとクィーンヴァンガードの三勢力の間で休戦協定を結ぼうってお話です。女王器を手に入れるためには、一致団結したほうがいいとかなんとか……、もう少ししたら、お話が始まると思います」
 そう言うと、セイニィとヴァンガード隊の確執を思いだした。
「あ、大丈夫です、クィーンヴァンガードには渡さないようにしますから、もしもの時は考えがあります」


 しばらくすると、リースに代わりリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)が介抱をし始めた。
 仮面乙女マジカル・リリィの衣装を身に纏い、看護する姿は正直なところ異様だった。
 リリィは濡れタオルの交換をしながら、セイニィの左手の薬指に指輪がある事を確認する。これはカシウナの街で、彼女の契約者がプレゼントしたものだ。あの時はあっさり受け取っていたが、果たして意味をわかっているのだろうか。
「この前、その指輪を上げた時『後で返せって言っても返さないわよ』って言ってたわよね」
「……覚えてないけど。なに、今さら返せって話?」
「じゃなくて、意味わかってる? 左手の薬指って結婚指輪だよね?」
 セイニィは小さく光る指輪を見た。
「もしかしてケンリュウガーの事気に入った? ピンチの時に現れたヒーローって、白馬の王子様に見えるから……」
「いや、知らないし」
 あっさりと否定した。ケンリュウガーが聞いたら、軽くへこむかもしれない。
「って言うか、地球の一部地域の風習なんて、なんであたしが知ってるのよ?」
「それもそっか……」
 それを聞くと、あのあっさりとした受け取りも納得だ。
「たぶんだけど、渡した本人もそんな意味には鈍感だから気付いてないと思う。ただ、あいつはね、セイニィが助けを求めている時に必ず駆けつけるって、そんな約束の意味を込めたんだと思うよ」
「……ふぅん」
 ぼんやりと指輪を見つめていると、リリィが彼女を抱き起こした。
「そろそろ動けそう? 協定が始まるみたい」
 時刻は夜10時、5分前。
 重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)は壁画の前に立ち、ひとり語り始めた。
 本協定の撮影係を彼は担当する。その一部始終をメモリープロジェクターに記録する役目を帯びているのだ。
「ノルニル不戦協定。その名は、北欧神話の運命の女神ノルンの複数形ノルニルから来ています。各陣営のリーダーが美しき女性であることに由来します。なお、この記録は一般公開を前提に行われます。タシガン空峡の存亡がこの協定にかかっていると言っても過言ではありません。多くの人が関心を寄せている事だと思います」


 ◇◇◇


 壁画の前に一同は会した。
 右側にセイニィ陣営、左側にフリューネ陣営、両陣営は睨み合うように対峙している。
「両陣営。こんな時間に集まってもらってすまない」
 中央に立つのは武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)だ。
 ケンリュウガーの衣装を纏った彼こそ、本協定の首謀者だった。
「話というのは他でもない、ヨサーク大空賊団に対抗するため、我々も連合を組むべきだと提案する」
 フリューネ陣営を見る。
「フリューネ陣営には、白虎牙を取り返すための戦力が必要のはずだ。例え敵として戦った相手でも、ロスヴァイセ家の気高い誇りがあれば、敵とも手を握りあえると信じている」
 セイニィ陣営を見る。
「フリューネ陣営と対立しては、クィーンヴァンガードとの対立も根深くなる。個人的な戦力はさておき、数では圧倒的にセイニィ陣営は不利になる。このままいけば、ヨサークとの戦いも難しくなるはずだ」
 そして、生徒の中から代表として選出されたヴァンガード隊員に目を向ける。
「ヴァンガード隊は、白虎牙を手に入れる約束をしていると聞いた。フリューネに協力するのは当然だな」
 厳密に言えば違う、白虎牙をどう扱うについての『話し合いの場』につくという約束である。
「白虎牙の奪還に成功したら、所有権は名誉ある『騎士の決闘』で決めればいい。フリューネは誇り、セイニィは友のため、それぞれ譲れないものがあるだろう。言っておくが、勝利者から奪うことは名誉ある決闘を傷付けることになるからな」
 釘を刺すが、フリューネはともかくとして、別に騎士でもないセイニィがそれを守るかは疑問である。
「まぁ、まずは見てもらいたいものがある……、頼む」
 合図を受けて、夜霧 朔(よぎり・さく)は、メモリープロジェクターで記録した映像を壁に投影する。
 それは対話の記録だった。
 崩壊しつつある町を背景に、ザクロに対して行われた質問が記録されている。質問内容も興味深いものが多かったが、この映像のもっとも重要な部分は、ヨサーク側にザクロだとついたと言う事である。
 何せ、フリューネやセイニィは状況を把握する前に、カシウナを脱出していたのである。
 映像は大空賊団の結成と、その付近に登場した十二星華にまつわる、なんだかきな臭い話を映していた。
「まず、倒すべきは誰なのか。この事をみなさんは考えてみて下さい」
 映像が終わると、朔が両陣営に向かって呼びかけた。


 朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、補足説明するため、セイニィの横に立った。
「どうやらヨサークは、名のある空族達を引連れて団を結成したらしい。まぁ、それだけならセイニィだけでも勝てるかもしれないけど、問題は乙女座の十二星華が奴の背後に居るってこと……、そこでこの協定だ」
「なるほどね。だんだん話が見えてきたわ」
「……意外だな、てっきり『ひとりで行くから勝手にすれば?』とか言われるかと思ったんだが」
「べ、別に……、ひとりで行くのは効率が悪いって思っただけよ」
「ふぅん……」垂はちょっと満足そうに唸った。
「か、勘違いしないでよ。別にあんた達と一緒のほうがいいいとか、そんなわけじゃないんだからねっ!」
「はいはい、わかってるよ。ま、仲良くしようぜ」
 そう言うと、垂は微笑を浮かべ、イタズラ心を起こした。「ところで」と言って、セイニィの背中に「つつ〜」と指先で滑らせた。ゾワゾワろ背筋を抜けていく感触に、セイニィはぴょんと飛び上がった。
「ちょ、ちょっと! 何すんのよ、いきなり!?」
「俺はセイニィの事を友達だと思っているけど……、セイニィはどうなんだ?」
 好奇心に満ちた目を大きく開き、問いかける。
「え……?」セイニィは驚き、そっぽを向いた。「あんたが友達にして欲しいなら、してあげてもいいけど……?」
「おまえ……、本当に素直じゃねーなぁー」
「おいー、おまえら、協定の最中だぞ」
 パートナーの朝霧 栞(あさぎり・しおり)が注意する。
「あと、おまえも」
 ついでに、セイニィの膝枕を堪能するライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)も咎めた。
「……で、なんでこいつはあたしの膝の上にのってるわけ?」
「怒らないで。これあげるからー」
 ショコラティエのチョコを半分に割り、片方をセイニィに差し出す。
「一緒に食べよー」
「……こんなもんで買収されると思ったら、大間違いなんだからねっ!」
 そう言いながらも、バクバクと口に放り込んでいくセイニィであった。
 一方、こちらではリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が、補足説明するため、フリューネの横に立った。
「とりあえず、僕に言えることはね、全てあの映像におさめられていると言う事だよ」
「……え、えっと。他になにか情報を集めてきてないの? 本当にそれだけ?」
 あまりにも簡潔なリアトリスに、フリューネは戸惑った。
「情報なら集めてたいただろ、あの映像の中で、ね」
「なんだかほとんど、向こうの彼女が話してように見えたけど……?」
「それはその……」
「頑張れ、リアトリアス! もっと自分を出してけ!」
 言葉に詰まるリアトリアスを、パートナーのスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)が応援する。
「きっとカットされたんじゃないかな。ほら、時間を圧縮しないと見づらいから……」
 リアトリスの活躍は、ヨサークサイドで確認して頂ければ幸いである。
 またこちらでは、橘 恭司(たちばな・きょうじ)が、クィーンヴァンガードとしてここにいる生徒に呼びかけた。
「……そういうわけなのですが、クィーンヴァンガードは協定を結んで頂けますか?」
「あの、代表って言っても、私たちがこんな大事な事決めていいのかな……?」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が言った。
 代表と言われても、数名しかいない。他のクィーンヴァンガードを巻き込むような約束を軽はずみには出来ない。
「戸惑う気持ちはわかります。出来れば、分隊長の鷹塚さんとお話し出来れば問題なかったのですが、そう都合よく状況は流転してくれません。せめて、フリューネに近い、君達自身の約束がもらえれば結構です」
 そう言う事なら……と、まず葛葉 翔(くずのは・しょう)が賛同示した。
「俺は協定に異論はない。ここでセイニィと事を構えてもなんにもならないからな」
 全快したセイニィにケンカを売るほど馬鹿ではない、下手に刺激するよりは放置したほうがいい。
「ボクも賛成します。ユーフォリアさんを守るために、味方が増えるならそれにこした事はないのですよ」
 続いて、土方 伊織(ひじかた・いおり)が賛同を示す。
「私も特に反対する理由は見つからないわね」と、アリアも賛同した。


 ◇◇◇


「決断を出す前に、俺の話を聞いてくれ!」
 突然、声が響き渡った。生徒たちは振り返り、声尾の主を捜す。
 ざわめく生徒の波を押し分け、鬼院 尋人(きいん・ひろと)は膝を折り、フリューネに対し花束を渡した。
「ペガサスに選ばれる者は、騎士として礼節を重んじるべき。この前は失礼しました」
 ちょうどこの戦艦島で、ひと月前にしてしまった非礼を詫びる。
「そうだ、エネフは?」
 きょろきょろと見回すと、小走りに駆け出す。暗がりで草を食んでいるエネフの首を抱きしめた。
「エネフ……、アルデバランと供に全力で君と君の周囲の人を守る」
 そう言うと、ベロベロと草臭い舌で舐め回された。
「……オレは少しは成長しただろうか。いや、そうだな。まだ足りない。だが、騎士として全力でみんなを守る」
 彼はしばしの別れの間に、騎士として成長するため、他の戦いに参加し装備を揃え、仲間と共に自分がどう動くべきかを考えてきた。ひと月前の、自分とは違うのだ。多くの鍛錬が彼の自身を裏付ける。
 ちらりとセイニィに目を向けた。
「これを見て欲しい」
 携帯の画像を見せる。ザクロとその扇が写っている。そして、文面には麒麟の女王器情報有、と打たれている。これはヨサークのところで、情報収集をしている仲間から送られてきたものだった。
 それを見せ、ザクロが現役の乙女座十二星華なのか、扇は星剣なのかを問いかける。
「ああ、そう言うこと。麒麟の女王器の情報と引き換えに教えろって事ね」
 尋人は頷く。
「間違いなくこいつは乙女座の十二星華よ、あとこの扇が星剣。【澪標(みおつくし)】って名前だった」
「そうか、ありがとう」
 セイニィから得た情報を、メールの主へ返信する。
「……黒崎は最も信頼する先輩であり、彼の行動がきっとパラミタの未来の為に、フリューネや十二星華と呼ばれている人たちにとって重要な事につながると信じている。自分もそんな彼の為に動きたいんだ」
 セイニィの肩を抱き、熱い想いを語る。
「……信じている仲間が居るって、いいよね。自分が自分らしくいられる」
「……ってか、誰よ、黒崎って?」
 当然の疑問を無視して、尋人は熱弁を振るう。
「皆、エネフの仲間だ。オレ達の絆は彼が紡いでくれている。きっと、わかりあえるはずだよ!」
「だから、エネフってなによっ!」
 ……鬼院尋人。なにやら滅茶苦茶な彼ではあるが、別に協定の邪魔をしにきた工作員とかではない。ただ、友のために行動する事の素晴らしさを、フリューネとセイニィに伝えにきたのだ。とても純粋な想いの元にした事だ。
 結果的に、セイニィをイライラさせる事になったが。
「ええと……、花束の贈呈が終わりましたところで、決断を聞かせて欲しい」
 各陣営を見回し、ケンリュウガーがは締めに入った。
 フリューネとしては不戦はありがたい。セイニィも無駄に争うよりは協力した方が良いと合理的に考えた。
「……キミとはいろいろあった。まだ拭い去れない気持ちもある。でも、しばらくの間、忘れる事にするわ」
「せいぜいあたしの足を引っ張らないようにね」
 二人はなんともぎこちなく握手を交わした。
 そうして、ここにノルニル不戦協定が結ばれたのである。