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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)

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第9章 黒の夜明け

「ようし! 着いた!」
「カンバス、無事だニャ?」

 よたよたよたっと。

 明らかに重量オーバーの小型飛空艇が、息を切らせ這うようにその動きを止めると。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)が降り立った。

「ま、間に合いましたか〜」
 小型飛空艇を操縦していた影野 陽太(かげの・ようた)は、飛空艇と同じように息を切らしている。
「ああ、あんたが飛空艇ぶっ飛ばしてくれたおかげだよ」
「こ、ここが官庁街予定地……カンバス・ウォーカーはここにいるんですね」
 ケイの言葉に頷き返し、銃型HCと辺りの様子を照らし合わせるように確認した。
「そんな物見なくてもカンバスは目の前にいるニャ」
 シスの言葉に、陽太はツイと顔を上げ、カンバス・ウォーカーの姿を認めると、やっと安心したような表情になった。
「あああ。今日は朝からずっと情報分析しながら飛び回ってたんで……おかしなクセがついていますね」
 陽太は苦笑をしてポリポリと頭をかいた。
「それも……やっと報われるってわけだ」
 言って、ケイは背中にくくりつけていた『黒服の少女』を下ろし、包みを取り払う。それから、絵の描いてある面をカンバス・ウォーカーへと向ける。
「帰るべき場所だ。持ってきたぜ」
「寂しい絵だニャ。でも……カンバス自身も、どうにかしたいと思ってるニャ? どうにかできるのは、カンバスだけだにゃ」
「……」
 カンバス・ウォーカーは、まるで鏡でも覗きこむかのように、無言で『黒服の少女』に視線を注いだ。
「な、なんか反応薄いですよ」
 陽太が不安そうな声をあげる。
「ナディアがまだ到着してないからな」
 ケイはこめかみに汗を滲ませた。
「い、いつ来るんです?」
「……来る! ソアが連れてくる!」
「そんな! な、なんか嫌な気配高まってますし!」
 陽太の言葉通り、自分たちの闖入で水を差された戦闘の内圧が、再び高まりつつある空気が肌をなぶった。

「じゃあ、こうする他ないんじゃないの?」
 青葉 旭(あおば・あきら)の言葉と共に、ケイの腕の中から『黒服の少女』が消え去った。
「えっ!?」
「旭ちゃん、ほらっ」
 光学迷彩を解きながら、姿を現した山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が、無造作に『黒服の少女』を放り投げた。
「うん」
 旭は、宙を舞った『黒服の少女』を器用にキャッチしてみせる。
「ちょ、ちょっと! どうするつもりですか、それ!?」
 陽太が悲鳴をあげる。
「現状を簡単に紐解くなら――ここに渦巻いているのは二項対立。せっかく問題の絵がここにあるんだからさ、託せばいい。決めるのはカンバス・ウォーカー。キミ達だってそう言ってたじゃないか」
 言って、旭は自分の身体の前に『黒服の少女』を構えた。
「こいつは盾だ。どうやら、この後アウグストの弟子がここに来るらしいな。そうすれば、キミはあっさり描き換えられるかも知れない。そうなる前にこの絵を破壊してしまえば……防げるかも知れないな」
「私が、私でなくなる……」
 旭の言葉に、カンバス・ウォーカーはポツリと呟きをもらした。
「ま、絵を壊したらカンバス・ウォーカーちゃんパーンって消えちゃうかも知れないし……暴走とか、するかも知れないけどさ。なんせ謎の存在なんだから」
 どこか試すように言ったにゃん子の言葉を、カンバス・ウォーカーがゆっくり反芻させるような雰囲気があった。
 それから、ひどく難儀そうにペインティングナイフを担ぐと、グッと前方に付きだし――駆け出した。
「なるほど。それが結論か。その気概は嫌いじゃない――じゃあしっかり受け止めてやる!」
 旭が頬に讃えるような笑みを浮かべる。

『だめー!』

 ドーンと盛大に。
 人と人がぶつかる音が響いて、三人の人影が路上に転がった。

「な、何しようとしてるのよ! こんなの、許さないんだから!」

 目をうるませた遠野 歌菜(とおの・かな)はカンバス・ウォーカーの手からペインティングナイフをもぎ取ると、全力で放り投げ、

「存在しちゃ駄目な命なんてないの!」

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はギュウとばかりにカンバス・ウォーカーの頭を抱きしめた。
「……どうして? この街の人たちはお節介すぎるわ」
 引き倒されたカンバス・ウォーカーは、ポカンとしたまま空を眺め、ポツリと呟いた。
「どうしてって? 私は他のカンバスちゃんと友達だったの……でも、女王像と皆を守る為、目の前でティセラに殺された! 殺されてしまった! だから!」
「だから、私が消えるのが嫌? 私は、その彼女とは違うのに」
「サラさんが違うカンバスなのは分かってる! でも、もうあんな想いを味わうのは嫌なの……生きて」
 ルカルカはさらに強く、カンバス・ウォーカーの身体を抱きしめた。
「それに……『自分たちを生んだ想いを簡単に否定するわけにはいかない』って貴方は言ったけど……だったら、私たちの想いだって否定させないよ?」
「……あなた達の、想い?」
 ぷうと頬を膨らませる歌菜に、カンバス・ウォーカーは不思議そうな視線を向ける。
「そ、私たちの想い。貴方にここにいて欲しいって想い。貴方にこんな事をして欲しくないって想い。どんなに辛い事があっても、悲しい事があっても……ここは、この世界は……あなたが、私が生きている……たった一つの世界だもん。世界のことも、貴方自身のことも――否定なんかさせないよ」
「……」
「絵を描いた人にとって……絵は、自分の分身だったり……子供のようなものだと思うの。私が貴方を描いた画家だとしたら……私は、貴方にそんな事……して欲しくない……お姉さん、そんなの許さないんだから!」
 言い切って、歌菜はグッと誇らしげに胸を反らせて見せた。


「許さない、か……そうだよね『想い』は、正しく伝えられないとね」
 その時、静かに割って入った声に、その場にいた全員が振り向いた。
 ソアの箒から降りた純白のカンバス・ウォーカーはゆっくりと歩いて、黒いカンバス・ウォーカーの前に立つ。
 身を起こす黒いカンバス・ウォーカーを、歌菜とルカルカが支えた。
「お待たせ」
「……誰よあなた」
「ぼくはカンバス・ウォーカー。キミだって本当は気付いてる」
 穏やかに黒いカンバス・ウォーカーの瞳を覗きこむと、純白のカンバス・ウォーカーは黒いカンバス・ウォーカーの頬に、肩の傷に触れ、その衣服の埃を払った。
「大変だったね。もう少し……早く来られればよかったんだけど……彼女が決意するまで時間がかかってね。頑固なところは、アウグストによく似てるよ」
 純白のカンバス・ウォーカーはそう言って面白そうに笑った。
「か、関係ないわ! あなたが来ようが来まいが! 私は、世界を否定するだけ! アウグストのそんな想いに引かれて引き起こされた現象!」
「そう。アウグストは本当にろくでもない絵描きだったよね。自分が認められないからって世界を憎んで、周りを信じず、お酒に溺れて……おまけにね――」
 純白のカンバス・ウォーカーが一度言葉を切る。
「彼は自分の中の大事な気持ちをひとつ、自分が描いた絵に込めるのを忘れたんだ。そう……未来ってやつを」
「未来……」
「じゃあその『未来』はどこへ行ったのかって?」
 純白のカンバス・ウォーカーの視線がゆっくりと、一人を捕らえる。
 次々に、その場の全員の目がそれを追った。

「わ、私ですか!?」

 ナディアが驚いた声をあげる。
「そ。キミはね、アウグストが、絵の外に託した未来だったんだよ。厄介な話だね」
 純白のカンバス・ウォーカーは苦笑いを浮かべた。
「だからね、黒の――そう言えばキミには名前があったね、羨ましいな。だからね、サラ。キミは想いを曲解されて、利用されてしまったんだよ。ぼくとキミは、本当はひとつなんだ」
 そこで、純白のカンバス・ウォーカーは、ナディアの方を振り向いて、目で何かを尋ねるような表情を作った。ナディアはそれにコクリと頷く。

「でもね――」
 スッと。

 純白のカンバス・ウォーカーがサラを抱きしめた。

「想いは今、ちゃんと届いたよ」

 純白のカンバス・ウォーカーは目を閉じ、ゆっくりとサラの顔からも険が消えていく。
「……帰ろうか」

「ま、待って!」
 頷きかけるサラを、ルカルカの声が遮った。
「き、消えないで残る方法はないの!? その、例えばサラを一人分残すとか! その、サラには、ルカの母国の言葉で『新しい』って意味があるの! ルカ、貴方が描く新しい人生が見たいよ! まだ、一緒にいたいよ!」
「……ありがとう」
「あ……」
 サラの姿を、ルカルカはさらに強く抱きしめた。

「おい、サラ。この空京って街、出来る前には『ゆるヶ縁村』があったんだ。でさ、ゆる族の中から反対運動を起こす者が出たにも関わらず、結局開発が押し切られちまった……だからさ、上手くいえねぇけど……それから……方法はまずかったけど、『今のままで良いの』っていうおまえの想いとか、アウグストの想いとか、そういうの、全部否定するなよな」
 照れくさそうに、ベアが、語った。
 うっすらと。
 その色を失っていくサラが小さな微笑みを返す。
「お、良い笑顔!」

 パシャっと。

 トライブはその笑顔に向かってデジカメのシャッターを切った。
 それからディスプレイを差し向ける。
「見ろ。作品の想いが、作者の想いを超えちゃいけない理由なんてねぇんだ。いいか? もし、世界があんたを産み落としてくれたってんなら……俺はこの世界に死ぬほど感謝してやるからな! 覚えとけよ……またな!」
 満面の笑みで、トライブはサラに向かって手を振った。
「信用できないってんなら、俺も保証してやる。世の中は捨てたもんじゃない。また来いよ」
 グイッとトライブを押しながら、玖朔は短い挨拶を投げた。

「いいんですか? カンバス・ウォーカーを抱きしめなくて」
「……白いのに加えてもう二人も女の子が抱きついてるのにか?」
「好都合じゃないですか」
「俺、カンバス・ウォーカーに『かわいげのない女』って憎まれ口伝えてやろうと思ってたんだが……」
「なんですか?」
「別の奴に譲ってやろうかな」
 少し離れて消えゆくカンバス・ウォーカーを眺め、すぐ近くにカチェアの横顔を眺めながら、政敏は本日もう十数度目かになるため息をついた。

「どう、サラ? これが、想いだよ」
 嬉しそうに言うと、純白のカンバス・ウォーカーはナディアに視線を向けた。
 その姿はもうほとんど背後の風景を透過させている。
「やあ。本当に短い間だったけどありがとう。なんだか……ぼくらは別れるために出会ったような気がするね」
「……そうですね」
 ナディアは泣き笑いのような表情を浮かべた。
「アウグストはキミに何も残さなかった訳じゃない。むしろ、キミに大きな可能性を見ていたんだ。もう……判ってるよね」
「はい」
 ナディアの言葉に、純白のカンバス・ウォーカーはニッコリと笑った。
「それから、悲しんじゃダメだよ。ぼくが消えても想いが消える訳じゃない。美術品の中に、いつまでだって残り続ける……だからね、ぼくは安心して消えることが出来るんだ。それじゃ……またね」

 それきり。
 わずかな輝きだけを残して、二人のカンバス・ウォーカーは姿を消した。

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 後日。

 ナナ・ノルデンの計画によりアウグストの絵を一堂に集めた展覧会が開催際された。
 さして有名でもなんでもない、むしろ厄介者の絵描きの展覧会とあって、どんなものになるのかと疑問の声が囁かれたけれど、空京の資産家が複数人スポンサーに名乗り出たこともあり、そこそこの規模での開催となった。
 噂では、「アウグストの絵をみんなに見てもらわないとまた街が荒らされる」と伝えて歩いたものがいたらしいがそれは定かではない。

 さらに、羽入勇がここ複数回に渡るカンバス・ウォーカーの事件を記事にまとめ上げ、発表したことでカンバス・ウォーカーの現象は広く空京の街の人々の知るところとなり、現在おおむね好印象を持って迎えられている。
 事件に関わって膨大なデータ収集をしていた影野陽太は、記事の執筆に借り出され、連日疲労困憊していたとのことだけれど、「でもデータ報われましたね」と笑顔で語ったらしい。

 そして。

 二人のカンバス・ウォーカーが消えた後、絵画『黒服の少女』にはひとつの変化があった。
 濃紺の世界の中、三人の少女が絵の奥を見つめている構図は相変わらずだったけれど、その視線の、地平の先にはまばゆいばかりの白い光が溢れることとなった。
 朝陽のように見えるそれは、見る人の中にどこか、純白の鳥の姿を連想させると噂になった。

 絵は、ナディアがアルバイトする画商の壁、一番高いところに、誇らしげに飾られている。

担当マスターより

▼担当マスター

椎名 磁石

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの椎名磁石です。
 今回は「【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(後編)」に参加していただきましてありがとうございました!
 「世界を否定する」と語る黒いカンバス・ウォーカーに、ナディアと彼女が呼び出した純白のカンバス・ウォーカー……が起こした事件の前編となりましたが、いかがでしたでしょうか。
 それぞれの皆さんから自分の想いに沿ったアクションをいただき「ああ、そうかぁ、こういう考えもあるよなあ」と考えさせられながら執筆させていただきました。毎回毎回、新しいことを発見させてもらっています。
 さて、「【十二の星の華】」と冠がつくシリーズもいよいよこれでラストになりました。彼方に、テティス、そしてカンバス・ウォーカーに関わっていただいた皆さんが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。本当にありがとうございました!
 それでは。またこの広大なパラミタ大陸のどこかでお会いできました日には、ぜひ懲りずにお付き合いください!