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ニセモノの福

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ニセモノの福

リアクション

 
 
 福の神の不調 
 
 
 蒼空学園に貼り紙がされてからほどなく。
「布紅おねえちゃん、だいじょうぶですか?」
 友だちから連絡を受けたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、飛びこむように福神社にやってくると、寝ている布紅の傍らに膝をついた。
「は、はい……ただ何だか寒くて……」
「これでもダメか……『薄くても保温性抜群!』と書いてあるんだがな……」
 非常用持ち出し袋から出してきた銀色のシートで、布紅をぐるぐる巻き。少しは温まるかと様子を見ていた高月 芳樹(たかつき・よしき)が、シートの入っていた袋の説明書きを読みつつ唸る。
「神様なのですから、人とは温め方が違うのかも知れません」
「そうだな。こっちにするか」
 マリル・システルース(まりる・しすてるーす)に言われた芳樹は、御札をぺたりと布紅の額に貼り付けた。
「どうだ? 少しは楽になったか?」
「ちょっと……息苦しいです」
 顔の真ん中をすっぽりと御札に覆われた下から布紅は言い、コンコンと咳いた。
「おかしいな……」
「御札があわぬのではないかえ?」
 伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が何を貼ったのかと布紅の顔を覗き込み、そして咎める目を芳樹に向ける。
「芳樹、これは火伏せの御神札ではないか。火事の用心が病気に何の関係があるというのじゃ」
「いや、うちにある御札っていったら、これぐらいだから。実家に変えれば御札もいろいろあるんだがな」
「まあそうであろうが、しかし……」
 納得できない様子で金烏玉兎集が首を傾げていると、ヴァーナーが手を伸ばして、慌てて御札をはぎ取った。
「布紅おねえちゃんのお顔がふさがれちゃうです〜」
「ではこれは、社に貼ったらどうかしら。以前屋根が焦げたこともあったようだし、えっと、この辺りに貼っておけば……」
「これ待つのじゃ。御札にはきちんとした貼り方をせねばならぬ故な」
 ヴァーナーから受け取った御札を適当な位置に貼ろうとしたアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)の手から、今度は金烏玉兎集が御札を取り、どう貼ろうかと社を見渡した。
 これでもう顔に御札を貼られる心配はない……と胸を撫で下ろそうとしたヴァーナーは、くん、と鼻を鳴らした。
「お魚の匂いがするです……」
「これ? 焼き鰯だけど……やっぱり匂うかな」
 柊の枝に鰯の頭を刺して飾ろうとしていた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が、枝を鼻に近づけた。
「鰯のおまじないですか?」
「ああ、それからこれも」
 祐也は『福豆』と書かれた袋を破ると、升の中にざらざらとあけた。柊と鰯の頭と炒り大豆。そう、まさしくこれは。
「節分、だよな?」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が確認するように言うと、祐也は真面目な顔で肯いた。
「ああ。神様がかかる病気なんだから、人間と同じような治し方ではダメだろう。よく分からないから、ソレっぽいものを持ってきたんだ」
 邪気を払う役には立つだろうという祐也の隣で、アルマ・アレフ(あるま・あれふ)が小声で言う。
「鬼は〜外〜、福は〜内〜」
「良かった……、私は内にいていいんですね〜」
 布紅はほっとした様子で息をついた。
「良いというか……福の神が中にいないと社の意味がないと思うぜ。うーん、これも効かないか」
 エースはエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)と共に、回復の魔法をかけてみたり、解毒を試みたり、と手厚い看護を施していたのだが、どれもこれといった効果は無さそうだ。
「布紅ちゃん、早く元気になって」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)はそれぞれ祓い串を持ち、布紅の両側から祈りを捧げる。
「天地万物に流れる力よ布紅様に均衡を齎し給え。穢れを払い給え、清め給え」
 2人の言葉がぴったりと重なる。
 言葉は言魂。ならばきっと快復を願う気持ちは言葉の力を借りて布紅に届くと信じて。
「寒さを感じているようですし、体温も下がっていますから、おそらく生命活動が低下傾向にあるのではないかと思いますが……」
 エオリアは布紅の様子を観察し、ではどうすれば良いのか、と考え。
「空京神社で台所が借りられないか、頼んでみます。身体の中から温まるような病人食でしたら、布紅さんの体力回復に役立つかも知れません」
「空京神社になら奉納された御神酒もあるかな。神様の為に捧げられたお酒だから、気付け薬みたいに元気が出る効果があるかもしれない」
「それならあたしも。お粥を作ってあげようかな」
 エオリアとエースについて、アルマも空京神社へ向かった。
「他に出来ることは……そうだ。前にオモチのカビでたいへんなとき、キレイにしてちゃっとよくなってたです〜。あったかいお湯につけたタオルでピカピカにするですよ」
「でしたら、看病の皆様にお茶でもと思ってポットを持ってきてありますので、そのお湯を使ってくださいまし。確かこの辺りに角盥が……」
 白鞘 琴子(しらさや・ことこ)があれこれと揃えてくる間に、ヴァーナーは布紅の周辺に几帳を巡らせて目隠しにした。
 そして温かい湯で湿したタオルで、ごしごしと布紅をこする。
「ごしごし、ごしごし、いやな気分も、いやな思いも、きれい、きれいにあらいましょ〜♪」
 布紅が幸せな気分になれるように、幸せの歌を歌いながら。
 さっぱりと拭きあげると、布紅は少し楽になったようだった。体温はまだ冷たいままだったけれど、息が随分と落ち着いてきた。
「家にある薬をありったけ持ってきたんだけど、これ全部飲んだらどれかは効くんじゃないかな」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は薬箱ごと持ってきた薬を、ざらざらと手の平の上に出していった。カプセル、錠剤、粉薬……どんどん積み上がってゆく。
「これを全部ですか? 飲むの大変そうです……」
「これも良くなる為だから。水、水は……」
 片手に山盛りの薬を載せ、きょろきょろと水を探していた正悟は……。
 ――ゴスッ。
 鈍い音と共に、床に突っ伏した。手からこぼれた薬が、軽やかな音を立てて弾み、転がってゆく……。
「薬には飲み合わせがあるんですから、無闇に飲ませたりしたらダメですよ」
 鈍器を手にしたエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)がにっこりと笑った。
 そうするうちに、空京神社に行っていたエオリアとアルマも戻ってくる。
「はい、お粥だよっ」
 アルマが見せた椀の中に目をやった布紅は、ごしごしと目をこすった。
「……何かお星様がきらきらしてるように見えますけど……」
「だ、だ、大丈夫だって。見た目はちょっとあれだけど、味の方は多分大丈夫! ……多分、ね。はい、あーん」
 スプーンでお粥らしき物体をすくって、アルマは布紅の口に運んだ。
「……どう?」
「少し刺激的で……おいしいです……」
「刺激? 米と塩しか使ってないはずだけど……ま、いいか」
 おいしいんだったら問題なし、とアルマはまたお粥をひとさじ、布紅に食べさせた。
「こちらはいかがですか? 根菜中心の煮物を作ってみました」
 身体の中から温まれば元気も出てくるだろうと、エオリアは生姜を効果的に使った煮物を布紅に差し出した。
「お上手ですね……」
 飾り包丁の入った煮物は、煮くずれもなくふっくらと。
 布紅に褒められると、エオリアはそんなことはありませんと照れたように謙遜した。
 
 
「福の神でも風邪を引くのかな……にしても、なんだろうこの空気……気持ち悪い……」
 椎名 真(しいな・まこと)は両腕で身体を抱くようにして、ぶるっと震えた。寒い日ではないはずなのに、いやな冷気を感じる……。
「どうしてこんなに社の中に埃が溜まってるんだろ。それに、どこもかも何だか煤けたように見えない?」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は社の隅に積もった埃を指先に取った。
 ちょっとした掃除は布紅自身でしているし、空京神社からも定期的に巫女が派遣されて掃除等の雑事はしていてくれるはず。布紅が体調を崩したにしても、この汚れようは異常だ。
 それは、沙幸がはじめてこの社に来た時……ここが貧乏社となっていたあの時の煤けように似ている。
「すぐに掃除しないと。こんなに埃が溜まっちゃったら、そこから瘴気が入り込んで、また以前のような貧乏社に戻っちゃうかもしれないじゃない」
「そうだな。確か前に読んだ本……風水のだった気もするけど、きれいな方が運気とかそういうものを招き入れ易いって書いてあった。埃に良い氣の流れを邪魔されないように、掃除した方が良さそうだ」
「布紅さんは福神社に影響を与えやすいでしょうし、福神社の影響も受けやすいでしょうしね〜」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)も沙幸の懸念に同意する。神様とそれが祀られている社は密接に結びついている。どちらもどちらに影響を与え、片方の調子が悪くなれば、もう一方も引きずられて悪い方向にむかったりするものだ。
「綺麗に掃除したら、布紅さんの症状も和らぐかも知れませんねぇ。こんなこともあろうかと〜、ノルンちゃんに準備させてきて良かったですぅ」
 そう言いながら明日香は巫女装束を着せてきたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)を見た。白と緋の装束を身につけた『運命の書』ノルンは、抱えて連れ去りたいような可愛さだ。
「あの、明日香さん? 神社には巫女装束がつきもの、と言ったのはこれを見越してのことなのですか?」
「偶然も何かの巡り合わせですよ〜、きっと」
 やっぱりそうかとは思ったが、明日香が楽しそうにしているならそれで良いかと、ノルンは異を唱えなかった。
「竹箒を持ってきますから、ノルンちゃんは参道の掃き掃除をお願いしますねぇ。神社ですから、人目につく処は巫女装束の人にしてもらった方がいいですから〜」
「あたしも着替えようかな。何かお手伝いする時の為にと思って、巫女装束を持ってきておいて良かった」
 福神社で手伝う時には布紅に仕える巫女として、と決めている沙幸も巫女装束に着替えてから、社の掃除を始めた。
「手の届かない処とか、力仕事とかがあれば言ってくれよ」
 こういう時には体格が良いのも有り難いと、真は社の高い位置の汚れに取りかかった。
「うん、男手には期待してるから、たっぷりと働いてねっ」
「任せ……くしゅっ」
 沙幸に答える言葉の途中をくしゃみに遮られ、真は鼻に手をやった。むずむずするのはおそらく、物質的な埃の為だけではないのだろう。少しでもいい気を呼び込んで布紅を楽にしようと、真は埃を下ろしていった。
 沙幸の方は、掃除をしながら福神社の様子に目を配っていた。
(まさか、何か呪いをかけられたなんてことは無いよね……)
 普段と違う処はないか、おかしなものが置かれたりしていないか……丁寧に確かめてゆく。
 ノルンは身の丈より長い竹箒を使って、表参道から掃き清めていった。
 黒ずんだ枯葉や塵が取り除かれ、竹箒の掃き跡がつけられた参道を、初夏の風がさらりと通る。
「……?」
 どこからか視線を感じてノルンが振り返ると……。
「……明日香さん?」
 雑巾で社を拭きあげている最中の明日香が、こちらを見て手を振っていた。何だろう、と思いつつも控えめに手を振り返すと、明日香は満足した様子で掃除に戻った。
 
 
「少し……息が楽になってきました……」
 皆の心遣いの看病と、社にわだかまっていた悪い気が掃除と共に取り除かれていくことが功を奏してか、布紅の様子は快方へと向かっていた。
 けれど、身体はまだ冷え切っていて、安心できる状態ではないようだ。
「まだ寒いですか?」
 冷えた身体を暖めなければと、ヴァーナーは布紅の布団に潜り込んで、ぎゅっと抱きついた。
「おしくらまんじゅ〜いやなものはおし出しちゃうです〜♪」
 逆側にはアルマが入って、両側から布紅を抱きしめる。身体を暖めるのに一番なのはやっぱり人の体温だと思うから。
「あらたま〜きよたま〜なむなむ〜あ〜めん、布紅おねえちゃんにひかりあれ……で……す……すぅ……」
 即興で作った祝詞を唱えるヴァーナーの寝息を聞きながら、布紅も落ち着いた様子で目を閉じた。