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第2章  「里帰るは、2日目」

「おぃ、ちょい、メガネよ」
 歩むにつれて流れてゆく住宅を見上げたまま、日下部 社(くさかべ・やしろ)は小さく雫した。
「ここはホンマに関東なんか? 静かすぎるやろ」
 それは、この一帯が住宅街だからだろ?…… と応えようとして、止めた。ここは、一旦の無視を決めて山葉 涼司(やまは・りょうじ)は歩みを続けた。
 社が犯したミス、それは、『メガネ』 と言った呼声に俺が反応を見せるより前に 『埼玉の静寂について』 の問いを続けた事だ。
 いつもの様に 『メガネって言うな!』 というツッコミを入れずとも、「住宅街が静かなのは埼玉だけじゃないだろ?」といった感じでサラッと応えてしまえば、不本意すぎる呼称は呼称の意を一つも果たさず、あわよくば発したことさえ幻であったかのように、この静けさの中に溶け去ってしまうことだろう。そう、あくまでも問われたままに問われた事に対して応えてやるだけで良いのだ。
 しかし、それでもだからといって焦って応える必要は一切に無い。少しでも焦った素振りを見せれば、それ自体が 『メガネ』 という呼声に対する動揺とも、また呼声そのものを流してしまおうとするこちらの意図を察せられる危険性がある。結果、それは社の 『メガネいじり』 が成功したようにも取れることだろう、それは…… 実に腹立たしい。
 とりあえず。
 ふぅ。一息を入れまして。
「関東が騒がしいなんてのは東京の一部のイメージが過大に伝わっているだけで、住宅街なんてのはどこも静かなもんだ。パラミタだってそうだろ?」
「おっ、ついに 『メガネ』 にツッコミを入れんようになったな? ようやく受け入れたっちゅうこっちゃな? いや〜、里帰りは人を大きくするっちゅうんはホンマやったんやぁ。なぁ、オリバー」
「本当だっ! やったねっ、やっしーが根気よく 『メガネ』 って呼び続けたからだよ。褒章を授かる程の功績だね………… はっ!」
「どないしたん?」
 …… 何か…… 無理矢理 『メガネ』 ネタに戻された…… と言うか、初めからこちらが主軸だったかのように…… まぁ、そうだったんだろうな。『メガネいじり』 を掘るために 『静寂』 のジャブを放ったんだ。
 …… まぁいいや、とりあえず。
 オリバーと呼ばれし五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、推論を組み上げながらに応えた。
「里帰りって言っても、まだ駅から10分歩いただけだよ? それなのに、たったそれだけでこの成長度合いって………… 成長期だねっ! 遅れてやってきた成長期だよっ!」
「んなアホな! ぃや、成長期かどうかは別にしても…… 爆発的に成長しとるんは確かや」
「でしょう? このまま放っておいたら、きっと、すんごぃ背、伸びるよ、タケノコかよっ!って」
 ん? 終夏が一緒に振り向いて、こっちを見て…る? 何だ?
「タケノコて! 話変わっとるがな! 背ぇの話してどうすんねん、今はメガネの眼鏡がどこまで顔に埋没するかって話やろ?」
「いやいや、山葉君の 『メガネ』 は既に顔の一部なのだよ。よって、ここからの進化はエボリュ〜ション! きっと気分によってフレームの形状が変わるんだよっ」
 むっ、また振り向いた。…………くっ、わかっているさ…… 我慢だ俺……。
「気分によって変わるやと〜! それは確かにエボリュ〜ションや! 進化を英語訳してエボリュ〜ションやっ!」
「そうだよ〜、尖ってる時は鋭くシュッと、凹んでる時は顔に陥没、エッチな事を考えてる時は服が透けて見えるレンズへ早変わりするんだよ〜」
「スゴいな! 『メガネ』 の眼鏡、スゴすぎるやろ! 眼鏡の革命やん!」
「そうだよ〜、山葉君と眼鏡は 『メガネのパイオニアとして』 メガネ界に警鐘を鳴らすと共に、エボリュ〜ションとレボリュ〜ションを同時多発的に巻き起こすんだよ」
「はいっ! 『メガネ&ヤッシー&オリバー』 でしたっ!!」
「!!! 無理矢理名乗ってシメたっ?!!!」
 しまった…… つぃ、ツッコんで−−−
「遅い! 遅すぎるで、一体何個スルーしたん? 何個のボケが打ち上げられた鮎みたいにピチピチした思とんねん」
「うるせぇな! ピチピチしてんなら、まだ新鮮じゃねぇか、今からでもツッコんでやれば良いだろ?」
「そう! それだよ山葉君! 私たちはそれを! 君のツッコミを待ってたんだよ!」
「知らねぇよ! つーかよくも好き勝手に 『メガネ』 『メガネ』 言ってくれたな! 変形するって何だ! 顔の一部になってんなら変形する度に顔が歪みまくるだろうが! 想像したくないわ、痛々しい」
「おぉ、何や今までのボケに、まとめてツッコむ気ぃか? ツンデレやなぁ〜」
「ツンデレ?! 拾い集めツッコミの、どこにデレ要素が?」
「山葉君、ツンデレ〜」
「ツンデレ〜」
「………… もぅ、いいや…」
「ちゃうで、そこは 『止めさせてもらうわ』 やろ?」
「そうだよっ、ほらっ、止めさせてもらうわぁ〜」
「はいっ、『メガネ&ヤッシー&オリバー』 でしたっ!!」
「『でしたっ!』 じゃねぇ!」
 トリオ芸人みたいに括られたっ! つーか、結局ツッコんじまったし。ったく、何が楽しいんだか。
「うおっ、何や、この家! めちゃめちゃ広いやんか」
「あぁ?! あぁ、そこは……」
 振り向いてみて、後方の集団に目を向ける。今回の帰省に同行すると名乗り出た物好き達なのだが…… 楽しそうなんだよな、笑い声しか聞こえてこないし。こっちはなぜかトリオ漫才に巻き込まれてるってのに。
 集団の中から、影野 陽太(かげの・ようた)を探して、視線を向け応えた。
「これが、環菜の家だよ」
「環菜会長の?!!」
 背丈の倍ほどもあるフェンスに飛びついて…… って、本当にキラキラキラキラなんてSEが聞こえてきそうな程に輝かせた瞳で、陽太は環菜の実家を見つめた。
 洋風で清潔感のある白い壁、部屋数は一階だけで10はあるだろうか、同じだけの大きさの階が重なり乗っている。
 何よりも特異なのは池付きの巨大な庭がある事だろう。すぐ隣の家屋と同じほどの池を、芝の絨毯が取り囲んでいる。砂漠の中のオアシスのように、涼なる自然が広がっていた。
「この庭を、幼き日の環菜会長が駆けていたんですね」
「そうだな。小さい時は、よく走り回る奴だったなぁ。あれでもあいつ、10歳までは俺より走るの速かったんだぜ」
「そうなんですか? ぜひ見たいです!」
 見たいって言われてもな。どっかに写真とか残ってたっけかな?
 見惚れたまま動かない陽太を引き連れて歩けば、すぐに自宅に辿り着いてしまった。
 久しぶりの我が家は、懐かしくも寂しい気持ちにさせられた。
 二階まである一戸建て。イメージするままの普通の日本の家、と言ったら大抵の人間には伝わるのではないだろうか。
「そりゃあ、な、環菜の家を見た後ならなおさら、そうなるよな」
「な、何言うとんねん、なぁ?」
「う、うんっ、そうだよ、さっきの池と同じくらいしかないスペースでも人は生きられるって、山葉君は身を持って証明してきたんだよねっ」
「フォローになってねぇ! むしろバカにされてるっ!」
「はぁ………。おじゃましてもいいのか?」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)に、ため息をつかれた。ツッコミを間違えたか…?
「今、開けるよ」
 久しぶりの我が家。慣れているはずの開錠は、いくらばかりか滑らかには、いかなかった。