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恋歌は乾かない

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恋歌は乾かない
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chapter.9 蛍火が映せし恋は月模様 


 みなと公園。
 夜を迎えたこの場所は、より静かで甘美的なムードに溢れていた。蛍が見れるスポットとして有名なため、それを目的に集まる人が多いためである。

「やっぱ、そのメイド服は夜でも目立つな。あ、いやもちろん褒めてるんだからな?」
「ふふ、はい、ありがとうございますぅ」
 霧島 玖朔(きりしま・くざく)咲夜 由宇(さくや・ゆう)は、蛍の道を並んで歩いていた。
「それにしても、話しかけられた時はびっくりしましたよー」
 由宇は、夕方初対面の玖朔にいきなり話しかけられた時のことを話題に出した。
「なんだ、もしかして嫌だったのか?」
「いいえっ、誰か話しかけてくれないかなぁと思っていたので、嬉しかったですぅ。あ、なんか今の言い方だと、ナンパ待ちしてたみたいですね……」
「ほんとは、待ってたんだったりしてな」
「だ、だから違いますー……! ほら、ここの公園って蛍が見れるっていうから、見てみたいと思っていたんですけど、周りはカップルばかりでひとりだと気まずかったので……」
慌てて誤解を解こうとする由宇を、玖朔はゆっくり頷いてみせた。
「大丈夫、分かってるって」
 そんな他愛無い会話をしながら、ふたりは道を進む。やがて、彼らの両脇にぽう、と光が生まれ始めた。
「わぁ……綺麗ですぅ」
「なんていうか、神秘的だな」
 雰囲気を壊さないように、小声で感想を言い合うふたり。
「イルミンスールにも、蛍はいるのか?」
 ふと気になり、玖朔は由宇に尋ねた。
「うーん、いるとは思いますけど、場所が場所だけに変な蛍さんもいそうですぅ」
「変な蛍、か。それもそれで面白そうだな」
 その後もお互いの学校のことや恋人についてのことを話すふたり。いつの間にか、話に夢中で蛍がたくさんいる地点を通り過ぎてしまっていたようだった。
「あら……蛍が見えなくなってきちゃったです……」
「っと、悪い、つい話しこんじゃったな」
 玖朔は軽く頭を下げた後、「でも」と付け加えた。
「その分、蛍よりも良いものが見れた気がするな」
「えっ?」
「……聞き返したって、二回は言わないからな」
 そっけなく返す玖朔。由宇はなんだかそんな玖朔が、ちょっと可愛く思えた。怖そうな外見で、ちょっと最初はやっぱり怖かったけど。本当は優しそうって予想が当たって、良かったと。
 由宇は、小さく笑うとかかとを上げて手を伸ばす。身長差があったけど、どうにか玖朔の頭に触れることが出来た。
「今日付き合ってくれたお礼ですー。また、どこかで会えたらよろしくですぅ」
 玖朔の頭を不器用に撫でると、由宇は彼の前から去っていった。
「今度は、変な蛍ってのを見に行くのもいいかもな」
 彼女がいなくなった後、緩みそうな口元を押さえて玖朔は小さく呟くのだった。

 同じく蛍に照らされた細い道。
 樹月 刀真(きづき・とうま)はパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と腕を組んで一緒に蛍を見て回っていた。
 月夜は時々携帯を取り出しては、パシャパシャと蛍を撮っている。
「月夜、こんな暗いところでちゃんと撮れるか?」
「やっぱり、今目で見ているようには……でも、後でみんなにも見せてあげるんだ」
 残してきた他のパートナーたちのことを思い、月夜が携帯をしまいながら言った。
「危ないから、ちゃんと前を見て歩かないと」
 持っていたバッグに携帯を入れようとしてうつむく姿勢になった月夜に、刀真が優しく注意する。
 ただでさえ足場のよくない道な上に、月夜はミュールを履いている。月夜を心配して言った刀真だったが、当の彼女はなんだか嬉しそうにしている。
「うん、でも平気。刀真がこうしててくれてるから」
 月夜が、刀真の右腕に絡めている腕を見て言う。ふたりは、この道を通り始めた時からずっと腕を組んでいた。
 刀真は、他人と右腕を組みたがらない。
 それは彼の聞き腕が右側で、剣士として聞き腕を塞がれたくないからという理由からだった。しかし、月夜は彼の右側にいることを許されている。そのことを知っていたからこそ、月夜は余計に嬉しかった。
「綺麗だね」
 黄緑色の光の群れを見て、月夜が話しかける。
「うん、綺麗だな」
「刀真、ここは『月夜の方が綺麗だよ』って言うところ」
 おどけて言う月夜。刀真はちょっと戸惑って、それを口にした。
「えーと……月夜の方が、綺麗だよ?」
 ありがとう。そう返す代わりに、月夜は左腕をちょっとだけ深く刀真に潜り込ませた。
 道を抜けた後も、なんとなく腕を組み続けるふたり。と、月夜がふいに腕を外して刀真の前に立った。
「月夜?」
「今日は楽しかった。楽しませてくれた刀真に……こんなお返しは、どうかな」
 前へ。刀真に吸い込まれるように前へと、月夜の足が動いた。
 初めは、手のひらが胸に触れた。唇に感触を覚えたのは、その後。
 突然のキスに呆然とし、言葉を失っている刀真に月夜はいたずらっぽい表情で言った。
「最近忘れているみたいだけど、私は刀真の剣でパートナーで……女の子だってこと、思い出した?」
 やっと喋り方を思い出した刀真は、それでもしどろもどろでつぎはぎな言葉を言うのが精いっぱいだった。
「いや、忘れていたわけじゃないんだけど、そばにいるのが当たり前すぎて意識していなかったというか、何ていうか」
「刀真、そこは何も言わないでキスを返すところ」
「……難しいな」
 冗談に困る刀真を、月夜は愛くるしいと思った。きっと本当にキスを返される模範解答をされていても、それはそれで複雑だったかもしれない。ちょっと鈍くてこういうことには頭が回らなくて。そんな彼だから、私の左腕は彼を求めるのだろう。
「他のパートナーたちには、内緒だよ?」
「……言わないよ」
 ふたりは再び腕を組んで、帰り道を辿っていった。

「すまない、遅れた」
 公園の出入り口でクロス・クロノス(くろす・くろのす)に駆け寄ってきたのは、パートナーのカイン・セフィト(かいん・せふぃと)だった。
「カイン遅い。何してたの?」
「考え事をしていたら遅れただけだ。それよりほら、蛍見るんだろ? 行くぞ」
 ちょっと機嫌を損ね気味なクロスは、その理由に納得がいっていないようだった。
「考え事って……」
 せっかく誘ったのに、そんな理由で遅れたの? とまでは言えない。クロスはモヤモヤを胸に残したまま、カインの後をついていった。
 ただでさえ恋愛関係になりそうでならないという曖昧な立場なのにそのモヤモヤも相まって、ふたりは並んで歩いているものの付かず離れずの微妙な距離を保っていた。
「私、蛍見たことないんだけどカインは見たことある?」
 先に機嫌を損ねたのは自分だと分かってはいたけれど、気まずさに耐えられず間を埋めるようにクロスが当たり障りのない質問を投げかけた。
「見たことはない」
「……そっか」
 そっけないカインの返事で、会話はすぐ終わってしまった。
 せっかく、ふたりきりで蛍を見に来たのにな、とクロスは少し残念な気持ちになる。モヤモヤは、膨らむばかりだった。
 が、蛍が溢れる道にさしかかり、その幻想的な景色を目の当たりにしたふたりは自然と顔から強張りが消えていた。
「綺麗……」
 ぽつりと呟くクロスの表情は、さっきまでより大分柔らかい。
 虫が苦手なクロスが間近で蛍を見ないよう、さりげなくカインは遠くから光を眺めることが出来る道を選んで通っていく。カインに導かれるまま、それでも一定の距離は保ったまま道を進むクロス。そんなカインの気遣いを知ってか知らずか、離れた光を眺めながらクロスは呟いた。
「来れて、よかった……」
 そんなクロスがどこか儚げに見えたカインは、彼女がどこか遠くへ行ってしまいそうな感情に駆られた。離れた光。微妙に埋まらないままの距離。カインは思った。
 もっと、近くで光を。
「……手を握って、歩かないか」
「えっ……?」
 突然隣から差し出された手。クロスは一瞬の戸惑いの後、「うん」と短く答えてその手を握った。
 そのままふたりは、ゆっくりと歩いていく。愛しい人の手を引きながら。愛しい人に手を引かれながら。
「また、こんな風に出かけたいね」
 公園を出たクロスが言うと、カインは「そうだな」と頷いた。
「そういえば……」
 そうだ、まだひとつだけ、モヤモヤが残ってたんだ。クロスが尋ねる。
「考え事って、なんだったの?」
「それは教えられない」
 頑なに黙秘権を使うカイン。けれどもう、クロスが苛立ちを覚えることはなかった。だって、今もカインの手が私に触れているから。
「次出かける時は、そんな遅刻なしだからね。じゃなかったら、何考えてたのか教えてもらうから」
 少し意地悪そうに言うクロスに、カインは困っていた。
 教えられるわけがない。これがデートと思っていいのかどうかをずっと考えていた、なんて。

 公園内の、人気が少ない暗がり。
 蛍がたくさん生息している道からは外れているため、ここでは数えるほどの蛍しか見えない。
 迦具土 赫乃(かぐつち・あかの)は、遠くで仲良さそうに話していたり、手を繋いだりしている男女をここから眺めて物思いに耽っていた。
 青色の和服は夜と同化し、場所のせいもあってかより儚く見える赫乃は、今にも消えてしまいそうに思えた。徳利から流れる甘酒を杯に注ぐと、彼女はくい、とそれを飲み干した。
 その盃に、どこからかやってきた一匹の蛍が止まる。蛍は、弱々しい光をまとって自分の周りだけを照らしている。
「あちらに行けば、仲間がたくさんおるというのに」
 つう、と杯に指を這わせる赫乃。蛍は逃げる様子も見せない。
「それとも、混じれない理由でもあるのか?」
 気のせいか、蛍が光をチカチカと点滅させたように見えた。まるで、返事をしているように。
「そうか、おぬしも独り身か……なんて、な」
 自嘲気味に、赫乃が笑う。蛍は逃げるどころか、彼女の指に止まり居座っている。
 彼女……赫乃こそ、先ほど牙竜が口に出していた、彼へと思いを告げた女性である。告白し、それが受け入れられなかった時彼女は強がってみせていた。しかし彼の存在の大きさは彼女に深い悲しみをもたらしていた。
 このまま彼を思い続けるべきか。それとも、すっぱり忘れて新たな恋をするべきか。彼女は迷っていた。
 ――すっぱり忘れることなど、簡単に出来るはずないと分かっていながら。
 赫乃は、今一度遠くを眺めた。仲睦まじい男女の歩みは、まだ続いている。
「わらわも、あのようになれたのだろうか……」
 遠くに見える光の群れが滲む。赫乃は潤む瞳からこぼれそうになる涙をどうにか抑え、気を紛らわせるように、あるいは底の底まで気持ちをおいやるため歌を詠んだ。
「もろともに あはれと思へ 山桜 やぶれし恋ぞ 淵となりぬる」
 古人が詠んだ歌を組み合わせたその歌は、どこかちぐはぐにすら感じられた。あたかも、彼女の気持ちや現状を表しているかのように。
「……未練がましいの、わらわは」
 彼女が手を頭上に掲げると、指に止まっていた蛍が夜の中へと飛び立った。赫乃は、その行く末をただぼんやりと眺めていた。



「なんだかんだで、こんな時間まで居続けちゃった……」
 みなと公園には、式部も来ていた。彼女は自分でももう何がしたかったのかよく分からないといった様子で、ひとり公園をうろついている。
 しばらく公園内を歩いていると、ふと背中に何かが当たった。振り返った式部の前には、紙飛行機が落ちていた。
「なんで、こんなところに……?」
 それを拾い上げる式部、よく見ると、紙飛行機には文字が書かれていた。
「『もしかして、紫式部か?』って……私、今日一日でどれだけ噂流されてるんだろう……」
 式部は紙飛行機が飛んできたと思われる方角に目を向けた。すると、そこには紫煙 葛葉(しえん・くずは)がベンチに座っている姿があった。
 目が合ってしまったため、式部は何となく無視できず小さく頷いた。それを見た葛葉はまた紙を取り出し、さらさらと筆を走らせだす。そして書き終えると、式部に見せた。
「さっきからきょろきょろしているが、何か探しているのか?」
 どうやら彼は、口ではなく手で会話をするようだ。式部は不思議に思いながらも、乗りかかった船から降りることが躊躇われた。ベンチまで歩み寄りはしなかったものの、彼の質問に答える。
「探してるっていうか、確かめてるっていうか……」
 とはいえ、案外自分でもうまく説明することが出来ず式部はあれこれと言葉を注ぎ足していく。それを見た葛葉もまた紙に文字を連ねていき、奇妙なやり取りが行われていた。

「すっかり遅くなってしまったな。もう月が高い」
 その頃、葛葉の契約者である天 黒龍(てぃえん・へいろん)は小走りでこの公園へ向かっていた。黒龍は、葛葉と園内で合流して蛍を見る計画を立てていた……が、学校の用事で遅れてしまったようだった。
「待ち合わせ場所はたしかこのあたりのはず……ん?」
 そこで黒龍が目撃したのは、女に筆談で語りかけている葛葉の姿だった。
「誰だ……あれは」
 式部のことを知らない黒龍にとっては自然な反応だったが、そこに不信感や疑念が混じっていることにはまだ本人も気づいていない。
 黒龍は、なぜかそこから一歩も動けなくなっていた。自分でもそれが不思議だったのか、黒龍は自問自答を始めた。
 ――何をしているのだ? 私は。早く葛葉を呼べばいい。そして葛葉のところに歩いていって、一緒に蛍を見ればいい。
 それでも喉は声の出し方を忘れ、足は金縛りにあったように動かない。黒龍は、無意識のうちに目を背けていたひとつの感情に行きあたる。
 これは、不安というものなのだろうか。女と親しく話す葛葉が、私よりも女を選んだのではないかという、そんな下卑た勘繰りが、このようなものを生んだのだろうか。
「葛葉」
 声帯をこじ開けるように、黒龍がその名前を呼んだ。その手には、彼から貰った柘榴石のペンダントが握りしめられている。
「黒……龍」
 呼び声で黒龍の存在に気付いた葛葉は、式部に一枚の書き置きを残し彼女の前から黒龍のそばへと場所を移した。式部が紙を見ると、そこにはこう書かれていた。
『色々心配しているようだが、お前はそう悪い女ではないと思う。頑張れ』
「……なんか、今日は会う人会う人に励まされてる気がする。私、そんなに幸薄そうに見えるのかな……一応源氏なんだけどな」
 なんだか切なくなった式部は、メモをその場に残したまま公園を去っていった。

「こっちに来るのだ」
 一方で、黒龍は強く葛葉の手を引っ張り人気のない場所へと連れ出していた。それは、あの女といた場所から少しでも遠ざかろうとしているようにすら思えた。
 黒龍はそのまま葛葉の体を木の幹に押し付け、木に手のひらを押し付けることで葛葉を腕の中に閉じ込めた。そのまま顔を近づけると、黒龍は憤怒とも哀願とも微妙に違った声色で、葛葉に告げた。
「唇をよこしてくれ。今すぐだ」
 そうか。これは、嫉妬だ。
 黒龍が悟ったと同時に、葛葉は黒龍に口づけた。
 その時近くの茂みからガサ、と音が聞こえた気がしたが、黒龍にとってそれは今どうでもいいことだった。

「わっ、わわっ、なんか、すごいもの見ちゃったよっ」
 ふたりのキスシーンに遭遇し、気が動転するあまり慌ててその場から逃げだしていたのは、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)だった。
「これが、恋愛ってやつ? なんだろう、胸がばくんばくんしてる……!」
 好奇心につられ、また恋愛がどんなものなのか知りたくて、カレンはこのみなとくうきょうに来ていた。時には柱の陰に隠れ、時には水面に潜り、時には今みたいに茂みに隠れて様々なカップルを見てきたカレンだったが、さすがに先ほど見た光景は、耐性のないカレンには刺激が強かったようだ。
 カレンはさっきの景色を消しさるべく、目をぎゅっと閉じた。しかし、意識すればするほどその映像は鮮明に、カレンの中で再生されてしまう。
「なんでっ!? 勝手に映像が浮かんで……痛っ!!」
 固く目を閉じていたカレンは、前方不注意で道を曲がってしまったため曲がり角から来た何かとぶつかってしまった。
「いたた……誰かとぶつかっちゃった……あれ、でもこれって、パターン的に……」
 よくある、第一印象が悪いところから始まる転校生パターンだ! とカレンは咄嗟にひらめく。耐性はないけれど、興味もまったくないというわけではないようだ。
 カレンはどきどきしながら、じいっと目を凝らす。暗闇から、徐々にその姿が浮き上がってきた。
「さあ、何パンをくわえた男の子が……って、うわああああああっ!!? 化け物だーーーーーっ!!!」
 公園中に響きそうなほどの大声で、カレンが叫んだ。彼女とぶつかったのは、マスコットキャラのミーナちゃんだった。
「お、落ち着くんだ! あんなおぞましい生物、現実にいるはずがない! アレは着ぐるみ、あくまで着ぐるみ……」
 言い聞かせるようにカレンは反復した。その時、ちょうど彼女の後ろをフレデリカとルイーザが通りがかった。着ぐるみバイトで倒れたフレデリカは、夜になりようやく動けるくらいまで回復したようだった。ふたりは、今日のバイトの思い出を語っていた。
「それにしても、ミーナちゃんは予想外に気持ち悪かったなあ……」
「でもそれに見合うだけのバイト代は……え、あれ? フリッカ、あれは!」
 ふたりは、地面に倒れているミーナちゃんと腰を抜かしながらぶつぶつ言っているカレンを目撃する。
「えっ? ミーナちゃん? つい数時間前まで、私が入ってたのに!?」
 フレデリカの一言で、やっぱり着ぐるみだったのだ、というより、それを着ていた本人が目の前にいるのだとカレンは理解して少しだけ落ち着きを取り戻した。
「なんだ、やっぱりバイトの人が中に入ってたんだね! ほんとにこんな生き物がいるのかと思ってびっくりしたよ……」
 しかしカレンの態度とは裏腹に、フレデリカは徐々に顔色を悪くしていった。
「でも、私がこれに入ってたのは日中までだし、そもそもバイトって18時までなのよ……? 労働なんとか法が厳しいから、残業厳禁って朝従業員の人が……」
 カレンの顔が、目の前のふたりのように引きつりだす。どうにか嫌な予感を消そうと、可能性を探る。
「じゃ、じゃあ従業員の人がこの中に……」
「それも、私が倒れちゃったから猛暑日は危ないってことになって、特に従業員が体調を崩したらまずいからって間違っても従業員は着ない、みたいなこと言ってたような……」
「え、じゃあ今この中にいるのって」
「ていうか……本当に今中に誰かいるの?」
 ぴたり、と時間が止まる。それを動かしたのは、むくりと立ち上がったミーナちゃんだった。
「に、逃げろーーーっ!!!」
 3人は顔を見合わせるよりも早く、全速力で走り出した。