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第四章 いつか誰かの涙のもとで 2


 リーズ・クオルヴェルを筆頭に、戦士たちはガオルヴに真っ向から立ち向かった。たとえ、どれだけ敵が強くとも、それで逃げるようなことはあってはならない。気丈に剣を振るうリーズとともに、一行は戦い抜くことを覚悟していた。
 そんな一行の中で異彩を放つ、一人の吟遊詩人がいた。なぜ戦場に新米の吟遊詩人がいるのかという疑問は、全て「まあ、なんとかなるだろう」という楽観的なのか勇敢なのか分からない心情が語るだろう。佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はそんな持ち前の気持ちの切り替えで、吟遊詩人ながらにガオルヴに立ち向かっていた。
「闇に勝てるのは、もっと濃い闇なのかもしれないな。佐々木、耐えろよ」
「んー、気乗りしませんけど……」
 熊谷 直実(くまがや・なおざね)の放つ冥府の瘴気をまとって、佐々木は短刀で敵の脚を狙いにいった。ガオルヴのまとう闇の懐へ入り込むと、冥府の瘴気がそれに混じり合い、一時的な消滅状態に陥る。直実は、さらにそこに佐々木のサポートをしようと、奈落の鉄鎖を放つ。生まれいずる鉄の鎖が、敵の脚に絡み付いて動きを封じる。
 佐々木はその隙を突いて短刀をガオルヴの足に突き立てた。頭の中で流れるは、「戦士たちのバラード」である。歌の世界にどっぷりと漬かりながら、佐々木は戦い続けた。
「いくぜ、ラスボスっ! ここは、大船に乗った気でどーんと私に任せてくれればいいさ!」
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)はどんと胸を張ってリーズたちの前に先行した。バーストダッシュで敵の闇の炎を掻い潜り、壁や天井を利用して軽やかにガオルヴに接近する。
 ガオルヴはミューレリアに気を取られ、彼女に隙が出来たところに豪腕の爪を振りかぶった。
「おっと、引っかかったなっ! 案外単純だぜ!」
 ミューレリアの顔が、にやりとした笑みを浮かべる。ガオルヴの腕がうなりを上げて襲いくるが、それは消え去ったミューレリアの空間――代わりに残された上着だけを裂いた。
 ガオルヴの意識は、すぐに見失った標的を探す。しかし、ミューレリアがいるその場所に気づくことは出来なかった。なぜなら、彼女は、ガオルヴの影に潜んでいたからだ。
 狂血の黒影爪が持つ能力を駆使して、敵の影へと潜むことに成功したミューレリアは、隙を突いて飛び出した。
「これで……どう、だっ……!」
 ブラインドナイブス――死角からガオルヴの眉間に飛び込んだ彼女は奇襲を仕掛けた。爪の切っ先が、敵へと沈み込む。
 ガオルヴの血を震わすような叫びが聞こえた。それでも、決定的なダメージを与えることは出来ない。なにせ、奴は再生を繰り返すのだから。
 ガオルヴの標的は、本命であるリーズへと移った。本能だけで生きる存在とはいえ、誰を倒すべきかは理解しているのだろうか。
 ガオルヴの瘴気は、まるで意思を持っているかのようにリーズ一行へと襲い掛かる。そして、その力はリーズにまで及んだ。
「バニッシュッ!」
「リリィ……!」
 だが、それをリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が聖なる光の力で退けた。一個人の聖性では瘴気の全てをかき消すことはできないが、リーズを守るぐらいは出来る。
 驚くリーズに笑みを浮かべて、リリィは決然とした声を上げた。
「道中あまり役に立てなかった分、ここで返上させていただきます!」
 彼女のバニッシュに阻まれて、瘴気はリーズに届くことが出来ない。その姿は、まるで聖なる天使か聖母のように神聖なものであった。
「悪魔の獣を相手に、これだけの光では埒があきませんわね。けれど……いまは耐えることです! すぐに、逆転のチャンスが……!」
 リリィはリーズにそう伝えながら、彼女の身を守り続けた。
 遂に瘴気までもが暴れ狂う獣と化したガオルヴは、轟然の咆哮を上げて力を溢れさせた。闇の瘴気は、リーズ一行を苦しめていく。
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は右手の小銃「スィメア」で瘴気を撃ち払いながら、左手の刀を持ってして各仲間へと襲い掛かる甲冑の生き残りをなぎ倒していた。
 霧島 春美が氷結させる甲冑を、アシャンテは次々と斬り屠る。
「やほー、いきまーす!」
「ん……」
 マジカルホームズを名乗る彼女ははたから見れば暢気に騒いでいるようにも見えなくはないが、その実、魔法の実力は確かであった。
 アシャンテはその実力をよく理解しており、春美の氷術と連携して敵を倒すことに専念した。今はまだ、ガオルヴへと突撃するには早い。
 アシャンテたちとは別に、ガオルヴ――というより甲冑たちに向かって、上弓矢を連射する少女がいた。
「倒れて、早く倒れてよ〜!」
 何度も立ち上がってくる甲冑たちに、茅薙 絢乃は半べそをかきながら無数の矢をバンバン放つ。
「リーズもみんなも頑張ってる! だから、私も頑張るもん! ケヴィンやウォレスに、ちゃんと頑張ってきたよって言うんだもん! ちゃんと仲間を助けてきたよって、褒めてもらうんだもん!」
 甲冑からしたら何事かという話だが、必死であることは確かであった。
 彼女の矢は春美たちの氷づけにした甲冑にまで及び、ある意味で確かに役には立っている。
 彼女たちに負けず、リーズもまた愛用の剣を振るって果敢に戦っていた。
「まったく、無策で突っ込むとは、死にたいとしか思えないんだが……」
「それでも、やらないといけないときがあるんです!」
 呆れた声を出す毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)に対して、リーズは答えた。大佐からすれば、それを無謀と言うのであり、もっと様々な方法を思いつくのだが、それは言わないのがお約束かと口をへの字にして閉じた。
「ま、これでも一応、仲間だからな。戦うことは戦うとも」
 誰ともなく呟いて、大佐は主に不意打ちで氷づけになった甲冑をぶん殴り、毒薬をぶん投げて効果がないことにため息をついたり、罠を仕掛けてそれに引っかかる甲冑に呆れながらも攻撃を加えたりと、役割は自分なりに果たしていた。
 特に、階段に設置する罠には念を入れている。ガオルヴがもしもここから脱出した場合を考えたものだが、そんな最悪の事態が起こらないことは祈るしかない。
 リーズたちの力をもって、ガオルヴに傷を与えることは難しかった。どれだけ攻撃を与えても、敵は再生を繰り返してしまう。まして、地球人以外の攻撃ともなれば、瘴気の壁がそれそのものを無に帰してしまうのだ。
 戦況は変わることなく、むしろ、悪化する一方であった。体力と気力の消耗。
「リ、リーズ……後は、お願い」
 皆を守るために奮闘していたミルディアも、リーズが来て間もない頃には、ボロボロの状態で彼女に後を託した。気絶した彼女を抱いて、リーズはガオルヴの轟々たる闇の炎から逃れて彼女を安全な場所に運ぶ。
 どうすれば、勝てる。どうすれば……。このまま時間の浪費だけが続けば、ガオルヴが神殿の外に出てしまうのは目に見えていた。
「あら、もう復活してしまっていたのですね?」
 奮迅して戦うリーズの背後から、のんびりとした声がかかった。振り向けば、そこにいたのは妖艶な雰囲気を漂わせる娘。そして、それに不信な目を送る戦部 小次郎や騎沙良 詩穂たちであった。
「ほら、言いましたでしょ? ちゃんと剣はこちらに届けますと」
「……なら、始めからそう言ってくれませんか?」
 イラついているような小次郎に娘、ルナティエール・玲姫・セレティはくすくすと愉快そうに笑った。
「あら、だって楽しかったじゃありませんか? あわてふためく皆さんの顔は、わたくしにとって報酬ですわ」
 彼女の理論に、詩穂はむしろ呆れ顔だ。
「ルナっ!? それにセディ兄っ!」
「お兄様、ルナ姉様、待っていました」
 到着していたルナティエールたちを見て、目を見張って驚いたのはセシル・レオ・ソルシオンだった。いやはや、まさかちゃんと剣を届けてくれるとは思っていなかったらしい。
 彼に比べて、アスティ・リリト・セレストは落ち着いた態度で二人を出迎える。
「あら、セシル……てめぇ、俺の正体バラすなよ? もしバラしたら……」
「わ、わかってるって……」
 ルナティエールは人当たりの良さそうな顔でセシルに近づき、一気に顔を寄せてなにやら険悪なことを囁く。セシルは慌ててそれに答えた。まったくこれだから嫌だとばかりに、セシルはため息をこぼす。
 とはいえ、今はそれどころではない。そう、彼女たちの目的は――
「あなたが、リーズ・クオルヴェルですか?」
 詩穂や北都、遊戯といった多数の見知らぬ人間に問われて、リーズは一瞬、戸惑った。
「我らはゼノ・クオルヴェルの剣を運んできた者です」
「ゼノ……お祖父ちゃんのっ!?」
「この剣の聖なる力があれば、ガオルヴの瘴気を討ち滅ぼすことができると、若長は言っていました」
 リーズの顔は驚きに満ちた。その視線は、小次郎の手に収まる、剣の形をした布に向けられる。
「ですが、タダで渡すわけにはいきません。引き換えに、あなたの最も大切にしているものを渡してもらえませんか?」
「小次郎さん……!」
 遊戯が小次郎を止めようと足を踏み出すが、それをすっと止めたのは詩穂であった。遊戯は何かといぶかしんで文句を言っているが、詩穂は、それを黙って静止させた。
「大切なもの……」
「あなたの、大切なものです」
「…………」
 リーズは無言で考えたあと、懐の中から一枚の色あせた写真を取り出した。そこに映っていたのは、赤ん坊を抱いた女の人とと男の人。そして、それを側で見守る、壮年の男性。
「お祖父ちゃんの写真よ。お祖父ちゃんは、こういうものが苦手だったから、この一枚しか残ってないけど、いま、私が持っている中では、一番の宝物」
 その写真を見下ろしながら、小次郎は無言で彼女の言葉を聞く。
「……もちろん、あなたが望むのなら、何だって私は渡すつもりよ。お金でも、体でも、なんだって……。その剣が手に入るのなら、私は……!」
 小次郎は、黙って彼女に剣を手渡した。急に胸に置かれた剣の重みに、リーズは戸惑う。
「その覚悟があれば、きっと倒せるはずです」
 リーズは呆然としていたが、小次郎の真意を知って、彼女は彼に頷いた。
 剣の布をほどき、自分が扱うには少し大きめの刃渡りに、かつてのゼノの力を感じさせられた。ぼんやりと光る刀身は、まさしく闇の瘴気とは異なる、聖なる力を宿していることを現していた。
 これなら、いける。リーズは決意を胸にした。が、そこに降りかかるのは。
「リーズ……!」
 仲間の声に振り向いたとき、リーズの眼前に迫っていたのは闇の炎であった。剣に気を取られている間に、ガオルヴは彼女へと襲い掛かってきていたのである。炎が彼女の体を包み込まんとするそのとき――
「あぶないっ!」
 何者かの影が、彼女の盾になるように降り立った。そして、渾身の力で炎に対峙する。
「ぐおおおおぉぉ……!」
 全身を焼き尽くさんとする力の本流に耐えながら、影は闇を弾き飛ばした。消え去った闇の炎のもとに立つ、パワードスーツの影。
「だ、だれ……?」
「誰かと訊かれたら答えよう……」
 リーズの声に、パワードスーツは反響する声で重々しく、そして華々しく言った。
「蒼空の騎士……パラミティール・ネクサーッ!」
 バッ――っと決めポーズをとって、パラミティール・ネクサー改め、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は叫んだ。そこに遅れてやってきた彼のサポート役ロボットを担うロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は、
「うーん、やっぱりエヴァルトはこう、2枚目じゃないと。せっかく改造パワードスーツ持ってるんだから、それ着てる時くらいはね」
 と、ご満悦そうに呟いている。
「あらあら、こんなにたくさん……」
 それに対して、まるでエヴァルトはどうでもいいとでも言うように、コルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)は群がる甲冑をなぎ倒していた。
「君の熱き魂! この俺も受け取った! さぁ、ともに戦おうではないかっ!」
 エヴァルトはリーズに向かってぐっと親指を立ててみせた。どうにもその言葉の端々にある熱血の言葉の意味は分からないが、ともかくすごい自信であった。
 更に――
「リーズー!!」
 後方から怒涛の勢いで流れ込んでくる大衆の軍団から、リーズを呼ぶ声が聞こえてきた。
「みんなっ!?」
「お、俺たちだって、やるときはやるんだっ!」
「助けに来てやったぜ、おらいくぞぉ!」
 集落からやって来た若い衆の軍団は、高崎 悠司とそのパートナーであるレティシア・トワイニング、イル・ブランフォードをを筆頭にガオルヴへと立ち向かう。
「よし、おめーら主役は遅れてくるもんだって教えてやれ!」
「怪我したらボクのところに来てねっ! 回復するからっ」
 誰もが――リーズ、そして森のため、人の命のために戦おうと必死になっていた。
 祖父の剣を手に立ち尽くす彼女の背後から、女性の声が聞こえる。
「生きて帰ってくれ。それだけが、私の、長ではない、父としての望みだ」
 振り返ると、そこにいたのはアリア・セレスティであった。彼女は、リーズを安心させるような柔和な笑みを浮かべる。
「あなたのお父さんの言葉です。お父さんも、あなたの帰りを待っています。……まだ膝を折るには早いはずですよ。お祖父さんの意志を、継ぐのでしょう?」
 アリアの言葉に、リーズは憔悴しきった体を震えるように立ち上がらせた。そう、まだ終わっていない。祖父の剣を手に、今こそ敵を討つのだ。
 リーズは駆けた。その手に握られるは、聖性を宿した英雄の剣。
 ガオルヴの膨大な瘴気を目の前にして、リーズは剣を振りかぶった。瘴気の気配に反応した剣が、まるで砕けるような閃光を放つ。そして――剣が振り下ろされたとき、聖性が瘴気を、光が闇を、飲み込んでいった