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大脱走! 教諭の研究室(ラボ)と合成獣

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大脱走! 教諭の研究室(ラボ)と合成獣

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第3章 オソイクル

 頭脳的に、また効率的に捕獲を成そうと練った策を実行に移す瞬間が目の前に浮いていた。
 そう、紐付きプクプク譜グが名の通りにプクプク浮き寄り来たのだ。場所は学校内のガーデンホール、大きな樹木もある。
「とぉっ!」
 勢いよく飛び出して、朱宮 満夜(あけみや・まよ)譜グの紐に跳びついた。
「捕まえました! あなたもですっ!」
 並んでプクプクしていた譜グの紐も掴むと、それらをギュッと結んでしまった。
「ああ、あとはこれを樹に結びつければ−−−」
 そんなに思いの通りにゆく訳は無く。この上ないストレスを与えられた譜グたちは、一気に膨れ上がって、そして放電をした。
「させぬ!」
「ミハエルっ!」
 至近距離で放たれた電撃に、ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)が氷術をぶつけて衝殺した。
「今なのだろう? チャンスとやらは」
 放電し切った為なのだろう、膨れ上がっていた譜グの体は縮み、小さなものに戻っていた(それでも直径2mはあるのだが)。
 初動こそ慌てたが、満夜は素早く紐を樹木に結びつけるを成功させると、満面の笑みで振り向いた。
「思った通り、作戦通りです!」
「作戦通り、という割にはドタバタしていたがな」
「もうっ! いいの、こうして無事、捕獲完了したんだから」
「まだ2匹だがな。あちらはどうでしょう」
「こちらは大漁じゃぞ」
 ミア・マハ(みあ・まは)が得意げに指をさす先で、大量の紐付きプクプク譜グが入った網をレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)がズイと出していた。
「ボクたちこそ作戦通りだよ! ねっ、聞いてよ聞いて」
 紐付きプクプク譜グの紐を狙って攻撃してもストレスを与えてしまい、蓄電させてしまう。しかし、ここにこそ活路を見出した。
「蓄電するって事は体が膨らむって事でしょ? という事は? その瞬間は動きが鈍くなるって事なのさっ!」
 鈍くなるというよりは、瞬間に止まるに近かった。レキがシャープシューターで紐を狙い撃つ、そこにミアが子守歌を歌って眠らせる。そうしてどうしてレキがバレーボールのネットを広げて投網漁。大量捕獲に成功した、という訳である。
「大量捕獲に成功した、という訳なのだよ」
 ミアの口調を真似てレキが携帯に言っていた。電話口の葉月 ショウ(はづき・しょう)の声は、どこか楽しげに聞こえた。
「そうか、マッ猪とポニーを捕獲した組からも連絡があったから、とりあえずは合流するようにって事になったんだ。レキたちも向かってくれ」
「うん、そうするよ」
 レキの報告で、全てが完了した事になる。報告にあがった捕獲数と、教諭が告げた脱走獣の数が一致したのだ。
 大きな安堵感に包まれながら………… 葉月 ショウ(はづき・しょう)は、ふと思い出した。
「あれ? トランプ兵は?」


 イルミンスールの魔法学校、ほぼ全壊だったベルバトス・ノーム(べるばとす・のーむ)教諭の研究室が、外見だけなら半壊状態にまで復旧していた。トランプ兵は引き続き研究室の外枠の完成を、生徒たちは教諭が戻る前に室内の内装に最低限の形を成しておこうと考えていた。
 その中の一人、爽やかな顔で床を拭いているエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)に、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が笑みを見せた。
「ずいぶんと楽しそうだな」
「えぇ、この時期、水仕事はキモチイイですよ」
 何て嬉しそうな顔をするんだ。まるで至福の時を感じているかのような…… っと、これは言い過ぎか。
「はいはーい、オイラもお掃除しま−すよ−」
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)か。クマラはクマラで嬉しそうな顔をしてるけど…… おっ、エオリアが気付いたみたいだな。
「クマラ? 何をしているんです?」
「うんっ、あのね、メシエがね、小人さんと一緒に掃除してるんだよ−」
「なるほど、足元まわりの掃除をして頂いているようですね」
「そうそうそうなんだ、だからオイラも小人さんに手伝ってもらおうと思って。そうすればオイラが寝ている間に小人さんがキチンと片付けてくれる−−−」
「ダメですよ、そんな暇はありません」
「えぇ−でもでも、お昼寝しないと大きくなれないし」
「夜早く寝れば大丈夫です」
「えぇえ−、夜はパーティーなんでしょ! ルカルカが料理作ってくれるって言ってたもん」
「ですから、早く済ませましょう。はい、お願いします」
 納得したのか? やけに素直にモップを受け取ったな…… いや、口が尖ってる。まぁ、エオリアに任せれば問題ないだろう。メシエは…… 照かりの設置か。てかこの部屋、蛍光灯だったんだな……。
 背中が光るムカデ、みたいな? 名前はな『背灯ワシャワシャムカデ』って感じかな………… 気持ち悪いな。それらが大量に天井に這っている様を想像して、背筋が伸びた。まさか…… 居ないよな?
 研究室が全壊したとは言ったが、それは主に研究を行う部屋々の事を指したものであり、その奥に並ぶ保管室や資料室に被害は無かった。それらを含めて研究室と言うならば、広大な敷地、室数を有している事になる。一体どれだけの貢献を…… 脅したのか?
「目当てのものは見つかったか?」
 体を屈めて合成獣の檻々を見つめる清泉 北都(いずみ・ほくと)に問いかけた。『蝶』を探してるって言ってたか?
「うん、だってマトリョーシカ猪だよ? 『イノシシ』と『シカ』と来れば『チョウ』を合成させるでしょう」
「完成形じゃ無いみたいだからな、可能性はあるな」
「だよねぇ。でも、見つからなくてさぁ」
「北都、北都! 面白いもの見つけたぜ!」
 駆け来る白銀 昶(しろがね・あきら)は何かを胸に抱えている。…… 襟巻きトカゲ?
「おっ、よく分かったな。『扇風アマガサとかげ』って書いてあったぞ」
「って、なに檻から出してんだ!」
「大丈夫、大人しいから。ほら、触ってみろよ」
 頭に触れようと手を伸ばすと、襟巻きの部分を傘を閉じた時のように窄めて顔を隠してしまった。開く時はバサァッと音がするのだろうか。
「何だ? いきなり嫌われてるな」
「む」
「まぁまぁ怒りなさんな。こいつ、扇風機みたいに風をおくる事も出来るみたいだからさ、向こうで作業してる奴らの所に届けてくれよ」
「それは、まぁ、良いが…… 背中に隠してるのは一体何だ?」
「うぉっ! 何だよ、おまえ、何で分かったんだ?」
 背を曲げようとしない不自然な動きを見れば予測はつく。は背腰から紙束を取り、見せた。
「待てよ、北都に見せるのが先だ! 北都に見せようと思って持ってきたんだからな」
「どれどれ? どれも殴り書きだね、全部手書きだ」
 目を通してゆく北都の目が大きく開いてゆく。
「吸収後…… 不安定期間…… 合成獣・素材…… 武力・防衛力の強化……」
 独り言のように読み上げられる単語に、同じように目を見開かされる。武力強化?
「要・早急試作…… 強襲予測日…… 被害想定…… 生存率シュミレート……」
「何をしているのかな?」
 響き聞こえた声に、心臓が跳ねた。そして停止したかと思った。恐る恐る振り返ってみると、部屋の入り口にベルバトス・ノーム(べるばとす・のーむ)教諭とアリシア・ルード(ありしあ・るーど)が立っていた。予定時刻はまだだいぶ先だったはずなのに。
「保管室には立ち入らないようにと言っておいたはずだよ」
「あ、いや、片付けるなら、この部屋も一緒にと思いまして−−−」
「それを置いて、今すぐ出ていくんだ」
 教諭の視線は……『扇風アマガサとかげ』に向いていた。3人が部屋を出るまで紙束への指摘は無かった。北都が大胆にも堂々と小脇に抱えていた事が要因だろうか、いや、収束したと思われた捕獲劇に一騒動が待っていた。エンディングの後のおまけ本編である。
 始まりと言うなら、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が飛び込んで来た事だろうか。
「アリシア、マッチョ! マッチョを連れてきたよ!」
 嬉しそうに、また得意げに跳ねながら、スキンヘッドな大男、ルイ・フリード(るい・ふりーど)の腕を引いて来たのだが。
「マッチョ?」
 名指されたアリシアを含め、その場にいる誰もに疑問符を浮かばせた。彼女が連れてきたのはマトリョーシカ猪ではなく、明らかに−−−
「失礼しました皆さん! 勘違い、思いこみ、妄言ですので、お気になさらずに」
 先程とは逆に、筋肉質なスキンヘッドがセラエノ断章を隅へと引き連れた。
「良いですか? マッチョはマッチョでも… マッ猪ですから! 私のような筋肉モリモリのマッチョじゃないのですよ」
「えぇ〜、でもマッチョだって言ってたよ」
 略称だよ! と誰もが心の中でツッコんでいた。だ、大丈夫、本人にはルイがちゃんと声に出してツッコんでいたから。
「なぁんだ〜動物の事だったのか〜説明はちゃんと聞くものだね」
 なんて暢気な声が響く中、葉月 ショウ(はづき・しょう)は呆顔のまま告げた。
「…… あの、教諭…… 報告が」
「…… 良い知らせなんだろうね」
「えぇ、捕獲完了の知らせです」
 脱走した紐付きプクプク譜グタテガミ膨植ポニーマトリョーシカ猪の捕獲が全て完了、中庭に合流した上で数の確認も済んだという。
「よくやったよ。随分と早かったねぇ」
「えぇ、みんな頑張ってくれたみたいですね」
 他生徒たちの被害報告も今のところ上がってきてはいない。細かい報告を含めても、これからだとは思うが、とにかく大きな被害は出なかったようだ。
「ところで、命令は解除したのかぃ?」
「命令? あぁ、トランプ兵ですか? ……まだですけど」
「合成獣の捕獲に向かわせた兵には、何て命令したんだったかな?」
「……合成獣たちを見つけて、一網打尽にしろ! ……だったかと」
「くっくっくっ、そうだよねぇ、そうだったねぇ。急いだ方が良いねぇ」
 中庭を囲まれた。校舎の2階3階部にも見える。捕獲組が状況を把握するより先に、一斉にトランプ兵が跳びだした。
「捕獲…、一網打尽……」
 悲鳴が聞こえてくる、破砕音に爆音、状況を伝えようとする声もかき消されて。
「くそっ」
 携帯を耳に当てたままショウは部屋を飛びだした。捕獲組が上回っていただけじゃない、一同に会する瞬間を狙っていたという事か。単純な命令を愚直に遂行しようとする。全く、優秀なんだか馬鹿なんだか!
 「動くな」という命令が義魂造転機に上書かれた事で、トランプ兵たちは動きを止めた。しかしそれでも合成獣たちを奪還しようと襲いかかってきた事で、獣たちを捕らえていた網も破れ、混乱、興奮させてしまい、それはストレスを与えたという事で……という事は!
「レキっ! 離れるのじゃ!」
「えっ? ぅわっ!」
 ミア・マハ(みあ・まは)の声にレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が振り向いた時、飛び込んできたのは紐付きプクプク譜グの放電だった。
 放たれてから動いたのでは遅い、まして至近距離からの放電など避けられるはずも無い。
 レキが痛電を覚悟した瞬間、横からの轟雷閃がこれを相殺した。
「無事か!」
「あ、うん」
「そうか、それならば良い」
 轟雷閃の放ち主、毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は両腕を大きく開いた。
「誰一人、傷つけさせるものか!」
 小さな体が、大きく頼もしく見えた。レキは負けじと立ち上がった。
「ぬ、何だ? ここは我が引き受けたぞ」「大丈夫、一度捕まえたんだ、もう一回、一網打尽にしてやるよ」
「そうか、だが安心しろ、ヘマをしても我が守ってやる」
 笑みを交わしあって、紐付きプクプク譜グに相対した。他の生徒たちも状況を把握したようで、それ即ち捕獲し直しという簡単な使命を認識するわけで。
 みなが瞳に鋭さを宿す中、影野 陽太(かげの・ようた)エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は目を輝かせていた。
「好機です、ラストチャンスですよ、エリシア」
「えぇ、わたくしの出番ですわね」
 そう言って自らを「シルフィーリング」で電気耐性を上昇させ、さらに「ゴーレム」を連れて譜グたちの輪へ飛び込んで行った。
 エリシア陽太も、同じではない機械を手に持っている、抱えている。危機感ではなく高揚感に包まれているようだから異質に見えるのだろうか。
 逆に異常なまでの危機感を抱いているのは、研究室から中庭へ駆け始めたルイ・フリード(るい・ふりーど)であった。後ろを駆けるシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)に頻りに呼びかけていた。
「セラ、急いで! ここ! ここなんですから!」
「分かってるよ〜、でも着く頃には、みんながマッチョを捕まえちゃってるんじゃない〜?」
「何を言ってるんです! ここで! ここで活躍しなければ私たちの見せ場が…… それどころか今回は完全にギャグ担当になってしまいます!」
 何か… 切実なのだが… 笑えない。いや、そもそも再び戦場と化した中庭に笑いなど在るべきでは無いわけで。一度戦っている為に要領を得ているとは言え、中庭から出さないように、傷つけぬように。群れと化した
獣たち、捕獲組々の生徒たちと動かぬトランプ兵。
 先刻よりもずっと早くに収束させるべく、捕獲組の面々は文字通り「奮闘」させられたのだった。