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【空京百貨店】呉服・食品フロア

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【空京百貨店】呉服・食品フロア

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3、浴衣コンテスト・昼


 狼のしっぽをご機嫌そうにふりふりしている橘 カオル(たちばな・かおる)は、同じのぞき部の椿が一生懸命うちわを配っているのを見つける。表には空京百貨店と大きな文字で書いてあり、呉服フロアで浴衣を買った帰りにもらっていく人が多かった。
「浴衣コンテスト、本日開催でござる〜!!」
 空京百貨店は今日も満員御礼。椿は警備係としてメロンパンの行列管理をしていたが、偉い人からの指令でコンテスト会場にも借りだされていた。
「わおーん!! 宣伝お疲れさまだぜっ。オレにもうちわをくださいなー♪ これ、おごりなっ♪」
 はいっ、とカオルから缶ジュースを渡される。その場でカオルと乾杯すると、タブに指をひっかけた瞬間『くいーん』という声がした。むむ、炭酸でござったか。ふっちゃダメでござる。
「ちょうどいいタイミングでござる。ここに注目でござる」
 椿がうちわをひっくり返すと、裏には『のぞき部顧問募集!』と太字でアピールされている。いいアイデアだと思ったカオルは自分も一緒にうちわを配り、あらかた配り終えたところで一緒にコンテスト会場へ向かうことにした。本日、カオルは審査員。椿は警備係として参加が決まっているのであった。
 浴衣コンテストは武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が呉服フロアに企画を持ち込んだことで実現したものだ。浴衣の売り上げアップを見込んで大々的な宣伝が必要だろうが、マネキンよりも実際に着てもらった方が消費者のハートをガッチリつかむのではないか? モデルを一般公募にすることでコストを大幅に削減、友好的に浴衣の良さをアピールできるはずだ。
「コンテスト参加者への商品は甘味どころ『新月』での食事を俺の自腹で用意させて貰うので、浴衣の提供と場所は何とか出来ないか?」
 いろいろ説得してみたところ、場所とある程度の予算を提供してもらうことができた。ただし、百貨店側からの条件として『警備員を数名配置』『家族連れでも楽しめる雰囲気』を守ってもらうことにする。また、出場者に限り浴衣を割引きで販売しよう。
 呉服フロアからの条件をのんだ牙竜は如月 正悟(きさらぎ・しょうご)に声をかけ、審査員と出場者あつめに精を出していた。
「夏のおっぱい党が試されているようだ……」
 使命感に燃えた瞳……。党首として、いや、一人の変態として正悟の熱い夏が始まる……。


 出演者探しの話を聞いていた樹月 刀真(きづき・とうま)がパートナーたちに参加しないか尋ねてみると、刀真の友人が主催する企画なら。と、参加を快諾してくれた。
「財布が随分軽くなった……報酬の良い依頼を探さないと」
「ふむ、どうだ似合うだろう? 刀真」
「玉藻……お前普段肌襦袢で歩き回っているのに。今更色気アピールされてもな」
 残高を考えて遠い眼をしていたが、赤を基調とした浴衣を選んだ玉藻 前(たまもの・まえ)が意気揚々とあらわれて目を丸くした。大胆にあいた胸元とむき出しの肩が色っぽい。纏めた髪に、赤い牡丹の髪飾りを合せている。
「ううっ、ぴったり。……似合うかな?」
「こういう服装は初めてです。月夜さんに選んでいただきました」
 対して封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)の手を引く漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、百合や撫子の柄が入った青地の浴衣をすらりと着こなしていた。彼女は胸元に少々やるせなさを感じているが、まとめて縛ったリボンもあって清楚な雰囲気がにじみ出ている。白花は白地に赤い金魚の浴衣を着ており、髪には薔薇の髪飾りを付けていた。白花は出自ゆえ、こういった大勢での買い物や季節の服装に慣れてない。『コンテスト』なるものがどういった催しなのかも細かく知ってるわけではないが、積極的に外の世界を楽しんでいた。
「3人とも綺麗だよな。単純に知っている気になっていただけか……駄目だな〜俺」
 当然だ! と胸を張る前と、張れる胸がなくて落ち込む月夜であった……。
 一方、呉服フロアの男性コーナーでは閃崎 静麻(せんざき・しずま)橘 恭司(たちばな・きょうじ)が自身の浴衣を吟味している。特に恭司は参加を決めたが趣旨に不安が残っていたため、情報通信技術を駆使……ただの携帯メールなのだが……で静麻を呼び出したのだった。
「女装強要防止しとくか。髪はこの際下ろしておこう」
 やはり呼び出して正解だった。正悟いわく、『いたって健全な浴衣コンテスト』なので出場するが、過去の経歴から平和に終わる気がしない。静麻の意見に従い、男女兼用に使えそうなものにしよう。
「そうだな。俺は……この黒地のやつにしておくか」
 恭司は黒無地の浴衣、静麻は紺の作務衣で会場に向かった。途中で着付けの終ったレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)服部 保長(はっとり・やすなが)神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)と合流し、参加者チェックを済ませ正悟に挨拶する。浴衣コンテストに強制参加がきまって肩を落とすレイナに軽く手を振ると、静麻は席に向かっていった。今日はのんびり浴衣美人を楽しもう。
「コンテスト、か」
 自分以外に男の参加者はいるのか?
 少し不安にならなくも、ない。


「審査への気合いはいかがでござるか?」
「おっぱいに貴賎はない。大きくても小さくてもいいんだぜ」
 プール・温泉・海、ここで活躍する部はなんだわん?
 はーい、それはのぞき部でござるー☆
「浴衣美女がいっぱいでござるなぁ。ニンニン」
 のぞき部2人は参加者控室の様子をこっそり隣の部屋から確認したかったー……のだが、流石に警備係がそれやっちゃうとアレなので、今回はおとなしく審査員席でお茶菓子を食べながら雑談している。
「ややっ、何やら田中殿がもめているようでござる」
 正悟は静麻と恭司から『女装は田中でいーんじゃねーの?』と軽くいなされ、『ですよねー☆』と答えてしまった。そのためエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)に適当に女性の浴衣を選んでもらい、じりじりと牙竜を捕獲する体制に入っている。
「ちょっと待て! 最下位が女装じゃなかったのか!?」
「大丈夫、優しくするから。さあ、怖がらないで……本当の自分に素直になるんだ」
 ヘイ・カモン!
 党首がパチンと指を弾くと、四方八方から牙竜めがけて火の玉が飛んでくる。無防備な人間に容赦のないこの仕打ち、鬼! 鬼がいるでえ!
「ご主人様のお役にたてるのなら、私は何でもしますよ〜」
「ギャアアアア!!! あちっ、あちちちち!!!!」
 牙竜はゼファー・ラジエル(ぜふぁー・らじえる)の火術でパンツを残してきれいに焼かれ、リリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)とともに参加者控室に連行された。
「しくしくしくしく」
「ご主人様ー。私も参加しますー」
 おびえた目をした牙竜を見て、ゼファーはくるりと向きを変えた。やりすぎちゃったかも?
「……やっぱり食品売り場みてからお手伝いしますー。お菓子ーお菓子ー」
「ゼファー、グッジョブ! で、その手に持ってるのは?」
 これですかー♪ とビニール袋を持ち上げるゼファー。中には伝説の『でろーん丼』が……。総菜コーナーに売られていたのを発見した彼女は、正悟が喜んでくれるかと思って買ってきたのだ。
「売ってたのか、おそろしいデパートだぜ……。よし、それは田中賞にとっとこう」
「はーい」
 能天気に敬礼をするゼファーは大変可愛らしい女の子だ。田中賞を大事そうに抱え、鍵の付いた檻の中へてってけてーと閉じ込めに行く。ご主人様に仕事を任されたのがとても嬉しかったのだろう。


 女性参加者控室。浴衣の割引にだまされて購入したら参加するはめになってしまったエミリアが、ぐすんと鼻をすすって複雑な表情をしていた。
「なんか綺麗に浴衣きれたけど、ぐすっ。どうしてこう、納得できないのかしら」
 そりゃ、前々から1着ほしいと思っていたけど。浴衣着たことなかったし……。ううっ、水着の上から着付けてもらったけど、なんで正悟こんなことできるのよーっ。
「心中お察しいたします……」
 その隣では同じく途方に暮れた様子のレイナが、淡い青色の浴衣姿でゼファーに話しかけてきた。彼女もまた、静麻に浴衣を買ってもらった後に割引の話を聞いて引くに引けなくなったのだ。エミリアは薄いピンクに朝顔模様の浴衣を着ているが、女性らしい華やかな彼女の浴衣に比べると、レイナの浴衣はもう少し質素でパリッとした印象だ。着こなしに隙がないのかもしれない。
「拙者は昔よく着ておったし、こういう催事は好きでござるよ」
「私は全然知らないけれど、興味津々。胸が苦しいけど、そういう風にあければいいのね?」
 黒に近い紺色の浴衣を選んだ保長は、着ているというよりひっかけていると言った方がしっくりくる気が……。胸・ふともも・うなじがガバリとあいており、何とも言えない色香を放っていた。プルガトーリオはそれにならって胸元を楽にした。赤い浴衣からちらちら見える汗ばんだ白い胸……目で追わない男など、果たして存在するのだろうか。
「これ着るの初めてだけど、コンテスト出るなら何かしたいところよね。保長は何かする?」
「ふむ。こういった催しはサービス重視でござる。多少えっちぃくらいが丁度いいでござろう」
「えっちなのはいけないんだよねー」
 浴衣コンテスト用に血煙爪で丸太から掘り出した像を搬入していたリリィが、2人の会話にひょいっと入って『ごめんね!』と片手で拝んでいる。呉服フロアとの約束で建前上、家族向けの企画になっているからだ。
「あれはリリィ殿が作られたのか。よい出来でござるな」
 木彫りの浴衣姿の女性像は、コンテスト会場の目印として有効活用されていた。コンテストではそういう趣味もアピールしていきたいと考えている。
「そろそろ時間だよ。牙竜が連れて来いってさ」
 リリィは水色に金魚が書かれた浴衣を着ていた。同じく控室にいた月夜は彼女の胸元と自分の胸元をさりげなく見比べて、むんっと気合を入れた。仲間がいてよかったっ。


「初めまして白花と言います。こういった体験は初めてなので楽しめたらと思いますよろしくお願いしますね」
「白花殿、浴衣美人でござるなぁ。……あっ、拙者の配ったうちわでござる」
 浴衣コンテスト参加者は知り合いが主催ということもあり、リラックスして楽しんでいるようだ。審査員のカオル、正悟は真剣なまなざしでメモをとっている。
「審査員に参加したのは良いが……正直良くわからん」
 自分もメモを取った方がいいのだろうか。
 困った刀真は正悟が何を書いているのか気になって、悪いと思いつつちらっと覗かせてもらった。

!?

 なんだこの『おっぱいポイント(通称OP)』って……。こんな真面目な顔でそんなポイントを? うっ、カオル、お前もか! まずい、本格的に場違いな気がしてきた……。
「白花は楽しんでいるみたいだな……良い笑顔だ。お、俺は笑顔専門にしよう」
「わんわん」
 カオルはこの日のためにファッション誌や今年の流行をチェックしていた。服の上からでも超感覚と博識を駆使して実物のそれを想像する術を厳しい修行で体得していた彼に死角はない。
「お、田中だ。予想を上回る残念な出来だな」
「骨ばった足でござる」
 観客席で椿と一緒にコンテスト見物をしていた静麻は、ミニ丈着物の牙竜が自暴自棄になってスキップしているのを見た。司会の座も正悟に乗っ取られてしまった。彼は百貨店に来るとろくなことがなかった。
「恭司殿は格好いいでござる。拙者も欲しくなってきたでござる」
「作務衣いいぜー。お、今度は色っぽい雰囲気だな」
 プルガトーリオは火術を使って妖艶な舞を披露している。ちらちらと見える白い生足が話題を呼んだ。

「玉ちゃん、何を!? ……ずっ狡い!」
「女の武器の一つを使っているだけだ……、男共の視線が我の胸に釘付けであろう?」
「くっ、悔しくないモン〜……」
 前は流し目で男性陣を悩殺していき、正悟のOPに最高得点をたたき出していた。現在は参加者アピールが終了し、審査員たちの結果を待っているところだ。
「結果が出たようだな……」
 恭司がぽそりと呟くと、気まじめな顔をしたカオルと正悟に、気まずい顔をした刀真が戻ってきた。正悟はスタンドマイクをつかむと今回の結果発表を始めるため、参加者に舞台へ集合するよう呼びかけている。
「テステステス……。えー、今回はお集まりいただき誠にありがとうございます。司会兼審査員の如月正悟です。まずは田中賞の発表です……受賞者は……田中!!」
 ドラムロールとともに牙竜にスポットライトが当たった。あれ? なんかあんまり嬉しそうじゃないね。不満そうだね!
「副賞は『デローン丼』です。とりあえず襲い掛かられて食わそうとされるか、自分で食うかの違いだし、多少飲み込めないで地獄を見るだけだから☆」


 恭司もいるのに狙い撃ち?

 彼は社長で、お前は田中☆


「はい、続いて優勝はレイナ・ライトフォードさんです! 『新月』食べ放題の権利と、副賞としてネコミミが贈呈されます。今ならなんと晒もついてくる! では、審査員の橘 カオルくん。コメントお願いします」
「はい、非常にいいおっぱいでした!」
「コメントありがとうございます!」
 レイナは家に帰りたかった。
「続いて準優勝者の発表です。準優勝者はリリィ・シャーロックさん! あなたにはやっぱりネコミミと、副賞として胸パッドをプレゼントです。審査員の樹月 刀真くん。コメントよろしくね!」
 刀真は心の中で謝りながらリリィの頭にネコミミを授与した。
「……受賞おめでとうございます。笑顔の素敵さはもちろんのこと、芸術面でのアピールを評価しました」
「あ、ありがとうございます……」
 リリィは内心牙竜に浴衣姿をスルーされているのが不満だったが、彼がデローン丼にお尻をかまれているのを見てだんだん不憫になってきた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「む〜。玉ちゃん刀真と腕組んでズルイ」
「そこまで言うなら玉藻さんにお願いしてみたらどうですか?」
「……玉ちゃんと一緒に出掛ける事あまりないし今日は我慢するよ」
 帰り道、白花にじゃれつきながら唇を尖らせている月夜。前方を軽くにらむが、それほど本気ではないようだ。リリィやレイナは牙竜のおごりで今頃抹茶パフェでも食べてるだろう。椿が手配したおかげでいい席が取れているはずだ。
「白花と玉ちゃん仲が悪い?」
「……玉藻さんは以前封印されていたみたいですし、封印を司る私の事はキライみたいです」
 刀真たちは同じテーブルに座るのが気まずかったようで、コンテスト参加者に断って先に帰ることにした。カオルが前の胸元を寂しげな様子で見送ったのは言うまでもない。恭司は静麻にアドバイスの礼を言い、正悟の作戦に引っ掛からなかった祝いに団子を一皿御馳走したようだ。
「お前とこうして出かける事は少ない、今日は我の望みを聞け」
「分かったよ、今日は君の我が儘を聞きましょう。俺の可愛い狐さん」
「お前のじゃない……可愛い狐さんとか言うな」
 刀真は今回のコンテストがパートナーたちが仲良くなるきっかけになればと考えていたようだが、上手くいかないものだなぁとお悩みのご様子。エミリアや保長のようにほのぼのとした関係になるのは、まだまだ先のお話。