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それぞれの里帰り

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それぞれの里帰り

リアクション

 秋葉原の、とあるコスプレ店。店内に足を踏み入れた瞬間から、リタ・アルジェント(りた・あるじぇんと)は飛び跳ねていた。
 顔の向きを変えれば変えるだけ、様々な衣装が瞳に映る、その度にリタは悦声をあげて頬を溶かした。
「おぃおぃ、走るなよ、危ないだ−−−」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)が言い終える前に目の前を駆け過ぎ行き、再びすぐに現れたリタは着替え終えていて。
「ド、ドレス?」
 どこぞの…… いや、やはりファンタジーの世界のお姫様のように見えたのだが−−−
「まぁ! このペンダントを私に?」
「??? ん? 何だ?」
「嬉しいっ! 一生、大切に致しますわ」
 何か始まってるっ!! 寸劇かっ?!
「うぅ〜、どうして応えてくれないですぅ?」
 どうしてって…… んなもんに、すぐにノレるかよ……
「わかりました…… やっぱり、衣装が無いと気分が乗らないんですね」
「えっ、いや、そういう事じゃなくてだな」
「そうですねぇ、とりあえずこの魔剣士っぽい奴を着るのですぅ」
「おい、ちょっ、押すなって、危ないだろ」
 ただでさえ店内は広くないってのに、んなに騒いだら他の客に迷惑だろ。
「ん? あれは……」
 広くない店内…… しつこいか。
 店内に試着スペースは無く、隣室を試着室として解放していた。試着室…… うん…… 確かに試着室だよね。
 扉の前に先客が居た。それも、よく見た顔…… ティセラだよな……?
「あの…… これはビキニ、ですよね?」
 黄と黒の虎柄ビキニを着たティセラを前に、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が手を合わせて感嘆の声を漏らした。
「ステキですわ、お姉さま。とっても良く似合ってます」
「着心地は、悪くないのですが」
「さぁさぁ、このウィッグを被れば完成です」
「?? ……あら? これウィッグ、ツノが付いてますわ」
 ツノ付き緑髪のロングウィッグを装着すれば…… 何とも、まぁ。
「おぉおぉ似合うじゃねぇか、元祖 『雷娘』 の完成だっちゃ、ってか?」
「シリウスさん」
 肩から首を傾けて、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、ジーッと見つめ見た。………… もう少し、恥じらってくれたなら、パーフェクtt!!
「よぉし、どんどん行くぜ! 次はコイツだ」
「あの、シリウスさん」
「あぁあぁ何も言うな、分かってる、分かってるから何も言わずにコレを着ろ! はぃ! はぃっ!」
 扉を閉めて押し込んでやった。分かっているさ、いくら何でもビキニコスで決まり何て野暮な事はしねぇ、ティセラのロングウェーブに合うのは緑に在らず。きっと、きっとに金色も似合うはず−−−
「シリウスさん…… あの…… これ……」
 若干だが−−− 恥じらっているっ! パーフェクtt!!
「おぉっと、忘れてた、スタンドマイク持て! それからもっと表情作るんだ、『私を誰だと思ってるの?』 と言うつもりで」
「? ずいぶんと高飛車ですわね」
 藍色軍服でショートパンツ、金色ウェーブでマイクスタンドを握っているなら! ステージに立っているとしか思えない!!
「お姉さま、『私はティセラ、ティセラ・リーブラよ』 と言うのですわ」
「………………」
「おい」
 一部始終を見ていた葛葉 翔(くずのは・しょう)が、たまらず口を挟んだ。
「その格好も目立つから却下だ。真面目にやれ」
「やってるだろぅよ、よく見ろ! この完成度を!!」
「何が完成なんだか……。目的、放棄してるだろ」
「何言ってやがる。どこに出したって恥ずかしくねぇぞ!」
「街に出せないって言ってんだ! ティセラが目立たないように衣装チェンジしてたんだろ」
「……………… あっ」
 『あっ』 じゃねぇよ。
「他には無いのか? もっと普通な感じの服は」
「他ぁ? んな事言ってもなぁ、あとはツインテール巫女さんとか、侍メイド様とか?」
「…… 目立ちたいとしか思えねぇ」
 まぁ、駆け込んだとはいえ、この店に入った時点で、こうなる事は予想できたけどな。
 正直…… ティセラのコスプレは楽しめたが。
「あの……」
 ティセラが小さく手を挙げた。彼女は、じっとシリウスを見つめていた。
「どうしてシリウスさんは目立たないのでしょう」
「それはオレに対するイヤミか?」
「いいぇ、ただ、ミルザムにそっくりなのに目立たないのが不自然というか不可思議というか」
 そうか? 確かにシリウスミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)にそっくりではあるし、ミルザムの服が露出多めなのも事実だ。だが、シリウスが目立たないのは、ジーンズにジャケットという、いわゆる 『カジュアル服』 を着ているからで−−−
「という事は、私もその 『カジュアル服』 を着れば良いという事ですね?」
 ティセラが 『カジ服』 ? ドレスのイメージしか無いからな…… あとは水着か。
 コスショップの並びにはウィンドウショップもあった。一般女性の訪客が増した事が大きな理由だろうが、秋葉原駅周辺を歩けば、同様の店やおしゃれな飲食店の幾つかを見る事ができる。もはや 『コアな層だけの街』 からは完全に脱却したようだった。
 ぴっちりデニムに、襟を立てたノースリーブの白シャツ姿。お嬢様、いや、デキるOLさんと言った所か。抜群のスタイルと気品の良さが、全体をよりシャープに見せている。
「これなら、堂々と街を歩けそうですね」
 どう………… かな? 今度は別の意味で目立つような………… いや、コス衣装よりはマシだ、そう考えよう。
「で? どこに行きたいんだっけ?」
「アニメイトですわ♪」
「それなら、俺が案内しよう」
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)が名乗り出た。シャンバラに渡ってから数年が経っているが、思ったほどに街並みは変わっていない。
 逃げ回っているうちに、だいぶ離れていたが、場所なら把握している。
「こっちだ。ハグレないでくれよ」
「はいっ、お願いします♪」
 瞳が輝いている、肩が踊っている。カッコイイ女性が可愛く見える………… このギャップはマズイぞ。
 より魅力を増したティセラに魅かれ過ぎないよう距離を取りながら、恭司は 『アニメイト秋葉原店』 への道程を先導していった。