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第五章 行方不明ウサギの逃走劇

 護衛組が雪だるま王国とともに戦闘を繰り広げていた同時刻。ロケットを銜えたウサギは迷宮内の様々な場所にいる先行組――つまりは、ウサギを捕獲しようと別行動を取る者達に追い掛け回されていた。
 その筆頭となったのが、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)であった。
 長い犬耳と尻尾を生やしたリアトリスは、リリィと一緒にウサギを追い詰めようと、じりじり忍び寄っていた。リアトリスの片手には明かりを灯すランプがある。リリィはまず、制服の中から取り出した果実を、無言でリアトリスに見せた。つまり、これでおびき寄せよう、ということだろう。リアトリスは同じく無言で頷いた。
 ウサギはぴくっと耳を揺らした。どうやら、気配に気づいたようである。振り返ったウサギの目の前にはリリィの持つ果実。ウサギはエサに釣られる魚の如く、ゆらゆらと果実に近づいてきた。
 瞬間――ガバっ! と制服を広げたリリィは、ウサギの上からそれを多い被せようとする。
 しかし、ウサギは中々に敏感だった。脱兎の如く、いや、事実、脱兎した。
「あぁっ! 逃げちゃいます!」
 リアトリスはすぐにそれを追いかけようとしたが、いかんせんウサギのほうがすばしっこかった。ウサギはすぐにランプの光の届かぬ薄闇へと消え、見えなくなってしまった。
「あぁ……」
「んー、残念でしたわ」
 二人は溜め息を吐いて、その場にへたり込んだ。
 あと少しだったものを、まったく残念なことである。落ち込むリアトリスだったが、楽観的なリリィはふと呟いた。
「でも、ウサギさんってあんな鷲掴みの捕まえ方したら、過大なストレスがかかって最悪の場合死に至りますし……良かったのかもしれませんわね」
 うふふ、と笑うリリィに対し、リアトリスは呆然とした。
 だったらなんで最初からそんなことを。リアトリスのそんな疑問に、リリィは微笑んでこう答える。
「さすがに死にはしないと思ったので」
 もしかすると、ウサギが逃げたのは動物的本能でリリィの性格を見抜いていたからなのかもしれない。リアトリスは、そう思わざるを得なかった。

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 オハン・クルフーア(おはん・くるふーあ)は呆れ果てながらも、守山 彩(もりやま・あや)の探究心に従って彼女についていくしかなかった。
「いやー、それにしてもすごいわぁ。なんでこんなところにこんなもの作ったのかしら?」
 彩は迷宮の地図を描きながら、壁や床を何度も叩いて調べていた。
 迷宮、遺跡、冒険、未開。守山彩を動かすには、その手の言葉を投げかければ十分だ。
 彼女はもともと、迷宮の探索に来たわけではない。目的はプリッツと一緒にウサギを探すことだったのである。しかし、現状はこれだ。守山にとって重要視されるのは冒険である。本人に悪気はないのだろうが、それまでウサギ探索に傾いていた天秤が、実物の迷宮を見ることで迷宮探索に傾いたのだった。
「うーん、まさしくロマンよね〜。ねぇ、オーちゃん、ちょっとこっちのほうも照らしてくれない?」
「う、うむ」
 オハンは彩の指示に従って、持っていたランプを動かした。
 そんなとき、彼らの後ろを通り過ぎる白い影があった。オハンはふとそれに気づいて振り返る。……なんだ、ウサギであるか。オハンは興味なさげに身を翻し――たが、すぐにもう一度振り返った。
 ウサギ……!
「彩殿、彩殿!!」
「なに〜、うるさいわねぇ。ちょっと静かにしてよ、いま忙しいんだから」
「いや、そのウサギが……」
「ウサギがどうしたのよ。ほら、こっちも照らしてよ」
「……う、うむ」
 どうやら、彩の思考にもはやウサギの文字は刻まれていないようである。気づけば、ウサギの姿も既に去っていた。オハンはついに諦めて、もう一度ランプを動かした。

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 東間 リリエ(あずま・りりえ)ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)、そして影野 陽太(かげの・ようた)は、協力してウサギを捕獲するべく作戦を練っていた。
 動機はそれぞれ違えど、その目的を一緒とする者は協力し合える。リリエは自身も父を亡くしていることから純粋にプリッツのことを心配し、陽太はその手伝いが自分を成長させてくれる糧になれば、と思っているが、いずれにしても目的に違いはないわけだ。
 基本は陽太の銃型HCによるマッピング作業からの展開であった。手書きの地図も書き記しながら、リリエと陽太はどこに罠を仕掛けるべきか相談し合う。
「例えば、ここなんてどうでしょうか?」
 リリエの提案に、陽太は曇った表情を見せた。
「悪くはないけど、この地図構造からいったら、もう少し狭い場所のほうがいいかも」
「狭い場所……ですか」
 リリエは考え込んだ。
 やがて、二人は無事に最適と思われる設置場所を見つけた。陽太の意外な技術を持ってして、ウサギ用の捕獲罠は手早く設置される。あとの問題はウサギが来ることであるが――。
「おっと、なぁなぁ、二人とも! あそこに見えるの、ウサギじゃないかっ!」
 周囲の警戒に当っていたジェラルドが言った。
 その視線の先には、白い影がぴょこぴょこと動いている。確かに、あれはウサギに違いない。リリエと陽太はお互いに顔を見合わせて、頷いた。その手に掴むは、木の棒である。これでウサギをボコボコに……というわけではない。つまりは追いたて漁と同じだ。罠へと誘い込むのではなく、罠へと追い込もうということであった。
 二人はウサギが視認できる位置まで移動した。そして、わざと存在に気づかせるために、突然ウサギに襲い掛かる!
 ウサギは驚き跳ねて、すぐに駆け出した。
 さぁさぁ、行け行け! そしてあそこを通れば……! リリエと陽太はウサギを捕まえられると確信した。しかし、予想外だったのはウサギの行動である。ウサギはピタリと立ち止まると、まるでそこに何かがあるのに気づいたように、床を跳び越したのであった。
「え……うそ」
 二人は呆然と呟いた。
 ウサギは、まるで残念だったね、とでも言うかのように振り返ると、そそくさと逃げ出していった。
 二人は目をぱちくりとさせていた。もしかすると、あれは普通のウサギじゃないのかも。二人はそう思ったが、既にウサギの姿は見えなくなっていた。

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「しかし、ウサギか……。狩猟に出かけると獲物として見てしまうのだが」
「俺もウサギ肉嫌いじゃないけど、今回はやめてくれ」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)のぞんざいな言葉に、和原 樹(なぎはら・いつき)は思わず焦った。
「心配するな。別に狩猟のつもりで来たわけではない。要は逃げ出したペットを捕まえるようなものと思えばよいのだろう?」
「そういうことだね。しかし、ウサギって光り物が好きなのかな?」
 樹は光術で辺りを照らしながら、銀の杯に切った人参を詰めていた。
「それにしても、逃げていった先が迷宮だなんて、まるで御伽噺のようですね」
 二人の後ろをおどおどとついてくるセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)は、苦笑しながらそんなことを呟いた。彼は、どうにも樹やフォルクスのような冒険心ではなく、不安感の方が勝っているようであった。
 そんな三人は地図を描くでもなく、ウサギのいそうな場所を探索している。すると、目の前の曲がり角から飛び出してきたのは、噂をすれば影のまさしくウサギであった。
「おお、なんてラッキーなんだ」
 樹はそう言って、ウサギに向けて人参の詰まった銀の杯を向けた。
 ウサギは一瞬、警戒の態勢に移るも、人参の匂いにつられているようであった。しかし、まだ焦ってはならない、と樹は自分に言い聞かせた。焦ってしまっては逃げ出される可能性がある。ギリギリまで引きつけるんだ。
 やがて、緊張の時が訪れた。人参まであと鼻先程度というところまで近づいたウサギを、樹はそっと抱き上げたのである。
 その毛並みと身体の柔らかさといったら、ぬいぐるみの比ではなかった。思わず、彼のもふもふしたい衝動が沸きあがってくる。ああ、抱きしめたい。今すぐにでも……! 樹はウサギを撫でながら、頬擦りまでしてそのもふもふ感を楽しんだ。
 もふもふもふもふ。
 しかし、これが仇となった。その隙を突いたウサギは、樹の身体を蹴り飛ばしたのである。
「あふ……!」
 樹の身体から地に降り立ったウサギは、素早くその場をエスケープした。
「あ、ウサギ……」
 気づいたときには、後の祭りである。
「ふむ。詰めが甘かったな」
「そう思うなら、手を貸してちょうだい」
 地面に尻餅をつけていた樹に、フォルクスは手を差し伸べた。
 結局ウサギは逃がしてしまったが、そのもふもふ感を堪能した樹は、どことなく不思議な満足感を感じていたのだった。

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 護衛組の一行には、優秀な者が多く混じっている。その中の一人が、レン・オズワルド(れん・おずわるど)だった。彼は普段は冒険屋として各学校の依頼を請け負っているのだが、はからずも今回はその厚意からプリッツの依頼を受けているのである。
「なぁに、心配するな。そう高額な報酬を寄越せだなんて言わないさ。報酬はそう……、君の自慢の花畑で、俺達に飛び切り旨いアップルパイを御馳走する……なんてのはどうだろう?」
 報酬のことを気にしていたプリッツに、彼はそう言ったらしい。
 そんな凛々しい男、レン・オズワルドは、銃型HCでマッピング作業をしている最中、とある光条石を見つけた。
「これは……琳 鳳明(りん・ほうめい)のじゃないか?」
 レンはその光条石が更に先へと続いていることに気づいた。
 同じ冒険屋の者として、その意図はすぐに計ることができた。つまり、目印にしているということなのであろう。わざわざ目印を置いていっているぐらいだ。もしかしたらウサギを見つけたのかもしれない。
 レンはプリッツ達に光条石を追いかけるよう提案した。もちろん、それに異論を唱える者はいなかった。今はどんなものでも手がかりが欲しいところである。
 護衛組は光条石を追った。
 すると、その先にいたのは案の定、琳 鳳明、その人であった。
「あれ、レンくんっ!」
「琳、ウサギは見つけたのか?」
「いや、そうなんだけど、それが〜……」
 琳は片手にネット、もう片手にかじられた人参を持った姿で言いにくそうな様子であった。
 だが、その姿を見れば一目瞭然である。レンは彼女を叱る親のように、呆れた顔で言った。
「お前、逃がしたな?」
「あはは……」
 琳は誤魔化すような苦笑いを浮かべた。
 しかし、つい先ほど逃がしたばかりだと琳は言う。となれば、そう遠くへは行ってないはずだ。護衛組は、ウサギに近づいてきたことを予感した。目標まではもうすぐである。彼らは勇み足でウサギが逃げたという方向へ向かった。
 逃走劇は、もう終わりにしよう。レンは人知れずそんなことを思っていた。