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ニセモノの福

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ニセモノの福

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 福守り 
 
 
 軌道に乗ったらメーカーに依頼することも考えられるけれど、とりあえずは手作りで福神社のお守りを作成することとなった。
「どんなデザインがいいかな……」
 珂慧はスケッチブックの片隅に、お守り袋のデザインを試しに幾つか描いてみる。あまり奇抜だと作るのが手間だし、依頼する際にコストもかかってしまう。
「偽物とは大分違うデザインにしないといけないよね。偽物ってどんなのだったっけ?」
 紛らわしくなってはいけないと気にする珂慧の前に、ラフィタがさっと偽守りを出した。
「デザインを始める前に準備しておくべきだったな」
「ありがと。でもこのお守り、今ポケットから出さなかった?」
「さ、参考の為に手に入れておいたのだ。あのような粗暴な販売人に騙される俺ではない」
 そう言いつつもハンカチで汗を押さえるラフィタには構わず、珂慧はお守り袋を観察した。
 紺色の地に『福神社』と刺繍された布は一応袋に縫ってあるが、口元は切りっぱなし。それを中身が出ないように綴じ紐のような紐で蝶結びしてあるだけだ。
「私もそれ、買わされちゃったんだよっ。買う前はちらっとしか見せてくれなかったから、こんなにひどい作りだとは思わなかった」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)が愚痴ると、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)
「いつかはこういうモノを掴ませられるとは思ってましたが……」
 まさか福神社の偽守りとは、と苦笑した。
 鳳明だけでなく、買わされた人は皆、お守りの粗雑な作りにがっかりしたことだろう。それと交換するものなのだから、きちんとしたお守りを作りたい。
「布紅さんのお守りだから、やっぱり紅い巾着がいいかな?」
 名前にちなんで、と鳳明が生地屋さんから借りてきた布見本を広げた。紅にもいろいろあるが、嫌味のない華やかな紅を選び出す。
「これなんかどうかなっ。布紅さんっぽくない?」
「良い色だね。じゃあこれを巾着にするとして……入れるのは名前と……1箇所だけ図案を入れてみようか」
 福神社の内外で見かけた葉っぱか手の平のように見える意匠と『福神社』の文字を、バランスよく配置してお守り袋のデザインを決めると、珂慧はお守り袋制作の皆に回して見て貰う。
「こんな感じ。どうかな?」
「いいと思うよ。でもこれ刺繍するの? 難しそうだなぁ」
 福神社、という文字をきちんと読めるように刺繍するのは大変そうだと、カレンがデザインを眺めていると、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)もうむうむと肯く。
「カレンに縫い取らせると、偽物よりも酷い出来になりかねんな」
「ボクだってそこまでじゃないよ」
 カレンが抗議の声をあげた時。
「こっちでいいのか?」
「ええ、すみませんがお願い致しますわ」
 そんな声が聞こえたと思ったら、荷物を持ったヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)キリカ・キリルク(きりか・きりるく)、そして琴子が入ってきた。
「ヴァルくん? 何持ってきたの?」
 ヴァルに気づいた鳳明が尋ねる。
「そこで行き会ったら重そうに運んでいたんでな。帝王となるもの、助けを求めるものには答えねばならん」
「本当に助かりましたわ。お守り作りに必要だろうと借りてきたのですけれど、運んでいるうちにずっしりと感じられるようになって、難渋していましたの」
 ヴァルが下ろしたもののカバーを琴子は取ってみせた。現れたものにヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が首を傾げる。
「ミシン?」
「ええ。刺繍ミシンですわ。パソコンと繋いで図案を送ると、ミシンが刺繍をしてくれますの。旧式のものですから、糸の色換えは自動では出来ませんけれど、お守りの刺繍ぐらいでしたらこれでも用は足りるかと思いますわ」
「それなら刺繍はこれにしてもらって、ボクたちは袋に縫ってお守りの形にすればいいんだねっ」
 それくらいなら任せて、とアリアクルスイドは請け合った。
 ミシンを置いたヴァルはそのまま中に入り、鳳明の処に行った。
「お守り、回収してきてやったぞ」
「ありがとう。まだちょっと本物は出来てないんだけど」
 そういう鳳明に、キリクは名前と連絡先を書いたメモを渡す。
「そう思いまして、回収した方の連絡先を預かってきています。完成したら届けるという約束になっていますので」
「うん、頑張って作るからねっ。外のデザインは決まったけど……あとは中身。何を入れよう? 布紅さんのひと言入りのサイン、とか?」
 変わったものを入れてみるのも面白いと珂慧も提案してみる。
「福に関するものだといいね。祓い清められたら、境内の木の枝とか石とかでも大丈夫かも」
「布紅さんがもう少し回復したら、いろいろ相談してみないとねっ」
 その為にもまずはお守り袋作りだと、鳳明は回収に戻るヴァルたちと共に、布地の買い出しに出かけていった。
「お守りがたくさん出来たら、蒼空学園の近くで売ってみようか」
 偽物よりも安い本物が売られるようになったら、偽物は売りにくくなるだろう、とカレンは提案してみた。本物を売る時にインチキ販売人がいることを伝えておけば、凄まれて売りつけられる人はともかく、信じて買ってしまう人は減らせるだろう。
 売ること自体よりも、お守りが安価なことを知ってもらえたら、というカレンに、珂慧はちょっと首を傾げる。
「うーん、どうなんだろう。お守りが神社以外の路上で販売されること自体が怪しいことなんだって、知ってもらった方が良くない?」
 日本では神社のお守りが離れた地域の路上で売られることはまずない。だから道端でお守りを売っていたら、大抵は警戒される。
 ツァンダでは空京に出来た神社のことは、おぼろげにしか聞こえてこない。だからシャンバラの人はそういうものかと思って購入してしまうし、地球人でもシャンバラではそういうこともあるのか、と納得してしまうこともある。
「それもそっか。じゃあ宣伝ビラだけ配ってみようかな。『福神社のお守りは空京神社のみで売られています。類似品にご注意下さい』みたいな」
「それにはまず、売れるようなものをカレンが作れるかどうかじゃな」
「が、がんばってみる」
 ジュレールの言葉に、カレンは為せばなる、きっと……多分…………と拳を握りしめた。
 
 
「布紅ちゃんにしては商魂たくましいと思ったら、こんなことだったとはねえ」
 蒼空学園近くで福神社の高価なお守りが売られていると聞き、すわ儲け話かと駆けつけたヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、拍子抜けした。
「す、すみません……」
「謝ることじゃないけど……そう、そんなことが……」
 偽物販売のことを聞き出すと、ヴェルチェは忙しく頭を巡らせた。これを何とかうまく利用できないものか。そして、
「あたしも回収を手伝ってあげるわ。うふ、お大事に、ね♪」
 何か思いついたように、クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)を連れて、お守りを作っている皆のところへ行った。
 カシャカシャとミシンが動いて刺繍を縫い取っている。その付近では、刺繍が終わった布をお守り袋に縫い上げて、中身に補強の厚紙と布紅の書いたお札を入れる作業が行われていた。
「クリスティもお守り作りを手伝ってあげて。回収に使いたいから、2、3個出来たらあたしにちょうだいね」
「はい。ではわたくしもお手伝いさせていただきます」
 よろしくお願いします、とクリスティは作り方の説明を受けると、針をちくちくと動かした。
「お守りを作る時には、それを受け取った者の幸せを願うと良いらしいぞ。お守りを手にした皆の笑顔を思い浮かべながら作ると良いじゃろう」
 カレンの作ったお守り袋を修正しつつ、ジュレールはそう皆に勧めた。
 裁縫が得意な人、そうでない人。縫い目はそれぞれだけれど、出来る限り丁寧に。
 ひと針ひと針に願いをこめる。
 お守りを持つ人に笑顔の福が来ますように。
 その福が、布紅と福神社をいっそう元気にしますように――。