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氷室で涼みませんか?

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第十章 お嬢様、氷室でカキ氷をふるまわれる

 「おいしいですぅ!」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が蕩けそうな顔をして、ぷるぷると体を震わせる。
 取りに来る人々に翔が氷を手渡していく隣では、既に何軒かのカキ氷屋ができている。レティーシアの持ってきていた蜂蜜や黒蜜の他、学園や持ち寄りで提供してもらったシロップ類は元より、独自の製氷方法やトッピングを用いて料理人が腕をふるってくれている。
 彼女の手にしているカキ氷も、そこで配布してもらったものだった。
「カキ氷と言えば宇治金時だよな!涼介わかってるぜ」
客を呼び込みながら、佐野 亮司(さの・りょうじ)本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)を振り返る。
 互いに準備してきた内容が同じだと知った二人は、それぞれの特技を生かして一緒に宇治金時を振舞うことにした。
「すなわち涼介がうまい宇治金時を作って、俺が売る!」
 と、言っても今日は希望する者に無償で配布しているのだが。
 当初はどうしたものかと頭をひねっていた亮司だったが、涼介手製の宇治金時を一口食べた瞬間、自らが持ってきた材料を全て提供してこの申し出をしたのだった。
「私はみなさんにおいしいカキ氷が振舞えるならそれで」
涼介はうなずいた。
「こっ、これはっ……!なんて美味な……これまで食べていたカキ氷と同じ食べ物とは思えませんわ!」
とは、第一号のお客様として試食をお願いしたレティーシアの言葉である。無論その後彼女は試食という名目をやめて、まるまる一杯完食していった。
 手動の氷かき機で氷を削り、茶筅であわ立てた手製のシロップをかけ、料理の補助をしているクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が丁寧に小豆をトッピングする。
「あ」
器に乗り切らなかった分に亮司の手がひょいっと伸びたかと思うと、そのままぱくっと口に運んだ。
「うんめぇ〜〜〜!!これ、夏に是非ウチで売りたいからレシピ教えてくれ」
「ああ」
そんなに喜んでもらえれば、悪い気はしない。
 亮司の様子も客引きになっているのか、カキ氷屋はにぎわっている。
「くださいな〜」
「ハイらっしゃい!……お、お前らか」
イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の4人が珍しそうに亮司を覗き込んでいた。
「今日は一緒に商売してるのね」
「おう。宇治金時・涼介スペシャルだ。食え」
そうこうしているうちにも、氷屋の前に列が出来ていく。なんだか忙しそうだ。
「ありがとう。後で手が空いたら佐野も一緒に涼もう」
イリーナがそう声をかけて、4人は去っていった。
「夏祭りのカキ氷にも、ぜひうちをごひいきに!」

 「はい、あーんして」
 ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)が差し出すスプーンを照れながら口に収めると、和原 樹(なぎはら・いつき)は横目にフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の背中を眺めた。なんだか少し、さっきからいじけている気がしないでもない。困ったように微笑んでいるセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)に疑問を感じながら、樹は氷柱を眺めた。
「もう氷室に来る季節なんだな。充実してたからか、何だかあっという間だったな……」
無意識につぶやいた言葉だったのだが、フォルクスが驚いたように振り返るので樹は驚いて目をまるくした。何か、妙なことでも口走っただろうか。
「それは、我と出会ってから充実した日々を送っているということか」
「え?ああ、うん」
ニコニコと嬉しそうなフォルクスに、つい首を縦に振る。フォルクスはそうかそうかと一人頷いていたが、樹のいぶかしげな視線を受けるとはにかむようにして言った。
「なに。我も同じことを考えておったのだ」
心中を察して、セーフェルは顔が笑いすぎないよう気をつけるのに必死だった。

 「氷を見ると複雑ですわ。綺麗ですけど……」
 柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が、ぼんやりと氷柱を眺めてつぶやく。氷の中に封印されていた彼女にとって、思い出されるのはいいものばかりではない。
「冷えるし、外に出るか?」
レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)の気遣いに、ふるふると首を振って美鈴は寒そうに自分の肩を抱いた。すっと、そこに湯気のたったコップが差し出される。
「温かいお茶、配ってたから……」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)から受け取って目をやると、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がぱたぱたと人の間を行き来してお茶を配っている。
 口に含むと、ダージリンの味と一緒に温度が広がる。美鈴は感謝してコップを握り締めた。

 「さっきはすいませんでした……いや、違うな。申し訳ありませんでした?……これもいまいち言いたくないしな」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)は一人ごちながら、すっかり肩を落としていた。
「せっかく貴族の令嬢と知己になれるチャンスだったのになぁ……無理だったか……」
「なにをしていますの?」
振り返ると、そこには当のレティーシアが立っていた。
「あ、そ……えーっと。……今日はどうもご令嬢とは気がつかず、失礼を……」
「何ですのその言葉遣い。似合いませんわよ」
人がせっかく取り繕っているというのに。
 カチンとくるものの、何とか軽口を飲み込んで愛想笑いを浮かべる。レティーシアはひくひくと引きつっている武尊の頬を一瞥すると、
「暴言は腹が立ちましたけれど、危ないところを助けてくださってありがとうございましたわ」
「……は?」
お咎めでも受けるのかと内心イライラしていた武尊は、目をぱちくりさせた。
「貴方のような方はこれまでわたくしの周りにはいませんでしたから、わたくしも大人げなかったと思ったのですわ。気にしておりませんから、あなたも楽しんでいってくださいませ」
ただのじゃじゃ馬かと思っていたのに、出来たお嬢様だな。
「…………チビのくせに」
「チビはおやめなさいませっ!」
ムキになるレティーシアに、武尊は表情を和らげた。
 「ふんっ、やっぱり失礼な方ですわね!そりゃ、助けに来てくださった時、ほんのちょびっとはかっこよくないこともなかった気も一瞬いたしましたけど!」
 プリプリと肩を怒らせて、レティーシアは来た道を引き返していた。が、ふと足を止める。見たことのない、おそらく自作のシロップがかかったカキ氷を食べながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)が仲良く二人でストールを半分こしながら、みんなとは少し離れたところで寄り添っていた。
「(あれは何のシロップかしら……おいしそうですわ。一口わけてもらおうかしら?)」
声をかけようとレティーシアが近づこうとしたとき、二人の会話が耳に入ってくる。
「夏は一緒にお祭りに行きたいですね」
「ああ。エレーナと一緒だったら、どこへ行っても楽しいだろうな」
ぷにぷにとエレーナの頬を指先で撫でるダリルの視線は、ひたすらに優しい。何となく邪魔してはいけない、と思ってレティーシアは足を止めた。二人は気がついていないらしい。聞いてはいけないとは思うのだが、二人の囁き声につい耳が拾ってしまう。
「わ、私もダリルがいるなら……。ふふっ、どの季節だって一番好きになってしまいます」
「それは困ったな」
「え?」
真面目に言われ、エレーナは戸惑った。ずっと二人でいたい、という意味合いで言ったのに、相手を困らせてしまったことに視線を泳がせる。
「エレーナの一番好きは、俺のためにとっておいてほしい」
「!……ん、ふっ」
 ちゅぅっ。
「〜〜〜〜〜(きゃぁあぁああぁあ!!)」
レティーシアは顔を真っ赤にして叫びながら走り出したい衝動にかられた。
 二人の唇は重なるごとに深く時折かすかに耳に入る水音に硬直しながら、レティーシアはガン見していた。
「(わーっ!!舌が!キス長いですわ!耳が!耳が死亡する!)」
 くちゅ、と糸を引いて離れると、ダリルは
「甘いな」
と微笑んだ。
 甘いのはあなたたちです!とツッコミたいのを堪えながら、なんとかこの隙にバックして道を変えようと、レティーシアはドキドキと波打つ胸を押さえた。エレーナがそっとダリルの唇を指でなぞる。
「……ダリルの唇、すっかり冷たくなってしまってますわね」
 待ってぇぇえええ!!今帰りますから待ってぇぇええ!!心臓が死んでしまいますわぁあああ!!!
 動揺したレティーシアは地面を踏みそこね、その場で大きくひっくり返った。
「あ……」
互いに照れて、何となく微笑みあった。

 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は持参したスイカを凍らせてシャリシャリと食していた。樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)
が隣でコーラ味のカキ氷と一緒にスイカをご馳走になっている。
「やはり、日本の夏といえばこれよね」
「?(ローザマリアって、アメリカ人じゃないんだ……)」
疑問は胸にしまいつつ、月夜が、先ほどから周囲の人々からカキ氷をつまみすぎてすっかり体を冷やしているグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)に熱いお茶を手渡す。
「どうぞ」
「おお、すまないな」
と言いつつ、宇治金時を持ったルカルカとイリーナを見取ると、再び腰を上げて一口もらいに行っている。
「のぅ、妾と一口ずつシェアしないか?妾のは青リンゴシロップだぞ」
「それにしても、さすがに冷えてきたな」
「うん、冷麦を配りに行った上杉も戻ってこないし、一旦外に出ようか」
優斗が促す。
「闇鍋もしてるしの」
ローザマリアたちは立ち上がると、冷えて固くなってきた体をほぐし、移動をはじめた。
 その視界の先で、ありえない光景が広がっていた。
「どりどりどりどりどり!!」
神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)が巨大ドリルこと装着型機晶姫 キングドリル(そうちゃくがたきしょうき・きんぐどりる)を握り締めて、氷室内の氷を端から手当たり次第削っていた。
「何があったんだ?!」
ちょうど外から帰ってきたところだったのか、優斗が近くにいた上杉 菊(うえすぎ・きく)に尋ねる。
「わたくしにもよく……。さっきまでみなさんと楽しそうにカキ氷を削るところを見ていらしたのですが……」
「馬鹿野郎!せっかくの売り物ダメにしてんじゃねぇえええ!!」
加賀宮 英禰(かがみや・あくね)が絶叫しつつ、勇敢にも九十九の前に立ちふさがる。
ぶるぁぁああああ!!
 しかし、キングドリルにはねられるようにして飛ばされた。まるっきり、交通事故だ。
「よくもニアのあーちゃんを〜〜〜っっ!!」
英禰のパートナー、ニアール・リッケンバッカー(にあーる・りっけんばっかー)が怒りに髪を逆立て、九十九に向かって火術を乱射しはじめた。当然、氷が溶ける。
「うわっ、何だなんだ?!」
「天然氷が!」
「氷柱が燃える〜〜〜!!」
狭い洞窟の中で、悲鳴が木霊するなか。
 ようやく戻ってきたレティーシアは、こめかみを引きつらせて怒鳴った。
「ひっとらえてくださいませーーー!!」
 二人は大勢の護衛陣に囲まれると、簀巻きにして洞窟の外へ放り出された。
「なんでニアまで!!」
ニアールは抗議したが、レティーシアがにっこりと笑顔で答える。
「ケンカ両成敗ですわ。罰としてお二人とも、煮て・焼いて・食わせていただきますのよ!!」
その言葉が、言葉通りのお仕置きだったことを、二人はこの後すぐに知る。