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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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第一六章 会戦


 風景が変わった。
 曇天の岩沙漠。薄暗い空は、夜の明ける気配がない。
 彼方に、天地を繋ぐが如き巨人の影。
「ここが画家の夢の中か。あまり良い趣味ではないな」
 鬼崎 朔(きざき・さく)が鼻を鳴らす。
「そうですか? 私には素晴らしいセンスだと思いますが……血まみれの巨人なんて、最高のモチーフと思いません?」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が、ほぅ、と感じ入ったような息をついた。
「『首なし』と思っていたのが、『雲に隠れていただけ』というのは少し残念でしたけど」
 そして、風景の中には「餓鬼ソルジャー」「岩山トカゲ」「巨大ハーピー」の姿も見えた。
 問題は、それらが全員こちらに向かって進軍中であり、その数が膨大である、という事だが。
「話して解決できればそれに越した事はないと思ってたけど、そういうわけにはいかなかったようだね」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は首を振った。
「話して済むような相手なら、もっと早くにこの騒ぎは収まっていたでしょう」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)は得物を構えた。
 突入部隊も、進軍を開始した。歩きながら、自然に隊列――前衛、後衛が決まっていった。
 敵の進軍が止まった。陣形が見える。一番前に岩山トカゲが並び、その後ろに餓鬼ソルジャーの部隊。ハーピーはホバリングしつつ、こちらの出方をうかがっている。
 前衛に立ち「ディフェンスシフト」を使った美央は、「厄介ですね」と呟いた。
「前に壁、はセオリーですが、いきなり大物を並べますか」
「確かに厄介だな。ブレスが機関銃の象徴だとすると、こちらは最初に機銃掃射に晒される事になる」
 朔が、正面の岩山トカゲを睨みながら言った。
「道がなければ作ればいい、当たる前に突っ込めばいいのよ。」
 セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が幻槍モノケロスを構える。
 彼方で何頭かの岩山トカゲが吼えた。一呼吸置いて、足元にぱらぱらと何かが転がってきた。小さな石――いや、拾い上げると間違いなく「弾丸」の形をしていた。
「タイミングを合わせて突撃しましょう」
 美央の提案に、自然と最前衛になった朔とセルファは頷く。
 10――9――8――
 誰とも無く、カウントダウンを始めた。
 7――6――5――4――
 緊張が、後衛の人間にも伝わる。
 3――2――
 美央が一度得物の「忘却の槍」を置き、ポケットの「黒檀の砂時計」に手をかけた。朔も同様だ。
 1――0

 セルファが自身に「ファイアプロテクト」をかけた上で、「バーストダッシュ」で走り出した。朔と美央も、「黒檀の砂時計」で自分のスピードを上げ、突入する。
 先頭に美央。彼方より咆吼。正面に構えたラスターエスクードに、無数の弾丸が弾かれる。
 居並ぶ岩山トカゲの壁が見えてきた。でかい。あまりにでかい。が、一体でも倒してしまえば、大きな突入口ができる。
 セルファが「爆炎破」を発動した。同時に、その身に真人からの「ファイアストーム」が重ねられ、彼女は火の渦そのものとなった。
 朔も「ドラゴンアーツ」を、美央も「パワーブレス」「ライトブリンガー」「ランスバレスト」を発動する。
 指呼の距離に岩山トカゲが迫る。直後、三人の攻撃がその巨体に撃ち込まれた。
 悲鳴――倒れない!?
 再び悲鳴が轟く。今度は断末魔だ。岩山トカゲの背中から、槍の穂先の形をした光が飛び出した。
 岩山トカゲの巨体は消滅し、そして、その奥に群がっていた餓鬼ソルジャーらが一斉に銃口を向けた。
 再度、美央を先頭にした隊列。「バーストダッシュ」と「黒檀の砂時計」を準備し、彼女らは再度突撃した。
 その戦いを「遊夢酔鏡盤」を通して「現実側」から見ていたギャラリーは、呆気に取られた。
 ――えーと、美央さんは今何やったんでしょう?
 ――槍ネジこんで、で、「ライトブリンガー」使ったんじゃないか?
 ――有りなの、それって?
 ――まぁ、夢の中ですしねぇ。
 ――すみませんが、「ライトブリンガー」って、物理攻撃ランダム1体、魔法攻撃ランダム1体っていう技でしたよね? 1対多数の戦闘だと、使い勝手悪そうな気がするんですが……
 ――だから的をひとつに絞る為に、槍をネジこんだんだろう。物理攻撃も魔法攻撃も、これなら両方ひとつの目標にまとめる事ができるからな。
 ――えげつねェなぁ。
 ――敵の内部から「ライトブリンガー」を発動させてダメージを集中させる……敵としては、防御も回避もしようのないまさしく零距離からの攻撃。あの技は「ブリンガー零式」あるいは「ゼロ・ブリンガー」とでも名付けようか。
 ――ぐっ……!
 ――? どうしたんですか?
 ――何でもない……カッコいいとかうらやましいとか思ってないぞ俺は!
 ――うらやましかったのか……
 ――そういえば、セルファさんの突撃も凄かったですねぇ。
 ――やり過ぎじゃねぇ? 相棒よくあんな攻撃にオッケー出したな。
 ――渦巻く炎の引いた尾が、鳥の翼に見えたな。
 ――「ふぁいあーばーど何ちゃら」とでも呼ぶか?
 ――いや、もっと豪快に「フェニックスアサルト」と……
 ――ちくしょう、ちくしょう! カッコよくない! うらやましくなんかない!
 ――素直に「かっけー」とか「すげー」とか言えよ、うるせーな。

 先頭の三人が開いた「トカゲの穴」に、北都、クナイ、リカイン、ルナミネスが飛び込んだ。
 他の岩山トカゲからのブレスは、リカインが先頭に立ちラスターエスクードで止める。穴に飛び込んでからは、その巨大な盾を縦横無尽に振り回し、餓鬼ソルジャーを片っ端から蹴散らしていく。
 乱れた陣列の隙に、北都が飛び込むと、銀の糸が空間を自在に踊る。「ナラカの蜘蛛糸」だ。銀の軌跡にあった餓鬼ソルジャーの腕、体、銃は次々に輪切りにされ、地面に転がった。北都の死角にはクナイが付き、クレセントアックスを振るって牽制。
 その後ろからルナミネスがそこかしこに「火術」を放ち、餓鬼ソルジャーらの混乱をいっそう加速した。
 ――ねぇ、盾って防具だよね。
 ――盾ってあんな使い方あったんだ。知らなかった。
 ――いや……俺はどこかで、ああいう戦い方を見た事ある。
 ――盾で?
 ――盾じゃなかったけど、似たような、平たい、こう……
 ――じれったいですね。早く思い出して下さい。
 ――思い出した。プロレスの場外乱闘だ。畳んだパイプ椅子振り回して暴れるヤツ。
 ――あぁ、なるほど。
 ――あーぁ、はいはいはい。似てるね、確かに。

 トカゲの穴を縦の穴とすれば、先頭と第二陣が突入し、餓鬼ソルジャーを蹴散らして広げた領域は横の穴と呼べるだろうか。
「さぁ、ゆくぞ諸君! 彼らが切り開いた突破口、無駄にはするな!」
 ジークフリートが叫び、走り出す。
(何であいつが仕切るんだ?)
 そんな疑問を感じながらも、満夜、ミハエル、縁、イオタ、アインらが続く。なるべく姿勢を低くして機銃掃射を避け、「横の穴」に飛び込むと、餓鬼ソルジャーの隊列のあちこちで魔法が炸裂した。
 「酸の霧」があちこちに発生し、雷が爆裂し、「凍てつく炎」が渦を巻く。
 「横の穴」がますますその口を大きく開けた時、空から轟音が響いた。上空のハーピーの編隊が口を開け、広げた羽から凄まじい速さで羽毛を飛ばしてきた。
 それはまさしく、「機銃」の様である。
 凶暴な笑みを浮かべて、優梨子が「地獄の天使」で翼を広げ飛翔、さらに「奈落の鉄鎖」で加速してハーピーに飛びついた。心臓と思しき部分を「忘却の槍」で貫き、絶命した事を確かめると、近くを舞っていた別のハーピーに向かって飛びつく。今度は首をつかまえ、頸骨をへし折った。
 その援護に、ブルーズがやはり「奈落の鉄鎖」を用いて空のハーピーを引き落とし、地面に叩きつけた。地を這いずるハーピーは、縁やアインが止めを刺した。
 ――優梨子さん生き生きしてるねー。
 ――何ていうか、舞台にとけ込んでるねー。
 ――巨人よりも何かラスボス臭くないか?
 ――えーと、ラスボス手前の強敵って感じ?
 ――初見じゃ絶対死ぬよね。
 ――攻略はさ、まず安全地帯見つける所から始まるんだよ。
 ――登場したらとりあえず背後に回る。
 ――俺なら真っ正面につくな。
 ――あー、迂闊に攻撃すると発狂入りそうだから、俺タイムアップパターン研究する。
 ――時間待ちだとかえって辛くねぇ? 全火力集中して速攻パターン作った方が安定するんじゃねぇの?
 ――開幕ボム連発? 変な場所壊すと発狂入らないか?
 ――何の話ですか一体……。

 不意に、岩山トカゲの機銃掃射が止んだ。美央が「忘却の槍」で「縦の穴」の周辺数頭の岩山トカゲを攻撃していた。「飛礫ブレス」は岩山トカゲにとってのスキルであったらしく、彼らは何度か咆吼したが、その技は封じられていた。
 安全が確保された所で、残りのカガチ、メイベル、セシリア、フィリッパ、真人が飛び込み、直接攻撃や間接攻撃の層を厚くした。
 餓鬼ソルジャーらの銃撃は盾に阻まれ、銃剣を着剣しての戦闘は簡単に懐に入られて圧倒される。距離を置けば「魔法」でまとめて吹き飛ばされ、、中・遠距離支援は封じられ、航空支援は全て撃ち落とされ――
 気がつけば、「悪夢からの軍勢」は全て消えていた。
 餓鬼ソルジャーの群れも、岩山トカゲの列も、巨大ハーピーも、全て滅び去っていた。

「あ、あれ! 見て下さい!」
 巨人の動きに最初に気付いたのは、ファイリアだった。
 姿勢が猫背気味に若干前かがみになり、腕がダランと垂れ下がる。脱力気味のポーズを取ると、雲の中から何かが地面に落ちてきた。
 轟音――砂塵――地響き。
「……何が起きたんでしょう?」
 刹那が眼を凝らす。起きた事の正体が見えた時、彼らは全員呆れた。
 落ちたのは、巨大な下顎だった。
「……えーと」
 郁乃が巨人の態勢を真似てみた。猫背、前屈み、腕を下げて、下顎をから力を抜くようにして口を開ける。
 ――それは、「開いた口がふさがらない」のポーズである。
「うわぁ……シュールだねぇ」
 終夏も、口をポカンと開けながら巨人を見た。
「シュールじゃなくて、マンガって言いませんか?」
 翡翠がこめかみに指を当て、溜息をついた。
(こりゃあ確かに悪夢だ)
「ほぅ? 少しは楽しませてくれるようだね、アルベール・ビュルーレ。そんな反応は予想していなかったよ」
「できるヤツなんざいてたまるか」
 拍手する天音に、エヴァルトがツッコんだ。
 同時に、周囲が騒がしくなった。
 ――あれ、ここはどこ?
 ――私達、美術館で絵を模写してて……
 ――やだ、何ここ! 何なのよ一体!
 ――きゃあぁぁぁっ! いやぁあぁぁっ!
 一般人の被害者が正気に返り、恐慌状態に陥ろうとしていた。
 すかさず珂慧が彼らの前に躍り出ると、腹から声を絞り出し、
「静かに! 静かにして下さい!」
と大声を出し、大きな音を立てて「ぱん! ぱん!」と手を鳴らした。
 一般人達は、キョトンとして珂慧に注目した。
「いいですか? 皆さんは、空京美術館に来ていた。そうですね?」
 一斉に頷く。
「空京美術館では、アルベール・ビュルーレ展が開かれていた。皆さんは、それを模写していた。そうですね?」
 また一斉に頷く。
「詳しい理屈は省きましょう。どうやら皆さんは、そして、僕達は、アルベール・ビュルーレの精神世界に飛び込んでしまったみたいです……でも、ご安心下さい!」
 珂慧は力強く言うと、目の前のひとりひとりの眼をしっかりと見て、頷いた。
「この世界から抜け出すのは簡単です。夢か否かを確かめる方法は何があるか? そうです、頬をつねればいいのです。現実に帰ったら、まず最初にお友達や親御さんに『心配かけました』って言って下さいね。皆さん気が気じゃなかったようですから。では、あなたから」
 微笑みながら、珂慧は一番近くにいた美大生に向かって「どうぞ」と手を差し出した。美大生は、言われるままに自分で自分の頬をつねり、姿を消した。

 美術館で、動きがあった。
 美大生のひとりが我に帰った拍子に椅子から転げ落ちたのだ。
 綺人とクリスが駆けつけ、彼女を保護した。
 ――その後、次々に一般人被害者は意識を取り戻し、順次誘導され、待たせてあった救急車に運ばれていった。
 救急車を「根回し」で手配したのは、ダリル・ガイザックである。