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幸せ? のメール

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幸せ? のメール
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第18章 夜(1)

 夜9時過ぎ。部活動を終えて、生徒たちが完全にいなくなった夜の蒼空学園。
 裏門の壁を越え、忍び込む影が2つあった。
「……真人、やばいよ、やっぱり」
 ひそひそ声でセルファが言う。しかし、しんと静まりかえった空間では、そんな声でも普通の会話のように響いて、真人は「しっ」と口元に指を立てた。
「もう少し声を落として」
「う、うん。
 でもさ、やっぱ、校内はやばいよ。監視カメラだってあるし。侵入したのがバレたりしたら――」
「カメラが設置されているような要所には近づきませんから大丈夫ですよ」
 すたすたすた。真人は月明かりだけの裏庭を平然と歩いて行く。だれに見られようがお構いなしっぽい。
「ちょっ……もし犯人に見つかりでもしたらっ」
 セルファとしては、そっちも気が気でなかった。ちらちら周囲に目をやるが、それらしい気配は今のところなくて、ホッとする。
「逃げませんよ、相手は。多分」
「えっ? 真人、もう分かってるのっ?」
「おそらくですが」
「えーっすごっ。じゃあ明るくなってからあらためて出直して来よっ。ねっ?」
「証拠がありません。そうなったらごまかされて終わりです」
「えー? ないのー? じゃあ単なる真人の妄想――」
 その言葉に、ピクっと真人のこめかみが反応する。
「黙りなさい、何のヒントも聞き出せなかったんでしょう、きみは」
 俺のは推理です!
「……うっ」
(そこを突かれちゃうと弱いのよねー)
 セルファは美鈴と2人、そして途中から加わった坂上神父と3人がかりで(レイチェルは聞きに徹していたので)女生徒を説得にあたったのだが、結局何も有力な話は聞き出せていなかった。
 思うにあれは、2人一緒にしていたのがまずかったのだ、と今にして思う。1人ずつ個別に説得していたら、あるいは落とせていたかもしれない。特にサヤカという少女の方。2人一緒にしていたから、お互い連帯意識でお互いの弱気を立て直していた感があった。
(なくとなく、なんとなくだけど、記憶にないとか、怖いとかじゃなくて、犯人を庇ってる様子もあったりして)
 自分を(多分)監禁していた犯人なのに?
「あらかじめ西校舎2階の踊り廊下の窓の鍵を開けてあります。あそこから入りますよ」
「はーい…」
 持参したロープを使い、引っかけて壁を登る。
 真人には、犯人が正悟でないことは、彼が捕まる前から分かっていた。
 念のため、正悟の送信履歴に残っていたメール内容と突き合わせをし、自分宛にきたメールと内容が違っていたことも確認している。あのあと、牙竜に頼んで見せてもらったものとも違っていた。
(俺の推理通りであれば、おそらく犯人は……事件は、とっくに終わっていたんです。だれにも気付かれないままに…) 
 それが、いいことかどうかはともかく。
 そして、ほぼ同じ結論にたどり着いた者は、彼1人ではなかった。

 真人たちが侵入するより少し前。
 夜間管理人の見回りの光をやり過ごし、科学準備室のドアの鍵を内側から開けて、アスカ、ルーツ、ヒューリの3人が動き始めた。(「おまえ来んな。無駄に熱いから」とセレナリスは追い払っている)
「さあ、行きましょうか〜」
 アスカが率先して、夜間管理人の光の来た方向へと歩き始める。
「なぁハニー。そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃないか? メール事件の犯人は別にいるって、どうして思ったのか」
「我も、もうここまでくれば、教えてくれてもいいと思うぞ」
 るるるんっ♪
「スケッチには、昼の校内にいるとおかしい人がおりましたのよ〜」
「それは聞いた。しかし我も見たが、あの絵にはそのような人物は特になかったと思うが」
 生徒のラフばかりで、しかもほとんどの時間帯で同じ人間たちの姿だった。
 階段まで来て、くるっと2人を振り返り、アスカは口元に指をあてる。
「皆さん、お静かに願いますわぁ。声は響きますし、犯人に気付かれると厄介ですもの〜」
 そう言って、アスカは階段を1階に向かって下り始めた。
「マイスウィート。安心していいよ。もしそうなっても、俺様がきみを守ってあげる。きみには指一本触れさせないよ、例え相手が神でも悪魔でも、化け物でもね」
 しゅたっ。すかさず両手をとり、口元に押しあてる。
(……かなりウザいわね〜、この人。人選間違ったかしらぁ?)

 一方、真人とは正反対から東校舎に侵入を果たした佑一は、2階渡り廊下を抜け、ミシェルとともに西校舎の3階へ向かっていた。
「ねえねえっ、犯人捕まったって聞いたよ? あのぶら下がってた影、あれがスマキ犯人でしょ?」
 前を行く佑一に問いかける。佑一は、ペンライトで足元だけを照らしながら、階段を上がっていく。
「あれは犯人じゃないよ。いや、犯人ではあるか。ただし、最初の犯人とは別の犯人」
「犯人は2人いたってこと?」
「いや、全く別。今日捕まったのは便乗して騒いでいたやつ。引っ掻き回してくれたから、おかげでカードが混じっていろいろ面倒になったんだ」
 本当の犯人のした罪まで引っかぶっていることを思うとかわいそうな気にもなるが、そう思ったら同情の余地なしだ。
(実際今日スマキにされた3人は、あの犯人がやったのは間違いないしね)
 佑一は昼のパソコンルームで、既に犯人が2組いることを見抜いていた。パソコン内のイベントでは、夜の21時と23時、2つの時間で立ち上げがあったからだ。
 そんな時刻に学園内のパソコンを、だれが起動するだろう?
「ここ3日は21時前後の立ち上げだけだったのに、昨夜のみ23時があった。そっちがおそらく捕まった犯人のメール送信だろうね」
「ふぅん。そうなんだ」
 佑一に手を引かれて階段を上がりながら、ミシェルが呟く。その口が、パッと佑一の手によってふさがれた。
「?」
「しっ。――やっぱりこっちだったよ」
 東校舎の3階からは、正悟がぶら下がっている。
 西校舎に現れるのが犯人。
 そう読んだ通り、西校舎3階には人の気配があった。しかも、思ったよりかなりの人数の。

「ちょっとぉ。どうしてわたくしたちがこんな目に合わなくてはなりませんのー?」
 そう叫んだのはルナティエールだった。
 まだ全裸でスマキにはなっていないものの、ロープで縛られて転がされている。
 その脇には、綾夜、セルマ、リース、悠、真理奈が同じように縛られ、転がされていた。
 そして犯人はぐったりと力の抜けた氷雨を、スマキにして吊るすためのロープで縛り上げている。
「わたくしたち、メールは受け取っていませんわよっ? それに、嘘も叫んでいませんわっ。なるなら行方不明の方でしょーっっ」
 全裸でスマキはいやーーーーっ。
「本当に? 自分たちにはこうされる覚えはないと?」
 犯人の影が、背中越しに問いかける。
 身に覚えのありすぎるルナティエールは、ぐっと言葉を詰まらせた。
(ああっ、さっさとセディと旅行に行くんでしたわ…。あのとき、勝負下着を取りに戻ろうなんて考えなければ…。
 今ごろセディは、電車のホームで来ないわたくしを待っているのかしら?)
 だれかーあの人に伝えてー、ホームのはじで待ってるはずだからー。
 るーるーるー。
(にしても、わたくし以外のみんなは、どうして意識がないのかしら? みんな、半眼を開けて、ぼーっとして……夢遊病か、何か暗示でもかけられているみたいだわ)
 氷雨のスマキ作りを完了した犯人の手が、今度はルナティエールのすぐ横にいる綾夜に移る。
 そのとき、彼女を見下ろす犯人と目が合った。
「おまえ1人起きているのが不思議か? それはな、おまえが昨夜何をしたか、知っているからだ」
 ドキッ。
 覗き込むように身を乗り出した犯人の真っ暗な影に、ルナティエールもさすがに恐怖感が倍増する。
「偽メールを配信した、おまえが一番罪深い。だから意識のある状態で、こうしてやる」
「……っ、いやーーーーーーっ! わたくしの肌に触れていいのはセディだけですわーーーーっ!!!」
 だれか助けてーっ!
「なぁ、それっくらいで勘弁してやってくんないかな? 管理人さん」
 ピカッ。
 背後から懐中電灯の強い光をあてて現れたのは、要だった。
 背後の悠美香、ルーフェリアとともに武装もなく、ちょっと同情するような表情で立っている。
「もう十分お灸になったと思うぜ、オレは――って、聞いてねーしっっ!!」
 ダッシュで反対側の階段へ走った犯人――猫の着ぐるみ姿の夜間管理人――を追いかけ、要も走り出す。
「悠美香、ルー、そいつらの解放を頼むっ」
 ルナティエール、セルマなど、障害物を飛び越えて階段めがけ走る犯人。その前に立ちふさがっていたのは、佑一とミシェルだった。
「どうか諦めてください。あなたを撃ちたくはないんです」
 碧血のカーマインを構え、照準を合わせていることを見せつける。
 しかし犯人はためらいも見せず、全速力で佑一に突っ込んでいった。

 佑一の威嚇射撃をものともせず、突破した犯人が逃げ込もうとした管理人室の前には、ヒューリのテレキネシスでコンピュートロニックキーを狂わせて中に入ろうとしていたアスカたちがいた。
「ここで犯罪の証拠が見つかればよいのですけれど〜」
「まだか? サイキック」
 キーに頭をすりよせんばかりになっているヒューリを、ルーツがせっつく。
「無茶言うなッ。壊す方が簡単なのに、なんでこんな面倒くさいことをっ」
「壊すだけなら我にでもできる。証拠もなしに破壊して侵入がバレたら、犯罪者扱いになるのは我たちではないか」
「ここに証拠があるとの確証も、ありませんものねぇ〜。
 まぁ、ないならないで、中で戻られるのを、待ち……」
 と、背後の廊下に管理人の影を見て、アスカの言葉が消える。
「? って、あーーーーーっ! はんにんっ!!」
 叫んだのは、ヒューリだった。
 愕然となっていた犯人が、その声で一気に金縛りを解く。
 3人に背を向け、再び逃走に入った犯人の逃げ込んだ先は、地下の空調管理室だった。