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それぞれの里帰り

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それぞれの里帰り

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 京の都。そこは、多くの英雄たちが命を散らした地でもある。
「ここ、なの?」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は問いた。
 上杉 菊(うえすぎ・きく)は、頷く代わりに歩みを進めた。
「間違いありません。此処が、わたくしの終焉の地、上杉屋敷にございます……」
 京都伏見の景勝町。己が没した当時の情景、記憶の中の京の景色は今とは大きく異なっていた。
 辿り着くまでに時間はかかったが、この地へ歩み近づくにつれては何かに呼ばれているような感覚を味わっていた。そして見つけたのだ、当時、屋敷の庭や外壁周辺に咲いていた 『菊の花』 を。
「わたくしは、ようやく……」
 今は無き屋敷、それでも確かにには見えていた。修練の為に庭に立てられた柱も、先刻の強風で外れかかっている勝手口の雨避けも、当時のまま、最期に見た景色のままだった。
「ああ、景勝様…… 菊は此処です。此処に、おります……」
 長尾上杉家二代目当主、上杉景勝の幻。神々しくも優しい微笑みは、正に夫である景勝そのものであった。
「やっと、やっと会えました…… 景勝様……」
 景勝の幻、その背後には屋敷の者や子供たちの姿まで見えた。意識せずとも涙は溢れ、呼吸は細かく短くなってゆく。
「危ない、わね」
 力無く膝をついたままに、は屋敷跡へ這い寄ってゆく。
「一言、一言だけ仰せになって下さい。景勝様−−−」
「「菊よ、大儀であった」」
「あぁ…… 景勝様…… 景勝様……」
 上杉景勝の声は、皮肉にもを現実に引き戻した。
 景勝の声はローザマリアが発したもの。威厳のある声色を演じていたが、上手くいきすぎたようだ。それでもは気付いていないし、景勝の声だったと信じている。信じているからこそ、至福と感じた喜びと報いの念がを現実へと舞い戻した。
 一目会いたい、その想いは、きっとどこまでも純粋で。
 人も屋敷も消えた跡地に、透明な涙が溢れ雫れた。
 陽が暮れて、今日も陰りが都を包んでゆく。



 スパ浴場にも入った。懐石料理も食べた。枕投げもした。
 瀬蓮宅での就寝も2日目、明日にはパラミタ大陸へ帰校する。無論にガールズトークは終わるはずもなく、部屋の電気が消えるはずもなかった。そんな中−−−
「どこへ、行かれるのです?」
 あと一段降りれば、一階フロア。足を降ろしかけている瀬蓮を、ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)が呼び止めた。
「厨房は、10階にあると聞いていたのですが。ずいぶんと下りましたね」
「あれ? バレてたんだ。おかしいな」
 苦笑いと共に一階に降りると、瀬蓮はそのまま庭へと歩み出た。
「散歩、ですか?」
「そう。ちょっと風に当たりたくて」
 空を見上げて、月明かりを感じる。星は、幾らか多めに見えた。
「困ります、勝手な事をされては」
 ため息まじりに、氷川 陽子(ひかわ・ようこ)瀬蓮を呼び止めた。瀬蓮は池縁の石の上に、しゃがみ込むと、穏やかに水面を見つめた。
「勝手じゃないよ。月を見てるだけだもん」
「飲み物を取ってくる、そう言って出て行きましたよね」
「戻るときに、厨房に寄るもん」
 イジケている、そんな口ぶりだった。口を尖らせている、ではなく、放心状態に近いだろうか。受けずに流そうとしているようにも思えた。
「たとえ、ここが日本でも、あなたはすでに桜井 静香(さくらい・しずか)校長以上に特別な立場にいるのですよ」
「………… 校長先生以上に?」
「そうです。パートナーがエリュシオンの皇女なのですよ。シャンバラ全体を見回しても、今のあなたに匹敵する立場にあるのは、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)、彼女くらいです」
 高根沢 理子。アムリアナ女王のパートナーで、現在は西シャンバラの代王を務めている。彼女に匹敵する? 自分が? そうなのかな。
「あなたが望まなくても、事実がそうさせるのです。あなたはもう、普通の生徒では居られません、ですから−−−」
 いつの間にかに隣の石に。同じく水面を見つめたままに陽子は続けた。
「ですから仲間に、友達に嘘はつかないでください」
 空を見上げて、そのままビルを見上げて見た。瀬蓮の部屋の電気は、まだ点いていた。
「………… そうだね。早く戻ろう」
「えぇ。そうして下さい」
 みんな待ってくれてる? 遅いなぁなんて思われてる? でも、それならそれで、幸せだよね。
 アイリスにも帰る処がある、私にだってある。
 それでも気付けば、それぞれに違う立場を背負っていた。どうすれば良いのか、なんて分からない。何が正解なのかも分からない、だって何が起こるかも分からないんだから。
 今までみたいに、同じでいられない事だってきっとある。でも、同じに笑って、喜んで、悔しんで、泣いたりする事は、きっと出来る。
 パラミタへ帰ろう。アイリスの元へ帰ろう。恐がらずに、逃げないで。
「さぁ、行きましょう」
 ベアトリスが手を差し出している。瀬蓮は力強く、その手を握った。
 まずは、みんなの元へ戻らなくちゃ。
 部屋の電気は、まだまだ消えそうにないようだった。