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第8章 真夏の決闘

「わーいわーい、スイカ割りだ〜っ」
 麦わら帽子に海パン姿、ハチマキを握り締めたクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が砂浜に走り込んだ。
 ズザザザーッ、ジャンプして腹すべりをする。砂は上質のきめ細かな砂粒ばかりで、心地よくはあっても石に引っかかれるような痛みはない。それだけで、ここの浜がよく管理されているのが分かった。
「きっもちいーっっ」
 青い空、白い入道雲。打ち寄せる波の音もいいし、前髪をくすぐる潮風も心地いい。
(ああ、このままここで寝ててもいいかなぁ)
 そう思いながら寝そべっていたクマラの頭に、そのとき、ゴン、と音を立ててスイカが乗せられた。
「はいはい、そこどいて。準備の邪魔だから」
 って、スイカ乗りっぱなしなんですけどー。
「痛いよ! 口で言えばオイラだって分かるからっ」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)からのスイカ爆撃に、反論するクマラ。スイカは当然自分の物とばかりに抱え込む。
「じゃあおまえが踏み荒らした砂、ちゃんとならしとけよ。ここでやるんだから。それであのスタート地点の正面位置にそのスイカ設置ね。言ったら分かるんだろ。ちゃんとやれよ」
 言い置いて、垂はルカルカたちの方へ帰って行く。
「……ばーかばーか。垂のあじおんちー」
 砂を手でならし、スイカを設置しながら、聞こえないように呟いたつもりだったのだが。
 しっかり聞いていたとばかりに垂の影がクマラの上に落ちる。
「憎まれ口をきくのはどの口かなぁー? んー?」
「ごへんひゃひゃい、もうひまひぇん」
 むにーと頬を両方に引っ張られてしまったクマラのピンチを救ったのは、エースだった。
「垂、そのくらいにしておいてくれないかな。うちのかわいい子なんだから」
「……わーいっ、エースだいすきー」
 てけてけてけっと駆け戻る。
 ぱふん、と飛びつきながら。
「でも、負けないからねっ。エースとは敵同士なんだからね」
 クマラは宣言した。


 組み分けは、乗合馬車の中でくじ引きで決めてあった。
 【ルカルカ組】ルカルカ、ダリル、カルキノス、淵、クマラ、エオリア
 【エース組】エース、メシエ、垂、栞、ライゼ、朔
 先攻・後攻はエースとルカルカによるジャンケンで、ルカルカ組が先攻となる。
「はいはいはーいっ。オイラがいっちばーん!」
 元気よく手を上げたクマラを見て、そうくると思ったと全員ニヤリとする。
「じゃあ後ろ向いて」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がクマラの手からハチマキを取り、優しい手つきで締めてくれた。
「スイカ、オイラが真っ先に当てるんだからねっ。そんで、真っ先に食べるからっ」
「どうぞどうぞ」
 自信満々のクマラの背中を、ぽん、と励ますように叩き、ルカルカは後ろに下がる。
 クマラには道々考えてきた秘策があった。それはトレジャーセンスを使うこと! これは本来、財宝を嗅ぎ当てるスキルなのだが、クマラにとってスイカ割りのスイカはお宝なのだ。きっと、トレジャーセンスがスイカまで導いてくれるハズッ!
「いくよ〜〜」
 クルクルクルクル。ハチマキをしたままその場で4回回転して、方向感覚を掴めないようにしたあと、歩き出す。
 惑わそうとする声には従わず、トレジャーセンスを信じてクマラは歩いた。
「違う違う。こっちじゃないって」
 正面からのルカルカの声が、ちょっと切羽詰った声に聞こえるのはなんだろう?
(あっ、そーかっ! ルカってばオイラを騙そうとしてるんだなっ。同じチームだけど、オイラに一番にスイカ割られたくないんだ。よーしっ)
 クマラがむしろ、歩く速度を速めたことに、ルカルカはすっかり困ってしまった。
 ルカルカのかかとはもう海水に触れていて、これ以上不用意に下がるとタコの海に入ってしまう。かといって、避けるとクマラが目隠し状態で入ることになるし。
「こっちだろぉー! 同じチームなのに、オイラを騙そうとするなんてひどいぞっ」
「はいはい」
 仕方なし、ルカルカは前かがみになって、クマラを抱きとめた。
「クマラ失敗ーっ」
 笑いをこらえるようなエースの声がして、クマラはハチマキを外す。
 意味が分からなかった。ふわっと突然ルカのやさしいにおいがして、抱きとめられたと思ったら、失敗???
「ルカ、オイラの邪魔したのかぁ?」
「仕方ないでしょ。これ以上進んだら、あなた海に落ちちゃうじゃない」
 プーッと膨れたが、この場合、ルカルカが正しい。エースにハチマキを渡しに行くルカルカの後ろ姿を見ながら、クマラはどうして失敗したのか考えた。
(おかしいなぁ。トレジャーセンスはこっちだって伝えてたんだけどなぁ。今だってルカに……あっそーか!)
 パッと頭に閃いて、手を打つ。
(ルカのポケットに入ってるおかしだ。あれもオイラにはお宝だもんなっ)
 策士策に溺れる。
 残念! クマラの作戦は失敗した。


 エース組、先鋒はメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が立った。
「ダリル君、悪いけど、キミには負けないよ」
 ビシ。木刀の先で、ダリルを指す。名指しされたことにダリルはちょっと驚いて、どう反応すればいいか困っているような表情をした。
「おまえ、またそんなことを…」
 無理だから。絶対無理だから、そんなの。
 なんだかライバル視一方通行のメシエが不憫に思えて、ぽん、と肩を叩くエース。
 大体これはチーム戦で、個人戦じゃないし。
「これは私が用意したマイ木刀。つまり使い慣れた私に利があるのだよ。そして私は、陽光の圧力により方角を知ることができるのだ。なにしろ吸血鬼だからなッ。人間には真似のできない芸当だろう」
 ふはははは。
 高笑いしながらエースにハチマキをしてもらい、4回回転する。
 メシエは、それだけでその場にへたばった。
「くっ……太陽光が重い…」
「だから帽子をかぶれって言っただろー。おまえタシガン出で、ただでさえ人より暑さに弱いんだから」
 足を引っ張って席に戻したエースが、自分の麦わら帽子を脱いで、倒れているメシエの頭に置く。
「……曇が多いタシガン生まれだから、日差しはなるべく浴びたいのだよ……太陽光は、すばらしい贈り物なのだから…」
 帽子の影で呟く。そのとき。
 パカッ! と重い物が割れる音を聞いて、メシエはあわてて顔を上げた。
 それはルカルカ組、次鋒ダリルがスイカに命中させた音だった。
「おお、さっすがダリル」
「うぬぬぬぅ……おのれ。負けるものか。
 エース、次は私にさせろ。今度こそ叩き割ってみせる。さっきのはノーカウントだ」
 握り拳で立ち上がろうとしたメシエの頭を、エースが麦わらごと押さえつけた。
「いいからおまえはそこでしばらくそうしてろ。まだ個人戦もある。番が来たら教えてやるから」
「……頼む」
 メシエは麦わら帽子を顔に乗せて、仰向けに寝転がった。……その無用心さが引き起こした出来事――喉と額に麦わらの形で日焼けができた――をメシエが知ったのは、帰宅して鏡を覗き込んだときだった。(なぜなら、面白がってだれも教えてくれなかったからである)


「それで次、だれが行く?」
 先取点をルカルカチームが取ったことで気をよくしたルカルカが、木刀を肩に乗せて笑いながら言う。
「ん〜。じゃあ、俺行くわ」
 それまであぐらかいて見ていた垂が立ち上がった。ブラの紐の位置を直しながらハチマキを持つエースに近寄る。
「まぁ見てろって。一発決めてやっからよ」
 ニヤッと笑ってウィンクをする垂に、エースもピーンときた。
「何かするつもりだな」
 ハチマキを締められている間も、垂のニヤニヤ笑いは消えなかった。
 4回転を終えた垂の頭に黒豹の耳がひょこっと現れ、スパッツのお尻がモコッと膨らむ。超感覚を使い出した証だが、長い黒髪をアップに結っているため耳は目立たないし、みんな垂の持つ木刀の行方を気にしているからお尻には気づかない。
 大体、垂が目隠しをしているのをいいことにお尻ばかりを見ていたのがバレたら、あとが怖いしね!
「ここだーっ!」
 位置を定めたあと、耳と尻尾は引っ込めて、垂は木刀を振り下ろした。
 ちょうど真ん中でパッカリ割れたスイカを、調子に乗った垂はチェインスマイトで切り分けようとしたのだが。
「ストーップ」
 エースが肘を取ってやめさせた。
「なんだ、いいとこで止めんなよ」
「もう十分でしょ。これ以上やったら不正がバレるよ。スキルでやったら100%成功で面白くないじゃないか」
「……なんだ、バレてたのか。なら最初に止めるべきだろ」
「それはそれで」
 ニッコリ笑う。
「ルカーっ、これで同点だぞ」
(食えないやつだな)
 ハチマキを持ってスタート地点に戻るエースを見ながら、垂は元の場所に戻って座った。
(ま、俺の得点だし。いっか)
「次はだれだー?」


「それでやるの? ちょっと邪魔じゃない?」
 そう言って、ルカルカは夏侯 淵(かこう・えん)の着ているシャツを引っ張った。その白Tシャツはダリルからの借り物で、裾が太ももの半ばまである。
「木刀振り上げてると、袖とか邪魔になるわよ。脱ぐ?」
「うーん…」
 このだぶだぶ感がいい感じで脱ぎたくないけれど、ルカルカの言うことももっともなわけで。
 どうしようか迷っていると。
「あれー? ルカルカさん、こぉんなに小さくってかわいい女の子、パートナーにいましたっけ?」
 しゃなりしゃなり、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)がわざとらしい声色で、後ろから近付いてきた。彼女の声を聞いて、淵の表情があっという間に曇ってしまう。
 彼女はいつも何かと外見のことで淵をからかってくるのだ。ライゼ自身、もはやこれは趣味だと認めている。
「新しくパートナー契約されたとかぁ? って、ああ、淵ちゃんだったの。気づかなかったわ、ごめんごめん」
 口ばかりの謝罪で、淵の耳元でこっそり囁く。
「……って事は、男の娘か! 女の子じゃなくて」
 てへっ。ライゼ、間違えちゃったぁ。
 しらじらしくポーズをとるライゼに、淵の細くて短い堪忍袋の緒がプチッと切れる。
「くっそー! 俺は男だ! 男の娘ではない!」
 いつものことと、先を読んだルカルカがサッと羽交い絞めたおかげで、淵の蹴りはライゼに届かなかった。
「きゃははっっ。やっだー、こっわーーーいっ」
 きゃーっと楽しげな声を上げ、エースの後ろに回り込むライゼ。
「くっそー、くっそー、ライゼのやつめぇ」
「はいはい。落ち着いてね」

 そのあとの淵のスイカ割りはさんざんだった。

「平常心さえ保てておれば、あんな動かぬ物など軽く一刀両断できたのだ」
 ルカルカに木刀とハチマキを返しながら、淵は少し恥ずかしそうだった。自分で口にした通り、動揺して、それに振り回された自分を恥じているのだろう。
「これが終わったら少し木刀を借り受けさせてくれ。エース、相手をしてくれるか?」
「オッケー」
「約束だ」
 やっと淵は笑顔を見せて、ダリルの横に戻って行った。


「えーと。次は……栞ちゃん、行ってみる?」
 エース組、四将としてエースが指名したのは朝霧 栞(あさぎり・しおり)だった。
「えーっ、俺?」
 驚いたというより不服といった声だ。
「てっきり副将か大将だと思ってたのに…」
 ぶつぶつ。ぶつぶつ。
 いや、大将はエースとルカルカだから。
 目隠しをされ、その場で4回転。栞はなんと、まっすぐスタスタ歩いていき、パカッとスイカを割ってしまった。
 最速、最短。まるでハチマキも目回しもなかったようだ。
「おーっ、栞すごいぞ!」
 垂に褒められて、ちょっと頬を赤らめる。
「すごいわね、栞ちゃん」
「まっすぐ歩いて、割るだけだからな。簡単だよっ」
 ルカルカの褒め言葉に、ちょっと強気で返して、エースに預けてあったおやつを受け取る。何気ないふうを装っているみたいだったが、くるんくるん回転するおやつ袋でもろバレだった。
「ヘイヘーイ。こっちは2勝だよ」
 ばっちこーい。垂の挑発に立ち上がったのはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だった。(単に自分の番がきたからかもしれないが)


「カニー、勢い余って木刀折るんじゃねーぞぉーっ」
 パチパチ手を叩いてクマラが挑発する。
 実は、ルカルカもちょっとそれが心配だった。
 カルキにしゃがんでもらってハチマキを締めるとき、こそっと言う。
「手加減してね、カルキ」
「ああ。ようはあの丸いやつに当てりゃいいんだろ。人の遊びっていうのはほんと、ちょっとヘンで面白いよな」
(うーん。ほんとに分かってるのかしら?)
 ルカルカの心配をよそに、さっさと4回転をするカルキ。
 クマラがちょっとしたイタズラ心を起こして、その間にスイカの向こう側に回った。
 ここから声を出して、こっちが自分の席だと思わせる嘘誘導をしてやろうと思ったのだ。
「カニー、頑張ってねー」
 くすくすくす。一生懸命笑いをこらえてクマラが声をかける。
 4回転を終えたカルキは、木刀を正面に構え、そしていきなり小さな氷術を数発放った。
「うわっうわっうわっっっ」
 クマラは自分に飛んできた数発の氷術を、ギリギリアクロバットで避ける。
「おー。すげーぞクマラ」
 この距離であれを避けるとは。
 ぱちぱちぱち。見学者たちの気楽な拍手が起きるが、クマラは命がけだ。
「ぱちぱちじゃないからっ! 命かかってるからっ!」
「おお、当たった」
 ハチマキをはずしたカルキは、氷に閉じ込められたスイカを見て、悪びれもせず言う。
「違うでしょ! 何見てたの、あなたはっ!」
「? 当たってるぞ。スイカに当てる遊びだろう?」
 いや、そうじゃなくて。
「……ぶっ」
 ずっと笑いをこらえていたエースが、ついに腹を抱えて笑い出す。つられて、笑いは全員に伝染した。
 カルキだけが笑いの意味が分からない。
 見ていたかとルカルカは言うが、クマラはトレジャーセンスを使っていたし、垂も超感覚を使っていたじゃないか。ならなぜ自分が同じスキルの氷術を使って悪いのか?
「人間の遊びはよく分からねーなぁ」
 カルキは頭を振りながら、席に戻って行った。


「まったくもぉ…」
 席に戻り、ガジガジかじってくるクマラを背中に、ダリルからスイカ割りとは何ぞや? のレクチャーを受けるカルキを横目に、首を振る。
「2−1だろ。もうこっちの勝ちは決まったな」
 木刀を杖代わりにして立つエースのニヤニヤ笑いが、ルカルカの勘に障った。
「2−2よ。カルキはちゃんと当てたわ」
 全然違法だったけど。
「じゃあ3−2にしてやるよ」
 エースの後ろから出てきたのは夜霧 朔(よぎり・さく)だった。
「え……っと、ハチマキで目隠しをして、スイカを割れば良いんですね?」
 ハチマキを締めるため、後ろに回ったエースにルール確認をする。
「そう。
 このくらいの強さで大丈夫? 平気?」
 エースが、やさしくそうっとハチマキの下から横髪を抜き、さらさらのきれいな青い髪を指で梳く。
「えっ……えっ、あの、はい。平気です…」
 とまどいながら、やっとのことで答えた声は、一生懸命抑えたけれど震えを隠せなかった。
(エースさん、からかってるんだわ。私がうまく返せないから…)
「がんばって」
 そう、耳元で囁かれたようだったのも、きっと気のせい。
 ちょっとふわふわしてるのは、4回回転したから。
「いきます!」
 意気込んだ声とともに、ガシャンッと音を立てて掌の装甲が開いた。格納されていた機晶キャノン零式が現れ、砲撃を始める。
「うっわーーーーーっっっ」
 間近で起きたスイカ大爆発に、全員がバッと後ろに飛びずさった。しかし安心しきって座っていたものだから、逃げ遅れてしまう。
 全員頭からスイカまみれになってしまったため、スイカ割りは一時中断。波打ち際で頭から海水をかぶってザブザブ洗い流す間中、垂からの説教は続いたのだった。

 
「とにかく」
 こほ。と咳払いをしたエースが仕切り直しを始めた。
「これで3−2だ。うちの勝利が確定した」
「まだよ! まだ2回あるもの! 十分逆転は可能よ」
 氷漬けスイカをドンッと置くルカルカ。
「次はうちのエオリアねっ。エオリア?」
 ぐー。
「駄目だ。寝てるよ、こいつ」
 座ったまま、熟睡しているエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)。彼にとって、この炎天下で座り続けることはかなり体力を損なうことだったらしい。彼は疲労がある程度蓄積し、体力が喫水線を割ると、ブレーカーが落ちるように疲労回復の睡眠に入ってしまう性質の持ち主だった。
「おーい、エオリアー。巨タコが来たぞー。食われちゃうぞー」
 クマラがゆっさゆっさ揺らしたが、テコでも起きない。
 スイカを洗い落とした、あれが限界点だったのだろう。ふーらふーら揺れて、危なっかしい動作だったエオリアに、エースはこうなることを見越していたのだった。
「不戦勝だな」
「えーっっ、僕もやるーっやりたいーっ」
 ライゼがエースにしがみつく。
「じゃあ個人戦で1番にさせてやるから」
「ぷーっ。約束だよっ」
 ライゼの頭をいいこいいこして。
 大将戦・ルカルカvsエースに突入した。


「同点というのはなしね」
 ハチマキを自分で締めながら、真正面に立つエースに宣言する。
「いいよ。どちらかがスイカを割るまで。バトルロワイヤルだ」
 既に準備済みのエースは、何の気負いもなく自然なスタイルで木刀を持っている。
 やるか、やられるか。
 2人の中間地点にあるスイカが割られるまで、勝負は続く。
「はじめ!」
 パン、とダリルが手を叩く。
 同時に、ルカルカとエースは走り出した。ハチマキを締めているとは思えないほど正確に、スイカの上で木刀を合わせる。
「やっぱりそうくるよね」
 残心、ヒロイックアサルトを発動させているルカルカ。
「あなただって、しっかりパワーブレスかかってるじゃない」
 さっきライゼにかけてもらったんでしょ、と言わんばかりだ。
「ま、お互いさまということで」
 ルカルカの突きをかわし、いったん距離をとる。
「うらみっこなしよ」
「当然」
 獲物にとびかかるタイミングを図る狼のように、2人は円を描いて歩き出した。


 エースとルカルカの白熱した闘いはよそに。
「なぜ垂はあっちに行かなかったんだ? あんただったらいかにもあっちに行きそうだと思ったんだが」
 シャックシャック、割れたスイカをそしゃりながら、カルキが訊いた。
「うーん」
 隣に座って、同じようにスイカを食べていた垂は、口の中をカラにしてから答える。
「いや、このタコ騒動はたしかに問題なんだけどさ、アレだけの人数が対応に向かうんだろ? だったらべつに俺たちまで参加しなくても十分だろ?」
「たしかに」
 沖を見る。かなり距離があったが、カルキの目には複数の舟に乗って向かう仲間の姿が見えた。
「そりゃ、もしもあいつらが巨タコをヘタに刺激した結果、暴走して陸に上がってこようとしやがったときには退治してやらないでもないけどさ。べつに今、行かなくてもいいだろ。暑いし」
 むだに熱くなるのは嫌なんだ。
「なるほどな」
 カルキはじーっと白と緑だけになった手元のスイカを見て、裏も見て、じっと見て、パクッと口に放り込んだ。


 バキン。
 凍ったスイカが木刀を受けて、スイカとは思えない音を立てて割れた。
「勝者、ルカルカ」
 ダリルの判定がおりる。
「やった、やったわ。逆転勝利よ…!」
 ルカルカはハチマキをはぎとり、割れたスイカを優勝トロフィーのように頭上に掲げた。
「……くっ、不覚」
 数度の剣戟をかわした後、木刀を絡め取られてしまったエースは、砂浜に手をつき、うなだれた。
「まだまだだの。型ができておらん。己の不足が身にしみて分かったであろう。今日は素振りからやり直すぞ」
 上から降ってきた、淵の言葉に顔を上げたエースだったが。
 シャックシャック、三日月型のスイカにかじりついていた淵から降ってきていたのは、言葉だけではなかった。


「あーっ、スイカがなーいっ」
 ライゼが、割れた5つのスイカを前に怒りの声を上げた。
「ルカルカさん、ひどいですっ。最後のスイカ割っちゃうなんて」
「ごめんごめん、ライゼ」
 とりなそうとするルカルカの前で、ぷくーっとライゼは両膝を抱えて頬をふくらませる。
「これじゃ個人戦ができないじゃないですか。僕、まだやってないのにっ」
 そんなライゼの前に、ゴロゴロとスイカが2つ転がってきた。
「お嬢ちゃん、これ使うとええよ」
 ニコニコ笑って立っていたのは、シラギだった。
「わぁ、シラギさん。ありがとう。
 みんなーっ、スイカまだあるよーっ。個人戦やろっ」
 ライゼが両手にスイカを抱えて垂たちに走り寄る。
 個人戦は、みんなで周りを囲っての騙し合いだ。
 垂がライゼにハチマキをし、ダリルがスイカをセット。円形になって声を上げ始めたみんなを見て、ルカルカはほーっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます、シラギさん。助かりました」
「なになに。いいんじゃよ」
 スッ、とシラギの掌が、ルカルカの前に出る。
「スイカ2個、お買い上げありがとうのぅ。支払いはキャッシュじゃ」
 ちーーーーん。(レジ音)

 世の中ってほんっと厳しい。がんばれルカルカ!