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【空京百貨店】呉服・食品フロア

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【空京百貨店】呉服・食品フロア

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2、甘味どころ『新月』・昼


「あぁー……何にすっかな。クリーム餡蜜は確定で、しょっぱい系でみたらし団子もいくか」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)は『どう?』とメニューをミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)に見せ、彼女が真剣に悩んでいるのを見てここに目を付けていて良かったと思った。
「抹茶パフェと……んー、ところてんにするぜ!」
「OK! 注文お願いしやーす!」
 ミューレリアは八重歯を見せてにいっと笑い、和希にそれらを頼んでもらった。1つのテーブルを挟んで向かい合っていると照れてしまいそうだが、周りの人が食べているものを話題にしているうちにすぐに注文の品で自分たちのテーブルがいっぱいになる。食べねば食べねば。
「がつがつがつがつ!!!」
「姫やん、口に黒蜜ついてるぜ。くすくす」
 犬食い状態で前のめりにつんのめっている和希の様子を、ミューレリアは楽しそうに見守っている。百合園のお嬢様のテーブルマナーは自分とは対照的で、口元をぬぐいながらちょっとほれなおしてしまった。
「姫やんのも美味しそうだぜ。一口貰ってもいい?」
「いいぜー……、ほいっ」
 ミューレリアは和希のスプーンから黒蜜のかかったソフトクリームをパクリともらった。いや、もらおうとした。
 スプーンを口にくわえる前に、ハッと硬直して動かない。
 そういや、これって間接キス? い、いやいや。同姓だからノーカウントのハズ……。
「どした、ミュウ?」
「な、なんでもないんだぜ! ぱくっ」
「美味いか?」
「……。美味い!」
 和希は『そうか!』と嬉しそうにしている。ところてんをすすっている彼女を見ながらこんな平和がいつまでも続けばいいのにな。と、心の中で思わずにはいられなかった。
 ふと横を見ると七夕飾りが揺れている。どうやら客が自由に願い事を飾れるようだった。
「ミュウ、せっかくだから書いていかないか」
 和希は短冊に『パラ実復興! 夜露死苦!』とデッカイ文字で書きなぐっている。いつかこの夢を実力でかなえたい。和希にとっては、夢というより目標なのだろうか。対してミューレリアは机の端っこで、何を書いているか手でガードしながら願い事を書きこんでいるようだ。
「何にしたんだ?」
「うっ……」
 ミューレリアの願い事は『姫やんと、もっと仲良くなれますように』だ。でも、見られてしまうと恥ずかしいので和希が席を外している時にこっそりこっそり結んでおいた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「ねーねー! 甘いもの食べようよ、甘いもの。珍しいもの食べないとデパ地下に来た意味ないよ」
 そんな桐生 円(きりゅう・まどか)の提案で、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)の御一行は新月の暖簾をくぐったそうな。
「いらっしゃいませ、3名様でよろしいですか?」
 アルバイトの火村 加夜(ひむら・かや)は明治女学生風を思わせる和風なリボンのポニーテールで、清潔感のあるおしゃれをしていた。事前に接客業の本を読んでいたので失礼のない言葉遣いで対応できている。
「それでよくってよぉー。どうせならぁ、郷に入れば郷に従えってことでぇー、座敷でお願いするわー」
「はい、ご案内いたします。どうぞこちらに……」
「おねぇさんたちの和服姿が可愛いわねぇー」
 和服が好きでこのバイトを選んだ加夜は、オリヴィアに褒められてはにかんだ笑顔を見せた。バイト仲間の雨宮 七日(あめみや・なのか)のシフトが違うのが残念である。もし一緒だったら今の嬉しさを共有できるのに。
「ひとつじゃ足りないから、5、6個注文するよ注文!」
「ミネルバ、足伸ばしすぎだよ! ボクの足、伸ばせないじゃないか」
 正座が苦手な円は自分に正直に足を伸ばして座ろうとしたのだが、長身のミネルバと足がぶつかってしまったようだ。オリヴィアはぷるぷるしながら正座をしている。ぷるぷる。
「おねぇさん〜おねぇさん〜、お勧めはなに〜?」
「この時期でしたら、七夕にちなんで笹団子はいかがでしょうか。抹茶パフェとクリーム餡蜜も女性のお客様に人気がありますよ」
 笹団子ってなにかしらー。笹って食べたことないわー、パンダのご飯かしらー。
「じゃあ、それにするわー」
「かしこまりましたっ」
 注文を書き終えてその場を去ろうとすると、ミネルバがくいくいと前掛けのすそを引っ張ってきた。
「その制服ってどこに売ってるのー?」
「えと、呉服フロアの方がデザインしたそうですよ」
 意外な質問に慌てながらも、以前聞いた話を思い出して返事をした。加夜が着ている制服は萌黄色に山吹の帯、白い前掛けに赤い鼻緒の可愛い下駄である。


 注文がテーブルに届くなり、スプーンを握って盛大に食べ散らかすミネルバ。マナーのかけらもないその姿にやれやれと悪態をつきながら、一応円は口元を拭くためにナプキンをパスしてやった。
「あまくておいしーね!」
「ちょ……、ミネルバ! 笹団子の笹は食べなくていいんだよっ!?」
 オリヴィアは、両手に持っていた笹をそっとお皿の端に置いた……。
「何個食べてもいいけど! 腹八分目! 八分目!」
「腹八分目っていうのは8分以内にぜんぶ食べるって意味じゃないよ!」
 オリヴィアはメモしておいた。
「うははは!!」
 お腹いっぱいになったミネルバはごろごろと畳にねっ転がっている。彼女の周りだけ異常に食べカスが散らばっているのはこの際無視しよう。
「まったくもう……。ところで、おねーさん。あの短冊って、みんな何をお願いしてるの?」
 お茶を飲んで落ち着いた頃に皿を下げにきた加夜にさっきから気になっていたことを質問すると、『勿論ですよ』という返答と一緒に短冊と筆記用具を渡される。
「そうですね。一概には言えませんが、誰かの幸せをお願いする方が多いようです」
「ふーん?」
 円はオリヴィアを見て、『じゃー、ボクもお願いかこーっと』とペンを走らせる。そこに何が書いてあるのかは、オリヴィアからは見えなかった。


「ごちそうさまー。また来るわー」
 正座の後で生まれたての仔馬のようになりながら会計を済ませたオリヴィアの言葉に、深々と頭を下げる。アルバイトを始めてまだ日が浅いけど、こういうお客さんに出会えるとそれだけで嬉しい。
「またぜひいらしてくださいね。心よりお待ちしております」
 3人の後姿を、また見られる日が来るといいな。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 とろんとした青い目を持つ闇咲 金音(やみさき・かのん)は、注文が届くまで闇咲 阿童(やみさき・あどう)に買ってもらった浴衣を眺めてにこにこしている。呉服フロアの帰りに食品フロアも見ていたら、偶然見つけて来店したところだ。
「可愛いお洋服、ありがとう。パパ!」
「そいつぁ洋服じゃなくて、和服っつーんだ。……ああ、もう七夕か。金音、七夕知ってるか」
「ううん、それってな〜に?」
 ふるふると首を振る金色頭に短冊をぽふっと乗せてやる。金音は珍しそうにそれを手に取り、裏返したり透かしてみたりするが普通の紙と変わらないように見えた。
「これに願い事書くとな、えーと……偉い人が叶えてくれることもある」
「サンタさん?」
「……今度、詳しく教える」
 阿童は届いたクリームあんみつを食べる間に、しばらく食事をとっていなかったことを思い出す。口にスプーンをくわえながらメニューを見ていると、善哉や団子は甘い味付けだがくい応えがありそうに見えた。金音が長いスプーンで一生懸命食べている抹茶パフェも、ガラスの器についた冷たい水滴がキラキラ反射していてこの時期食欲をそそる。


「ユーリ抹茶パフェ食べたいな!」
 隣も子供連れか?
 阿童たちの隣のテーブルに沢渡 真言(さわたり・まこと)ユーリエンテ・レヴィ(ゆーりえんて・れう゛ぃ)沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が腰をおろす。こちらも浴衣や甚平を選んだ帰りらしく、両手に大きな袋を抱えていた。ユーリエンテはそれに加え、食品フロアで購入した大量のお菓子に囲まれて満面の笑みを浮かべている。
「私は、クリーム餡蜜にしましょうか。隆寛さん、お抹茶ありますよ」
「ユーリ君、元気ですね……。そうですね、甘いものは苦手なので抹茶でお願いします」
 試着をしていた真言と隆寛を待ってる間に、ユーリエンテは食品フロアに遊びに行っていたらしい。そこで新月を発見、甘いものが食べたいと駄々をこねて情熱で2人を引っ張ってきた。
「せっかくの短冊ですし、待っている間何かお願い事をしましょうか」
 金音が願い事を書いているのを見て、真言は自分もやってみようと思ったようだ。執事らしくさっと筆記用具を渡すと、2人に七夕の簡単な説明をしてやる。
「ほう、そんな風習が……」
 隆寛は抹茶を飲みながらしばし思案するが、どういった物を書くべきか迷ってユーリエンテに願い事を訪ねた。
「短冊のお願い事はええとね、ええとね……『お父さんとお母さんが欲しい』……とか、駄目かなぁ」
 上目遣いで尋ねるユーリエンテの様子に感じたものがあった隆寛は、自分の短冊に書く願い事が決まったようだ。
「マコトにはパパもママもいるからいいなぁって思ってたの。駄目、かなぁ」
「……それでは私はこうしましょうか」
 『元気な子に恵まれますように』
 自分とユーリエンテの短冊をなるべく高い所に結んでやった。ユーリエンテは隆寛の短冊の意味がいまいちよくわからなかったらしいが、自分のことを案じてくれているのはわかった。
「……私は、これで」
 『私の好きな人が遠くて違う場所にいても、笑顔でありますように』
 真言は、自分のことは願わない。願っても、かなえてもらおうとは思わない。
「2人とも、どういう意味?」
「七夕とは、そういうものなのです」
 首をかしげるユーリエンテだが、真言と隆寛は心情を話す気はないようだ。まあ、いいやーとユーリエンテは抹茶パフェをもぐもぐ食べている。みんなで食べると美味しいね!


「パパはなんて書いたの〜? 教えて〜」
「みーるーなー」
「金音はねぇ〜パパとずっと一緒にいられますようにって、書いたの〜♪」
 阿童の願い事は『金音がいつまでも健康で、笑っていられますように』だ。それを偶然読んでしまった隆寛は、ああいう親子関係もアリですねえ。と、ユーリエンテの頭をなでながら考えるのであった。